隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第五章後編 ダブルデートと恋心の自覚】
第63話 クールさんとカラオケへ① ~カラオケデビューのクールさん~
第63話 クールさんとカラオケへ① ~カラオケデビューのクールさん~
「えっ、桜彩はカラオケに行ったことって無いのか?」
スーパーで食材を選びながら、桜彩が明日行く予定のカラオケについて話す。
てっきり桜彩もカラオケの経験は有るものだと思っていたのだが、どうやらまだカラオケデビューはしたことがないらしい。
「そうなんだよね。一応、知識としては知っているんだけど」
「そっか……」
トマトを手にとって吟味しながら話をしていると、桜彩が少し不安そうな顔をする。
「失敗しないか少し不安だな」
「まあカラオケに失敗もないだろうけど」
それこそ失敗するとしたらどこぞのガキ大将の空き地リサイタルくらいの歌声が必要となるが、朝に軽く聞いた感じだと桜彩の歌はむしろかなり上手な部類だと思う。
だが桜彩の不安は晴れる様子はない。
「でも、カラオケって色々と設備があるんでしょ? 私、機械ってあんまり得意じゃないからさ」
「……なあ、明日って何時に待ち合わせだっけ?」
「えっとね、十時に猫カフェで待ち合せの予定だよ」
「十時か……」
少しばかり考え込む。
平日であれば学校がある為に朝早くから準備をしなければならないが、十時集合なら多少夜更かししても問題はないだろう。
この後の予定を考えて、桜彩の方を向く。
「じゃあさ、今日の夕食後に一足早く体験してみるか?」
不安そう顔をする桜彩に、怜はそう提案してみる。
「体験?」
「ああ。明日は朝早いわけじゃないし、少し寝るのが遅くなっても問題ないだろ。夕飯食べたらカラオケに行ってみるか?」
「怜……でも、良いの?」
自分の為にいきなり怜の予定を決めてしまうのに少しためらいを覚える桜彩。
「構わないぞ。前に言ったろ? 俺も桜彩と過ごすのは楽しいって。それにさ、今朝聞いた桜彩の歌声が凄く良かったからもう一回聞いてみたいな」
そう思ったまま自分の気持ちを正直に話すと桜彩の顔がぱあっと明るくなる。
(ああ、こういうところ、やっぱり怜って優しいな)
自分が困っていたらいつも自然に手を差し伸べてくれる。
その優しさに幾度となく助けられてきた。
(怜と友達になれて本当に良かった)
笑顔で答える怜に、桜彩の胸が温かくなっていく。
「ありがとう、怜。それじゃあお願いしても良い?」
「ああ、任せとけって」
正直なところ、怜としても蕾華と奏の二人が自分より早く桜彩と一緒にカラオケに行くということに嫉妬していないわけではない。
桜彩の一番の友人として、もっと桜彩に頼ってほしいというのもある。
もっとも陸翔や蕾華の言う通り、怜自身が本来、仲の良い相手に対してはかなり世話焼きということもあるのだが。
そういったことを本人が自覚しているかは別として。
そして二人はカラオケについて話しながら、笑顔で買い物を続けていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こ、ここが、カラオケ……」
夕食後、桜彩と共にカラオケ店を訪れると、初めて中に入るであろう建物を見上げながら、桜彩がそう呟いた。
ここに来るまでは好奇心から目を輝かせていたのだが、着いた途端に建物のオーラに気圧されるように小さくなってしまう。
まるで今から敵の城に攻め入る兵士のような表情とでも表現すれば良いのか、いや、さすがにそれは言い過ぎか。
二人が訪れたカラオケ店は、カラオケの他にダーツやビリヤードといった遊技場や、漫画本等も置かれている複合施設。
学生割引も利くのでこの辺りでは比較的安価に利用出来る。
怜も陸翔や蕾華と共に何度か利用しているので困ることはないだろう。
「それじゃあ行こうか……桜彩、大丈夫か?」
「う、うん……だ、大丈夫……」
少し青ざめた顔で答える桜彩。
そんなに緊張することでもないと思うのだが、本人にとっては違うのだろう。
そんな桜彩と共に、怜は受付のカウンターへと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……会員証、ですか?」
「はい。今お作りになりますか?」
そういえば、この店は会員証が必要だったことを思い出す。
何度かここを使う怜は特に気が回らなかったが、初めて利用する桜彩にとっては確かに作る必要がある。
後ろを確認すると、二人の後ろに並んでいる人はいない。
であれば、多少時間を掛けても問題ないだろう。
