第73話 怜のお願い ~「もう少しだけ隣にいて」~
(怜、大丈夫かな……?)
リビングに戻った桜彩は朝食を食べながら先ほどの怜の様子を思い浮かべる。
いつもとは違って明らかに悪そうな体調。
(あんな怜、初めて見るよ)
ただそんな状態でも自分のことを考えてくれたことを嬉しく思う。
(でも、あんなに具合が悪そうなのに、それでも私の為に頑張って朝ご飯を作ってくれて……)
目の前に並んでいるサンドイッチに手を付けながら、心配そうな顔が時々嬉しそうににやけてしまう。
今日の朝食もいつも通り美味しい。
しかしそれが怜が無理した証というようにも取れる為、やはり申し訳なく思ってしまう。
(うん。いつも私がお世話になってるんだもん。こんな時くらい怜に恩返ししよう!)
そう決意しながら桜彩はサンドイッチとスープを口に運んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
決意をしたものの怜が眠っているこの状況で、桜彩には特にやることがない。
(お世話って何したらいいんだろう……?)
朝食を食べ終えて食器を洗いながら考える。
怜は既に薬も飲んで眠っている為に何をしてほしいのかを聞くことも出来ない。
特にアイデアが出ないまま、洗い終えた食器を食器置き場に干してリビングへと戻る。
(そうだ。パソコンで調べてみれば分かるかも)
普段使っている怜のパソコンを取り出して立ち上げる。
ブラウザを起動して検索サイトを開いてそこにキーワードを入力しようとする。
(えーっと、なんて検索すればいいのかな?)
検索ウィンドウに『風邪 看病』と入れて検索しようとしたところで、サジェストキーワードに『彼氏』と出てきた。
その単語を見て桜彩が顔を赤くして驚いてしまう。
(え……か、彼氏!?)
その単語から目が離せなくなってしまう。
別に自分と怜の関係は彼氏彼女ではなく友人関係であるのだが、妙にそのワードに惹かれてしまう。
(そ、そうだよね。私達は別にそういう関係じゃないけど、男の人を看病するって点では同じだし……)
そう思ってキーワードをクリックしてみると、『彼氏が風邪をひいた時に喜んでくれること』という内容が表示される。
そこに書かれている内容を一つ一つ丁寧に読んでいく桜彩。
体調を気遣う……うん、気遣ってる。
お粥など消化の良い食べ物や栄養のある食べ物を作ってあげる……既に怜が野菜スープを作っている。
片付けをしてあげる……怜の部屋はいつも片付いている。
飲み物と食べ物の差し入れ……元々怜の家にはスポーツドリンクやゼリー飲料等がそこそこの量存在する。
薬や氷嚢の差し入れ……これも怜の家に存在する。
(……あれ? もしかして私に出来る事ってない?)
書かれていた内容を少し見てみたところ、体調を気遣ってはいるのだが、その他は特に必要としていない。
(う……ううん、ほ、他にも何か出来る事ってあるよね……!)
若干やる気を削(そ)がれながらも桜彩はページを読み進めていく。
手料理を振る舞ってあげる……既に怜が野菜スープを作ったし、そもそも怜の方が料理が上手だ。
洗濯や家事を代わりにやってあげる……昨日の分の服やタオルは既に洗濯が終わっているし、掃除も床はロボットがやってくれる。
(そもそも家事全般怜の方が得意だし、段取りも良いし……)
体を拭いてあげる……これはまだやっていない。
(そうか、怜が起きた時に汗をかいてたら…………ってそんなの無理だよ!)
