第59話 お揃いのカップと幸せな時間
「うわあ……可愛い!」
店内の一角にあるキャラクターグッズを取り扱うコーナーで、桜彩が嬉しそうに商品を手に取って眺める。
猫をモチーフとしたキャラクターのぬいぐるみをはじめとして文房具やタオル等、様々な商品が置かれている。
猫好きの桜彩はこのキャラクターが好きなようで、そういえば前に桜彩がこのキャラクターが描かれているノートを持っていたのを思い出す。
同じく猫好きな怜の方も、さすがに桜彩ほどではないがいくつかの商品を手に持ってみる。
周囲に目を向けるとやはりというかお客は女性しかおらず、男は怜一人だけだ。
他のお客はそれぞれ自分の気になった商品を眺めたり、怜の方を見ても特に気にするわけでもない。
やはり桜彩という存在が横にいる為、不審な目を向けられることがないのはありがたい。
まあ怜も桜彩も人目を集める容姿をしているので、実は何人かの若い女性客が怜の方を指差して何か言っていたのだが本人達はまるで気が付いていない。
第三者目線で見れば、完全に放課後デートを楽しんでいるカップルだ。
「怜! この子、もの凄く可愛いよ!」
目を輝かせて大きなぬいぐるみを抱えてはしゃぐ桜彩。
そんな桜彩にスマホを向けると怜の意図を察した桜彩は少し恥ずかしそうな表情をしながらも、素直に怜に写真を撮ってもらう。
「ああ、本当に可愛い! モフモフとしたこの手触りも最高だよ」
怜としてはむしろそんな桜彩を含めて可愛らしく思うのだが、さすがにそれは口には出さないでおく。
そんな怜の内心を知らずに桜彩はぬいぐるみを抱きしめる。
「うう……でも、さすがに値段が……。私の部屋に置くにはちょっと手が届かないかあ」
値札を確認した桜彩が、先ほどまでの笑顔から一転して悲しそにうなだれた。
怜も値札を確認すると、確かに世間一般的な高校生の財布の中身では中々手が出ないだろう。
そういえば不審者騒動の際に桜彩の部屋に入った時に、部屋の中に小さな猫のぬいぐるみが置かれていたのを思い出す。
「まあそうだな。確かにこれは俺達の財布の中身じゃ厳しいか」
「うん……」
怜も桜彩も比較的裕福な家庭で育っており、かつ両親から愛されているので自由に出来るお金はそこそこあるのだが、だからといってこの二人は無駄遣いはしないように心掛けている。
そんな二人にとって、さすがに四桁後半の金額はそう簡単に出せるようなものではない。
「まあ仕方がないよね。それよりも怜、怜は何か気に入った物ってあった?」
「気に入ったのかあ。うーん、どうだろ」
そう言いながら周囲を見渡すと、とある商品が怜の目に映った。
シリコン製の板に猫型の窪みが付いている。
手に取ったそれを桜彩が不思議そうな顔で見てくる。
「怜、それって何?」
「シリコン製の焼き型だな。マドレーヌとかクッキーとかそういうのを作るやつ」
「わあ。ってことは、それを使えば猫ちゃんの形のお菓子が出来るってこと?」
両手を握って目を輝かせて聞いてくる。
値段を確認すると、手ごろな価格でこれなら怜の財布もさして痛まない。
なにより怜もこれを使ってお菓子を作ってみたいという思いに駆られる。
「じゃあ俺は焼き型を買おうかな。といっても色々と種類があるしどれにするか」
「うーん、確かにこれは迷うよね」
二人で一枚ずつ焼き型を確認していく。
「猫の顔のシルエットも良いけど足型ってのも良いかもしれない」
「あっ、確かにそうだよね。凄い、肉球まで表現出来るんだ」
何枚かのプレートを見ながら二人で考える。
最終的に肉球型のプレートを手にしてこれを購入することを桜彩に伝えると、怜の選択に桜彩も満足そうに頷いてくれる。
「うん。良いと思うよ。これでどんなお菓子が出来るのか楽しみだなあ」
「それじゃあもう少し店内を回ってから買うことにするよ」
「うん。私ももっと色々と見てみたい」
そのまま二人で店内を歩いての品物を眺めていると、桜彩があっと声を上げた。
「見て、怜! これ可愛い!」
そう言って手に取ったのは白地に猫が描かれたマグカップ。
猫じゃらしで遊ぶ姿がとても可愛らしく、つられて怜も笑顔になる。
「確かに良いデザインだな」
「だよね! せっかくだからカップはここで買っちゃおうかな」
嬉しそうに喜ぶ桜彩を横目に、怜は棚へと目を向ける。
「俺も朝に割った分を買わなきゃいけないし、せっかくだからここで買おうかな」
「うん、良いと思う。どれにしよっか」
そう言いながら、怜以上に乗り気の桜彩が一つ一つカップを確認し、そのうちの一つを手に取って怜に見せてくる。
「ねえ、これなんかどう?」
自信満々に桜彩が差し出してきたカップを見ると、橙色のカップに猫が描かれている。
ボールで遊んでいるようで、先ほど桜彩が選んだ物のバージョン違いだ。
「これも良いな。うん、これにする。ありがとう、桜彩」
「うん。カップもお揃いだね」
「ああ。キーホルダーと同じでお揃いだな」
そう言って二人でふふっと笑い合い、いくつかの商品を持ってレジへと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ファンシーショップでマグカップと焼き型を買った後、その前にチェックした店で桜彩の食器を買ってアパートへと帰ってくる。
ショッピングモールで少し長居をしてしまった為、既に辺りは暗くなっていた。
「ふふっ、嬉しいなあ。楽しみだなあ」
