第64話 クールさんとカラオケへ② ~クールさんとデュエット~
「それじゃあ歌っていくか」
「うん。それじゃあ怜、説明よろしくね」
「お任せあれ」
「ふふっ。なにそれ」
うやうやしくお辞儀しながらそう答える怜とそれを見て笑う桜彩。
ソフトクリームを食べ終えたところで、二人は本日の本題であるカラオケへと目を向けた。
と言っても教えることはそんなにない。
とりあえず部屋に置かれていたデンモクを取って操作しようとしたのだが、見にくかったのか桜彩が怜の隣へと身を寄せてきた。
その視線は興味津々にデンモクへと注がれている。
一方で怜としては正直この距離は照れてしまう。
それを悟られないように平静さを装って説明を続ける。
「まずは歌う曲を選ぶか。ここに曲名を入れれば機械の方で検索してくれるから。曲名が分からなければ、歌手でも検索が出来る」
そう言って適当な曲名を入力して検索ボタンを押すと、検索候補が数曲現れる。
「後はここから歌いたい曲を選択すれば大丈夫」
「そうなんだ。私もやってみても良い?」
「ああ」
頷いてデンモクを桜彩に渡そうとすると、そこで二人の手が触れ合った。
「「あっ!」」
驚いて二人の手が一瞬で離れる。
真っ赤になったお互いの顔を見つめ合うと、そこで桜彩も怜との距離に気が付いて距離を取る。
「ご、ごめん! 近かったよね!」
「い、いや、別に、その……まあ、俺も嫌じゃないし……」
「そ、そう……」
「あ、ああ…‥猫カフェの時もこのくらいの距離だったしな」
厳密に言えば、あの時の桜彩は動物に触るのが苦手な怜の為に、今よりも近い距離で怜を抱きしめるようにして手を握っていたのだが。
「……さ、桜彩はどんな曲を入れるんだ!?」
「は、はい! え、ええっと、ちょっと待ってね!」
恥ずかしさを振り払うように大きな声で話す二人。
ほどなくして落ち着きを取り戻した桜彩がデンモクに入力を終えると、今朝桜彩が歌っていた民謡の曲名が表示された。
「え、えっと……今朝、怜が褒めてくれたから……」
「あ、ああ」
「そ、それじゃあ、歌うね」
スピーカーからメロディが流れ出し、それに合わせて桜彩の歌声が部屋中に響いていく。
相変わらず耳に優しい綺麗な歌声。
何度聴いても心に染み入るようなその声に聴き入ってしまう。
そして歌い終えた桜彩が一礼すると、怜は思わず拍手をしていた。
「やっぱり凄かったぞ、今の」
「ありがと。怜にそう言ってもらえると嬉しいよ」
恥ずかしそうにはにかみながらマイクを置いてジュースを飲む桜彩。
一息ついてデンモクを怜に渡してくる。
「それじゃあ次は怜の番だね」
「そうだな……と言っても俺はあんまり流行の歌は詳しくないから」
「え、そうなの?」
桜彩が意外そうな顔をして聞いてくる。
そもそも怜は歌に限らず流行にはあまり興味がない人間だ。
そういったところも蕾華に『結婚するには優良物件だけど、彼氏としては物足りないと思う』などと表現されている理由だろう。
とはいえ桜彩の方も今時の女子高生とは少し違う価値観を持っている為に、日常的に怜と一緒に居ても心地が良い。
「じゃあ普段はどんな歌を歌ってるの?」
「そうだな……かなり前の洋楽とか、かな」
「そうなんだ。じゃあ怜、次の曲よろしく!」
「分かった。ちょっと待って」
デンモクで曲を入力して歌っていく。
最初は座って聴いているだけだった桜彩だが、途中から備え付けのマラカスをシャカシャカと振り出した。
「ふう……」
「お疲れ様!」
歌い終わった怜にマラカスを置いた桜彩がコップを差し出してくれる。
それを一気に飲んで一息ついて空になったコップをテーブルに置くと、桜彩が満面の笑みで
「とっても良かったよ、怜!」
再びマラカスを振りながら桜彩が褒めてくれる。
歌っている最中もずっと振りっぱなしだったし、かなり気に入ったようだ。
「ありがと。じゃあ次は桜彩の番だな」
「うん。あ、でも……」
「どうかしたのか?」
デンモクを持って固まってしまった桜彩に心配そうに声を掛ける。
「えっとね、私も流行ってる歌って良く分からないから、何を歌おうかなって。竜崎さんや宮前さんはそういうの、かなり詳しそうじゃない?」
「ん-、桜彩が歌いたい曲を歌えばいいと思うけどな」
あの二人なら桜彩がどんな曲を歌おうともテンションを上げてノッてくれると思う。
「それはそうかもしれないけど。でもね、そもそもよく考えてみたら私、歌自体そんなに良く知らないし、レパートリーが少ないんだ」
そう言われれば先ほど歌ったのも民謡だったことを思い出す。
確かにカラオケで歌うチョイスとしてはいささか外れていることは否めない。
「そういえばさっき、葉月さんが家で聴いている曲を口ずさんでるって言ってなかったか?」
葉月が何を聴いているかは分からないが、それなら問題ないかもしれない。
