第53話 エピローグ① ~クールさんの可愛らしいわがまま~

「お待たせいたしましたー。こちらミルフィーユとモンブランのセットになりまーす」


 猫カフェで遊び倒した後は、既に辺りが暗くなっていた。

 遊びで結構疲れたこともあり、今日の夕食は適当に外で食べることにした。

 ファミレスで適当に食べた後、既に閉店間際でピークが外れたタイミングで訪れたリュミエールの店内。

 頼んだメニューをフランクな口調で望がテーブルの上に置いていく。


「いただきます」


「いただきます」


 それをいつも通りに桜彩が写真に収めたところで早速二人でフォークを伸ばす。


「ん~っ! 美味し~い!」


 モンブランを口に運んでご満悦な笑みを浮かべる桜彩。

 それを見ながら怜もミルフィーユを口にする。


「やっぱりここのケーキは美味しいよな」


「うん。また食べたかったんだ。誘ってくれてありがとうね、怜」


「お礼を言われることじゃないさ。俺も食べたかったからな」


 そう二人で笑い合う。


「でもやっぱり美味しいな。こういうのを食べると自分とプロの腕の差を痛感するよ」


 怜も自分でケーキを作ることはある。

 それはそれで美味しいのだが、やはり光の作った物は怜よりも数段上の味わいだ。


「うーん、でも私は怜の作るお菓子も好きだよ。あ、これはお世辞じゃないからね」


「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいけど、でもやっぱり光さんの方が美味しいよ」


 少し残念そうに呟く。

 自分である程度の物を作れるからこそ、より光との腕の差を実感してしまう。


「そう言ってくれるのは嬉しいけどな。でもお前も結構良い腕をしてると思うぞ」


 閉店間際でちょうど手が空いたのか光と望が二人の席までやって来た。

 もう店内には怜と桜彩以外の客はおらず、光と望がこうして客とコミュニケーションを取っていても咎められることもない。


「ははっ。光さんにそう言っていただけると自信になりますよ」


「事実だぞ。でなければ俺もお前にケーキ作りの手伝いはやらせないからな」


 光は自分で作る商品にはこだわりが強い。

 修業時代は『将来自分の店を持った時に箔が付くから』という理由で有名な賞もいくつか獲得しているほどの腕前だ。

 本人はコンクールに出ることにそこまで乗り気ではなかったらしいが、当時の師匠から『賞を持っていればそれだけで客が呼べる』と言われて出場したと聞いた。

 いくら優秀な腕を持っていても、いくら美味しい物を作ったとしても、それだけでお客が集まるほど商売は甘くはない、という事らしい。

 その辺りはリュミエールの経営を一手に担っている望の方が良く分かっており、宣伝にも力を入れている。

 光本人は情報よりも味で勝負したい、と若干不満らしいが、それでも現実というものはそんなに甘くないということは理解しておりその辺りは悩みどころだ。

 そういったところが料理やお菓子作りが趣味レベルの怜と、プロとしてやっている光や望との違いだ。


「怜もこのお店のケーキ作りを手伝ってるの?」


 今の会話が気になった桜彩がそう問いかけてくる。


「ああ。この店で働いてた時に、接客よりも厨房が忙しいタイミングだと光さんの手伝いをすることもあったんだ」


「そうそう。お兄ちゃんが他人に手を出させるなんてよっぽどのことよ。瑠華が怜君を紹介したときに、料理の腕についても褒めてたからね。それで試しに何か作らせてみようってことになって、そしたら想像以上にちゃんとしたものが出てきたんだ」


