隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第五章後編 ダブルデートと恋心の自覚】
第79話 ハニージンジャーミルクは記念の味 ~二人の笑顔を添えて~
第79話 ハニージンジャーミルクは記念の味 ~二人の笑顔を添えて~
「ふふっ。本当に可愛かったなあ」
怜が出て行った後、桜彩は先ほどまでの怜の姿を思い出すと顔が緩んでくる。
「ほっぺたもぷにぷにしてて、でもとっても滑らかで。また触れてみたいなあ」
自分の指先を眺めながらそう呟く。
先ほどまでこの手で怜の頬を押したり頭を撫でたりしていた。
その手をもう片方の手で、まるで宝物を包むように優しく包み込む。
「あ、でももし私が風邪を引いちゃったら、怜も同じようにしてくれるのかな?」
自惚れでもなんでもなく、まあ間違いなく看病はしてくれると思う。
それも自分でやるより遥かにに手慣れた感じで。
(きっとお粥なんかも作ってくれるんだろうなあ)
自分では作れなかったのだが、怜ならば造作もないことだろう。
(怜のお粥かあ。それはそれで興味があるなあ)
普段の怜の料理を考えるに、きっとお粥も美味しい物が出てくるのだろう。
(それでそれで、私がやったように、ふーっ、てやったり食べさせてくれたりして)
そこまでしてくれるのかは分からない。
ただまあ自分がそう頼めばしてくれそうな気もする。
そんな想像をするとなんだか楽しくなってくる。
(ふふっ。そう考えれば風邪を引くのも良いかもしれないなあ。あ、さすがにそれは良くないか)
怜に迷惑を掛けてしまうのを願うのは良くはない。
あくまでも健康第一で、不測の事態で風邪を引いた時のささやかな楽しみだ。
(それで私が寝てる時に、怜も同じように頭を撫でてくれたりして…………え!?)
そこで桜彩は先ほど自分が何をしていたのかを理解した。
(ちょ、ちょっと待って! 私、さっき怜が寝てる時に頭を撫でたりほっぺたを突いたり……)
怜が寝ているのをいいことに随分といけないようなことをしていた気がしてくる。
それを理解して、心臓の鼓動がバクバクと速くなっていく。
(うう……心臓がうるさいよぅ…………)
先ほどまで怜に触れていた手で服越しに自分の左胸に触れると、いつもより遥かに速く脈打っているのが分かる。
「はぁ……やっちゃったなぁ……」
ベッドの上に残されていた猫のぬいぐるみを手に取って眺める。
怜には気付かれていなかったのだが、この子には全てを見られていた。
「…………お願い、怜には黙っていてね」
ぬいぐるみがしゃべることなど出来ないことは桜彩も充分に理解しているのだが、恥ずかしさからついそんなことを言ってしまう。
ぬいぐるみを抱えたまま罪悪感にかられながら怜のベッドの上へと上半身が倒れこむ。
赤くした顔を枕にうずめると、なんだか安心するような匂いが鼻をくすぐる。
「ごめんね、怜。……でも、怜が気が付いてないようで良かったなあ」
そのまま少しの間枕に顔をうずめたまま、桜彩は必死に気持ちを落ち着かせようと努力した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ひとまず心を落ち着けた後、桜彩はキッチンへと向かった。
桜彩も長い事怜の部屋で悶えていたのだが、顔を洗うと言った怜もまだ洗面所から出てきていない。
怜も洗面所で一人もだえているのだが、それを知らない桜彩は不思議に思いながらも買って来た食材を並べていく。
「えっと、ショウガを切って、それから摺り下ろすんだよね」
ネットで調べたハニージンジャーミルクの作り方をスマホで確認しながらショウガを摺り下ろす。
今はチューブ入りのショウガも売っているのだが、怜は本物のショウガの方が好みだろうと思ってそちらを買うことはしなかった。
摺り下ろしたショウガとはちみつをまずは自分用のカップに入れて牛乳を注ぐ。
それを混ぜ合わせて一口飲んでみる。
はちみつの甘さとショウガの辛さ、それに牛乳が混ざり合って美味しい。
「うん。これなら大丈夫だよね」
嬉しそうにそう呟く。
初めて作る物を味見もせずに飲ませるわけにはいかない為まずは味見をしてみたのだが、これなら怜も気に入ってくれるだろう。
そう考えて怜のカップにも同じ分量で混ぜ合わせて、先ほど作った自分のカップと共に電子レンジで加熱した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
身だしなみを整えた怜がリビングへと行くと、キッチンの方に桜彩が居た。
「悪い、遅くなった」
ひとまず心が落ち着くまで洗面所に逃げていた為桜彩にそう声を掛けると、桜彩もなぜか少し慌てたように振り向く。
「あ、だ、大丈夫。待ってないから」
ハニージンジャーミルクを作りながらなんとか心を落ち着けた桜彩だが、怜の姿を見ると再び動揺してしまう。
一方でそれは怜の方も同じで、やはり口調が少し動揺してしまった。
