第二章中編 風邪引き男子と看病モードのクール女子
第71話 世話を焼きたいクールさん
「む……」
日曜日、いつもの時間に目を覚ましたのだが、いつもよりも体が重い。
それに加えて若干の寒気と頭痛も感じる。
「風邪か……?」
というか、この症状からそれ以外の可能性はほぼないだろう。
普段ならこのまま身支度をしてジョギングへと出かけるのだが、この体調では無理はしない方が良いかもしれない。
そう思って体温計を脇に挟んでしばらく待つ。
電子音が鳴って体温計の表示を見ると、そこに表示されていた数値は38.5℃。
平熱が36℃前半であることを考えると間違いなく熱がある。
「…………どうするかな」
とりあえず後一時間もすれば一緒に朝食を作る為に桜彩がこちらを訪れるだろう。
ヘタをしたら桜彩へと感染させてしまう可能性もある。
しかし連絡しようにも桜彩はおそらくまだ寝ている。
それに自分と共に朝食を食べることが日課になっている桜彩に対していきなり、今日の朝食は作れない、などと言っても迷惑が掛かるはずだ。
「…………簡単に作ってしまうか」
少し考えた結果、先に自分一人で作ってしまってそれを食べてもらえばいいだろう、と結論づける。
そして怜は頭痛や寒気を感じつつも、それに耐えながら重い体をベッドから起こした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつも通りの時間にインターホンを鳴らした桜彩に、鍵は開いているから入ってくれ、と伝える。
「お邪魔しまーす。怜、おはよう」
「……いらっしゃい。おはよう、桜彩」
「って怜、どうしたの!?」
リビングで顔を合わせたとたんに桜彩が驚いたような目を向けてくる。
それもそのはず、今の怜はいつもとは違って顔に覇気がないし、今にも倒れそうな様子だ。
おまけにマスクも着用している。
慌てて桜彩が駆け寄ってくるが、それに対して片手を上げて制する。
「ちょっとストップ。なんか風邪ひいたみたい」
「えっ!? 大丈夫なの!?」
心配そうに桜彩が顔を覗き込んでくる。
「ああ、大丈夫。幸い今日は日曜日だし。それと朝食はもう作ってあるから」
テーブルの上を差しながら答える。
そこには数種類のサンドイッチと数種類の野菜が入ったコンソメスープが置いてある。
しかしその言葉に桜彩は不機嫌そうな顔で怜の顔を睨んでくる。
「そんなのどうだっていいよ! 体調が悪いんでしょ!? 私のご飯なんてどうでもいいから早く休んで!」
怒った桜彩が語気を強めながら近寄ってくる。
その迫力に押された怜は少し後ずさってしまう。
「待った! 感染すると悪いから!」
「じゃあ早く休んで! ほら、ベッドに行くよ!」
桜彩に感染させるリスクを減らす為に近寄らせたくはなかったのだが、桜彩の方はそんなことを全く気にせずに怜の手を掴んで寝室の方へと強引に引っ張っていく。
そして寝室のドアを開けた桜彩に強引にベッドへと導かれる。
「ほら、早く寝て! 薬は飲んだの!?」
「いや、少しスープを飲んでからにしようかなって……」
「分かった! 持って来るから待ってて!」
怜が言い終わるよりも早く、桜彩は怜を残して一度部屋から出ていく。
部屋に取り残された怜は、もうどうしようもない為大人しくベッドの中に入って体を起こす。
しばらくすると、先程作ったコンソメスープを入れたカップとスプーンをお盆に乗せた桜彩が再び部屋に入って来た。
それを机の上に置いて、ベッドの上の怜へと視線を移す。
「全くもう……。体調が悪い時は無理しないでよ」
先程までの怒った感じは既になく、桜彩はいつもの優しい口調に戻っている。
素直にベッドに入っていたのが良かったのかもしれない。
そんなことを考えていると、桜彩が少し気まずそうにしながら謝ってくる。
「それとさ、さっきは強く言っちゃってごめんね」
「いや、それは気にしてないけど……」
むしろあれは自分のことを心配してくれていたからこそ怒っていたわけで、そこに対して気を悪くすることはない。
「でもさ、体調が悪い時は素直に休んでほしいな」
