第50話 クールさんの勇気 〜一緒に猫カフェに行こう〜

「竜崎さんは怜さ……怜に対して動物の話題を避けないんだね」


「ああ。俺は気を使われる方が嫌だからな」


 夕食後、揃って洗い物を片付けながら昼休みのことを桜彩が問いかける。

 今までの癖でさん付けしてしまいそうになっていたが、じきに慣れるだろう。

 怜が動物に触れない理由は当然蕾華も良く知っている。

 しかし怜は気を遣われることを好まない為、蕾華も陸翔もそういった話題を避けるようなことはしない。

 それがこの親友三人の気持ちの良い付き合い方だ。

 そういったところ、やはりあの二人は自分よりも怜と付き合いが深いんだな、と桜彩は少し複雑そうに思う。


「だから桜彩も俺のことは気にせずに蕾華と猫カフェを楽しんできてくれ。猫の写真は見たいけど」


「そうだね。それなら私も遠慮せずに楽しんでくるよ。怜の為にも可愛い猫の写真をたくさん撮ってくるから」


「ははっ。楽しみにしてるよ」


 話をしながら洗い物を片付けえて、いつも通りに二人で食後のお茶を飲む。

 このまったりとした時間を二人はかなり気に入っている。

 そして実質的に桜彩専用となっているノートパソコンを開いて猫フォルダの写真を二人で眺めていく。


「昼に蕾華から少し見せてもらってたみたいだけど、あの猫カフェだとこういった感じかな」


 向かい合わせで座っていたのだが画面が見にくい為、怜は桜彩の隣へと席を移動する。

 陸翔と蕾華が猫カフェデートで撮った大量の写真を一枚一枚二人で眺めていく。


「あ、これこれ。これなんか特に可愛くない?」


「あ、これ?」


 そう言って身を乗り出して画面を見つめる桜彩。

 すると自分の顔のすぐ横に怜の顔がある。

 どちらかがもう少し近づけば、頭が当たりそうな至近距離。

 お互いの視線が絡み合い、それに気が付いた二人が顔を赤くして速攻で左右にはじけ飛ぶ。


「ごっ……ごめんっ!」


「い、いや、別に……」


 謝りながら逆を向いて顔を覆ってしまう桜彩と、同じく逆を向いて俯いてしまう怜。


(うう……び、びっくりしたぁ……。怜の顔があんなに近くに……)


(はあ……驚いた……。てか、やっぱり桜彩って美人だな……)


