第66話 男子会と女子会① ~一緒に歩くことの出来る幸せ~
桜彩が蕾華と奏と約束した土曜日、いつも通りに怜の部屋で朝食を食べた後は時間まで二人で一緒に過ごす。
怜もこの日は陸翔と二人で遊ぶ予定だ。
約束の時間になるまで、先日二人で訪れた、そして今日桜彩達が訪れる猫カフェについて話す。
しかし、楽しそうに話す桜彩を横目に、怜は少し心の中にモヤっとしたものを抱えていた。
(今日は桜彩とは別々か。……なんかちょっと寂しいな。陸翔と一緒ってのももちろん楽しいんだけど)
いつも一緒に過ごしている桜彩が、今日は蕾華と奏という別の友人達と過ごすことについて考えると何とも言えない複雑な気持ちになってしまう。
むろん怜にとって蕾華は頼りになる大好きな親友であるし、奏も良き友人だ。
しかしどうにも胸がモヤモヤとしてしまう。
一方で楽しそうに話す桜彩も同様に、少し寂しい気持ちがあった。
(この前、怜と一緒に行った時は楽しかったなあ。もちろん、竜崎さんや宮前さんが嫌ってことじゃないんだけど。怜、今日は何をしてるのかなあ……)
普段一緒にいる怜が、今日は陸翔と二人で遊ぶという話を聞いた時から、自分の知らない怜がいる、ということについて桜彩もモヤモヤとしたもの抱えていた。
むろん、桜彩も怜にとって陸翔が大切な親友であるということは理解しているが。
そんなことを考えている二人がふと相手の方を見ると、相手も自分の方へと顔を向ける。
いきなり目が合ってしまってなんとも言えない気持ちになってしまう。
「あっ……」
「えっと……」
恥ずかしくて視線を逸らした怜の目に掛け時計が映る。
そこに表示されていた時刻は九時半。
そろそろ出発した方が良い時間だ。
「…………そ、そろそろ時間じゃないのか?」
「あっ、そ、そうだね! そ、それじゃあ行こっか」
「そ、そうだな」
若干慌ただしくしながら桜彩が一度自室へと戻る。
程なくして準備を終えたので、二人で一緒にアパートを出て道を歩く。
「なんだか新鮮だな。桜彩とこうして歩くのは」
「うん。いつもはエントランスでお別れだからね」
登校する時は二人の関係をバレないようにする為にエントランスで別れるのだが、学校へと向かうわけでもない今日はしばらく一緒に歩いて行く。
普段とは違う行為に二人は自然と笑いだしてしまう。
先ほどまでのぎこちなさはもうどこかへと消えてしまっていた。
「本当は毎日怜と一緒に並んで登校したいんだけど」
「それは俺もだけどな。でも残念だけど、俺達の関係はあまり大っぴらに出来る物じゃないから」
「うん。なんていうか、私達だけの秘密の関係だからね」
「だな」
怜も桜彩も学内ではそれなりに有名である為、そんな二人が隣同士で一人暮らしをしているなどとバレたら確実に面倒なことになるだろう。
それゆえに、この関係を隠さなければならず、学校ではあまり仲良く出来ないのはやはり寂しい。
登下校に関しても二人で並んで歩くのは近くのスーパーからの帰り道という短い距離だけだ。
「だけどさ、だからこそ今は一緒に歩けることを楽しもうぜ」
「怜……。うん、そうだね。今は周りに登校している生徒もいないから大っぴらに怜と歩けるからね。ふふっ、嬉しいな」
「ああ、俺も桜彩と同じ気持ちだ」
そんな楽しい時間を過ごしていると、やがて二人が別れる箇所にたどり着いてしまった。
「それじゃあね、怜」
「ああ、楽しんできてくれ」
「うん。怜もね」
そう言って、少しの、いや、多大な名残惜しさを抱えながら二人はそれぞれの目的地へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「フッ!!」
トレーニングウェアを着用しヘアバンドで前髪を上げた怜が、勢いよくテニスラケットを振って相手のコートへとボールを叩きつける。
それを何とか返そうとする陸翔だが、ボールは大きく逸れてしまった。
「あーっ、クソッ!!」
「っしゃ!」
悔しがる陸翔とガッツポーズを見せる怜。
陸翔の実家は虹夢(にじむ)という名前の幼稚園を経営している。
幼稚園の運営のない土曜日の午前中、怜と陸翔は敷地内に建てたポールにネットを張って、地面に線を引いて作った簡易テニスコートで共に汗を流す。
普段は二人の他に蕾華も一緒にいることが多いのだが、昨日の約束通り蕾華は桜彩と奏と共に遊びに行っている為に今日は二人だけだ。
いや、正確には二人と一匹である。
先ほど陸翔が打ったボールを咥えた犬がこちらに走って来る。
陸翔の飼い犬である恰好良いシェパードで、名前はバスカー。
そのバスカーが口に咥えたボールを怜に渡す。
「ありがとう、バスカー」
「ワフッ」
怜がお礼を言いながら頭を撫でるとバスカーは嬉しそうに尻尾を振って喜びを表現する。
怜は動物好きだしバスカーも怜のことが大好きで、これまで怜が陸翔の家に遊びに来た時に構ってほしそうにしていた。
つい先日まで怜がバスカーに触れなかった為に双方もどかしい思いをしていたのだが、その鬱憤を晴らすかのようにじゃれ合う。
「これでゲーム6‐5だな。次で決めるぜ」
「させねえよ。タイブレークに持ち込んでやる」
お互いに笑い合いながら水分を補給する。
勝負とはいえギスギスした雰囲気はなく、勝利にはこだわっているがそれでも楽しんでいる。
そこで不意に二人のスマホが震えた。
