第58話 割れたカップと放課後のお出かけ
いつも通りの朝、朝食を済ませた後の洗い物をする桜彩。
そんな彼女の横で怜はコーヒーを淹れる為、戸棚を開けて二人分のコーヒーカップを用意しようとするが、そこで手を滑らせてしまう。
取ろうとしたカップは怜の手から滑り落ち、そのまま床へと落ちていく。
「あっ!」
ガシャアアン!
声を上げて落下するカップの方へと振り向くが、既に手の打ちようはなく床に激突して割れてしまった。
「怜、大丈夫!?」
カップが割れる音を耳にした桜彩が、洗い物の手を一旦止めて慌てて怜の方に視線を向ける。
心配そうな顔で見つめてくる桜彩に、安心するように怪我のないことをアピールする。
「俺は大丈夫だけど、カップの方は完全に割れちゃったな」
「怪我は……ないみたいだね。良かったあ」
安心して胸を撫で下ろす桜彩。
このままにするわけにもいかない為、大きな破片を片付ける。
ある程度の大きさの破片を取り分けた後、掃除機をかけて細かいものを吸い込んでいく。
そうして片付けが終わった後で、新たにカップを取り出して二人分のコーヒーを注ぐ。
ちょうど桜彩も洗い物が終わったようで、二人で座ってコーヒーを飲みながら一息つく。
「ふう……。さっきは驚かせて悪かったな」
「ううん、大丈夫だよ。でも怜に怪我が無くて良かったあ」
先程の事を思い出しながら二人で一安心する。
桜彩が落ち着いてコーヒーを飲む姿を見ながら怜が少し考えこむ。
「怜、どうしたの?」
怜の視線を疑問に思った桜彩が顔を覗き込みながら聞いてくる。
至近距離の桜彩の顔に少し驚きながらも怜は顔を上げる。
「いや、新しくカップを買おうと思ったんだけど、どうせなら桜彩の専用の物を買っても良いんじゃないかと思って」
「私の?」
「ああ」
怜の家には来客用の食器類がいくつか置いてある。
主に陸翔や蕾華、瑠華、それに美玖や守仁が様子を見に来た時に使う為の物で、桜彩も怜の家で一緒に食事を摂るようになってから使っている。
一方で怜本人が使う食器は全て自分専用の物だ。
「桜彩ももう毎日のようにうちでご飯を食べるわけだから、専用の物があっても良いと思ってな」
「あ、それだったら私の家から持って来た方が良いのかな?」
そもそも桜彩の家にも食器はあるし、このような関係になってからは桜彩が自宅でご飯を食べることはほとんどない。
桜彩の提案に怜は少し考えてみる。
「でもあれはあくまでも桜彩の物だし、そもそも数組でセットになってる物だろ? それを一組だけこっちに持って来るのもなあ」
「それじゃあ新しく買いに行こうよ。怜の家で食べる時に使う食器、私も選んでみたいし。あ、でも私の食器なんだからお金は私が出すからね」
「分かった。それじゃあ今日の放課後は空いてるか?」
思い立ったが吉日、という言葉もある通り、こういったことは早い方が良いだろう。
そう提案すると、桜彩も笑顔で頷いてくれる。
「うん。空いてるよ。それじゃあ放課後に一緒に買いに行こう」
「ああ」
怜が頷くと桜彩が嬉しそうに笑みを浮かべる。
「桜彩? どうかした?」
「ううん、こうやって怜の家に私の私物が増えていくのってなんだか面白いなって」
「そうだな。ここはもう半分桜彩の部屋みたいなものだし」
桜彩の言葉に怜も頷く。
ここ最近、桜彩は学校と就寝時間以外はほとんど怜の部屋で過ごしている。
それが自然になっているのがなんだか面白い。
「そっか。うん、そうだよね。ありがとう、怜」
「お礼を言われることじゃないって。俺も桜彩と一緒に過ごす時間は好きだからな」
「うん。私も怜と今みたいに怜と一緒に過ごしてる時が大好き」
そう言って二人で笑い合う。
お互いに同じように思ってくれていることが嬉しい。
「それにね、正直言うと、今日みたいに放課後に怜と一緒に出かけるのが本当に楽しみだなんだ。こうやって怜と過ごしてる毎日が、私にはとっても大切な思い出なんだよ。カップが割れちゃったのを喜ぶわけじゃないけどさ、でも怜とお出かけすることになったのは本当に嬉しい。怜、今日も大切な思い出を作ろうね」
いきなりの不意打ちに怜の心臓がドキッとする。
それを表に出さないように平静を装ってコーヒーを一口飲む。
「ああ。俺も楽しみだ」