「正直、本格的に修行していないやつにあれほどの物が出来るとは思ってもみなかった。細かな味の違いも分かるし料理の師匠が良かったんだろうな」


「そこは母さんのおかげですね」


 母は怜に料理だけではなくお菓子の作り方まで丁寧に教えてくれた。

 その経験があってのことだ。


「そうそう。それから怜君も仕事の合間にお兄ちゃんに色々と教わりだしたのよね」


「ええ。それでかなり成長することが出来ましたよ。本当に感謝しています」


「それは俺の方もだ。忙しい時に手伝ってくれる存在がいるとありがたいからな」


 そうぶっきらぼうに言って光が厨房へと戻っていく。


「それでそれで、二人はお付き合いしだしたの?」


 と年頃(と言っていい年かは微妙だが)の女性らしく望が目を輝かせて聞いてくる。


「えっ!?」


 たちまち桜彩が驚いてケーキを運ぶ手が止まる。


「違いますよ。友人同士です」


「そ、そうですそうです!」


 慌てて桜彩も怜に同調するように首を縦に振る。

 そんな二人を望は怪しげな目で見つめてくる。


「ほんとーに? 前はクラスメイトって言ってなかったっけ?」


「クラスメイトから友人になっただけです。てか早く閉め作業に戻って下さい。光さんに睨まれますよ」


 先に厨房に戻った光を指さす怜。


「ちぇっ。それじゃあね」


 それだけ言って渋々と引き下がる望。

 その後ろ姿を見て怜ははあ、とため息を吐く一方で、桜彩はまだ顔を赤くしていた。


「全くあの人は……」


「あ、その……ごめんね、怜。慌てちゃって」


「謝らなくてもいいって。悪いのは望さんなんだから」


 むしろ桜彩はいじられた被害者だ。

 怜の言葉に桜彩は少し安心したように一息吐く。

 そして怜の顔をもじもじと見て話し始める。


「あの……その、ね……。怜、今までさんざん甘えてきたけど、もっとわがまま言っていいかな?」


「わがまま? 別に構わないぞ」


 むしろどんどん言ってくれて構わない。

 嫌なことは嫌というし、たとえ嫌なことであってもそれで怜が気分を害することなどない。

 桜彩は少し恥ずかしそうにもじもじとしながら上目遣いで怜を見上げる。


「あの、ね……。今や猫カフェの時みたいに、私とそういう目で見られちゃうかもしれないんだけど、それでもまたここに一緒に来てくれる? これからも私と一緒にいてくれる? 私と色々な場所に行ってくれる? 私に色々な事を教えてくれる?」


 その可愛らしいお願いに思わず怜も笑ってしまう。


「それはもちろんだ。俺だって桜彩と一緒に過ごすのは楽しいからな」


 それは間違いなく怜の本心だ。

 外野に何を言われたところで桜彩との大切な関係を変えたいなんて思わない。

 桜彩は怜にとって大切な友人なのだから。

 それに桜彩と恋人と間違えられることに対して嫌な感情なんて一切ない。


「ふふっ良かったあ。怜も私と同じ事を思ってくれてたんだ。とっても嬉しい」


 怜の言葉に心配そうだった桜彩が満面の笑みを浮かべて喜んだ。

 その素敵な笑顔に見とれてしまい、危うくフォークを落としかけてしまう。


「……一応言っておくと、そういう言い方をすると勘違いする相手ってのは居るからな」


「勘違い?」


 きょとんとした顔で桜彩が首を傾げて問い返す。


「その、異性として好意があるとか、まあそういう風に捉える相手も居るってことだ」


 少し恥ずかしそうにそう答える怜。

 しかし桜彩はにっこりと笑って


「それなら心配いらないよ。私がこういった事を言う相手は怜だけだから」


 嬉しそうに言いながらケーキへとフォークを伸ばす桜彩。

 可愛らしい微笑に怜の心が揺れてしまう。


(だから、俺が勘違いしそうになるんだっての……)


 そんな怜の葛藤をよそに、桜彩はケーキに舌鼓を打つ。


「あ、それともう一つお願い。そっちのミルフィーユも気になってたんだ。少し分けてもらっても良い?」


 再びの可愛らしいお願いの連続に怜の鼓動が速くなっていく。

 仲良くなってから見せてくるこういった不意打ちは正直反則だろう。

 そんな内心の動揺を悟られないように、怜はゆっくりと頷く。


「ああ。食べてくれ」


「ありがと。怜もこっちのモンブランをどうぞ」


 お互いに皿を交換してケーキを食べる。


「んんっ! こっちも美味しい!」


「ああ。本当に美味しいな」


 そうお互いに笑顔でケーキを食べていく。


(……まあ、今は深く考える必要もないか)


 目の前で美味しそうにケーキを食べる桜彩を見て、とりあえず今この時を存分に楽しむことにした。

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