第55.5話 やっぱりあれはデートってことになる?

【前書き】


 この話は投稿を忘れたことにかなり後に気が付いたため、55.5話として挿入しています。





【本文】


「それで、だ。怜、お前がトラウマを克服したってことは、オレ達にとっても嬉しいことだ」


「そうだね。りっくんの言う通りだよ。おめでとう、れーくん」


「うん、ありがとな」


 ひとしきり怜の写真を堪能した後、怜に対して喜びの言葉を掛ける二人。

 それが怜にとって楽しく幸せな時間の終わりで、辛く不幸な尋問の始まりだった。


「そ・れ・で~」


 蕾華が意地の悪い顔を近づけてくる。

 いきなり変わった親友の雰囲気に驚く怜。

 一体何か変なことを言ったのだろうか。


「れーくんはいったい誰と猫カフェに行ったのかな~?」


「まさか一人で行った、とか嘘を言うなよ~」


「……………………え゛?」


 思いもよらなかった二人の指摘に怜が固まる。

 二人はニヤニヤと笑いながら怜が先ほど送った写真を表示したスマホを手に怜に詰め寄る。

 片手に持ったスマホをもう片方の手で指差しながら


「ここって前にアタシとりっくんが二人で行った猫カフェだよね」


「そうだな。オレと蕾華の二人で行った猫カフェだな」


「うんうん。れーくん、前に言ってたよね。猫カフェってのはとてもじゃないけど、男の子が一人で入るにはちょ~っとばかり辛い空気だって確かに言ってたよね~」


「……………………」


 しまった、と怜は思う。

 確かにこの写真はまごうことなき猫カフェで撮られた写真だと分かる。

 過去に訪れたことのある二人が見間違うことはないだろう。

 そして(実際はそうでもないのかもしれないが)怜の考えでは猫カフェとは男子が一人で入るには敷居が高すぎる場所だ。

 怜の背中に冷や汗が流れる。

 ついテンションが高く、そこまで深く考えずに写真を送ってしまった数分前の自分を強く叱責しっせきしたい。


「……ま、まあ確かに男子一人で入るには辛い空気かもしれないけど、入っちゃいけないってルールがあるわけでもないし……」


 苦し紛れの言い訳をしてみる。

 しかしそれは、怜が隠すようなことがある、と二人に教えたも同然だった。

 二人共先ほどよりも目を輝かせて迫って来る。


「うんうん。確かにれーくんの言う通り、男子が一人でも猫カフェに入ることは出来るよね。でもれーくんは一人で入ったわけじゃないよね」


「な……何を根拠に?」


「え? さっき言った通りの理由だよ。れーくん、前に言ってたじゃん。『猫カフェとか犬カフェって男一人とか、男同士ですら入るのキツイよな。女子がいないと入るの無理だろ』って」


 確かにそう言ったことがある。

 というか、それは当然のことだと思う。

 いやまあ実際に男一人で入る客もそこそこ居るという話も聞いたことがあるが、怜としては自分が一人で入るにはかなり敷居が高いと思っている。


「……まあキツイだけで、入れないわけじゃないし」


「でも、れーくんは一人じゃないよね」


「……だから何を根拠に?」


「親友としての勘」


「そうだな。怜はそういうやつじゃねえよな」


 胸を張って言い切る蕾華に陸翔も頷いて同意する。

 ここで『いや、一人で行った』と言えばそのまま勢いでごまかせるかもしれない。

 しかし怜はこの二人の親友になるべく嘘は言いたくはない。

 ミスリードを誘うようなことをしても、嘘はなるだけ言わないというのが怜のルールだ。

 その為どうやってごまかそうか考えを巡らせる。

 しかし、今はもうただでさえ目立つ三人が大きな声で話している為、既に何人かのクラスメイトもこちらの方へと注目を始めている。


「で、誰と行ったの!? 誰とデートしたの!?」


「はあ!? デート!?」


 素っ頓狂な声を上げる怜。

 それに対して蕾華と陸翔は『何を言ってるんだこいつ』というような眼差しで怜を見る。


「男と女が一緒に猫カフェに行ったんだろ? それじゃあそんなのデートじゃねえか」


 その言葉に横の席で耳を澄ませていた桜彩がビクッと体を震わせて顔を赤くする。

 確かに世間一般的には陸翔の言う通りなのかもしれない。

というか、猫カフェの店員にも恋人だと勘違いをされたことを思い出す。


(や、やっぱりあれってデートになるのかなあ……。い、いや、怜とのデートが嫌ってわけじゃないけど……)


