第62話 合コン疑惑と不機嫌になるクールさん
「……合コン?」
奏の言葉を復唱すると、奏がうんうんと頷きながら
「うん、合コンでしょ、それ」
奏の指摘に怜が二人の方を向くと、二人は明らかに慌てていた。
これはもう間違いなく奏の指摘が図星だったのだろう。
二人を見る怜の視線が訝し気な感じに変化していく。
「おい、二人共? 合コンってマジか?」
「いやいやいやいや違うって。たださ、新学年になってクラスも変わったじゃん? だから色々な相手と親睦を深める交流会をやろうかなって思ってよ」
「そ、そうそう。日頃の息抜きとかそういうの」
「…………話を聞けば聞くほど合コンにしか聞こえないのは気のせいじゃないよな」
怜がジトッと目を細めて二人を睨む。
もはやカラオケは関係ないのではないかとさえ思えてくる。
怜だけに声を掛けて陸翔がスルーだったのもそういう事だと思えば納得がいく。
呆れてツッコミが浮かんでこない。
「ってことはさー、きょーかんも合コンに行くん?」
「……なんでそうなる、宮前」
再び後ろから聞こえてきた指摘を言い放った人物に怜はジト目を向ける。
一方奏の方は、怜をからかうのが面白いのかニヤニヤとした目で怜を見返す。
「だってさ、さっききょーかん『前向きに考えとく』って政治家みたいなこといってたじゃん。いやー、きょーかんもそーいうの興味あるんだね」
「興味なんてない。合コンだと分かってたら即断ったわ」
「いやいや、別にいーんじゃない?」
ニマニマとした目つきで怜を見ながら肩をバンバンと叩いてくる。
「あ、クーちゃん。ちなみに合コンって分かる?」
「はい、まあ一応は」
桜彩にまで話を振る奏。
しかもなんだか桜彩の言葉と視線が冷たく感じる。
先ほどまでの楽しそうだった空気が微塵もない。
だが奏はそんな桜彩をいつものクールモードだと思っているようで気にせずに言葉を続ける。
「うんうん。多分クーちゃんの思ってるヤツだと思うよ。異性に恵まれない年頃の男女がなりふり構わずつがいを求めてうごめき合う集まりのコト」
「…………そうなのですか。それは初耳ですね」
さすがに悪意がありすぎる説明だろう。
まあ奏の場合は怜をからかうことを目的として、わざとより誤解を招くような説明をしたのだろうが。
実際にその説明により更に桜彩の視線が冷たくなったように感じる。
ここまできても学内のクール系美人モードしか知らない奏や蕾華は気が付いていないようだが。
怜と桜彩が仲の良い友人関係だということを知らない奏としては、今の話はあくまでも怜をからかうことが目的でそれ以上の意図はないだろうが、結果として桜彩が自分に向けるオーラがどんどん冷たくなっているのは気のせいではないだろう。
ちなみに外塚と恩田の二人はいつの間にか自分の席へと戻っていた。
後で二人に明日は絶対に行かないということを伝えた上で、更に軽く制裁を食らわせておいても良いかもしれない。
というか、奏がいなかったら完全に騙されていた。
「てか宮前。からかい過ぎだろ」
「えへへー、だってきょーかんってからかいがいがあるからさ」
ムッという目で軽く睨むと、奏が両手を体の前で合わせてウインクしながら軽く謝ってくる。
普段は蕾華や桜彩が側にいる為に目立ちにくいが、奏もかなりの美少女であり異性からの人気は高い。
そんな奏の可愛らしい仕草に少し毒気を抜かれてしまう。
一方で奏はそう言いながら、今度は怜の肩を揉んでくる。
相変わらず少し気持ちが良い。
「ごめんってきょーかん。今度埋め合わせするからさ」
「だから離れろって」
すると奏は少し残念そうにして蕾華の方へと戻って行く。
そんな二人の様子を蕾華と陸翔は笑いながら見ていた。
その一方で、怜はなんだか隣の席から加速度的に冷たさを増す視線が突き刺さってくる気がして思わず身震いしてしまう。
「怜?」
「れーくん、どうかした?」
怜の様子を見た陸翔と蕾華が怪訝そうな顔をして問いかける。
それに対して何でもない、と答えようとしたところで怜のスマホが震えた。
どうやらメッセージアプリが新規メッセージを受信したらしい。
二人からスマホの画面が見えないようにして確認すると、差出人は隣に座っている桜彩だった。
横に座っている桜彩からの冷たいオーラを感じながらスマホのロックを解除してメッセージを確認する。
そこには
『怜も合コンに行くんだ』
という簡潔なメッセージが表示されていた。
思わず再び身震いしてしまう。
一方で桜彩は無表情のまま自らのスマホに視線を落として操作すると、再び怜のスマホが震える。
