第65話 クールさんとカラオケへ③ ~歌うとおなかが空くよね~

 何曲かを歌ったところで二人一緒にソファーへと倒れ込むと、ソファーが音を立てて沈んでいく。

 背もたれに体を預けながら、お互いの顔を見て笑い合う。


「ふぅ……少し疲れた。歌うのって結構体力が要るんだね」


「そうだな。結構肺活量も必要だから」


「でも、音楽の授業や合唱の時に比べても格段に疲れたよ。でもその分充実感が凄いある」


「それは分かるな。やっぱり授業とかと比べると格段に大きな声で歌うことになるし」


「ふふっ。でもやっぱり怜と一緒に歌ったり、怜が聴いてくれてるからってのが一番だな」


「それは俺だって。桜彩と一緒に歌ったり、桜彩が聴いてくれてるのは楽しいぞ」


「怜もそう思ってくれてたんだ。嬉しいな」


「そりゃもちろん」


 笑顔でそう告げてくる桜彩に対して怜も同じ言葉を返す。

 お互いが同じことを考えてくれている。

 それを言葉に出して、二人共更に笑顔になる。


「でも歌ったら少しおなかが空いてきたな」


 今言ったように、歌ったことにより体力が少し消耗してしまったようだ。


「あ、あのね、怜……、またソフトクリーム取りに行かない?」


 恥ずかしそうにそわそわとしながら桜彩がそう聞いてくる。

 

「別に恥ずかしがることじゃないだろ」


「そ、そうだけどさぁ……うぅ……」


「それに俺は桜彩が食べてるところを見るのも好きだしな」


「も、もう……」


 怜の言葉に桜彩がより恥ずかしそうに顔を赤くしてしまう。


「それに俺だっていつも、自分が作った物を美味しそうにたくさん食べてくれるのは嬉しいしな」


「う、うん。怜の料理はどれも美味しいから」


「それに最近は俺だけじゃなく、桜彩も一緒に作ってるだろ? やっぱり美味しく食べるのが一番だ」


「だ、だけどさ、その、体重、とか……」


 恥ずかしそうにそう口にする桜彩。

 怜の周囲の人間、蕾華や美玖、瑠華といった女性陣はあまりそう言ったことを気にしないのだが、桜彩は一般的な女子と同じで気になるらしい。


「別に桜彩が太ってるとは思わないけど」


「え……あ、ありがと……」


 怜の言葉に桜彩が自分の身体を隠すようにしながらも、照れながら嬉しそうにお礼を言う。

 その反応を見て、怜は今の自分の発言を反省する。


「あ、悪い。その、そういうの、あまり言わない方が良かったかな?」


 女性の身体についてあれこれと意見を言うのはマナー違反だったかもしれない。


「う、ううん、大丈夫。怜にだったら別に見られても……」


「そ、そうか……。ま、まあとにかく大丈夫だと思うから」


「う、うん……」


 そのまま二人で視線を逸らしながら無言の時が流れる。

 すると


 くううぅぅ~


 どこかで聞いたことのあるような、そう可愛らしい音が聞こえて来た。

 より恥ずかしそうに目を伏せる桜彩。

 そして小声で聞いてくる。


「……あの、怜、聞こえた、よね?」


「……ま、まあ、な」


 あの時、不審者騒動で一夜明けた朝と同じく、お腹が鳴ったことに恥ずかしそうに俯いてしまう桜彩。

 当時と同じくそんな桜彩の様子が可愛くて、つい怜の顔が笑ってしまう。


「うう……また怜に笑われちゃった……」


「悪い悪い」


 笑顔が止まらない怜の顔を見て、桜彩も笑顔が浮かんでくる。


「まあ、何曲も歌ったらおなかが空くのも当然だよな。そうだ、桜彩、これ見てみて」


 そう言いながら怜が備え付けのタッチパネルを操作する。

 それを横から覗き込んだ桜彩が驚いたように声を上げる。


「あ、ここって食べ物も頼めるんだね」


 こういったところがやはり桜彩らしいな、などと思ってしまう。


「あ! 怜、ハニートーストだって!」


 タッチパネルには、様々なハニートーストが表示されている。

 怜の方を期待するように、目をキラキラと輝かせて見てくる。

 そんな仕草に怜も笑って頷く。


「そうだな。せっかくだし食べてみるか」


「良いの!? ありがとう、怜!」


「ああ。ただ夕食もソフトクリームも食べた後だからな。二人で一緒に食べるか」


「うん! どれにしよっかなーっ!」


 先ほどの恥ずかしさも忘れてハニートーストの種類を真剣に眺める桜彩。

 もしかしたら先ほどのデンモクを操作している時よりも真剣かもしれない。


「怜はどれか食べたいのってある?」


「俺は何でも構わないぞ。桜彩が選んでくれ」


「ありがと。それじゃあね……これ!」


 そう言って桜彩が指差したのは『チョコバナナのハニートースト』。

 名前の通り、ハニートーストの上にチョコバナナやクリーム、アイスが乗っていて見るからに食べ応えがありそうだ。

 それに加えてカロリーも凄まじいと思うのだが、そこは桜彩が気にしていないようなのでスルーする。


「それじゃあ注文するぞ」


「あ、待って。私が頼んでも良いかな?」


 こういった物を頼んだことがないので、早く試してみたいようだ。

 怜がそれに頷くと、桜彩は嬉しそうにタッチパネルを操作して注文を行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「失礼します。こちらがチョコバナナのハニートーストになります」