「っと、何だ?」
「蕾華からだな。画像?」
確認すると、親友三人のグループメッセージに蕾華が画像を送ってきたようだ。
二人揃って首を傾げながらメッセージを開くと、そこには猫カフェで猫を抱いている三人の写真が写っていた。
蕾華と奏が笑みを浮かべている一方で、桜彩は先日怜と一緒に訪れた時の満面の笑みとは違い、今回はいつものクールモードである。
とはいえクールでありながらもどこか嬉しそうにしているのが見て分かる。
「猫カフェか」
「ああ。三人共楽しんでるみたいだな」
普段は怜以外の相手と絡む機会のない桜彩だが、蕾華や奏と共に楽しんでいる姿を見て怜も一安心する。
(このまま俺以外の相手ともっと仲良くなれれば良いな。意外と表情豊かな内面とかも皆に知ってもらえたら……)
そう思ったところでふと胸がチクリと痛む。
(む……)
その痛みは一体何だろうと思ったところで隣の陸翔が顔を覗き込んできた。
「怜? どうかしたのか?」
「いや、三人共本当に楽しそうだなって思っただけだ」
動揺を外に出さないようにそう答える。
「そうだな。クーさんもなんか楽しそうだし」
「ああ。まあ女子と一緒の時はそんな感じじゃないか?」
「そうか? よく見てるな」
「まあ、隣の席だからな」
陸翔の指摘に少し焦ってしまうが、どうやら陸翔にはそれに気が付かれなかったようだ。
桜彩と隣同士でかつプライベートの時間の大半を共有しているのは親友である陸翔にすら内緒のままである。
(そうだな。桜彩が楽しそうにしているのは良いことだし、無理に考えることもないか)
先ほどの胸の痛みを頭の奥へと押しやって蕾華へメッセージを返す。
『楽しんでるね』
するとすぐに二人のスマホが再び震えて蕾華から返信がくる。
『うん、もう最高! やっぱり動物は猫が一番!』
そんなメッセージと共に猫のスタンプが送られてくる。
ちなみにいつも桜彩が怜に対して送ってくる猫スタンプとは別物だ。
返信メッセージを怜は微笑ましく見ていたのだが、隣の陸翔は少し悔しそうな顔をする。
「バスカー、カモン!」
「ワンッ!」
二人の足下でボールを転がして遊んでいたバスカーにいきなり陸翔が声を掛けると、バスカーはベンチに座っている陸翔に抱きつくように乗ってくる。
そして陸翔が怜の方を向いてアイコンタクトを送ってくる。
「怜、ちょっとバスカーを抱きしめてくれ。バスカー、ゴー!」
「ん? まあいいけど」
「ワンッ!」
怜の太ももの上を指差しながら陸翔がそう命令すると、バスカーは素直にこちらへと移動する。
陸翔の頼み通りにバスカーを抱きしめると、バスカーは嬉しそうに怜の顔を舐めてくる。
「わあっ! ちょっとバスカー、くすぐったいって!」
「ワンッ!」
普段学校では見せないようなはしゃぎっぷりでバスカーを撫でてあげると、更に嬉しそうに怜の顔を舐めてくる。
そんなくすぐったさを心地好く感じていると、スマホをインカメラに設定した陸翔が並んで写真を撮った。
二人と一匹の写真をすぐにグループメッセージへと投稿し、更にメッセージを付け足す。
『いーや 犬が最高だ』
「…………」
そんな陸翔の様子になんだかなあ、と苦笑しながらスマホを見る。
しばらくすると今度は蕾華から別の画像が送られてきた。
奏が猫を撫でている画像だ。
『ほら、猫って癒されるよね』
というメッセージと共に。
パシャッ
バスカーを撫でながらそれを見ていると、いきなり横でシャッター音が鳴る。
当然のことだが、今、この場にいる人間は怜と陸翔だけ。
そちらを見ると陸翔は何も言わずにスマホを操作している。
「…………」
何も言えないでいると、当然のように怜のスマホがメッセージを受信した。
『癒しなら犬の方が上』
自分とバスカーの画像と共に表示されたメッセージに怜はなんとも言えない表情で陸翔の方を見る。
まず撮る前に一言くらい断ってくれても良いのではないのか。
まあ昨日自分が桜彩にやったことを考えればそれを言える立場でもないのだが。
そんなことを考えていると、すぐにまた蕾華から画像とメッセージが送られてきた。
スマホを確認した陸翔がキッという目で怜とバスカーを見る。
「怜、バスカーを背負った感じで!」
パシャッ
「怜、バスカーにおやつを食べさせろ!」
パシャッ
「怜、バスカーにブラッシングだ!」
「……いや、ここにブラシは持ってきてないだろうが」
「じゃあ今すぐに取りに行くぞ!」
「……やだよ、めんどくさい」
蕾華から次々に送られてくる写真に対して陸翔も写真を撮って送り返す。
色々な写真を撮る為に次々に出される指示に対して怜は半ば諦めて陸翔の言う通りに従っていく。
この場にブラシを持って来ることは拒否したが。
むしろなぜ飼い主である陸翔ではなく怜の写真を送るのだろうか。
まあ蕾華も本人ではなく奏と猫の写真ばかりを送ってくるところを見ると、陸翔と同様にカメラマンに専念しているのだろう。
桜彩の写真を送ってこないのは、表向き桜彩はこちらの二人と仲が良いわけではないから蕾華も気を遣っているのかもしれない。
(てかテニスはどうなった……)
そんな似た者カップルの犬猫画像対決を横に、もうどうでもいいか、と怜は素直にバスカーと戯れていた。
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