第57話 シスターズの追及
「ゴメン、桜彩」
放課後、桜彩と待合せたスーパーにて開口一番怜は両手を合わせて謝罪の言葉を口にする。
それを受けた桜彩がきょとんとした顔で怜を見る。
「怜? 私、怜に謝られるようなことってあったっけ?」
まるで心当たりがないという桜彩の言葉に怜も顔を上げる。
「いや、朝によく考えずにあの二人に写真を見せたりとんでもない失言したり……」
「ううん、そんなことないよ」
やってしまったと肩を落とす怜に桜彩は優しく言葉を掛ける。
「怜があの二人に自分のことを話したいって思う気持ちは分かるもの。それに結局私との関係はバレなかったんでしょ?」
「まあ、それはそうだけどさ」
あれがバレなかったのはあくまでも運が良かっただけだ。
一歩間違えばバレてしまってもおかしくはない。
しかし桜彩はゆっくりと首を振る。
「怜。怜が私との関係を大切にしてくれるのは嬉しい。でもさ、もしも私と怜の関係がバレて他人に何か言われても私はもう大丈夫。だって私の隣には怜がいるもの。でしょ?」
そう言う桜彩の顔には満面の笑みが広がっていた。
それほどまでに自分を信じてくれていることが本当に嬉しい。
「それにさ。もしそうなったとしても、あの二人は絶対に怜の味方をしてくれるでしょ? それなら怜も何も怖くないじゃない」
「……そうだな」
怜も桜彩の言葉にゆっくりと頷く。
桜彩の言う通り、怜と桜彩が隣同士で一緒に食事をしている、という関係が広まったとしても、陸翔や蕾華が悪意のある噂に加担することは絶対にない。
そんな噂が広まっても絶対に怜の味方をしてくれるという確信もある。
「それに陸翔と蕾華だけじゃなく、桜彩も俺の隣に居てくれるんだろ?」
「うん。もちろんだよ」
当然だという風に、笑顔のまま頷く桜彩。
そんな彼女が隣にいてくれるのなら確かに怖くは無いだろう。
「それに、ね。私、嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
怜が聞き返すと桜彩は怜から視線を外して照れたような表情をする。
「うん。怜が、私の事を大切な相手って言ってくれたの、本当に嬉しかった」
「う……。まあ、事実だからな」
「うん。ありがとう、怜。私も怜の事は大切に想ってるよ」
「それこそありがとうだな」
お互いにお礼を言い合いながら、ついおかしくなって吹き出してしまう。
ひとしきり笑った後で、二人はスーパーへと目を向ける。
「それじゃ、今日の買い物を始めようか」
「うん。今日は何が安いかな?」
「ネットの広告によると、豚肉が全般的に安いみたいだぞ」
入口の自動ドアを通りながら、スマホに表示された広告を桜彩に見せる。
すると桜彩は良いことを思いついた、という様に目を大きく見開いて手をパンと鳴らす。
「それじゃあ今日は肉巻きにしない?」
「肉巻き? 三日前にも食べなかった?」
「だって怜の肉巻きって凄く美味しいんだもん」
桜彩が期待に満ちた瞳で怜を見つめてくる。
「とはいえ調味液に漬ける時間がなあ……」
あれは本来、長時間豚肉を怜の特性の調味液に漬けこんで作る物だ。
その答えに桜彩ががっくりと顔を下に向ける。
「うう……怜の肉巻き、食べたいよう……」
残念そうにしょんぼりしながら店内を見回す桜彩。
その姿を見ていると、ちょっと罪悪感を感じてしまう。
「まあ、家に帰ってすぐに漬け込めば何とかなるか。それに隠し包丁も入れて……」
「えっ?」
怜の呟きに下を向いていた桜彩がぱっと顔を上げる。
そして申し訳なさそうな顔をしながらも、再度期待に満ちた瞳で怜の方を見る。
「良いの?」
「そんな顔をされちゃあさすがにな」
「ふふっ、ありがと。怜はやっぱり優しいね」
「そうか? 優柔不断とも言えるんじゃないのか?」
「そんなことないよ」
そう言いながら苦笑する怜と、上機嫌で豚肉売り場へと向かう桜彩。
相変わらず二人でいる時は教室内と違って表情が豊かだ。