「俺はスマホアプリを使ってるけどな。せっかくだから桜彩もインストールするか」
「は、はい。……あっ!」
桜彩がスマホを取り出そうとするが、何分慌てているので落としてしまいそうになり、間一髪でそれを握り直す。
スマホを怜の言う通りに操作して、何とかアプリのインストールが完了した。
そのまま必要事項を打ち込んで、桜彩がスマホを怜に向ける。
「これで良いの?」
「ああ、大丈夫だ」
インストールされたアプリの会員証という欄をタップして店員に見せると、そこに表示されたコードを読み取ってくれる。
二人分のコードを読み取った店員に、怜がカラオケを利用したい旨を伝えると、ほどなくして店員の方の操作が完了した。
「それでは217号室になります。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
店員から伝票やマイクの入った小さなかごを受け取ってカウンターを後にし、指定された部屋へと向かう。
その途中にあるダーツやビリヤードのコーナーを、桜彩は興味深そうに眺めながら怜の後を付いて行った。
217号室に入ると、やっと一安心出来た桜彩が胸を撫で下ろす。
そんな仕草に怜は思わず微笑ましく感じてしまう。
「はは、お疲れ様」
「うん。もうここまで来るだけで疲れたよー」
そう言ってソファーに座って背もたれに体を預ける。
そんな仕草もやはり可愛らしい。
そんなことを思っていると、隣の部屋から歌声が聴こえてきた。
「でも、カラオケって結構外の人の声が響くんだね。もっとちゃんと防音されているのかと思ったよ」
「ちゃんと防音するとなったらお金がかかるからじゃないかな。分からないけど」
ここに来るまでにいくつかの部屋の前を通った際に大きな歌声が聴こえてきたし、今も壁越しに声が聞こえてくる。
「うう……これってつまり、私の歌う声も他の部屋に聴こえるってことだよね……」
「まあ気にすることはないと思うぞ。基本的に他の部屋の歌なんて気にならないしな」
「そうなの?」
「まあ俺はそうだし、少なくともそういうのを気にする奴に会ったことはないな」
よほど変な感じで歌わなければ大丈夫だろう。
むしろ桜彩の歌声に聴き惚れる可能性があるのではないかと思ったが、それを言うとそれはそれで面倒なことになりそうなので黙っておく。
「とりあえず歌う前に飲み物だけ持って来るか」
「うん、そうだね」
そう言って二人でドリンクバーの方へと向かう。
そしてドリンクバーの自販機の前に立った桜彩だが、明らかに困惑している。
「あの、怜……。この自動販売機、お金を入れる所がないよ?」
財布を取り出したまま不思議そうな顔をしてそう聞いてくる。
「これは無料だからな。ドリンクバーの料金がカラオケの利用料に含まれているんだ」
「そうなの!?」
驚いて目を丸くする桜彩。
「それだけじゃないぞ。こっちのソフトクリームも食べ放題だからな」
そう言ってドリンクの自動販売機の横にあるソフトクリームマシーンを操作してカップへとソフトクリームを入れていく。
それを桜彩は信じられないものを見たように、目を丸くして固まったまま眺めている。
「凄い! カラオケって凄いんだね!」
「まあ、カラオケが凄いのかは分からないけどな」
桜彩の少し的外れな感想に苦笑してしまう。
怜が飲み物を準備している一方で桜彩は目を輝かせて怜と同じようにソフトクリームを作っていた。
やはり桜彩にとって最優先は食べ物ということだろうか。
横にあるフレーバーを掛けた後、トレーにドリンクとソフトクリームを乗せて部屋へ戻ると早速桜彩はソフトクリームにスプーンを伸ばす。
「うーん、美味しーい!」
ソフトクリーム一口食べると途端に嬉しそうな笑みを浮かべる桜彩。
カラオケよりも先にソフトクリームに舌鼓を打つところがやはり桜彩らしい。
美味しそうにソフトクリームを食べる桜彩を微笑ましく眺めながら、怜もソフトクリームへとスプーンを伸ばす。
「久しぶりに食べるけど美味しいな」
「うん。これならもっと食べられそう!」
嬉しそうにソフトクリームを頬張る桜彩。
するとその視線が怜のソフトクリームへと注がれる。
「怜の方はキャラメルのフレーバーなんだね。ねえ、そっちも一口貰っていい?」
「もちろん。じゃあ俺もそっちの抹茶の方を貰えるか?」
「うん。食べて食べて!」
お互いにカップを交換して別のフレーバーの味を楽しむ。
二人共食べることにしか意識が向いていない為、間接キスなどに気が付かずスプーンはそのままで。
そんなわけで、ひとまず歌よりも甘味を優先させる二人だった。
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