第70話 怜の彼女の正体は?③ ~追及は終わり?~

「え……えっと、れーくん、マジ……?」


 冗談で言った予想に対してまさかのリアクションが返って来たことに驚く蕾華。

 陸翔と共に信じられないように目を見開いて怜のことを見つめてくる。


「怜、お前、まさか本当に隣の人が彼女なのか……?」


「だ……だから違う! 単に顔見知りなだけだって! 時間帯が合うのかよく顔を合わせるから!」


 距離を詰めてくる二人に対して慌てて否定する怜。

 しかしいつもと違って焦っているのが二人には丸分かりだ。


「んー、ホントに?」


「本当に!」


「本当に彼女じゃないのか?」


「本当に彼女じゃない!」


 二人の言葉を強く否定する。

 その迫力に押されたのか二人は少し黙って顔を見合わせる。


「…………うーん、怪しいけどなあ」


「…………そうだな。まあこれ以上の追及は今はやめておくか」


 先ほど追求しすぎたこともあって、疑問を残しながらもここでは素直に引き下がる二人。


「今はってのか気になるけど」


 今後再び追及するということだろうか。

 まあそうなのだろう。

 何かのきっかけで追及される未来がありありと浮かんで来る。


「そうだね。とりあえずは今は良いよね。それじゃあコーヒー淹れちゃうね」


「そういやコーヒー淹れてる最中だったな」


「俺がやるよ。ってかお湯が少し冷めちゃったろ」


 少しの間話し込んでいたのでケトルで沸かしたお湯を再沸騰させながらコーヒーの準備をしていく怜。

 もちろん二人のカップは以前からこの部屋に置いていた物を使って。


「ねえねえりっくん、さっきの話、どう思う?」


「いやー、怜の反応見るとビンゴじゃねえか? 隣の人が年上彼女って可能性は充分にあると思うぞ」


「こういうのって何て言うんだっけ? 瓢箪から駒?」


(…………聞こえない、俺には何も聞こえない)


 コーヒーの準備している傍ら、小声でそんな話をする二人。

 だが突っ込むと手痛いことになるのは火を見るよりも明らかなので、怜は聞こえないふりをしてコーヒーをカップへと注ぎ持っていく。


「それでこれからどうするんだ? とりあえずダベる?」


「うん! 聞いて聞いて! 猫カフェもカラオケもサイコーだったよ!」


 そう言いながら猫カフェとカラオケの写真を蕾華が見せてくる。

 クールフェイスの桜彩を含めた三人共楽しそうな姿が写っている。


「ほらほら! これ見てこれ!」


 そう言いながら写真を見せてくる蕾華に、怜と陸翔もお互いのことを話す。


「こっちはテニスやった後にクッキーとケットと遊んだぜ」


 クッキーとケットとは蕾華の家で飼っている猫の名前だ。

 クッキーは元々怜の家で飼っていた猫で、ケットはその前から蕾華の家で飼われている。

 怜が動物に触れるようになった為、陸翔の家を訪れたついでに瑠華に頼んで連れて来てもらったのだ。

 瑠華は怜が動物に触れるようになったことに驚いていたが、すぐに涙を流して喜んでくれた。

 怜のトラウマについては瑠華も良く知っている為、怜が猫と触れ合う姿を本当に嬉しそうに眺めていた。


「ほら見ろよ」


 怜が二匹を抱いた写真を陸翔が見せる。

 そこにはクッキーとケットの二匹が怜の膝の上に乗ってくつろいでいる姿が写っている。


「ホントだ。可愛いなあ」


「うん。クッキーに直接触れるのは八年ぶりだったからな。俺も感慨深いものがあったよ」


「そっか。おめでとう、れーくん」


 そう言って蕾華は怜の肩をバシンと叩く。

 怜がクッキーに触れないことに心を痛めていたのは蕾華も一緒だ。


「あ、そうだ。この写真って当然アタシにも送ってくれるよね?」


「ああ、構わないぞ」


 陸翔が三人のグループメッセージへ写真を送ると蕾華が嬉しそうにそれを保存する。


「うんうん。やっぱり猫は可愛いよね。やっぱり猫が一番だよね」


「いや待て! 一番は犬だ! 蕾華も見ただろうが、怜がバスカーと遊んでる写真を!」


「それは見たけどさあ、でもやっぱり猫の方が似合ってるじゃん! そうだよね、れーくん!?」


「犬だよな、怜!?」


「だからなんでそうなる……」


 再び始まった犬猫論争に怜は頭を抱えた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「そういやあさっきの宅配便って何だったんだ?」


