第51話 クールさんと猫カフェへ① ~手を繋いで猫カフェを訪れた男女は恋人ですか?~

 チャリーン


 二人の住むアパートの通路に、金属の落ちた音が鳴り響く。

 翌日の放課後、怜と桜彩の二人は私服に着替えた後、猫カフェへと向かう為に家を出る。

 二人共それぞれの玄関の鍵を閉めた後、偶然二人揃って手を滑らせて鍵を落としてしまった。


「「あっ!」」


 慌てて二人で鍵を拾おうとする。

 しかしそこで一つの問題が発生した。

 二人の持つ鍵は同じマンションの鍵で、エントランスの自動ドアも共用して使えるタイプの為に見た目が似ている。

 その為、一瞬どちらがどちらの鍵か分からなくなってしまった。


「えっと、こっちが私の鍵だよね?」


「だな。まあ一応試しておくか」


 鍵の変色具合から、恐らくこちらが自分の部屋の物、と言うのは分かるのだが念の為に確認しておく。

 予想通り、怜の取った鍵を差し込むと怜の部屋が解錠された。


(キーホルダーでも買おうかな)


(キーホルダーでも付けておいた方が良いのかな)


 鍵が自分の物であることを確認した後、二人はそれぞれの鍵を見ながらそんなことを思った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 猫カフェには問題なく到着したのだが、店を目の前にして怜はまだ少し足に力が入らない。


「怜、まだ怖い?」


「ああ……まだ少し躊躇しちゃうみたいだ」


 これから猫に直接触ることになる。

 過去のトラウマにより、二の足を踏む怜の左手を桜彩の右手がそっと握ってくる。


「怜、安心して。私が怜の側にいるから」


 桜彩の方へと視線を向けると桜彩が力強く頷いてくれる。

 これまでに陸翔と蕾華の協力の下、トラウマを直そうと動物に触れようとチャレンジすることは何度かあった。

 その際に怜が恐怖を感じていることを感じた二人は無理に触らせようとするのではなく『しょうがないな』と言ってそれ以上無理をさせようとはしなかった。

 それも二人の優しさだが、今は二人とは違う優しさが言葉と共に握られている手から伝わってくる。

 その手の感触から恐怖が少し抜けていくように感じると、怜は桜彩に微笑む。


「もう大丈夫。ありがとう、桜彩」


「うん。それじゃあ行こう、怜」


 そう笑顔の桜彩と共に、怜は猫カフェへの入り口へと歩を進める。

 二人繋いだ手をしっかりと握って離さないままに。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「いらっしゃいませー。当店のご来店は初めてですか?」


「はい、初めてです」


 若い女性店員の言葉に桜彩がいつものクールモードで答える。

 が、店員の視線は二人の繋がれた手に注がれていた。


「それでは当店のシステムをご説明しますね」


「はい、よろしくお願いします」


「お、お願いします」


 いつもとは違い、ここでは怜の方が少し緊張して焦っており店内を見回したりして落ち着いていない。

 一方で桜彩はいつものクールモードで毅然として対応している。

 そんな怜の様子に店員は少し笑いながら


「彼氏さんの方も、そんなに緊張しないで大丈夫ですよ」


 と口にした。

 その瞬間、二人の顔が真っ赤に変わる。


「か、か、彼氏……!?」


 一瞬でクールモードが解かれて慌てふためく桜彩。


「はい。手を繋いでとっても仲が良いんですね」


「「えっ?」」


 二人ともその言葉で繋がれた手に視線を向ける。

 先ほど桜彩が怜を落ち着かせようと手を繋いでから、二人ともそのまま気にせずに繋いだままにしていた。

 お互いに照れ合ってしまい、相手の顔を見ることが出来ない。

 しかし、それでも二人とも手を離そうとはしない。


「あれ、もしかして私、変なこと言っちゃいました?」


 すると二人の間に流れる微妙な空気を感じた店員が怪訝な顔をする。

 確かにこの年齢で仲良く手を繋いで一緒に猫カフェに来る男女が恋人以外の関係とは思わないだろう。


「あの……怜……」


 何と言っていいのかわからずに不安そうな目で怜を見つめる桜彩。

 違います、友達です、と言ってしまえばいいのだが、なぜかその言葉が口から出てこない。


「えっと……私達は……」


「はい、か、彼氏です」


 言いよどむ桜彩に、勇気を出して怜が答える。

 すると桜彩が驚いた顔で怜の方を見る。


「あ、やっぱりそうですよね。付き合い始めたばかりだと照れてしまいますもんね。それじゃあ説明の方を始めますね」


「は、はい」


「よ、よろしくお願いします」


 都合よく勘違いしてくれた店員に、二人はこれ幸いと同意する。

 更に照れた二人に店員は猫カフェについての説明を始めていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「説明は以上です。何か質問はございますか?」


「いえ、大丈夫です」


「はい。ありがとうございます」


「それではごゆっくりどうぞー」


 そう言って猫のいる空間へのドアを指して店員はバックヤードへと下がっていった。

 そこで二人は改めて繋がれたままの手に視線を向ける。


「…………」


「…………」


 そのままドアを開けるではなく無言のまま二人で見つめ合ってしまう。


「あ、あの……その……勝手に彼氏って言っちゃって……」


「う、ううん、あの状況じゃ否定する方が不自然だから!」


 ごめん、と言おうとしたところで桜彩が言葉を被せてくる。


「そ、それにね……私も嫌じゃなかったし……」


「そ、そうか……あ、ありがとう……」


「う、うん……」


 そのまま二人で言葉に詰まってしまう。


「そ、それじゃあ行こう!」


「あ、ああ」


 空気を変えるように言う桜彩に怜も同調する。

 本来の目的はこの先だ。

 ドアを開けた先の部屋に、多数の猫がいるはずだ。

 しかし怜がドアを開けようと手を伸ばすが、その手が途中で止まってしまう。


「怜。私が怜の隣にいるから」


 少し震えている怜に対して再びそう言う桜彩に、怜も頷いて返す。


「それじゃあ私が開けるね」


「いや、待ってくれ」


 怜の代わりにドアノブに手を伸ばす桜彩を止める。


「怜?」


「ここは俺が開けるから」


 そう勇気を持って言葉にした後、思い切ってドアノブに手を伸ばして回す。

 その先にはホームページで見た通り、猫と触れ合う空間が広がっている。

 見たところ先客はいないようで、実質的に二人の貸し切り状態だ。

 そして部屋の中にはタワーやクッションなど思い思いの場所に猫がたむろしていた。


「…………ッ!」


 思わず緊張が強くなる怜。

 そんな怜の左手を、桜彩の手が握りしめる。

 そして自らの左手を怜の左手、右手を怜の肩へと回して自分の方に引き寄せる。


「桜彩……」


 反射的に桜彩の方を見る怜に対して桜彩はにっこりと微笑む。


「隣には私がいるよ。まずは一緒に席に行こう?」


「ああ」


 猫が大好きな桜彩にとって、この場所は夢のような空間だろう。

 そんな彼女が自身の望みよりも自分のことを考えてくれている。

 それは怜にとって本当に嬉しい。

 そして桜彩の誘導の下、部屋の端の方にあるソファーへと二人で共に座った。

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