「ふふっ。怜もそう思ってくれてたんだ。嬉しいな」
さらに畳みかけるようにそう告げてくる桜彩に、怜は顔を赤くしないように頑張る羽目になった。
話の流れで放課後の予定を決めてしまい、コーヒーを飲んだ後、二人はゆっくりと登校の準備を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おまたせ、怜」
「いや、俺も今来たところだからな」
耳に届いた桜彩の声に怜は手元のスマホへと落としていた視線を上げる。
実際にほぼ同じタイミングで学園を出た為にそこまで待っていたわけではない。
それに桜彩を待っている間の時間も怜にとってはそんなに嫌とは思わない。
「それじゃあ行くか」
「うん。まずはどのお店から行こうか?」
買い物に選んだのは何度か来ているショッピングモール。
まだ桜彩と出会って二週間程度ではあるが、偶然出会ったことを含めてここには二人で何度も訪れている。
ショッピングモールなら食器を売っている店も複数あるだろうことから今日はここで探すことにした。
「どういった物を買いたいかだよな。値段やデザイン、材質とか」
「そうだね。でもまずは一通り見て見たいな」
「分かった。とりあえずは案内板を見て、それっぽい店から回っていくか」
「うん。それじゃあまずは案内板からだね」
そう言って桜彩は先導するように怜の前を歩いて行く。
そんな楽しそうな桜彩に、怜も少し笑みを浮かべて後ろに付いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「私はあのお店の物かな」
百円ショップや生活雑貨店を何件かを回ったところで二人でフードコートを訪れる。
ショッピングモール内のスーパーで買ったお茶を飲みながら二人で先ほど回った店の感想を挙げていく。
桜彩が選んだのは全国チェーンの生活雑貨店で、手ごろな値段でそれなりの品質の商品を売っている店として有名だ。
「俺もそれは賛成だな」
「それじゃああのお店に決めちゃうね」
「分かった。早速向かうか」
そう言って立ち上がって決めたお店へと向かう。
周囲を見ながら目的のお店へと向かっていると、桜彩が声を上げる。
「あ……」
途中で何かを見つけた桜彩が足を止めてそちらの方を向く。
怜も桜彩の視線を追ってみると女性向けファンシーショップがあった。
「あ、ごめん。行こっか」
自分の言葉に足を止めた怜に申し訳なさそうに謝る桜彩。
そう言って歩き出そうとする桜彩だったが、その店に未練があるのは明らかだ。
歩き出そうとしたがその足取りは重く、店の方をチラチラと振り返っている。
そんな桜彩が可愛らしくて、つい怜も笑みを浮かべてしまう。
「別に急ぐわけじゃないし、少し寄っていくか?」
「え、良いの?」
怜の言葉に曇っていた顔をパッと明るくした桜彩が、足を止めて振り返る。
「あ、でも遅くなると悪いし……」
だが次の瞬間、桜彩の顔が残念そうに暗くなった。
ただでさえ放課後に少し遠いショッピングモールを訪れたわけだし、何件もお店を回っているのでかなり時間が経っている。
「そんなの気にするなって。それに前に言ったろ? 桜彩が色々な場所に行きたいって言ったら付き合うって」
『これからも私と一緒にいてくれる? 私と色々な場所に行ってくれる? 私に色々な事を教えてくれる?』
『それはもちろんだ。俺だって桜彩と一緒に過ごすのは楽しいからな』
先日、桜彩が行った可愛らしいわがまま。
それに対する答えは怜の本心だ。
「本当に? 怜を無理に付き合わせるのは……」
「だから気にするなって。それに本当のことを言うと、俺も少し興味があるんだ」
「怜……」
その言葉に桜彩が嬉しそうに怜を見上げる。
「だけどこういった所は俺一人じゃ入るのが難しいから、桜彩が一緒にいてくれると嬉しい」
「ありがと。私のわがままを聞いてくれて」
「友人だったらこのくらいは普通のことだから気にするなって。それじゃあ入るか」
「うん! 入ろう!」
嬉しそうに頷く桜彩がファンシーショップへと向きを変える。
「怜! 早く早く!」
笑顔を咲かせて先を急ぐ桜彩に、怜も笑って付いて行った。
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