「…………」


「…………」


 そのまま二人とも気まずくなってしまい、しばし無言の時が流れる。

 お互いに相手の方をチラチラと気にしながら会話のきっかけを探る。


「あ、ね、猫カフェのホームページも見てみるか!?」


「う、うん、見たい! お願いしても良い!?」


「ああ。ちょっと待ってくれ!」


 微妙な空気を吹き飛ばそうと、怜が声を大にして話題を変えたので桜彩もそれに乗る。

 ウェブで件の猫カフェサイトを表示して二人で一緒に見る。

 しかし先ほどのことを意識してか、二人の距離が微妙に遠い。


「ねえ、どんな猫ちゃん達がいるか見ても良い?」


「ああ、見てみるか」


 キャストと書かれたページをクリックすると、そこに在籍している猫の一覧が表示される。

 そこに表示された猫の写真を見て桜彩が目を輝かせる。


「はあ、こんなにいるんだね。ねえ、この子達をみんな撫でちゃってもいいんだよね?」


「ああ。俺は行ったことがないけど、蕾華の言った通りお店のルールさえ守れば大丈夫だと思うぞ」


「そうなんだ。楽しみだなあ」


 嬉しそうにする桜彩にほっこりとする怜だが、やはり猫好きとして猫に触ることが出来ないのは寂しい。

 そんな怜の表情に桜彩が気が付く。


「怜、なんだか寂しそう」


「え?」


 顔を近づけて覗き込むように怜の顔を見る桜彩。

 さっきの時よりも顔が近くにあるかもしれない。


「確かに笑顔だけど、なんだか寂しい感じがする」


「そ、そうかな……」


 慌てて怜が自分の顔を触る。

 顔に出したつもりはなかったのだが、桜彩には気付かれてしまったようだ。


「悪いな、気を遣わせちゃって」


「ううん、気にしないで。私こそごめんね」


「待った! それは桜彩が謝ることじゃないから!」


 どんな事情であれ、動物に触れないのは怜の問題であり桜彩が謝る必要はない。

 また、それを気にして気を遣われるのも好きではない。


「…………怜。やっぱり怜も動物に触りたいんだよね」


「……ああ、触りたいよ。猫や犬を撫でたい、抱きしめたい」


 自分の胸元に視線を向けながらそう呟く。

 あの事件以来、怜の胸に動物が抱かれたことはただの一度たりともない。


「ねえ、あの事件の後、怜は動物を見る事すら駄目だったんでしょ? それをどうやって克服してきたのか聞いても良い?」


 不思議そうに問いかけてくる桜彩の言葉に怜は昔のことを思い出す。


「当時、うちはクッキーって名前を付けた猫を飼っていたんだ」


「……それって」


 桜彩にはやはり心当たりがあるようだ。

 おそらく蕾華の家の猫について聞いたのだろう。


「でもあの後、うちで飼えなくなって手放すことになった。それで蕾華の家に引き取ってもらったんだ」


 事件の後、トラウマを抱えた怜が動物と暮らすことは無理だった。

 そこで当時、蕾華の家では猫を一匹飼っていた。

 更に一匹増えるくらい問題ないと言われたのでクッキーを蕾華の家に引き取ってもらったのだ。


「俺は当時から結構動物に好かれるタイプだったんだよ。クッキーとも仲が良かった。で、クッキーを引き取ってもらってからしばらくして、蕾華からクッキーがなんだか寂しそうって話を聞いたんだよ。そんなことを言う蕾華もやっぱり寂しそうだった。だから再びクッキーと会う為に色々と努力した」


「……そう」


「まずはぬいぐるみで慣れていった。それから写真。その後は陸翔や蕾華の家で犬や猫を遠くから眺めたりして。そしてゲージ越しにまたクッキーと会うことが出来た。蕾華が言うにはその時のクッキーは本当に嬉しそうだったって」


 直接触れ合うのは怖いのだが、蕾華の家でゲージ越しに猫じゃらしで遊んだり、陸翔の飼い犬にボールを投げたりすることは出来るようになった。


「でも、どうしても直接触るのはまだ躊躇しちゃう。何度か試そうとしたんだけど、いつも直前で手を引っ込めてしまうんだ」


 怜の言葉を聞いて桜彩は悲しそうな顔をする。

 そのまま少し考えこんで、そして意を決して口を開く。


「…………怜、私、これから怜に酷い事言うかもしれない。怒ってくれて構わない。それで怜が……怜が……私を嫌いになっても……私と友達をやめるって言っても……恨まない」


「…………桜彩? 一体何を?」


 予想もしなかったことを言いだした桜彩に、怜が戸惑いながら聞き返す。

 桜彩はそこで顔を上げると怜の顔を見据える。


「だけど、怜も私と一緒で変わりたいんだよね? 動物に触れたいって言ったよね? 怜がまだ動物に触るのが苦手だってことは充分に分かってる。だから、怜が動物に触る為に頑張って猫カフェに行こうなんて言わない」


 そしてここからが桜彩にとって一番勇気のいる話。

 もしかしたら、せっかく仲良くなった怜に嫌われてしまうかもしれない。

 それでも桜彩は勇気を持って言葉にする。

 自分を助けてくれた、大切な友達の為に。


「でもね、怜。私はまだ猫カフェに行ったことがないんだ。今度竜崎さんと一緒に行く約束をしたけど、正直不安なんだ。だから怜。私が竜崎さんと一緒に行く前に、一回だけ付いて来て欲しい。怜が自分のトラウマを克服する為じゃなく、私の為に付いて来て欲しい。昔、怜が竜崎さんやクッキーちゃんの為に努力したように、怜は自分の為には出来なくても、友達の為なら一歩前に踏み出せるから。だから、これは私のわがまま。怜が自分のわがままで私を助けてくれた時のように、今回は私のわがままだから。怜、私の為に、一緒に猫カフェに付いて来て?」


「桜彩……」


 その言葉に怜が驚く。

 桜彩にとって友達という存在がどれほど大きいのかは分かっている。

 それでも桜彩は、その友達を失うかもしれないのに勇気を持ってそう言ってくれた。


「…………嫌いになんかなるわけない。友達をやめたいなんて言うわけがない。俺のことを考えて、俺の為に勇気を持って提案してくれた桜彩は俺にとって大切な友人だ」


 そう怜は笑って桜彩に答える。

 怜がどう答えるか緊張していた桜彩も、その怜の言葉に笑顔を浮かべる。


「……違うよ、怜。これは怜の為じゃなくて、私の為。私のわがままなんだから」


「……そうだな。とっても優しいわがままだ。あの二人にも、姉さんや守ちゃんにもそんなわがまま言われたことはないよ」


 陸翔も蕾華も、美玖も守仁も、あの四人は怜のことを大切に想っている。

 だからこそ、怜に無理をさせるようなことはしなかった。

 別にそういった関係が悪いわけじゃない。

 でも、今の桜彩は彼らとは違う方向から怜のことを大切に考えて提案してくれた。

 気が付けば怜の目からは涙が零れそうになっている。


「ありがとう、桜彩」


「お礼を言われることじゃないよ。何度も言う通り、これは私のわがままだから」


「それでもありがとう。桜彩、一緒に猫カフェに行こう。でも……それで……その……まだ少し怖いから俺の……隣にいてくれるか?」


 恥ずかしそうに、そして照れながらそう言う。

 これまで桜彩の為に力を貸してきた怜が初めて見せる甘え。

 初めて頼られたことを桜彩は嬉しく思う。


「うん、任せて! 何があっても私は怜の側にいるから!」


 力強くそう答える桜彩。

 そんな桜彩に対して怜は本当に良い友人を持ったと溢れる涙を拭った。

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