第48話 お互いの嫉妬 ~呼び方を変えたい、話し方を変えてほしい~

【前書き】

 現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。

 これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。

 今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。




【本編】


 美玖と守仁はワンボックスカーへと乗り込むが、葉月は桜彩の方へと歩き寄って来る。


「ふふっ、ちょっとからかい過ぎたわね。ごめんね、桜彩」


 そう言いながら桜彩を軽く抱きしめる。


「……ふんっ」


 からかわれたことを根に持って、まだ桜彩は不機嫌だ。

 しかし葉月は気にせずに、腕の中の桜彩へと言葉を続ける。


「何かあったら隠さずに遠慮なく連絡してね」


「……うん」


 まだ少し拗ねた様に頬を膨らませているが、それでもどこか嬉しそうに微笑む桜彩。

 そして葉月は桜彩を離した後、今度は怜の額を人差し指で突いて


「怜、桜彩をよろしくね。頼りにしてるわよ」


「はい、任せて下さい。何があっても隣で支えますから」


「……ありがとうね、怜。桜彩の側にいてくれて」


「え?」


「あんなことがあったわけだから、初対面の桜彩ってけっこうとっつきにくかったと思うのよ」


「それはまあ、分かりますが」


 何しろ転入早々クールさんとかクーさんとかいうあだ名をつけられたくらいだ。


 今でもその印象は変わっていない。


 クールじゃない桜彩を知っているのは自分だけだろう。


 その事実を何故だか少し嬉しく感じてしまう。


「だからね、桜彩の良さってのは本当に親しくならないと分からなかったと思うのよ。だからありがとう。あなたが桜彩の側にいてくれて。あなたが桜彩を良く知ってくれて」


 そう言うと、葉月は今しがた桜彩にした様に怜を軽く抱きしめる。


「え!?」


「は、葉月!?」


 怜と桜彩が焦って声を上げるが、既に葉月は怜を離してワンボックスカーに乗り込んでいた。


「それじゃあね、二人共」


「怜、桜彩ちゃん、さようなら」


「またな、二人共」


 そう言い残して三人を乗せたワンボックスカーはあまりのことに固まったままの怜と桜彩の返事を待たずに出発した。


「…………行ったな」


「…………はい、行きましたね」


 そのまま無言で見つめ合う二人。


「…………ふふふ」


「…………はは」


 しばらくすると、二人はお互いに笑い合った。


「いきなり来たかと思えば色々と引っ掻き回して。まるで台風みたいだったな」


「はい。ですが、台風と同じで、雨降って地固まるということではないでしょうか」


 確かに言われてみればそうかもしれない。

 あの三人が来たおかげで怜と桜彩はお互いが抱える傷ついた過去について全てを打ち明けて、その上で距離が更に近くなった。

 結果だけを考えれば間違いなくプラスだ。


「帰ろうか」


「そうですね」


 これ以上ここにいる理由もないので、二人は一旦怜の部屋へと向かう。

 怜がお茶を淹れてリビングへと戻ると、そこに座っていた桜彩が下を向いて悲し気な顔をしていた。


「桜彩?」


 気になった怜が言葉を掛けると、桜彩はなんとも言えないような感じで呟く。


「……怜さんって葉月と仲が良いですよね」


「え?」


 いきなり予想もしなかった言葉に怜が固まる。

 すると桜彩は先程葉月に向けた様に拗ねた表情をして


「私とは仲良くなるまでにかなり時間が掛かったのに……」


「いや、それは桜彩が誰にも頼ろうとしてなかったからで……」


「それは私も分かっています。怜さんは全く悪くはないって。でも、何か悔しいんですよ」


 桜彩も自分が原因であることは充分に理解しているので、それ以上強く言うことは無い。


「でも、葉月は私よりもスタイル良いし……。怜さんもさっき抱き着かれて嬉しかったんじゃないですか?」


「ええ!? いや、驚いてただけだから」


 桜彩の言葉に怜が更に驚いてしまう。

 というか、今の桜彩の感情は


「あ、ごめんなさい。……嫉妬、してしまいましたね」


 そう、今の桜彩は間違いなく葉月に嫉妬している。

 だからこそこんなに拗ねて不機嫌で。


「葉月は私なんかより、ずっと素敵な人だから……」


「桜彩」


 桜彩の言葉の途中で怜が優しく語り掛ける。

 その言葉に桜彩は怜の方を見上げる。


「そんなことは言わないでくれ」


「え?」


 桜彩が見上げる視線を真正面から受け止めて怜は言葉を続ける。


「確かに桜彩の言う通り、葉月さんは葉月さんで魅力的な人だと思う。だけど、それがどうした? 桜彩には桜彩の良いところがある。それに、少なくとも俺にとっては葉月さんよりも桜彩の方が立ち位置が近い」