 注文したハニートーストを置いた店員が部屋を出ていくと、桜彩の目がハニートーストに釘付けになる。


「ふわぁ……す、凄い!」


 一斤ほどの食パンを丸々と使用したトーストの上に、これでもかというくらいのバターとシロップ。

 そしてバナナの上にチョコソースやクリーム、アイスクリーム。

 更に写真では気が付かなかったがプディングまでトッピングされている。

 脂質、糖分、そして何よりカロリー。

 その他諸々を考えたら決して手を出してはいけない代物だ。

 少なくとも先ほど怜の言ったように、夕食とソフトクリームを食べた後に更に食べるような物ではない。

 そんなことを全く考えていないのか、それともあえて考えないようにしているのか分からないが、桜彩は嬉しそうにハニートーストの写真を撮っている。


「それじゃあ怜、食べよっか!」


「そうだな。食べるか」


 取り皿へとハニートーストを取り分けて食べていく。


「美味しい! こういった物を食べるのは初めてだけど、冷たいアイスと温かいトーストがこんなに合うなんて思わなかったよ!」


 ホカホカのトーストと溶けかかったアイスを同時に口に含んだ桜彩が幸せそうに呟(つぶや)いて頬に手を当てる。


「美味しいな。チョコバナナも一緒に食べてみると、また違った美味しさだぞ」


「本当? 私もやってみる!」


 怜の言う通りにチョコバナナを口に運んだ桜彩が再び幸せそうな顔をする。

 口直しのコーヒーを飲みながらそんな桜彩をゆったりと眺める怜。


「美味しい! 怜ももっと食べよう!」


 そう言いつつも止まることなくフォークやスプーンを動かし続ける桜彩。

 怜はスマホを取り出して、そんな桜彩を撮影する。


「あっ、もう……。撮るのは良いけどさ、ちゃんと一言言ってからにして欲しいな」


「ははっ、悪い悪い」


 プン、と顔を赤くした桜彩が拗ねたように抗議する。

 まあ口調から本気で怒っているわけでもなさそうだし、単なる照れ隠し程度だろう。

 そんな桜彩の視線から逃れるように怜もプディングを口に運ぶ。

 すると桜彩がものすごい速さでスマホを操作して怜の写真を撮り返してきた。


「ふふっ、さっきのお返し」


「……ははっ、お返しならしょうがないな」


「うん、しょうがないよね」


 そして二人で笑い合ってお互いの写真を送り合う。


「そういえばさ、最初に二人で写真を撮り合った時もスイーツを食べてるところだったよね」


 写真を見ながらふと思い出したように桜彩が言う。

 まだ二週間程度しか経っていないのになんだかすごく昔の事のように思える。


「ふふっ、これこれ。懐かしいなあ」


 桜彩がスマホを操作すると、リュミエールでお互いに撮り合った写真が画面に表示される。

 今にして思えば、まだ単なる知り合い程度だった二人が仲良くなるきっかけはあれだったのかもしれない。


「そうだな。あの頃はまさか桜彩とこんな関係になるなんて思っていなかったけど」


「そうだね。でもさ、今、こんな感じで一緒にいることが出来て嬉しいよ」


「ああ、俺もだ」


 そう言って笑い合いながらハニートーストを食べ進める。


「でもさ、あの時から怜は優しかったよね。ナンパから助けてくれて、荷物を持つのも手伝ってくれて」


「あれは優しいとかじゃなくて俺のお節介だ」


 照れ隠しにコーヒーを飲みながらぶっきらぼうにそう告げる。

 その言葉に桜彩はおかしそうに笑う。


「そうだね。とっても優しいお節介だったね」


「む……」


 笑いながらそう言ってくる桜彩に怜の言葉が詰まる。

 そんな怜を楽しそうに桜彩が見つめながら


「ありがとうね、怜。あの時怜がお節介を焼いてくれなかったら、私はまだ意地を張って何も出来ないままだったと思う。本当に怜のおかげだよ」


「そんなことないって。桜彩が頑張ったからだろ?」


「ううん、怜のおかげ!」


「いや、桜彩本人の力だって」


「…………」


「…………」


「ふふっ、何言ってるんだろうね、私達」


「だな。ていうか、俺達はカラオケしに来たはずなんだけどな」


「そうだね。それじゃあ怜、もっと歌おう?」


「ああ、歌うか」


 その後は二人でカラオケを歌いながら、ハニートーストやソフトクリームを食べて時間いっぱい楽しんだ。

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