確かに汗でべたついたままでは気持ちが悪く、濡れタオルなどで体を拭いてあげれば気持ちが良いかもしれない。
しかしこれはあくまでも彼氏と彼女という関係だからこそ出来る事であり、異性の友人として出来るレベルの内容ではない。
(そ、そうだよね……。これは私達にはまだ早いよね……。私達は友達として適切な距離感で……ってあれ? 私、さっき怜に何をしたっけ……。確か、怜に負担を掛けたくないと思ってスープを怜の口に……)
それを思い出して、先ほどの自分のやった行動を冷静に理解して桜彩の顔が瞬時に沸騰する。
冷静に考えれば明らかに友達同士の距離感で行う行為ではない。
(ってちょっと待って! し、しかも私、ふーっ、て自分で冷ましてそれを怜に……)
あの時も少しばかり恥ずかしかったのだが、冷静になって思ってみると少しばかりなんてものじゃない。
(わ、わ、私……)
思わず顔を両手で覆い隠してしまう。
「うう……私、怜に変な子だって思われてないかなぁ……」
今更ながらに自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのか理解してしまう。
そのまま少しの間、桜彩はテーブルに顔を突っ伏して動かなくなってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
怜が寝ている為、桜彩は昼食を簡単に済ませることにした。
一度自分の部屋へ戻って買い置きしてある冷凍食品を食べてから再び怜の部屋を訪れる。
寝室の扉を開けて様子を確認すると、怜はまだ眠ったままだった。
置かれているスポーツドリンクやゼリー飲料に手を付けた形跡はないのでおそらくずっと眠っているのだろう。
苦しいのか顔色はあまり良くはない。
「怜……」
何かしてあげたいのだが、下手に手を出して起こしてしまうわけにもいかない。
その為少しズレた掛け布団を掛け直すだけに留めておく。
(そういえば、私ってこの部屋に入るのは今日が初めてだな)
リビングやキッチンには毎日のように入っているのだが、怜の自室はまだ見たことがなかった。
そう思って少しばかり部屋の中を見回す。
部屋の中は年頃の男子らしくないというか、むしろ怜らしいというか綺麗に片付いている。
学習机にはデスクトップタイプのパソコンとモニター、各種教科書等が置かれている。
本棚には参考書が多く置かれており、他には古い小説が少し。
そして何より動物のぬいぐるみが多く置かれている。
猫、犬、熊などその種類も様々だ。
(やっぱり動物が好きなんだなあ)
そんなことを考えてしまう。
「ん……」
するとベッドの上の怜が少し辛そうな声を漏らした。
反射的にそちらを確認するが、どうやら起きてはいないようだ。
「早く良くなってね」
小声でそう語り掛けて、桜彩は怜の部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん……」
怜がぼんやりと目を開けると見慣れた天井が目に入ってくる。
喉が渇いていた為水分を補給しようとペットボトルに手を伸ばすが、手が滑って床に落としてしまい音が響く。
「怜?」
床に落ちたペットボトルを取ろうとしたところで部屋の扉が開いてそこから桜彩が入って来た。
「あ……」
「怜、目が覚めたの?」
「ん、今……」
まだ起きた直後で頭が働いていないのに加えて頭痛がガンガンと響いている状況でなんとか返事を返す。
みるからに体調が回復していない怜の様子に桜彩が慌てて駆け寄ってくる。
「まだ具合が悪そうだよね。ほら、ゆっくり休んで」
起き上がろうとしていた怜の肩を掴んでゆっくりベッドへ戻そうとする桜彩。
ぼんやりとした頭で桜彩にされるがままにベッドへ横になる。
怜をベッドに寝かせた桜彩は床に転がっているペットボトルに目を向けてそれを拾う。
「喉が渇いたの?」
「うん……」
弱々しく頷くと、桜彩がペットボトルのキャップを開けてこちらに差し出してくれる。
「はい。ゆっくり飲んでね」
「ん。ありがと……」
上半身だけを起こしてスポーツドリンクを飲む。
一息つくと桜彩が手を差し出してくれたので、飲みかけのペットボトルを渡して再びベッドに倒れる。
しかしまだ熱の為に頭が働かない。
「大丈夫? 何かして欲しいことはない?」
「ん、大丈夫……」
「分かった。それじゃあ私はリビングに戻るから」
そう言ってドアの方へと向かう桜彩の後姿を見ていると、一人きりの寂しさが襲ってきた。
「あ……」
そう弱い声を上げるとその声に桜彩が振り返って再びベッドの側まで来てくれる。
「怜?」
「……ごめん。もう少し、隣にいてもらえるか……?」
普段の怜ならば絶対に出てこない言葉。
桜彩に風邪が感染(うつ)るとかそういったことを全く考えずに、自信の願望が口から出る。
「お願い…………眠るまででいいから……」
「うん。私はここにいるよ」
桜彩はベッドの横の椅子に座ると怜の手を握る。
「ありがと……」
それだけ告げて怜は再び瞼を閉じた。
(か、可愛い! 怜にもこういったところがあるんだ)
怜の寝顔を眺めながらそんなことを思う桜彩。
普段は大人びている怜がこうまで甘えてくるとは思ってもみなかった。
(うん。今日は私が怜のお世話をするんだから!)
そんな怜の姿を見て、桜彩は再び強く決意した。
(でも、怜は眠るまででいいって言ってたけど……もう少しだけここにいても、良いよね……?)
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