第68話 怜の彼女の正体は?① ~親友の訪問~
午後、怜と陸翔の二人は怜の部屋へとやって来た。
蕾華は夕方まで女子会らしいので、怜と陸翔はこの後も二人で一日中遊び倒す予定である。
「ふーっ、疲れたーっ」
ソファーへと腰を下ろして座り込む陸翔。
一方で家主の怜は台所で飲み物の準備をする。
「何飲む?」
「とりあえずスポドリくれ」
「オッケー」
冷蔵庫を開けてスポーツドリンクのペットボトルを取り出す。
それを二人分コップに注いでリビングへと戻る。
「はいよ」
「サンキュー」
受け取ったスポーツドリンクを一気に飲み干す陸翔。
怜も同じくスポーツドリンクを飲んで一息つく。
「しっかし相変わらず綺麗にしてんなあ。男の一人暮らしでこれだけ広いと色々と手につかないところも出てきそうなのに」
部屋の中を見回しながら感心した声を上げる陸翔。
家族で住むことを想定されているこの2LDKの物件は、当然ながらそこそこ広い。
「普通はもっと汚れててもおかしくないだろうに」
「いや、さすがに一人じゃ手が回らない箇所もあるぞ。換気扇の汚れとか水回りのゴムパッキンとか。テーブルとかはちゃんと拭いてるけどテレビの上の埃とか毎日落としてるわけじゃないし」
「何言ってんだ。んなもん一般家庭だってそうだろうよ。それにお前だって頻度が低いだけで全くやってないわけじゃないだろ?」
「まあな」
「んじゃそれで良いだろうが。少なくともこの家は一般的に見ても綺麗に保たれてるっての。男の一人暮らしなんて足の踏み場もないくらい物が落ちてるのが普通じゃねえのか?」
「さすがにそれは偏見が入ってると思うぞ。それにその都度物を片付けていけば、床に物が落ちてるなんてことはないからな」
一人暮らししている男性の知り合いもいない為に、実際はどうなっているのかは怜には分からない。
守仁と美玖の住んでいる部屋が綺麗に保たれているのは知っているが。
それに褒めてくれるのは嬉しいのだが、床の清掃はお掃除ロボットに任せている為怜が自分の手でやっているのとは少し違う。
片付けに関しては、実家住まいの頃から床に物を置かずに指定の位置に片づけることを習慣化していた為に、特に面倒だとも思わない。
「お前の自室だってそんなでもないだろ?」
「そりゃあな。蕾華だって来るし」
「はいはい、惚気ご馳走様」
「別に惚気てねえっての」
「隙あらば蕾華との仲の良さを語ってくるだろうに」
「だったら怜も彼女作れって」
「結局のところダブルデートしたいだけだろ?」
「まあそれが一番の理由だな。でも良いぞ、彼女は。お前も彼女が出来ればそういうのが良く分かるって。あ、悪い、もう彼女がいたんだっけな。年上彼女が」
「だからそれは誤解だって」
ククッと笑う陸翔に怜も仕方がないなと笑ってしまう。
陸翔も蕾華も隙あらば二人の仲の良さを存分に怜に語ってくる。
まあ怜としてもそれを聞くのが楽しみの一つでもあるのだが。
「てかさ、前に来たのっていつだっけ?」
「春休みに入った直後だな。大体一か月前か」
「そんなもんか。そう考えると結構経ってるもんだな」
「まあな。つっても新学期始まって一回泊まりに来ようとしたことがあったけど」
あの時は大雨で陸翔と蕾華の泊まりの予定が消えてしまった。
その代わりに桜彩と瑠華と共に夕食を食べ、瑠華に至ってはそのまま強引に二泊もしていったのだが。
まああの場に瑠華がいてくれたおかげで桜彩との距離が少し縮まったと考えれば悪い事ばかりではないだろう。
「あの時の瑠華さんはマジで大変だったからな」
「ククッ。まあ想像はつく。ご愁傷様」
「ホントにな。てか俺の家が汚れる一番の原因は瑠華さんだと思うぞ」
「そんなにひどかったのかよ」
「ああ。ビールの空き缶やら何やら片付けるのは俺だし、完全に俺の家を我が家だと思い込んでるからな、あの人」
「完全にお前をおかん扱いしてるな、それ」
「そうなんだよなあ。俺の第二の姉を自称するにも関わらず、完全に立場が逆だと思う。つか俺はまだ学生だし、向こうは八歳年上の社会人なんだけど」
「まあな。てかお前が世話焼きなのも原因の一つだとは思うけど。ああ、別に悪く言ってるわけじゃねえぞ」
「分かってるって。まああの人は世話を焼くよりも焼かれる側の人間だし。たまに年上として世話を焼いてくれることもあるけど」
まあ迷惑は掛けられるが、その分色々と世話になることもある為そこはそういう相手として割り切っている。
なんだかんだ言って瑠華のことは嫌いではないし、瑠華と過ごすのもそれはそれで楽しくはある。
ただもう少し年齢と立場に見合った行動をとって欲しいというだけのことだ。
もっとも多分無理だろうなと諦めてはいるのだが。