「え……?」


「昨日言ってくれただたろ? 俺が辛い時は桜彩が俺を支えてくれるって。もしも俺が弱みを見せるような事があれば、その相手は葉月さんじゃなく、桜彩だ。俺は桜彩をそのくらい信用してる」


「怜さん…………」


「だから桜彩、自分を誰かと比べて卑下したりしないでくれ。少なくとも俺は、葉月さんよりも桜彩に隣にいて欲しいんだ」


「…………はい、ありがとうございます」


 そう言った桜彩の顔は、普段怜の前で見せる様な素晴らしい笑顔が広がっていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あの、怜さん。一つお願いがあるのですが……」


 その後、お茶を飲んでいると桜彩がそう切り出してくる。

 少し恥ずかしそうに上目で怜を見ながら両手の指をもじもじと動かして恥ずかしそうにする桜彩。


「お願い?」


「はい。その、先日、怜さんのことを光瀬さんから怜さんと呼び方を変えましたよね」


「あ、ああ」


 それは怜にとっても忘れられない思い出だ。

 今思い返すだけでも恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


「その、私も怜さんのことを……怜って呼んでも……構わないでしょうか?」


「え?」


「あ、その……駄目なら駄目で構わないんです。ただ、葉月がそう呼んでいたのが少し羨ましかったので……。で、ですけど怜さんにとって仲の良い竜崎さんでさえ呼び捨てで呼んでいないですよね。やはり同級生の異性がそのような呼び方は図々しいというのであれば……」


「ちょ、ちょっと桜彩、落ち着いて」


 焦って口数が多くなっている桜彩をひとまずなだめる。

 怜の言葉に桜彩は興奮しすぎたことを自覚したのか慌てて深呼吸して自分を落ちつかせようとする。

 そんな姿も可愛らしいが。


「桜彩、別に俺は桜彩に名前で呼ばれるのは嫌じゃないよ。ただ、そうだな。一つ、俺の頼みも聞いてくれるか?」


「頼み、ですか?」


 これまで怜は桜彩に対して見返りを求めて来ることはなかった。

 そんな怜の言葉に桜彩は疑問符を浮かべる。

 だが怜の人となりを知っている桜彩は、当然怜が不当な要求をしてくるなどとは考えていない。


「俺に対して、その、敬語はやめてもらえると嬉しい。まあ……俺も葉月さんと話す桜彩を見て、羨ましいなって思ったから……」


「羨ましい、ですか?」


「ああ。その……俺も、嫉妬、したというか……」


「えっ?」


 怜も顔を赤くしてそう答える。

 その言葉の意味を理解した桜彩もさらに顔を赤くする。


「まあ、葉月さんは桜彩とは姉妹だから、敬語を使わないというのはまあ当然と言えば当然かもしれないけど……」


「い、いえ、私も嫌ではありません……あっその……………………い、嫌じゃないよ、怜……………………」


 そう小さな声で桜彩が言い直した。


「そ、それでは……じゃなかった、それじゃあれ、怜……これからは怜って呼ぶから……」


「あ、ああ。わ、分かった」


「……………………」


「……………………」


 そしてまたしてもお互いに顔を赤くして視線を合わせられなくなってしまう。

 そのまま少し時間が経過する。


「…………か、買い物に行こうか」


「そ、そうですね、怜さん…………そ、そうだね、怜」


「そ、それじゃあ行こうか、桜彩」


「うん、怜」


 そうして二人は並んで買い物へと出かける。

 そして同じ場所へと戻ってくる。

 いくつもの偶然が重なった結果、半同棲生活という、二人が手にしたかけがえのない新しい幸せの舞台へと。

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