第75話 二人で迎えた朝と、クールさんの暴走① ~裸(上半身のみ)を見てしまったクールさん~

「ふああ……」


 目を覚まして時計を確認すると午前五時半。

 昨日は昼間に充分すぎるほど寝たのだが、日頃の生活習慣が固定されている為かいつも通りの時間に目を覚ました。

 途端に少し頭がズキンと痛む。


(体調は……昨日よりは遥かにましだけどまだ少し頭痛いな……)


 とりあえず体温計を取って脇に挟む。

 アラームが鳴るまでの間、ベッドの中で横になりながら徐々に覚醒して良く頭で昨日のことを思い出していく。


(桜彩……)


 辛かった時に隣にいてくれた大切な友人。

 彼女の存在に昨日はずいぶんと救われた。

 この一年間はずっと独りの生活で、何かあっても隣に誰もいなかった。

 実はかなりの寂しがり屋である怜にとって、それはとても寂しいことだった。


(嬉しかったな……。辛い時に誰かが隣にいてくれるってのは……)


 そんなことを考えているとアラームが鳴ったので体温計を取り出そうとする。

 するとそのタイミングで部屋の扉が開かれた。

 当然入って来たのは、昨夜泊まった桜彩だ。

 愛用している猫耳パジャマを着用したままそっと部屋へと入ってくる桜彩がとても可愛らしい。


「おはよう、桜彩」


「おはよう、怜。やっぱりもう起きてたんだね。調子はど……お……?」


 入ってきた桜彩とお互いに目が合う。

 そのまま桜彩の視線は徐々に下へと降りていく。

 ちょうど体温計を取り出そうと服の裾をまくっていた怜。

 当然ながら桜彩の目には、上半身がほとんど裸の怜の姿が映ってしまう。


 バタン!!


 それを理解した瞬間、桜彩によって即座にドアが閉められる。

 あまりの早さの出来事に怜は体温計を持ったまま呆然としてしまう。


「ご、ご、ご、ごめんっ!! わ、私、そ、そ、そんな、そんなつもりじゃなくて……!」


 閉められたドアの向こう側から桜彩が叫ぶようにして謝ってくる。


「いや、別に大丈夫だからさ」


 見られたのは上半身だけであり、別に恥ずかしがることでも困ることでもない。

 が、桜彩としてはそうではないのかドアの向こうから必死になって謝ってくる。


「ほ、本当にごめんっ! わ、私、な、何も見てない! 見てないから!」


 取り合えず服を着直してからドアを開けるとそこには怜の部屋に背を向けて丸くなって座り込んでいる桜彩がいた。

 ドアの音に反応したのか首を回して怜の方に顔を向ける。

 その顔は当然のごとく羞恥で赤く染まっており、猫耳フード付きのパジャマと合わせてもの凄く可愛いなどと場違いなことを考えてしまう。


「あ、あ、あのね……そ、その……れ、怜っていつもこのくらいの時間に起きてるでしょ!? だ、だから様子はどうなのかなって……! だ、だからそのね……」


「わ、分かってる! 分かってるから落ち着いて」


 なだめるように優しく桜彩に言葉を掛けるが桜彩は両手を頬に当てて首を大きく横に振る。


「ほ、本当にごめん! 今見たこと全部忘れるから! だ、だから許して!」


 目を回しながらふるふると首を振って怜の方を見る。

 完全に怜の言葉が聞こえていない。


「ちょっと落ち着いて、桜彩!」


「ほ、本当にわざとじゃないから……!」


 立ち上がって怜の顔を見ながら早口に言葉を紡ぐ。


「あ、あの、もしあれだったら、その、私も見せるから!」


「……………………は?」


 いきなりのことに、桜彩の言ったセリフの意味が理解出来ない。

 すると固まった怜に対してまだ慌てたままの桜彩が


「あ、あの、私が怜の裸を見ちゃって、そ、それじゃあ不公平だから、も、もし、その、怜が、許せないっていうんなら、お相子になるように私も……」


 桜彩が慌てながら上着の裾に両手を掛けてしまう。

 

「ちょっ、待っ……!」


 怜としては許せないどころか全く気にしていないのだ。

 しかしこのままではより自体は悪化する。

 下手をしたら取り返しのつかないレベルで。


(……仕方がないか)


 そんな感じでまだ落ち着きを取り戻せていない桜彩の両肩に手を当ててぎゅっと引き寄せる。


「ふぇ……」


 いきなりのことに慌てていた桜彩がポカンとした表情に変わる。

 そんな桜彩の目を真っ直ぐと見て


「桜彩、落ち着いて。俺は怒ってないから」


「……本当?」


「ああ、本当だ」


「本当に本当?」


「本当に本当だ。だから桜彩、一度冷静になって両手を下ろしてくれ」


「え? 両手?」


「ちょっと、さすがにそのままだと目のやり場に困るっていうか……」


 恥ずかしそうに桜彩から視線を逸らして横を向いた怜の言葉に桜彩が無言で下を向く。

 そこには上着の裾を持って両手で捲り上げようとしている自分の両手があった。


「…………あっ」


 怜の言葉の意味を理解する。

 そして、先ほど自分が何をしようとしていたのかも理解した。

 瞬間的に顔が沸騰したように赤くなる。


「わ……わ……わた……わた……私…………」


「……………………」


 怜も何と言葉を掛けて良いのか分からない。


「ち……ち……違う、違う、違うから! 私、決してそんなつもりじゃ……!」


「わ、分かってる! 分かってるから! だから落ち着いてくれ!」


 先ほど以上に桜彩が慌ててしまう。

 ぶんぶんと首を振りながら、必死に怜に詰め寄って違うことをアピールする。


「ほ、本当に違うからね! 別に私はそういうつもりじゃ……!」


「だ、だから分かってるから、とりあえず一旦落ち着いてくれ!」


「わ、忘れて、忘れて~っ!!」


 慌てる桜彩を、怜は必死で落ち着かせようとなだめ続けた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 全力でなだめた結果、やっと桜彩が落ち着いてくれた。


「え、えっと、本当にごめんね」


「いいって。それにちゃんと鍛えているから別に見られて困るわけじゃないし」


 怜は食べるのが好きだがそれと同じくらい運動も好きであり、普段から鍛えている。

 同年代と比べて貧相というわけでもないし、むしろ筋肉はついている方だ。


「そ、そうだね。引き締まってたし……」


「…………」


「…………」


 一旦会話が途切れてしまい沈黙が流れる。

 このままでは再び面倒なことになりかねない。


「とりあえず落ち着こう」


「う、うん……」


 二人共慌てた心を落ち着けるように深呼吸をする。


「そ、そうだ。怜、体調の方は大丈夫なの?」


「えっと……」


 慌てた桜彩をどうにかしようとそちらの方を完全に忘れてしまっていた。

 部屋に戻って枕元に置いた体温計を確認する。


「37.6℃だな。昨日よりはだいぶましだけどまだ熱がある」


「調子の方は?」


「まだ頭痛があるし体も重い。まあ今日は学校休んで寝てるよ」


「うん、その方が良いよ。無理はしないで休んでね」


「ああ」


 さすがにこの状態で学校に行ってもまともに授業を受けられるとは思わない。

 風邪は治りかけが一番重要だともいうし、素直に休むことに決めた。

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