夕飯のメニューが肉巻きと決まってからは、心なしか歩く姿も軽やかに見える。
「怜、早く早く! お肉が売り切れちゃうよ!」
豚肉売り場で大きな身振りでこっちに来いと手招きする桜彩に、怜も笑顔のまま早歩きで向かって行く。
そのまま豚肉を吟味して、豚肉で巻く野菜等を選んでレジへと向かう。
買った食材を用意してある二つのエコバッグへと入れてそれぞれ一袋ずつ持つ。
気持ち怜が持つ方が多めに。
そのまま二人の住むアパートへと向かい、お互いの部屋の前で一度別れる。
「着替えたらすぐに行くからね」
「ああ。鍵は開けておくからそのまま入ってくれて構わないぞ」
「うん、分かった。ちゃんとエプロンも着けていくね」
先日、桜彩の誕生日にプレゼントしたエプロン。
あれから毎日、料理を作る時に着用してくれている。
それを見るたびに自分のプレゼントをちゃんと使ってくれているんだと嬉しさが込み上げてくる。
「それじゃあね、怜。と言ってもすぐにそっちに行くけど」
「ああ。それじゃあまたすぐに会おう」
「うん」
そして二人はそれぞれの部屋の鍵を取り出す。
お揃いのキーホルダーの付いた鍵を見て、朝と同じように二人で一緒に微笑んだ。
これが二人のいつもの日常。
偶然の積み重ねで出来た、甘い半同棲生活のような二人の大切な時間の始まりだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「美味しかったーっ!」
夕食を食べ終えた桜彩が笑顔で嬉しそうに一息つく。
毎回のようにこうして美味しいと言ってくれるとやはり嬉しいし作り甲斐がある。
「やっぱり私、怜の作る肉巻きが大好きだな」
「ありがとな。そう言ってくれるとやっぱり嬉しい」
そう言いながら食後のお茶を用意する。
恒例となった二人のお茶会を楽しんでいると、テーブルの上に置いていたスマホが着信を告げる。
どうやら姉の美玖からの連絡のようだ。
桜彩に目配せすると出ても良いとアイコンタクトで言ってくれたので、通話のボタンを押す。
『もしもーし』
「はーい。何か用、姉さん?」
『あ、怜? 側に桜彩ちゃんいる?』
「いるけど何? ていうか、直接桜彩に掛ければいいんじゃないの?」
先日の一件で桜彩と連絡先を交換していることは聞いている。
わざわざ自分を経由する必要もないだろう。
『ああ、桜彩ちゃんだけじゃなくあんたにも用事があるのよ』
「俺にも? ってことは俺たち二人に?」
『ええ。今こっちに葉月もいるからね。ああ、ちゃんと桜彩ちゃんにも聞こえるようにスピーカーにしてよ』
「了解」
どうやら電話の向こうは桜彩の姉の葉月が美玖と共にいるらしい。
まあ二人は友人なので別におかしなことではないのだが。
そんなわけで電話を通して光瀬姉弟と渡良瀬姉妹の通話が始まった。
『単刀直入に聞くわね。あんた、桜彩ちゃんと猫カフェでデートしたってホント?』
「ぶっ!」
「えっ!」
美玖の言葉に俺と桜彩が同時に声を上げて驚く。
デートかどうかはこの際横に置いておいて、猫カフェに行ったのは本当だ。
だがそれを何故美玖が知ったのか。
焦る二人にスマホのから更に追及する声が聞こえてくる。
『桜彩ちゃん、本当に怜と猫カフェに行ったの?』
「え……あ、は、はい……確かに怜さんと猫カフェには行きましたが……」
桜彩が小さな声で答える。
『ふーん。なるほどねえ』
『それで二人共。黙ってたのはまあ良いとして、当然写真はあるのよね? ちゃんと後で送りなさいよ』
美玖だけではなく葉月まで乗り気で聞いてくる。
「…………ていうか、何で知ってるのさ」
『蕾華ちゃんから連絡があったのよ。あんたがあたしの知り合いと猫カフェデートしたんだけど、相手は誰かってね』
「……ああ」
一緒に行った相手は美玖の知り合いと答えたのだから、蕾華が美玖に聞いてもおかしくはない。
正直その可能性を完全に考えていなかった。
『で、さっき詳しく話を聞いたところ、多分桜彩ちゃんじゃないかって思ったのよ』