「だけどさ、将来的にはお前の義姉になる相手だろ? 今度はお前が迷惑掛けられるんじゃないのか?」
「ああ、そこは心配ない。現時点で結構迷惑掛けられてる」
「心配ないって言って良いのかよ」
「まあ慣れって点ではな」
二人で笑い合う。
確かに陸翔と蕾華の関係上、怜よりも陸翔の方が瑠華と絡むことは多いだろう。
言いながらテレビの電源を入れる陸翔。
怜はテレビ台の棚からゲーム機を取り出してセッティングしていく。
「それじゃあまずは何からやる?」
「テニスゲー! さっきのリベンジだ!」
陸翔が悔しそうにそう提案してくる。
午前中にやっていたテニスの結果は蕾華との犬猫画像合戦が終わった後、集中力が切れた陸翔のサービスゲームをブレークした怜が7‐5で勝利した。
「いいけど返り討ちにするぞ」
「やってみろって」
そう言う陸翔にコントローラーを渡してゲームをセットする。
そしてゲーム設定を終えた二人はソファーに座って早速試合へと移っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゲームが一段落したところで二人のスマホが音を立てる。
目を向けると蕾華からのメッセージを知らせていたので陸翔がメッセージを開く。
「お、向こうは今解散したってさ。蕾華がこっちに来ても良いかって」
「そりゃもちろん。てか今どこ?」
陸翔が怜の質問をメッセージに打ち込むと、すぐに蕾華から返事が来た。
「今ここから少し先の交番のとこだってさ」
「そこかよ。最初から完全にウチに来るつもりだったじゃん。まあ別に構わないんだけど」
距離を考えると五分もしないうちに到着するだろう。
ゲームも一段落したし、蕾華を含めた三人の分のコーヒーを用意しようとキッチンまで行ってケトルに水を投入する。
そこで怜は一つの問題に思い至った。
(待てよ、もし蕾華と桜彩が鉢合わせたら面倒だな)
怜と桜彩の関係は陸翔と蕾華には隠している。
もし怜と同じアパートの隣の部屋に住んでいることがバレたらそれはそれで面倒だ。
怜としては信用出来るこの二人にバレたところで全く問題はないのだが、桜彩にとってはまだ不安がある。
「ちょっと悪い。席外すぞ」
「おう」
そう言ってスマホを持って自室へと入っていく怜。
それを見た陸翔は特に詮索することなく怜を見送った。
自室に入った怜は桜彩へと手早くメッセージを送る。
『これから蕾華がウチに来るみたいだけど、鉢合わせないように気を付けて』
するとすぐに桜彩から返信が来た。
『うん 分かった 蕾華さんが怜の部屋に入ったら連絡貰えるかな?』
『了解』
そう返事を返すといつもの猫スタンプの『ありがとう』のバージョンが送られてきた。
それを確認してふっと笑いながらリビングへと戻る。
「用事は終わったのか?」
「ああ」
返事をする怜が少し笑顔を浮かべていることに気が付く陸翔。
その種類が学校など他人の多い場所で浮かべる物ではなく、自分達仲の良い相手といる時に浮かべる物に近い。
「なんだなんだ、ニコニコして? 愛しの年上彼女とメッセージのやり取りでもしてたのか?」
「……だから彼女なんていないって何度も言ってるだろ?」
「ククッ、今一瞬戸惑ったろ」
「戸惑ってなんかない」
相変わらず勘が鋭いなと思う。
確かに彼女ではないが、陸翔が彼女だと勘違いしている相手とメッセージをやり取りしていたことは間違いではない。
「照れんなって。別にからかったりするつもりはねえからよ」
「今まさにからかってるよな。っと蕾華が来たかな?」
インターホンから音が鳴ってエントランスに来客が来たことを伝えてくる。
正直このタイミングで陸翔の追及が躱せるのはありがたい。
すぐにインターホンを手に取ると蕾華の声が聞こえてくる。
『もしもーし。れーくん、アタシ!』
「今開けるから。ついでに玄関の鍵も開けておくからそのまま入ってきてくれ」
『はーい』
予想通り蕾華だったのでインターホンを操作して自動ドアのロックを開ける。
「じゃあ玄関開けてくるわ」
「おう。適当に皿借りるぞ」
「りょーかい」
怜が玄関へと向かうと陸翔は皿を用意して怜のアパートに来る前に買ってきたお菓子を皿へと移していく。
怜としては自分で作った物の方が好みなのだが、だからといって市販品も普通に美味しく食べる人間だ。
玄関の鍵を開けながら、素早く桜彩にメッセージを打つ。
『今蕾華がウチに来た』
『分かった ありがとうね』
再び『ありがとう』のバージョンの猫スタンプと共に桜彩から返信が返って来たのを確認してリビングへと戻る。
それから少しして、蕾華が怜の部屋に入って来た。
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