確認すると、例の猫スタンプの不満そうな顔をしたバージョンが送られてきた。
『いや、行かないからな』
焦りながらメッセージを返信する。
しかし次の瞬間、桜彩からのメッセージが届いたことをスマホが告げてくる。
『別にいいんじゃない? 怜が合コンに行こうがそれは私がどうこう言える立場じゃないし』
『大丈夫だよ。私は怜がそんなふしだらな人じゃないって信じてるから』
『怜は友達との時間を大切にする人だもの 友達からの誘いは断れないよね』
『合コンなんていうふしだらな場所に行っても 何もしないって信じてるから』
『私は怜がそういう人じゃないって分かってるからね』
言い訳をする間もなくメッセージが連続で飛んできて、それを見るたびに怜の顔も青くなっていく。
もしかしたら、妻に浮気を疑われる夫というのはこういった感じなのかもしれない。
いや、怜と桜彩は恋人ですらないのだが。
(……信じるってどういう意味だったかな)
メッセージの内容と桜彩の発する空気が全くもって一致していない。
一方でいきなりスマホの操作を始めた怜を、陸翔と蕾華が怪訝そうな顔で眺めてくる。
「お、なんだ怜。愛しの彼女からの愛のメッセージか? いや、その顔は違うな。愛しの彼女から合コンに行くことを咎められてんのか?」
「だから俺に彼女なんていないっての」
こちらに身を乗り出してニヤニヤと楽しそうに聞いてくる陸翔に否定の言葉を返す。
ただまあ陸翔の言うこともある意味当たってはいる。
実際にメッセージを送ってきた相手は、一緒に猫カフェに行った女性であり、メッセージの文面は怜が合コンに行く(実際には行かないが)ことに不満を持っている内容である。
「まだそんなこと言ってんのかよ。早く素直に認めろって。そんでもって早いとこ年上彼女を紹介しろよ!」
「そうだよれーくん! 早くアタシ達とダブルデートしようって!」
「だから違うって言ってるだろうが!」
一応桜彩からのメッセージ爆撃は終わったようだ。
しかし左隣からのブリザードのような空気は全く終わる気配はない。
そんな桜彩の気配に気が付かない陸翔と蕾華は怜の方へと更に絡んでいく。
「だいたいなあ、お前、ここ最近スマホをいじる回数が格段に増えてるぞ。自分じゃ気付いてないだろうけどよ」
「えっ?」
それは確かに気が付かなかった。
桜彩と友人になってからも桜彩とは表向きただのクラスメイトという関係なので、学内で連絡するときは基本的にメッセージアプリを使用していた。
必然的にスマホを操作する回数が増えても不思議ではない。
「りっくんの言う通り、ここんとこれーくんスマホをいじる機会増えてるよね。そういう場合、えてして相手は彼氏彼女って場合が多いんだよ。これはアタシの友達の経験を含めてだけど」
「蕾華の言う通りだぞ。例えばほら、そこの武田だって去年彼女が出来てからスマホ触る回数増えたろ? で二週間で別れたと思ったらスマホに触る回数減ったろ?」
「おい、流れ弾やめろ!」
陸翔が様子を伺っていたクラスメイトの一人である武田を指差しながらそう言うと、武田が嫌そうな顔をする。
だが確かに陸翔の言う通り、昨年の秋に彼女が出来たと自慢していた武田は二週間後に別れるまでスマホに触る回数が増えていたと思う。
そう考えればまあ陸翔の言うことも分かるのだが、怜の場合は彼女とのメッセージのやり取りではない。
そもそも本当に彼女などいないのだから。
「まあ合コンを咎めるってのは冗談だが、いったい何の要件だったんだ? 今度のデートの約束か?」
「違うっての! そもそもデートなんてしたことないからな!」
「一般的に男女一組で猫カフェに行くのはデートだからね」
「だから違うって!」
そう抗議するが、二人が怜の言葉を信じる気配はない。
顔に意地悪い笑みを浮かべながら怜ににじり寄っていく。
「まあまあ、とりまスマホ見せてみ?」
「そうそう。大人しく差し出して、れーくん」
と二人が揃って片手をこちらへと差し出してくる。
「いーやーでーすー」
言いながらスマホを自分の方へと引き寄せる。
とそこで背後に嫌な気配を感じたので即座にスマホのスイッチを押して画面をブラックアウトさせる。
すると黒い画面に奏の顔が反射していた。
「あー、きょーかん消さないでよー!」
いつの間にか背後に回っていた奏が怜の肩口から顔をのぞかせながら不満そうに口を尖らせて抗議する。
あと一秒でも消すのが遅れたら、差出人の相手が桜彩だとバレていたかもしれない。
全くもって油断も隙もない。
「ほらほら、大人しくスマホ貸してって!」