「そういうこと。それで蕾華にはなんて答えたの?」
『とりあえずあたしの友達で信用出来る相手、とだけ言っといたわ。向こうもそこが一番気になってるだろうしね』
その言葉に怜は安堵する。
陸翔や蕾華は決して興味本位でこういう話をするような人間じゃない。
怜の過去のトラウマについてよく知っている為に、心配してくれたのだろう。
美玖が桜彩の人間性について保証してくれたのならあの二人もそれ以上の心配はしないはずだ。
「分かった。ありがとう、姉さん。それじゃあさよなら」
そう言って相手の返事を待たずに通話を切る。
これ以上話を続けると絶対にロクでもないことになるのは間違いない。
すると当然ながら即座に美玖から再び電話が掛かってくる。
『ちょっと怜! あんた何切ってんのよ! まだ猫カフェの話を聞いていないでしょ?』
チッ、と舌打ちする怜。
勢いでごまかそうとしたのだが、さすがにこの姉にそんな手は通用しなかった。
「ただいま、電話に出ることが出来ません。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話ください。ピー」
とりあえず留守番電話の真似事でここを乗り切ろうと考える。
が、この姉にそんな手も当然のように通用しなかった。
『あ、怜? あなたの大好きなお姉ちゃんよ。今、あなたに話があったのだけれど、電話が繋がらなくて残念だわ。しょうがないから、今から暇つぶしに桜彩ちゃんと電話することにするわね。あなたの小さい頃の恥ずかしいエピソードを交えて。それじゃあね、怜。体調に気をつけるのよ。さようなら』
「ちょっ、待っ……!!」
あっさりとカウンターを食らってしまう。
さすがにそれは怜にとって分が悪すぎる。
それになんだか心なしか桜彩がちょっと興味があるような顔をしているのも気になる。
『全く……。このあたしをけむに巻こうなんて百年早いのよ。それで? ちゃんと詳しく聞かせて貰うわよ』
『そうね。最初から最後まで包み隠さずに話してちょうだい』
それぞれの姉にとっての本題が始まる。
向こうの様子を見ることは出来ないが、恐らく目を輝かせていることは疑いようがない。
「俺の動物に触れないトラウマを治す為に桜彩と猫カフェに行った。以上」
『だから具体的に聞かせろって言ってんじゃない』
「具体的って言われてもそれだけだから」
『はあ……もういいわ。桜彩、あなたから話して』
何とかごまかそうとする怜に業を煮やしたのか葉月が桜彩をターゲットに変更する。
「え……? ええっと、今怜が言った通りだよ」
『だから具体的に聞かせろって言ってるのよ。ただ猫カフェに行っただけで怜のトラウマが治ったわけじゃないでしょ?』
「そ、それは……最初は目を閉じてもらって怜の手を握って……」
「って桜彩! それは言わなくていい……」
姉の口車に乗って事細かに話し出そうとした桜彩を止めようとする。
だが、そんなことをこのシスターズが許すはずもない。
『あんたは黙ってなさい。これ以上話を遮ると桜彩ちゃんにあんたの小さい頃の恥ずかしいエピソードを写真付きで話すことになるわよ』
「だからそれはやめて……!」
『嫌だったら黙ってなさい。それで桜彩ちゃん。もっと詳しく』
『しかも何? この前まで怜さんって呼んでたのに今はもう怜って呼んでるの?』
美玖と話している時は礼儀として怜のことをさん付けしていたのだが、葉月と話す時はいつもの調子だ。
それを葉月は聞き逃すことなく追及してくる。
「う、うん……。葉月が帰った日から……」
『へえ。更に仲良くなったのね。良かったじゃない』
葉月の質問に桜彩がどんどん二人の思い出を暴露させられていく。
その後、美玖と葉月により猫カフェでの一件を事細かに説明することになった為、怜と桜彩は顔が爆発しそうな程に赤くなった。
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