「いや、でもそうすると桜彩の朝食がいきなりなくなるわけだろ? さすがにそれはさ……」
「そのくらい別に構わないよ。そういった時の為に栄養補助食品を買い置きしてるんだから」
桜彩の部屋にはスティックタイプやゼリータイプの栄養補助食品が置かれていることは知っている。
さすがに毎食それだと厳しいだろうが、確かに一食程度なら問題ないはずだ。
そういえば前にそれが朝食だと聞かされた時には随分と驚いたものだ。
まあそれがあったから今の楽しい生活に繋がっているという考え方も出来るのだが。
「私はさ、朝ご飯なんかよりも怜の方がずっとずっと心配なんだから」
「う……ごめん…‥」
本当に心配そうにこちらを見てくる桜彩に頭を下げる。
そんな顔をされると怒られるよりも本当に申し訳なく思ってしまう。
「怜、今度から体調が悪かったら素直に休むって約束して」
「ん、分かった。今度からはそうする」
心配する桜彩にそう答えると、桜彩は満足そうに頷いて右手の小指をそっと差し出してくる。
その意図を察して怜も自分の小指を桜彩の小指へと絡ませる。
「それじゃあ約束したからね」
「ああ、約束した」
そう指切りをして二人はお互いにクスッと笑い合った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「怜、スープは食べられる?」
部屋へと運んできたスープを机へ置いた桜彩が聞いてくる。
「大丈夫、問題ないよ」
ベッドの上で半身を起こして答える怜。
当初の予定では桜彩が朝食を食べた後に一人で食べる予定だった。
「俺の方は大丈夫だから。桜彩も自分の食事を食べとけって」
しかし怜の言葉に桜彩はゆっくりと首を横に振る。
「私のことは気にしなくていいって。それじゃあ怜、お口を開けて」
「え?」
「お口を開けないと食べられないでしょ?」
当然のように言われた言葉に首を傾げる。
さすがに怜にもその言葉の意味するところは分かる。
戸惑っていると、椅子に座った桜彩が両手にカップとスプーンを持って怜の方へと寄ってくる。
「ほら、早く」
自分が食べさせるのが当然だというようにこちらへスプーンを差し出してくる桜彩。
そんな桜彩に上半身を起こしてベッドに座ったままの怜が両手をぶんぶんと振る。
「べ、別に自分で食べられるって」
「だーめ。怜はすぐにそうやって無理するんだから」
別に無理という事でもないのだが。
「それとも、その、迷惑だったかな……?」
怜が首を縦に振らない為、桜彩が少し申し訳なさそうに顔を落とす。
「あ、いや、迷惑ってわけじゃないんだけど……」
そんな顔をされるとこちらが申し訳なく思ってしまう。
「その、な……。さすがに恥ずかしいっていうか……」
「え……?」
熱とは別の意味で怜の顔が赤くなってしまう。
すると桜彩も自分の発言をよく理解したのか怜と同様に顔を赤くする。
「あ、そ、そういうこと……」
「あ、ああ……」
二人で言葉に詰まって沈黙が流れてしまう。
「で、でもさ、怜がご飯を作る時、私もそうやって味見してるでしょ?」
「そ、そうだけど……」
とはいえそれもそれでまだ照れくさいのは事実だ。
桜彩にしても、その味見の方法をお願いした時は恥ずかしさで味なんて分からなかった。
「そ、それにね、今、ここには私達しかいないでしょ? だったら別に恥ずかしくたっていいんじゃないかな……?」
まだ赤い顔のまま桜彩が聞いてくる。
「それにさ、不謹慎だけど、実はちょっと嬉しかったりするんだ。普段は私が怜にお世話になりっぱなしだから、こんな時くらいは私が怜のお世話を出来るんだって。だから怜、おねがい。私に怜のお世話をさせて」
「桜彩……」
目を輝かせながらそう言って来る。
ここまで言われてはもう断る方が難しい。
「分かったよ」
「ありがとね、私のわがままを聞いてくれて」
「いや、俺の方こそ気に掛けてくれてありがとう」
怜がそう観念すると、桜彩が嬉しそうに顔を綻ばせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます