第二章後編 二人の関係を表す言葉は……

第81話 少し前の放課後の出来事 ~心配する親友~

 放課後、桜彩は怜の看病の為にすぐに教室を出て行った。

 一方で陸翔と蕾華は休んでいる怜について話している。


「れーくん、大丈夫かな? メッセ返ってこないんだよね。りっくんの方は?」


「こっちも返信なし。昼に送ったのは未読のまま」


 お互いにスマホを眺めながら心配そうにため息を吐く。

 昼休み、学校を休んでいる怜に大丈夫か、とメッセージを送ったのだが返信どころか閲覧すらされていない。


「まあ朝のメッセ通りなら体調は良くなってるみたいだし。ただ寝てるだけだと思うけど」


「そうだよな。つってもあいつ一人暮らしだろ? まともなもん食えてんのかよ? 食うもん食わねえと治るもんも治らねえぞ」


「そうだよね。まあ少し体調が悪いくらいならおかゆとか自分で作りそうな気もするけど。ってか前に作ってたけど」


「あの時は少しなんてもんじゃなかったけどな」


 昨年のことを思い出しながら二人が呟く。

 あの時も二人は怜の体調不良を知って看病に行ったのだが、それまでは一人で無理をしていた。


「あいつは無理する時は無理するからな」


「うん。せっかく体調良くなってきたのに、栄養のあるもの食べてないせいでまた具合悪くなったらどうしよう」


「とりあえずもう一回メッセ送っとくか。返信なかったら怜の部屋行こうぜ」


「そうだね。じゃあそういうことで」


 これからの予定を決めて、荷物を持って立ち上がる。

 やることが決まった以上、これ以上ここにとどまる必要はない。

 怜に『これからそっちに行く』とだけメッセージを送って自転車に乗る。

 学校からは二人の家よりも怜のアパートの方が圧倒的に近いのだが、部屋の中に入る為にインターホンを鳴らして体調不良で寝ている怜を起こすわけにもいかない。

 その為二人は蕾華の家にある合い鍵を取りに自宅の方を目指して自転車を走らせた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一度家に戻って私服に着替えてスーパーへと寄り道する。

 この二人は怜ほどではないとはいえ、そこそこ料理は出来る。

 ちなみに料理の先生はそれぞれの両親ではなく怜である。

 昨年、蕾華が陸翔にお弁当を作りたい、と言って怜に料理を教わり始めたのがきっかけで陸翔もそのついでに教わりだした。

 スーパーで買い物をした後、再びスマホを確認するがメッセージは未だに未読のままだ。

 しょうがないから合い鍵でエントランスを突破して、寝ているであろう怜を起こさないようにそっと玄関を開ける。

 そこで陸翔が足元にある見慣れないサンダルを見つけた。


「あれ、この前はこんなのなかったけどな」


 数日前に来た時にはなかったサンダル。

 もちろんこれは桜彩の物だ。


「あれ、そだっけ?」


「ああ。蕾華は覚えあるか?」


「ううん。そもそも玄関の靴なんていちいち覚えないし。まあ新しく買ったんじゃないの? それかりっくんの記憶違いか。そんなに気にすることじゃないでしょ」


「そうだな。とりあえず寝室行くか」


 小声でそう話しながら足音を響かせないようにそろそろと移動する。

 そのまま慎重にリビングへと繋がるドアの前まで来てドアノブに手を掛ける。

 するとそこで二人は中から話し声がすることに気が付いた。


「……怜、と女の声だな」


「うん。ってことはあの年上彼女が来てるのかなあ?」


 二人で首を傾げながら耳を澄ましつつ小声で話す。


「ってことはオレら、もしかしてお邪魔?」


「どうしよっか。れーくんなら邪険にしないだろうけど彼女さんは分からないからね。荷物だけ置いて帰る?」

 怜の場合、自分の体調が悪いのに心配してきてくれた二人を無下に扱わないことは良く理解している。

 が、それが怜の彼女も同じであるとは限らない。

 せっかくの二人の時間を邪魔されたと思われる可能性もある。


「まあ、あの怜が自室に入れるほどに信用してる相手ならそんなことはないだろうけどな」


「うん、確かに。じゃあもうちょっとここで様子見てみる?」


「そうだな。そうするか」


 そのままリビングのドアに耳を当てて中の様子を伺う二人。

 ドアを隔てている為に内容は良く分からないが、楽しそうな声が聞こえる。

 しかしそれを聞いているうちにどうにも疑問が湧いてくる。


「……ねえりっくん。この声、アタシどっかで聞いたことがある気がするんだけど」


「ああ、オレもそんな気がする。誰だっけっかな」


 二人で顔を見合わせて考え込む。

 普段から聞いている声、しかしそれがどこで聞いたのかいまいち思い出せない。


「それにしてもさ、会話の内容は良く分からないけど随分楽しそうだよね」


「ああ。しかし知ってはいたけどこうして実際に現場に立ち会うことになるとやっぱり驚きだよな」


「だよねえ」


 怜に彼女がいる(実際には彼女ではないが)ということは二人共充分にその可能性を認識していた。

 怜は否定していたが、おそらく高確率で彼女がいるということを二人は疑ってはいなかった。

 しかし陸翔の言う通り、実際にその場に出くわすとやはり驚きというものが存在する。

 この時、陸翔の手はリビングへとつながるドアのノブをまだ握っていた。

 しかし思ってもみなかった現状に対し、思考が完全にそちらへと引っ張られてしまう。

 結果として自分では意識せずに手に力が入っており、ドアノブを動かしてしまった。

 当然のように開かれる扉。

 そして予想もしていなかった光景に陸翔と蕾華、二人の思考が停止する。

 目に映ったのは二人の大切な親友の笑顔、そしてその前の椅子には長い黒髪の女性が座っている。

 顔は見えないが、あの怜が外では見せない笑顔を浮かべて女性とプリンを食べさせ合っていた。


 そこで一瞬遅れて怜もこちらの存在に気が付く。

 相手の女性もそれに気付いてこちらへと顔を向けてきたのでその顔が二人の目に映る。

 確かに玄関には見かけないサンダルがあったのだが、それの持ち主が目の前にいる女子だとは思いもしなかった。

 なにしろ目の前にいるのはクラスではクール系美人として通っており、同性の女子と話す時でさえほとんどクールモードのポーカーフェイス、異性の男子と話すときは完全なる塩対応で有名な桜彩だ。

 加えて怜の方も、友人は多いとはいえ過去のトラウマからあまり人を深くは信用しない人間だ。

 ここに住んでいることを知っているのは学園の生徒では陸翔と蕾華くらいだろう。

 まあ目の前に桜彩という存在がいる為にそう言い切ることは出来ないが。

 そんな怜が出会ってから一か月も経っていない異性を部屋に入れているという現実は、一応予想をしていたとはいえ実際に目の当たりにすると驚きが勝る。

 ましてや相手が桜彩で、しかもいちゃついているなどとは予想出来るものではない。

 それを理解した二人は揃って大声を上げていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一方で桜彩の方も二人の姿を見て思考が停止した。

 良く考えれば怜と特に仲の良いこの二人なら、一人暮らしをしている怜が体調不良で学校を休んだとなれば心配してお見舞いに来るのも当然だろう。

 ただ、怜と出会った当初、桜彩はまだこの二人のことを信用出来てはいなかった為、怜に自分との関係を内緒にしてもらうように頼んだ。

 本当に大切にしている親友に対して隠し事をすることを怜は望んではいなかったのだが、それでも自分の為に怜は関係を内緒にしてくれた。

 今、それが完全に裏目に出てしまっている。


(え……えっと、えっと、んーっ…………)


 頭がこんがらがって思考がまとまらない。


(わ、私と怜の関係っていったいなんて説明すれば……)


 あわあわと慌てる桜彩の横で、怜もまだ混乱から復帰していない。


(なんでここに二人が……? いや、俺の様子を見に来てくれたのか。でもこの状況は…………)


 四人揃って固まってしまう。

 そのまま少し時が流れ、いち早く混乱から復帰した怜が提案する。


「と、とりあえず座って話そう」


 その言葉に他の三人も黙って頷くと、怜は二人にお茶を淹れる為にキッチンへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る