そう言いながら怜の首筋から手を回してスマホを奪おうと迫ってくる。
背中越しに柔らかい感触が押し付けられるが、怜はそれを気のせいだと思い込むことにした。
とそこで左隣から更に強烈な視線を感じたので、一瞬そちらに視線を向けると桜彩が黙ってこちらを見ていた。
「…………」
一見普段のクール系美人モードに見えるのだが、視線は先ほどよりも更に冷たくなっているのは気のせいではないだろう。
思わず背筋に悪寒を感じてしまう。
「きょーかーん!」
ほとんど後ろから抱き着くような体勢でスマホを奪おうとする奏。
異性の身体の柔らかさの感触が背中に伝わって来て、怜の身体が熱くなってくる。
その一方で桜彩からの視線は加速度的に冷たくなっていくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後、いつも通りに待ち合わせをしてスーパーへと向かう怜と桜彩。
しかしその雰囲気は仲良くおしゃべりをしながら歩いているいつもとは全く違うものだった。
「……あの、桜彩?」
「なあに、怜?」
桜彩に声を掛けるととても優しい声色と笑顔が返ってくるが、明らかに目が笑っていない。
朝の合コン騒動からずっとこの調子だ。
おかげでこの日はずっと針の筵状態で過ごすこととなった。
「あの、本当に俺は合コンなんて行かないからな。最初に行くって言ったのも、単にカラオケだと思ったからだし……」
「……それは私も分かってるけどさ」
ツンとした感じで桜彩がそう答える。
ともすれば桜彩の機嫌が悪いのはなぜなのか。
「でも怜、朝、宮前さんに抱きつかれて嬉しそうだったよね? やっぱり男子ってそういうのに弱いの?」
「…………いや、別に嬉しそうにしてなかったと思うけど」
「ふうん……」
むしろ怜としては困っていたのだが。
しかし桜彩は怜に対して目を細めて疑惑の眼差しを向けてくる。
「別に良いんだよ。男の子ってそういうものだって分かってるし」
ツン、といった感じで拗ねてそっぽを向く桜彩。
絶対に良いと思っている感じではない。
「…………エッチ」
「いや本当に喜んでたわけじゃないって」
「ふーん……本当に?」
「本当に!」
桜彩の言葉に大きく頷く。
「大体さ、そもそも俺は別に彼女なんて欲しいなんて思ってないしな。むしろさ、今彼女が出来るとかなり面倒なことになるっていうか……」
「面倒?」
先ほどまでの不機嫌な表情から一転、きょとんとした顔をする桜彩。
「ああ。考えてみてくれよ。今、俺は放課後はほとんど桜彩と一緒に過ごしてるだろ? それこそ陸翔や蕾華よりも桜彩と一緒の時間の方が長いくらいに。そんな状況で彼女なんて出来たら大変なことになるぞ。もしその彼女が桜彩と鉢合わせでもしたらそれこそ目も当てられないし、だからといって俺は桜彩との付き合い方を変えたいなんて思ってないからな」
「え……」
怜の言葉に桜彩の雰囲気が変わる。
目を丸くして驚いて怜の方を見てくる。
「少なくとも、今の俺は桜彩と一緒にいる時間を大切にしたいと思ってる。それこそ出来るかどうかも分からない彼女なんかより、桜彩の方が大切だしな」
「怜……」
怜の言葉に桜彩が顔を赤くして俯く。
そして顔を上げて申し訳なさそうに怜の方を見る。
「ごめんね、変な事言っちゃって」
「いや、気にしなくて良いよ。友達が合コンで女漁りするって聞いたら桜彩だって良くは思わないだろうしな」
まあそれはそもそも誤解なのだが。
「うん、ありがとう怜。それとさ、私もね……怜と一緒に過ごす時間が大切だよ」
赤い顔のまま見とれるような笑顔でそう告げられて、怜の方も顔が赤くなってしまう。
「桜彩……」
「怜……」
お互いがお互いのことを大切に想っている。
多少の誤解はあったものの、それをしっかりと再認識する。
(……怜のことは信じてるけど、でも……宮前さんにデレデレしてる怜を見るのはなんか嫌だな)
先ほどの自分が怜に対して取ってしまった行動の原因を考えながら、桜彩は自分でも良く分からない感情についてそんなことを思う。
(もし私が宮前さんのように怜に抱きついたら……ってそんなの無理だよ!)
「桜彩? どうかした?」
「う、ううん、何でもないから!」
慌ててごまかす桜彩を不思議に思いながら、それでも先ほどのような冷たい雰囲気は感じられなかったので怜もそれ以上は追及せずに、二人で仲良くスーパーへと向かった。
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