第56話 クールさんは『大切な相手』
「はーい、みんなおはよー。ちょっと早いけど席に着いてーっ」
教壇に立った瑠華がクラス中に声を掛ける。
その瑠華の言葉が聞こえていないのか、陸翔、蕾華、奏の三人はまだ怜に絡み続ける。
「おーい怜、いい加減に観念しろよー」
「そーだぞれーくん。さあ、誰と行ったのか言っちゃって」
「きょーかーん。誰とデートしたのー?」
「ええい、やかましい! 早く席に着けっての。瑠華さ……竜崎先生もう来てるぞ」
そんな風に騒いでいると、当然ながら瑠華の目に留まることになる。
いつまでたっても騒ぎが収まらない一角を瑠華が睨むような目で見てくる。
「ちょっとそこー! 早く席に着きなさーい!」
「ちょっと待ってお姉ちゃん! ホームルームの開始までまだ時間あるでしょ!? 今大事な話をしてる最中だから!」
担任教師としての瑠華の真っ当な台詞に対し、珍しく蕾華が声を荒げて逆切れする。
少なくとも今の発言に関しては瑠華の方が絶対に正しいだろう。
まあ確かにまだ五分ほど時間があるのは確かだから、蕾華の言うことも一理あるのだが。
「ちょっとらいちゃん! 何言ってるのよ!」
「だからちょっと待って! れーくんに彼女が出来たんだよ! 相手が誰か問い詰めないと!」
「だから教室中にデマをばらまくんじゃねえ!」
「えっ?」
蕾華の言葉に教壇に立った瑠華が硬直する。
妹の言葉の意味が理解出来ていないのか顔にクエスチョンマークを浮かべる。
そして
「え? れーくんに彼女? 嘘でしょ? え? どういうこと?」
戸惑ったまま蕾華から怜に視線を移す。
そしてやっと意味が理解出来たのか、ぷるぷると震えながら驚いた表情で怜に指を向ける。
「ま……まさか……れーくんに……」
「いやストップ! 彼女なんて出来てない!」
怜がそう言うが、既に瑠華は聞く耳を持っていない。
信じられないことを聞いたというような青い顔をして怜を見る。
「れ……れ……れーくんの裏切り者ーッ!! れーくんだけは、れーくんだけは、らいちゃんやりっくんと違って色恋に
そう金切り声を上げて悔しがる瑠華。
「よくも騙したなあーッ!! れーくんだけはあたしより先に恋人なんて作らないって信じてたのにーッ!!」
「だから恋人なんて出来てないって言ってるでしょ! ていうか、その条件だと俺は瑠華さんが死ぬまで恋人作れないんですけど!?」
さりげなく瑠華に対して酷いことを言う怜。
まあこのような醜態を見ては、いくら見てくれが良くても恋人を作ることは難しいと思う。
「ちょっとれーくん! それどーいう意味!?」
「そのままの意味ですが何か?」
とりあえず瑠華をダシにして話を逸らそうとする。
ちなみに蕾華もうんうんと頷いていた。
「れ……れーくんの内申点超絶に下げてやるーッ!!」
涙目で教卓をバンバンと叩きながら泣きわめく瑠華。
もはや教師の威厳も何もあったものではない。
そんな見苦しい姉を無視して蕾華が優しい目をして怜に声を掛けてくる。
「でもされーくん。アタシはれーくんが誰を好きになっても応援するよ。アタシのお姉ちゃんのことを好きになったとかとち狂ったこと言い出さない限りは」
「ありがとう蕾華。もし俺がそんな正気を失ったことを言い出したらちゃんと病院に連れて行ってくれよ」
「まかせろって怜。そん時はお前が正気を取り戻すまで、オレと蕾華で責任もって病院に監禁するからな」
「ちょっと三人共! それいったいどういう意味ーッ!?」
「「「そのままの意味」」」
わめき続ける瑠華に対して三人同時に答えを返す。
「うるさいですよ! ホームルームが始まろうというのに何を騒いでるんですか!」
とそこで騒ぎを聞きつけた通りすがりの学年主任が教室へと入って来る。
泣きわめく瑠華を見て大体の事情を察した主任は頭を抱えて瑠華を廊下へと引っ張り出した。
おそらくこの後はお説教が始まるのだろう。
そしてこの光景を特に驚きもなく受け入れているクラスメイトもある意味で凄い。
「それでれーくん。話を戻すけどいったい相手は誰なの?」
(チッ)
怜の机の上に身を乗り出してヒソヒソと聞いてくる蕾華に心の中で舌打ちをして露骨に嫌そうな顔をしておく。
瑠華をダシにしてごまかそうとしたのだがそうはいかなかったようだ。
瑠華がいなくなったところで蕾華はしっかりと先ほどの話の続きへと話題を戻してくる。
ただ一応他の人に聞かれないように、陸翔と二人で席を怜の方へと寄せて小声で聞いてくるくらいの配慮はしてくれた。
奏も席には戻らず耳を寄せてくる。
「……姉さんの知り合い。これ以上は答えない」
怜も小声で返事を返す。
嘘は言っていない。
桜彩は確かに数日前に怜の姉の美玖と知り合っているのだから。
ミスリードを誘っていることは事実だが。
「へー、美玖さんの友達……。ってことは年上かあ」
蕾華が意外そうな顔をする。