「そ、そうか。それでいったい何やってるんだ?」
そう声を掛けてキッチンの方へと向かおうとするが、桜彩に大丈夫だと言われたのでリビングの席に腰掛ける。
しばらくすると電子レンジのタイマー音が聞こえてきて、少しして二つのカップを持った桜彩もリビングにやって来る。
もちろんそのカップは先日二人で買ったお揃いの物だ。
中にはホットミルクのようなものが入っている。
「おまたせ、怜。ハニージンジャーミルクを作ってみたの。飲める?」
少し不安そうに怜の顔を眺めながら桜彩が聞いてくる。
「えっ、作ってくれたのか?」
「う、うん。教室で竜崎さんと御門さんの二人が前に作ったって話してるのを聞いて。もしかして、余計なお世話だった……?」
「え、いや、そんなことないって。まさか作ってくれるなんて思わなかったからさ。ありがたくいただくよ」
怜が驚いたのをそう解釈して悲し気にうつむく桜彩。
慌てて怜がそれを否定してカップに手を伸ばすと桜彩の表情がすぐに戻る。
「良かったあ」
「うん、美味しい。ありがとう、桜彩」
ハチミツの甘さとショウガのピリ辛さが牛乳と相まってちょうどいい。
一口飲んで嬉しそうにそう言ってくれた怜に、桜彩もやっと安堵する。
桜彩もカップに手を伸ばして、二人でミルクを飲む。
「うん。ちゃんと出来て良かった」
「ああ。これ、ショウガもチューブとかじゃなくちゃんと摺り下ろしてくれたんだろ? 手間なのにありがと」
「え? そんなことも分かるの?」
慌ててキッチンの方を振り向く桜彩だが怜はゆっくりと首を振る。
「いや、ショウガの香りがしたからな。そのくらいは分かるさ」
「凄いなあ」
感心したような目で怜を見上げながら桜彩がつぶやく。
「別に凄くはないって。それに桜彩だって最初のころは包丁もおろし金も上手に扱えなかったろ? それを考えれば俺に教わらずにこれを作った桜彩も充分に凄いって」
「それは褒め過ぎだよ。でもありがとう、怜」
「お礼を言うのは作ってもらったこっちなんだけどな」
笑いながらそう言うと、桜彩も笑顔を返してくれた。
「でも本当にありがとう。こういう時にこういうのが飲めるって嬉しいな」
「怜がそう思ってくれて本当に良かったよ。飲んだ後で微妙そうな顔をされたらどうしようって思っちゃった」
「本当に美味しいぞ、これ。それに何て言うか……うん、優しい味がする」
カップの中を眺めながらそうぽつりと呟く。
自分の体調のことを考えてこれを作ってくれた。
それが何よりも嬉しい。
その怜の言葉に桜彩がドキッとしてしまう。
「う、うん。その、ありがとうね、怜」
「だからお礼を言うのはこっちだって」
「そうだね。ふふっ」
笑いながらそう答える桜彩。
(……優しい味、か。ふふっ、怜にそう言ってもらえて幸せだな)
普段の怜が言わないような感想を聞いて、桜彩は自分でも顔が熱くなるのを感じていた。
「それに、さ。よく考えたらこれは桜彩が初めて自分一人で完成させたものじゃないのか?」
「え? あ、そうかも」
普段は怜と共に料理をしている為、レシピは基本的に怜頼みだ。
以前一人で野菜炒めを作ったこともあったのだが、あれは完成と呼ぶにはほど遠い出来だった。
だからこそこれは、桜彩が一人でレシピを調べて完成させた初めての物だ。
「だろ? だからこのハニージンジャーミルクは桜彩にとって、いや、俺達にとって記念すべき味だな」
「そうだね。私と怜だけの記念の味だね」
そう言って笑う二人。
怜にとっては自分の為にこれを作ってくれた桜彩の心遣いが。
桜彩にとっては初めて自分一人で作った料理で笑顔になってくれた怜が本当に嬉しい。
「今日だけじゃなく、またこれを飲みたいな」
「えっ……? うん、良いよ。怜が飲みたい時はいつでも私が作ってあげるから」
「ありがと、桜彩」
「どういたしまして。あ、でも怜が作ってくれた方が美味しいかもしれないけど」
「別にそんなに変わらないと思うぞ。ちゃんと分量測ればそんなに味は変わらないから。それに、さ」
そこでいったん言葉を切ってカップの中を見つめる。
そして再び桜彩へと笑顔を向けて
「これが俺達にとっての記念の味だから。だから桜彩に作ってほしいんだ」
「怜……。うん、そうだね。それじゃあまた頑張って作るね」
「ああ。お願いするよ」
「ふふっ、任せて」
ミルクを飲みながら相手の方を見るとお互いの笑顔が目に映る。
(……今の桜彩の笑顔、凄く素敵だな。……やっぱり可愛い)
(……今の怜の笑顔、凄く素敵だな。……やっぱりとても魅力的だな)
そんなことを考えてしまって、恥ずかしさからミルクを口に含む。
(記念の味、か。今の桜彩の笑顔を含めて、俺にとっての記念の味なんだよなあ)
(記念の味、か。今の怜の笑顔を含めて、私にとっての記念の味なんだよね)
お互いに知る由もないが、同じようなことを考えながら笑顔でハニージンジャーミルクを飲んでいった。
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