(いや、確かに店員にも勘違いされたし客観的に見ればデートかもしれないけど……。でも……)


 隣同士で同じことを思いながら照れてしまう。


「あ、もしかして何人かの女子と一緒に行ったの?」


ちげえよ! 一対一だ…………! あ…………」


 ここで怜は自らの失言を悟ったがもう遅い。

 その言葉を聞き逃す親友二人ではなかった。

 怜の発言を聞いて顔をニマッと綻ばせ、失言により呆けている怜の肩をバンバンと叩いてくる。


「おいおいおいおい、やっぱりデートじゃねえかよ!」


「え、れーくんいったい誰と行ったの!? アタシ達の知ってる人!?」


「そーかそーか。怜もようやく春が来たか。で、相手はどこの誰なんだ?」


「ねーねーれーくんれーくん! 今度その人と一緒にダブルデートしようよ~!」


 怜がデートをしたと聞いては黙っていられずに思いっきり食いついてくる二人。

 バンバンと肩を叩きながら嬉しそうな顔をして矢継ぎ早に言葉を浴びせてくる。

 しかも目立つ三人が大きな声で話していたせいか、クラスの中にも怜がデートしたという話を友人同士で話している者までいる。


「え? きょーかんがデートしたってマジ?」


 そこでちょうど登校してきた奏までもが話に加わって来る。

 荷物を手早く自分の席に置いた後、早歩きで三人の方へと向かって来た。


「あ、奏。おはよー」


 片手を上げて蕾華が答える。


「おはー。それで、きょーかん。デートしたってホント?」


「だから違う!」


 同じく片手を上げて蕾華に挨拶を返した後、怜の机へと両手をついて身を乗り出してくる奏に対して大声で否定する。

 既にクラス全体の注目を集めてしまっている為、このまま話を放置したらなし崩しにデートしたことが既成事実となってしまう。

 まあ桜彩と二人で猫カフェに行ったのは間違いではないのだが。

 流し目で隣の桜彩を見てみると、顔を真っ赤にして下を向いていた。

 幸いなことにクラスメイトの注目は怜達に向いているために、いつものクールモードとは違う様子の桜彩が気付かれてはいないようだが。

 怜の返答に事態の良く分かっていない奏が再度蕾華の方を向く。


「ちょっと蕾華、どーいうこと?」


「れーくんが女子と二人で猫カフェに行ったって」


「えーっ! なにそれ、きょーかんにそんな女子いたんだ!」


「だからきょーかんはやめろ、宮前!」


 いつもの突っ込みを入れるが奏はそれを気にせず怜の背に回り込む。


「まーまー、そんなことよりきょーかん。いったい誰と猫カフェ行ったの?」


「……誰でもいいだろうが」


「えーっ!? 教えてくれてもいーじゃん!」


「教えない。教える理由がない」


「おーしーえーてーよー!」


 口をへの字に曲げた奏がそう駄々をこねながら怜の肩を掴んで揺らしてくる。

 反動で頭が軽くシェイクされて少し気持ちが悪い。


「そうだぞ怜。教えろって」


「うんうん。さあ早く吐いちゃお?」


「こーたーえーまーせーん!」


 言いながら口にチャックをするようなリアクションを取る。

 もうここまでくると下手な言い訳よりも口をつぐんだ方が得策だという判断だ。

 怜が何も言わなければ相手が桜彩だとバレる心配はない。


「えーっケチ」


 そう言って奏はより速く怜の肩を揺すってくる。


「むぅ……」


 気のせいか隣の桜彩から睨むような視線を感じる。

 とそこで教室の扉から担任の瑠華が入って来た。

 奏に肩を揺らされながら時計を確認すると、ホームルームの開始まで後五分程度ある。

 今日に限って早く来てくれた瑠華に、これでこの尋問から逃れることが出来ると怜は珍しく感謝した。

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