どうやらミスリードは成功したようで、相手が桜彩だとは露にも思っていないだろう。
陸翔と奏も蕾華と同様でうんうんと頷きながら
「確かに意外っちゃ意外だな。お前は彼女に対して超激甘に甘えさせるタイプだと思ってたから、てっきり同級生か年下だと思ってたぞ」
「何を根拠に?」
「いや、お前って仲の良い相手にはかなり世話焼きじゃん。自分でも自覚してるだろ? 甘えてくる相手には際限なく甘えさせるタイプだって。一歩間違えば相手が堕落するレベルで」
陸翔の言葉に桜彩が再びビクッとした。
(……確かに私、怜に甘えすぎてるよね)
(……確かに俺はこの二人や桜彩に対して甘いところがあるからな)
そんなことを思う二人。
「でもさ、年上だからって年下に甘えないわけじゃないんじゃない? きょーかんなら年上でも甘えさせそう」
「うん、確かに。れーくんなら年上彼女であっても存分に甘えさせるかも」
「……だから何だよそのイメージは」
「日頃のれーくんのイメージ」
その言葉に陸翔と奏が頷く。
怜がそういった性格なのは既に多くの相手に知れ渡っている。
「一応真面目に言っておくけど、本当に彼女じゃないからな」
「……一緒に猫カフェに行ったのに?」
「……行ったのに」
蕾華が疑わしげな目で聞いてくるが仏頂面を作って答える。
「はいはい。瑠華さ……竜崎先生がいなくなったとはいえ、そろそろ授業始まるぞ。早く準備しろって」
長く話し込んでいた為にそろそろいい時間だ。
ホームルームはなし崩し的につぶれてしまったが、特に重要な連絡があったわけでもなさそうなのでまあ良いだろう。
「はいはーい、そんじゃーねー」
その言葉と共に手を振りながら奏が自分の席へと戻るのを確認して、陸翔が後ろを振り返る。
「じゃあ怜。その相手ってお前にとってどういう存在なんだよ」
陸翔の方は真面目な顔をして聞いてくる。
その質問に怜は少し考えこむ。
(彼女……ではないよな。友達ってのは確かだけど、それだけでもないし……)
「怜?」
考え込む怜の顔を陸翔が覗き込む。
「……友達だよ」
少し考えてそう答える。
「友達ねえ」
「ふーん、友達かあ」
疑わし気な目を向けてくる親友二人。
「まあ、俺にとって大切な相手ではある」
「え……」
怜の言葉に隣の桜彩が誰にも聞こえないくらいの小さな声を上げる。
一方で二人は怜の言葉に少なからず驚きを覚えた。
「はい、話はここまで。なんで朝のホームルームの時間に俺の人間関係について話さなきゃいけないんだよ。それにもうそろそろ授業始まるぞ。準備しろよ」
ちょっと大きめの言葉で、ひそかに怜達の方へと注目していたクラスメイトを含めた皆が時計を見る。
「あ、やべえ。今日俺が当てられる番だ!」
「えっと、課題の範囲はここで合ってるよね?」
「前回の範囲がここだから今日の範囲は……」
クラスメイトの皆が意識を授業の方へと向ける。
「まあなんだ。相談だったら乗るからな」
「うん。今は話せなくても話せるときに話してね」
「ありがと、二人共」
陸翔と蕾華もそう言いながら怜の方へと親指を立てた後、授業の方へと意識を向ける。
なんだかんだ言って怜のことを気に掛けてくれているのは間違いない。
二人が前を向いたことで、怜はスマホを取り出して美玖と守仁へ『動物に触れるようになった』とメッセージを送る。
今の反省を活かして文面は最低限簡潔にした。
後で細かいことを聞かれるだろうが、まあその時は適当にごまかせばいい。
そしてポケットにスマホを仕舞おうとしたところで怜のスマホが震えた。
美玖か守仁から返信が来たのかと思ったが、どうやらメッセージを送ってきた相手は桜彩のようだ。
陸翔と蕾華が前を向いたままなのを確認して、そっとメッセージの中身を確認する。
『ありがとう、怜 大切な相手って言ってくれて嬉しかったよ』
隣を見ると、桜彩が顔を赤くしながらこちらに向かって少し恥ずかしそうに笑顔を向けていた。
その顔に見とれそうになりながらも怜も素早くメッセージを返す。
『俺にとって桜彩が大切なのは事実だからな』
『ありがとう 私も怜のことを大切に想ってるよ』
それを見て怜の顔も赤くなってしまう。
断じて異性としてそういう意味で言っているのではないことは分かるのだが、それでもこのような美少女にそう言われては照れてしまう。
「お、なんだなんだ? 嬉しそうな顔をして、愛しの年上彼女からのメッセでも来たのか?」
後ろを振り向いた陸翔がからかうように言ってくる。
赤く染まった顔を一瞬でいつもの表情に戻してスマホを隠す怜。
「だから俺に彼女なんかいないって。それよりも先生来たぞ」
教室の前方を指さす。
それにつられて陸翔が再び前を向いた後、怜と桜彩はお揃いのキーホルダーを取り出して見せあいながら、顔を見合わせて微笑み合った。
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