第49話 猫派VS犬派
人にはそれぞれ好みというものがある。
例えば甘いものが好きな人もいれば辛い物が好きな人もいる。
肉が好きな人、魚が好きな人、兎をマスコットにした野球チームが好きな人、虎をマスコットにした野球チームが好きな人。
人の好みはそれぞれで、例え恋人であっても好みが同じであるとは限らない。
つまり何が言いたいかと問われれば
「犬だろ、犬!」
「何言ってるのよ! 猫に決まってるじゃない!」
「絶対に犬だ!」
「違う、猫!」
葉月が帰った翌日の昼休み、いつものように昼食を食べ終えた後、陸翔と蕾華が自らのペットの良さについて話していたのだがそこから二人の言い合いが始まった。
陸翔は犬、蕾華は猫を飼っており、それぞれかなり可愛がっている。
二人共犬猫双方共に好きなのだが、それでもやはり一番は自分の所のペットというのは譲れない。
そのまま二人共犬と猫の素晴らしさを相手に伝えようと言い合っていく。
「渡良瀬さん!」
「はい?」
とそこで、蕾華が後ろの席でスマホを操作していた桜彩に声を掛ける。
いつも以上に勢いが強く、いきなり呼ばれた桜彩は少し戸惑いを見せる。
だがそれは仲の良い怜にしか分からないくらいのわずかな変化で、すぐにいつものクーさんと呼ばれるクールモードへと入っていた。
「渡良瀬さんなら分かってくれるよね! やっぱり猫が最高だよね!」
「はい、その通りです。猫は最高です」
いきなり話を振られたにもかかわらず、桜彩は当然だという顔をして素直にそう答える。
まだ男子とはコミュニケーションの取れていない桜彩だが、女子とは気軽に雑談している姿をよく見かける。
たまに蕾華とも猫の話題で話し込んでおり、桜彩の猫好きは女子の間では良く知られている。
まあ女子と雑談している最中も怜と二人でいる時とは違ってポーカーフェイスのクールモードを貫いているのだが。
桜彩の答えに蕾華は満足そうに頷いて
「そうだよね! 猫って可愛いよね!」
「はい、その通りです。竜崎さんの言う通り、やはり一番は猫です。これは絶対です」
「ほら、りっくん聞いた!? やっぱり猫だよ!」
桜彩という味方を得た蕾華が陸翔に向かって力強くアピールしていく。
多勢に無勢と感じたのか、陸翔は怜の方を向いて
「おい怜! お前なら分かるよな! 犬が一番だよな!」
と声を大にする。
怜は親友二人の口喧嘩(という名のいちゃつき合い)を微笑ましく聞いていたのだが、ここで旗色の悪くなった陸翔が怜を味方に付けようとする。
一方で蕾華も怜の方へと向き直って
「ちょっとりっくん、れーくんは猫派だよ! だよね、れーくん!?」
「いーや、犬だ! だよな、怜!?」
親友二人が左右から顔を近づけて圧を掛けてくる。
その圧に少し退きながら
「二人とも知ってるだろうが。俺は犬も猫も両方大好きなんだけど」
当たり障りのない返答を返す怜。
実際にどっちが上とかではなく、犬も猫も両方ともそれぞれ違った良さがある。
両方愛でれば良いだけのことだ。
しかし親友二人は怜の返答に不満げに眉を吊り上げる。
「それはアタシだってそうよ! アタシだって犬も好きだけど、その上で猫が好きなの! れーくんもどっちかって言ったら猫だよね!?」
「いや、怜は犬派だ!」
「猫だって!」
「犬!」
「猫!」
今度は二人で当の本人をそっちのけで、怜がどちらが好きかの論争が始まった。
「怜、どっちだ!?」
「れーくん、どっち!?」
「いやだからさっきから言ってる通り、どっちも甲乙つけがたいんだけど」
さすがに怜も少し呆れたように返事を返した。
「ちょっと恥ずかしがり屋さんな仕草が可愛いでしょ!?」
「何と言っても忠誠心だ! 人に寄り添い人の為に尽くす尊さというものが犬にはある!」
「りっくんには猫の気高さが分からないの!?」
「蕾華こそ、犬の優しさを尊いと思わないのか!?」
「…………」
最終的に怜そっちのけで二人の論争が始まった。
それはそれで構わないのだが、人の机の上でその論争をするのはやめてほしい。
なお周りのクラスメイトはそんな二人の論争を生暖かく見守っていた。
いや、一部に『爆発しろ!』などと怨念を込めた視線も混じってはいたが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「でも渡良瀬さんは分かってるよねー。ほら見て、この猫」
「素敵ですね。とても凛々しいです」
犬猫論争が一段落した後、蕾華は桜彩と猫好き同士、お互いにスマホを見せながら猫について語っている。
ちなみに陸翔の方は怜とスマホのアプリでリバーシをしている。
「そうだ。ねえ渡良瀬さん、今度一緒に猫カフェに行ってみない?」
「猫カフェ……ですか?」
「うん。猫カフェ」
蕾華の言葉に桜彩が少し考えこんでから口を開く。
「……あの、猫カフェというのは店内が猫ちゃんで満たされていて、好きな時に好きなように触ったり撫でたり愛でたりして良いというカフェのことですか?」
クールモードを保ちつつも内心ではウキウキとしながらそう聞く桜彩。
とはいえ若干そのモードが剥がれかかっている気がしないでもないが。
「うん、そんな感じだよ。お店のルールさえ守れば大丈夫だから。ほら、前にりっくんと一緒に行った時の写真がこれ!」
そう言いながらスマホを見せる蕾華。
怜がチラリとそちらを見ると、スマホに表示されている猫と戯れている蕾華や陸翔の写真を見る桜彩の目が更に輝いたように思える。
少し前に子猫が現れた時にものすごい食いつき方をしていた彼女にとって、それは夢のような場所なのだろう。
「渡良瀬さんの言ったように、触ったり撫でたり愛でたりと色々と楽しめるからね」
「それはとても素敵ですね」
「本当はれーくんも一緒に行けたら良いんだけどね。あ、れーくんも猫好きなんだけど触れないから」
「気にするなって。それよりも猫カフェの報告を頼むぞ」
聞こえてきた会話に自分の名前が入っていたので怜も一言口にする。
「任せて。その時はちゃんと写真を送るから」
「楽しみにしてるよ」
「うんっ。あ、もちろんりっくんにも送るからね」
「おう。オレも楽しみにしてるぜ」
リバーシをしている二人がスマホから視線を移して答える。
陸翔本人も言っているが、基本的には犬も猫も両方好きなのだ。
実際に陸翔は蕾華のペットの猫と遊ぶこともあるし、逆に蕾華が陸翔のペットの犬と遊ぶこともある。
「ふふふ……。これを機にりっくんも猫派に鞍替えさせてやる」
「いや、そんなことには絶対にならない」
「てか前に二人で猫カフェ行ってるんだから、今更猫派には変わらないだろ」
そんなことを話しながら、昼休みの時間は過ぎていった。
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