【第一章完結】第54話 エピローグ② ~お揃いのキーホルダー~

 皿の上からケーキがなくなり、しばしそのまま談笑する。

 スマホに表示されている先ほど撮った猫カフェの写真を見ながら思い出話に花を咲かせる。


「あ、そろそろいい時間だね」


 時計を見た桜彩がそう口にする。

 つられて怜も時計を見ると、確かにそろそろ閉店の時刻だ。


(だけど、その前に……)


 怜がとある決心を固めたところで桜彩も同時に口を開く。


「「あの、これ……」」


 重なりあった言葉と共にお互いが差し出したのは、全く同じ包装紙。


「「えっ?」」


 それを見た二人がまたも同時に声を上げる。

 そのまま二人とも少しの間、無言の時を過ごす。

 お互いに差し出された包みを見ながら不思議そうな顔を相手へと向ける。


「あの、これを俺に?」


「あ、うん。怜に貰って欲しい。それと、その……これ、私に?」


「あ、ああ。俺も桜彩に貰って欲しい」


 お互いにそう口にして、お互いが差し出した包みを手に取る。


「あの、開けてみても良い?」


「あ、ああ、もちろん。俺も開けるぞ?」


「う、うん」


 そして二人で包みをはがしていくと、中からキーホルダーが現れた。

 先ほどの猫カフェで販売していた猫のキーホルダーの色違い。

 目の前に現れたそれに二人共驚く。


「あ、あの、これって……」


「うん。怜にプレゼント。怜が大好きな動物に触れるようになった記念に」


「桜彩……」


 動物に触れるようにしてくれた上に、さらにこんなに素敵な物まで貰えるとは思っていなかった怜。


「私がこっちに来て初めて出来た友達にプレゼントしたいの。その……記念と友情を込めて……貰ってくれる?」


 少し不安そうに怜を見上げながらそう問いかけてくる。

 当然怜の答えは決まっている。


「うん。ありがとう、桜彩」


「ううん、ありがとうはこっちの言葉だよ、怜」


 そう答えた桜彩の笑顔は怜がこれまで見た笑顔の中でも一番ではないかと思うほど素敵な笑顔だった。

 桜彩の笑顔に見とれて心臓の鼓動が速くなっていく。

 そんなドキドキを隠すようにして怜も口を開く。


「あの、それで俺も……その、桜彩にプレゼント……」


「えっ……でも、その、私、誕生日にも貰ったし……」


 数日前の誕生日に素敵なエプロンを貰ったことを思い出す桜彩。

 それから怜の家で料理を作る際に嬉しそうに着用している。


「いや、誕生日とかじゃなくて……その、桜彩のおかげでまた動物に触れるようになったから。桜彩が勇気を出して提案してくれたおかげだから。だから貰って欲しいんだ」


 あの時、桜彩は自分を嫌いになっても構わないと言って、怜の為に勇気を出して提案してくれた。

 友達を失う辛さを充分すぎるほどに分かっている桜彩が、それを理解した上で。


「でも、あれは私のわがままだって……」


「それに桜彩は俺のことを信じてくれたから。もしもさ、桜彩にまた辛いことがあっても俺は絶対に桜彩の力になるから。何かあったらこれを見て、絶対に桜彩を裏切らない友達がいるってことを思い出して欲しい。だから桜彩が言ったように、友情を込めて……貰ってくれるか?」


「怜……」


 目を大きき見開いて驚きの表情に染まる桜彩

 そして顔を赤く染めて一度目を閉じて小さく呟く。


「ありがとう、怜。凄く、凄く嬉しい……」


 目に溜まった涙を拭いながら笑顔を向ける桜彩。


「それと、さ。これまで俺は、あの二人以外の人を信じられなかった。だから、意識的に一定の距離を開けてたんだ。今の友達だって、卒業すれば疎遠になっていくんだろうなって思ってた。それでも構わないって思ってた。でも、桜彩がそれを壊してくれた。桜彩のおかげであの二人以外に身近にいて欲しい人が出来た。桜彩、これからもずっと一緒にいてくれる?」


「怜……。うんっ! 私も怜の隣にいたい、怜が隣にいてほしい」


「ありがとう、桜彩」


「それは私の台詞だよ。これからもよろしくね、怜」


「ああ。これからもよろしくな、桜彩」


 そして二人共家の鍵を取り出した。


「それじゃあ付けようか」


「うん。あ、そうだ。お互いに相手の鍵に取り付けるってのはどう?」


「いいな。うん、そうしよう」


 お互いに家の鍵と、たった今貰ったキーホルダーを相手へと手渡す。

 一緒の形をしたお互いの鍵に、色違いのお揃いのキーホルダーを取り付けて相手に返す。


「ふふっ」


「ははっ」


 それを受け取ってお互いに笑い合う。

 胸の前で鍵を持って、キーホルダーを相手に見せるように掲げる。


「そうだ、写真撮ろうよ、写真」


「いいな、それ。せっかくだし俺達二人も一緒に写るか」


「うん、賛成!」


 スマホをインカメラの設定にして、お互いにキーホルダーを持って近づき合う。


「それじゃあ撮るよ」


「うん、お願い」


 撮った写真には笑顔の二人とキーホルダーが輝いて写っていた。


「ありがとう、桜彩。大事にするよ」


「うん。私も大事にするね」


 二人でそっとキーホルダーを撫でる。

 信頼出来る友達との友情を形にしたキーホルダーを大切に想い、涙を溜めた目を気にせずに思いっきりの笑顔で。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それじゃあまた明日ね、怜」


「うん。また明日、桜彩」


 アパートにたどり着いた二人はそれぞれの部屋の前でそう言葉を交わして鍵を取り出す。

 お互いがお互いのキーホルダーを見せつけるようにして。

 その仕草に二人して笑ってしまう。

 お互いに笑い合った後、二人はそれぞれの部屋へと入っていく。

 そしてこれからも二人のかけがえのない半同棲生活は続いていく。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 かつて俺は他人を信じることが出来なくなった。

 あの地獄の中で俺を助けてくれた二人を除いては。

 そしてかつての俺と同じような悩みを抱えた彼女に出会った。

 そんな彼女は俺の為に勇気を出してくれた。

 彼女のおかげで俺は残る一つのトラウマを克服することが出来た。

 もう一度、他人を信じても良いのかな?

 もう一度、他人を信じることが出来るのかな?

 俺は、信じてみたい。

 もう一度、彼女なら。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 かつて私は他人を信じることが出来なくなった。

 そして誰も私を知らない場所へと逃げて来た。

 そこではもう誰も信じないと心に決めていた。

 でも、彼が私を助けてくれた。

 何の見返りもなしに、善意だけで私を助けてくれた。

 自分がどれだけ悪く言われようとも、それでも私の為に行動してくれた。

 もう一度、他人を信じても良いのかな?

 もう一度、他人を信じることが出来るのかな?

 私は、信じてみたい。

 もう一度、彼なら。

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