それを歌ってみれば良いのではと思って提案したのだが、桜彩は苦笑して首を横に振る。
「そうなんだけどね。私もちゃんと聴いてるわけじゃないし、それに何度も繰り返し聴いてるわけでもないから覚えきれてないんだ」
言われて怜も納得する。
確かに怜も他人が歌う曲や、街中で聴こえてくる曲を無意識に口ずさんだ経験が何度かある。
大抵の場合、途中で躓いたところで歌うのをやめてしまうのだが。
「でもそれだったら歌詞は画面に表示されるし、メロディーさえ分かれば大丈夫じゃないのか?」
「うーん、でも私も全てのメロディーを覚えているわけじゃないからさ」
「だったらメロディーが分かれば問題ない訳だろ?」
「え? 確かにメロディーが分かれば大丈夫だと思うけど」
「ちなみになんていう曲なんだ?」
「えっとね……」
桜彩から教えて貰った曲は、あまり音楽に詳しくない怜でも聞いたことがある曲だった。
怜が登録している聞き放題のサービスを検索すると運良くその曲も登録されていた為、スマホを操作してその曲を選択する。
「それじゃあ一度流してみるか」
スマホから曲が流れ出す。
隣の桜彩を見ると、曲に合わせて小さく唇を動かしていた。
おそらく歌えるか確認しているのだろう。
その小さくて可愛らしい唇に無意識に視線が吸い寄せられていることに気付いて、慌てて視線を唇から外す。
曲が終わると怜の視線に気付いた桜彩がこちらをきょとんと不思議そうに見つめてくる。
「怜? どうかしたの?」
「あ、いや……どうだ? 歌えそう?」
桜彩に見とれていた、とは言えずに内心焦りながらも返事を返す。
「うん、大丈夫だと思う。それじゃあ歌ってみるね」
そう言いながら楽しそうにデンモクを操作する桜彩。
しばらくするとディスプレイが切り替わり、スピーカーからイントロが流れてくる。
それに合わせて本当に楽しそうな笑みを浮かべた桜彩の口から綺麗な歌声が流れ出した。
相変わらずほれぼれするような歌声に圧倒される。
そのまま歌い終えた桜彩に、一瞬遅れて拍手を贈る。
「やっぱり凄いな」
「ふふっ、ありがと」
怜に褒められた桜彩が嬉しそうにはにかむ。
思わずその笑みに引き込まれてしまう。
「ちゃんと歌えたな」
「うん。さっき怜が聴かせてくれたからだよ。ありがとね」
「いやいや、一回聴いただけであれだけ歌えるなんて驚いたぞ」
「ううん。怜が聴かせてくれなかったら、きっと歌えなかった。だからありがとう、怜」
「ん……。まあ桜彩がそう言うなら」
「うん!」
本当に自分がしたことなど大したことではないと思っているのだが。
「あ、そうだ。怜もこの曲を知ってるんだよね。一緒に歌お?」
そう言ってもう一本のマイクを渡してくる桜彩。
「え? 俺も?」
「うん。朝も一緒に歌ったでしょ? 私はまた一緒に歌いたいって思ったんだけど……ダメ?」
寂しそうな表情で見上げてくる。
そんな顔をされては断ることは出来ない。
「分かった。付き合うよ」
「本当に!? 嬉しいなあ。ありがとう、怜」
歌を褒められた時と同様に嬉しそうな笑みを浮かべる桜彩。
デンモクを操作して今歌ったのと同じ歌を入力して二人で歌う。
一曲終えた後、満足そうに笑顔を浮かべる二人。
「桜彩」
そう言いながら怜が片手を軽く上げる。
その意図を察した桜彩も、怜と同じように手を上げて二人でぱんっ、とハイタッチした。
「ふふっ、やっぱり怜と一緒に歌うのって楽しいな」
「だな。俺も桜彩と歌うのは楽しいぞ」
朝、二人で歌った時はベランダという場所と時間帯を考えてかなり小声で歌い合った。
それもそれで楽しくはあったのだが、やはりこうして周りを気にせずに二人で思いきり歌うことが出来るのは嬉しいし、充実感がある。
「怜、怜、次は何を一緒に歌おうか?」
「そうだな……これ、桜彩は分かるか?」
一時期流行っていた人気ドラマの主題歌にもなった曲。
それをスマホで流すが、桜彩は良く分からなないというような微妙な顔をする。
「ごめんね、聞いたことはあるんだけどあんまり知らないや」
「別に謝ることじゃないって。それじゃあ他には……」
「あっ、それじゃあこれは?」
そう言いながら桜彩が示したのは、数十年前にアメリカで作られたアフリカの飢餓と貧困層を解消する目的で作られたキャンペーン・ソング。
世界中で有名であり、当然怜も知っている。
「それじゃあこれにするか」
「うん。それじゃあ入力するね」
その曲も桜彩の歌声はやはり圧巻だった。
英語の歌詞にもかかわらず、綺麗な発音で流れるような歌声に、一緒に歌っている怜も引き込まれてしまう。
「凄いな、桜彩」
「怜だってとっても素敵な歌声だよ」
そのまま二人はお互いの知っている曲を何曲も入力してデュエットを楽しんだ。
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