自室の階へと向かうエレベーターの中、ファンシーショップで買ったマグカップの入った袋を両手で持って緩み切った笑顔で眺める桜彩。
学内ではクール系美人としての姿が板についているだけに、こういった無防備な笑顔はギャップもあって破壊力が高い。
そんな桜彩を微笑ましく思いながら、怜も自分の手元にある袋へと視線を落とす。
当然その中には先ほど買った桜彩とお揃いのマグカップが入っている。
確かに桜彩の言う通り、これを使うのが楽しみだ。
二人がマグカップの入った袋を見ていると、エレベーターが最上階へと到達する。
「それじゃあね、怜。着替えたらすぐに行くから」
「ああ。待ってる」
部屋の前で一旦別れた後、着替えが終わって私服にエプロンを着用した桜彩が怜の部屋を訪れる。
そしていつも通りに共に夕食を作り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よし、完成だな。それじゃあお皿に移そうか」
「うん。分かった」
怜の言葉に桜彩が緊張した面持ちでグリルの中から
もちろん桜彩の分は、今日新しく買った桜彩専用のお皿へと乗せる。
それをテーブルへと運ぶ桜彩の傍ら、怜は冷蔵庫の中から真空パックに入った自家製の白菜の浅漬けを取り出す。
それにご飯と味噌汁を加えて夕食の完成だ。
いつも通りに桜彩と二人で向き合って座り手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますっ」
初めて使う食器にいつもよりもテンションの高い桜彩。
さっそく鰆を口に運ぶといつもの通りに美味しそうな顔を浮かべる。
「美味しっ」
美味しく食べてくれる桜彩に怜も嬉しくなりながら鰆を口に運ぶ。
昨晩から漬け込んでいた調味液が染み込んでおり良い出来だ。
「うん、美味しいな。これで桜彩もレパートリーが増えたかな?」
「そうだね。失敗したらどうしようかと思ったよ」
昨晩、二人の姉に散々からかわれた後で、怜の指示により桜彩が醤油、酒、みりんを混ぜ合わせて調味液を作ったのだ。
「だから失敗しないって言ったじゃん。ちゃんと分量を量って混ぜ合わせるだけなんだから」
「それは分かってるんだけどね。でもやっぱり緊張するよ」
必要以上に緊張していた桜彩も可愛らしかったのだが、それは言わないことにしておく。
そんな怜の心境を知る由もない桜彩は、次々におかずへと箸を伸ばす。
「この浅漬けも美味し~い」
「キノコも香ばしく焼けてるぞ」
「うん。食べる食べる」
そんな感じでテーブルの上の料理が次々にお腹へと収まっていった。
そして食後は怜が買った焼き型でマドレーヌを作る。
生地自体は桜彩が来る前に怜が仕込んで冷蔵庫で寝かせておいた為、後は型に流し込んで焼くだけだ。
なお生地の方は先日家庭科部で作った物とは違い、ホットケーキミックスではなく薄力粉やグラニュー糖等を混ぜた物だ。
焼き型に薄くバターを塗って生地を流し込み、オーブンに入れて焼いていく。
しばらく二人で談笑して待っているとタイマーが鳴ったので、オーブンから取り出した焼き型からマドレーヌを外して皿の上で冷ましていく。
「わあ! 可愛い!」
猫の肉球の形をしたマドレーヌに桜彩が目を輝かせる。
「こんな感じになるんだ!」
楽しそうに焼き型からマドレーヌを外す桜彩を見ながら怜はお茶の準備をする。
そして二人でお茶を飲みながらマドレーヌを食べていく。
「美味しい! けど可愛すぎて食べるのがもったいないかも」
「ははっ。まあまた作ればいいことだし」
「そうなんだけど……うう~……パクッ」
そう複雑そうな表情でマドレーヌを眺める桜彩だが、誘惑には勝てなかったのかそれを口へと運ぶ。
「やっぱり美味しいなあ」
「ありがと。やっぱり料理ってのは食べてこそだからな」
「うん」
さっきまでの微妙な表情から一転して笑顔になる桜彩。
やはりこうやって笑っている時の方が桜彩は魅力的だなと再確認する。
その笑顔を見ることが出来る数少ない人物という特権に怜の頬も緩む。
そして二人で買ってきたマグカップでお茶を飲んで一息つく。
お揃いのマグカップに桜彩の食器。
買い物の時に言っていたように、このまま怜の部屋に桜彩の私物が徐々に増えていくのかもしれない。
桜彩が怜の部屋にいることが本当に当たり前になっていることがなんだか嬉しい。
「ここ一年はほとんど一人で食事をしてた。桜彩と一緒に食べるようになってまだ二週間くらいしか経ってないのに、もうずっと長い事こうしてたみたいに感じる。やっぱり桜彩とのこの時間は本当に幸せだな」
ふと、ぽつりと怜の口からそう言葉が出る。
寂しい一人暮らし。
たまに陸翔や蕾華、瑠華が尋ねて来てくれるものの、家に帰れば基本的にはずっと一人だった一年間。
それがもう昔の事のように懐かしく感じる。
そんな思いからつい口から出た怜の言葉に、桜彩は少し驚いた後、いつもの優しい微笑みを浮かべる。
「最近いつも一緒にご飯を食べてるけど、私も怜と一緒にいる今この時間が凄い幸せだよ。これからも一緒に過ごそうね」
そう怜の言葉に同意して優しく頷く。
この時間を心地良く思っているのが自分だけではなく桜彩もだと知ると、怜もより幸せを感じる。
「ああ。これからも一緒にな」
「うん。一緒にね」
二人が共に心地よく感じるこの時を大切に想いながら、お揃いのマグカップに二人で手を伸ばして乾杯した。
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