「ああ。多分野菜とかだと思う」


 言いながらペーパーナイフを持ってきて段ボールのガムテープを剥がしていく。

 段ボールの蓋を開けると、予想通り中には食材が入っていた。

 玉ねぎ、ジャガイモ、タケノコなど数種類の野菜が詰め込まれている。

 一つ一つを手に取って確認していると、後ろから陸翔が段ボールの中を覗き込んでくる。


「春野菜か」


「ああ」


 今度煮物を作っても良いかもしれない。

 むしろ早速今日の夕食に使おうか。


「結構送られてきたよね」


 蕾華も興味深そうに覗き込んでくる。


「今度お弁当のおかずを分けようか?」


「え? 良いの? ラッキー!」


「マジで?」


 怜の提案に二人の顔がほころぶ。


「まあおいおいな。いつ持っていくかはまだ分からないけど」


「うん! 楽しみにしてるね!」


「そん時はよろしくな!」


「オッケー。悪いけどちょっとタケノコの下処理させてくれ」


 タケノコのアク抜きには少し時間が掛かる。

 今から始めれば夕食を作り始めるまでに間に合うだろう。


「うん、良いよ」


「ああ。別に下処理しながら話くらいは出来るだろ?」


「もちろん」


 話しながらタケノコを切って水を張った鍋へと投入。

 そこに米ぬかと唐辛子を入れて落し蓋をして茹でていく。

 その後はちょくちょく鍋の様子を見ながら三人で楽しく今日の出来事を話し合った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夕方になると陸翔と蕾華は仲良く自分たちの家へと帰って行った。

 二人に桜彩のことがバレると面倒なので、二人が帰ってから念の為にしばらく時間をおいて、夕食の為に桜彩が怜の部屋を訪れる。


「わあ! 可愛い!」


 食後に怜がクッキーとケットの二匹と遊んでいる写真を桜彩に見せると、桜彩はその写真を幸せそうに見つめる。


「ねえ、怜。この写真、私にも送ってくれる?」


「ああ。今送るから」


 そう言って怜がスマホを操作して二匹と遊んでいる写真を送ると、送られてきた写真を桜彩はすぐさま保存する。


「だったらさ、桜彩の方の写真も送ってくれるか? 蕾華から桜彩の写真はあんまり送られてこなかったからさ」


「うん、良いよ」


 怜と桜彩の仲を知らない蕾華は桜彩のことを考えて、桜彩の写真を怜に送ることはしなかった。

 怜も桜彩から送られてきた写真をダウンロードして保存する。


「竜崎さんから聞いてたんだけど、本当に可愛い猫ちゃん! 私も触ってみたいなあ……」


 うっとりとしながら写真を見つめている。

 午前中に猫カフェにて猫成分を補充してきたはずなのだが、やはり猫好きにとって猫はどれだけ眺めても飽きないということだろう。

 画面をスライドして次々に写真を眺めていく。


「だけどさ、こんなふうにまたクッキーと触れ合えるなんて、ついこの前までは思ってもみなかった。桜彩のおかげだよ。本当にありがと」


 その言葉に桜彩がきょとんとした顔で怜の方を向く。

 そしてふっと表情を緩めて優しい目で怜を見つめる。


「ううん、怜が頑張ったからだよ」


「でも桜彩がいなかったら頑張れなかった。だからありがとう」


「怜……」


 そのまま二人で相手の顔を見つめ合う。


「でも、そうだね。それなら怜。また私と一緒に猫カフェに行こう」


「そうだな。また行こう」


「あ、それとさっきはありがとね。私も竜崎さんのことは嫌いじゃないけど、やっぱりこのカップは他の人には使ってほしくなかったから」


 お茶の入ったカップを手に持って眺める桜彩。

 その顔には安堵(あんど)の表情が浮かんでいる。


「うん。俺もあのカップは桜彩と二人で使いたいからな」


「そうだね。ありがとう、怜」


 そう二人でにっこりと笑って、お揃いのカップで静かに乾杯した。

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