第47話 シスターズの狂演

【前書き】

 現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。

 これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。

 今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。




【本編】


 その夜、葉月は桜彩の部屋へと泊まり翌日は日曜日。

 積もる話もあるだろうということで、昨日に続いて朝食は怜が一人で作ることとした。

 さすがに二日連続で手伝わないという事に桜彩は申し訳なさそうにしていたが、怜が『めったにこっちに来ることが出来ないんだから葉月さんとの時間を大切にしてくれ』と言ったところ納得してくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「へえ。美味しいわね」


「でしょ? 怜さんの作る物は何だって美味しいんだから」


 怜を褒める葉月に桜彩がうんうんと頷く。

 今日の朝食は葉月を交えて三人で食卓を囲んでいる。

 昨日の残りのキッシュにベーコンエッグとサラダ、コーンポタージュというメニューだが、桜彩も葉月も美味しいと言ってくれて安心する。


「うんうん。こんなのを毎日食べているんなら体の方は心配しないで良さそうね」


「俺をそこまで信用するのもどうなんですか……」


「でも本当に助かっていますから。怜さんの料理はとても美味しいので、これまでも、そしてこれからも毎日食べることが出来て本当に幸せですよ」


 嬉しそうな顔でそう言っていた桜彩だが、途端に何かに気付いたように慌てだす。


「あっ……その、これからもってそういう意味では……」


「毎日食べてるだろ?」


 桜彩の言う意味が良く分からない怜が首を傾げる。

 桜彩は顔を赤くして慌てながら


「あ、いえ、その、なんていうか……」


「つまり、これから一生料理を作ってくれっていう意味ね」


「だ、だからそういう意味じゃないって言ってるのよ!」


 気が付いていなかったのに葉月が説明したせいで怜の顔も赤くなる。

 慌てた桜彩が焦って怜の方に向き直って両手を目の前でバタバタと振る。


「れ、怜さん……! ご、誤解ですからね! 誤解です!」


「わ、分かってるって! 葉月さんにからかわれてるだけだから!」


「あははははは! 本っ当にあんた達ってからかいがいがあるわねえ」


「も……もう~! 葉月!!」


 半泣きになりながら姉を睨みつける桜彩と、それを意に介さずに笑い続ける葉月。

 昨日からの様子を見るに、この姉妹は普段からこんな関係なのだろう。


「まあ昨日も言ったように、怜が責任を取ってくれるってんなら私は何も文句はないんだけど」


「だからからかわないでって言ってるでしょ!」


「だってあなたって本当にからかうと可愛いんだもの。ねえ、怜もそう思わない?」


「…………からかわれなくても可愛いとは思いますよ」


 葉月の言う通りからかわれている桜彩は怜としても可愛いと思うのだが、それを素直に言うと桜彩が機嫌を損ねるであろう為に言葉を濁す。

 だが怜も内心ではかなり焦っていた為に、今自分が思ったことを深く考えずに発言してしまった。

 当然のように怜の言葉を聞いた桜彩の顔が別の意味でボッと音を立てるように更に赤くなる。


「あ、あの……怜さん、それって……」


「あ…………」


 自分が何を言ったのかを理解して、怜の顔も桜彩と同様に赤くなる。


「その……昨日、可愛いって言ったのは……別に嘘じゃないから…………」


 とはいえごまかすことも出来ないので勇気を振り絞ってそれだけを口から絞り出す。


『可愛いって言ったのは、エプロンだけじゃなく桜彩もだから』


 葉月がいきなり現れた為に双方が忘れかかっていた出来事を、今の会話でお互いに思い出してしまう。


「あの……その……ありがとうございます…………。そ、その……怜さんも……凄く素敵だと思いますよ……」


「い、いや……こちらこそありがとう……」


 恥ずかしさから相手の顔を見ることが出来ずに良く分からないことを言いながら下を向いて俯いてしまう。

 そんな二人を葉月は上機嫌で笑いながら、一人朝食を食べ続けていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昼食では、せっかくの機会なので葉月に桜彩の腕前を見てもらおう、ということでカレーを作った。

 桜彩が料理をする姿を間近で眺めていた葉月は妹の成長をニコニコとしながら見守っていた。

 出来たカレーはレシピ通りに作られたことで、葉月曰く普通に美味しかった。

 その後は葉月を含めた三人で怜の部屋で過ごした。

 せっかくなんだから姉妹水入らずで過ごしたらと提案したのだが、それは昨晩寝る前に充分すぎるほど過ごしたので今日は怜を含めて過ごしたい、と言われたのでさすがに断れなかった。

 葉月を含めた三人で先日怜が作ったプリン作りに挑戦したり、そのプリンを食べながら三人で話をしたりして過ごしていると、葉月が帰る予定の時刻が近づいてくる。

 葉月によると『向こうの友人もこっちに用事があったみたいだから、帰りは友達の車に一緒に乗せて行ってもらうわ』とのことだ。

 そして葉月のスマホに友人からの連絡が入る。


「それじゃあね、葉月。今度はちゃんと連絡してから来てよ」


「ええ。桜彩も元気でね。怜、桜彩のことをよろしくね」


「はい。……あ、そうだ。葉月さん、もう一つの俺を信じてくれた理由について、帰る時に話してくれるって言ってましたよね」


「ええ。もうすぐに分かるわよ」


「もうすぐ?」


 要領の得ない葉月の答えに怜は疑問符を浮かべるが、もうすぐ分かるというのなら待ってみても良いかもしれない。

 葉月の見送りの為に、桜彩と共に一階へと降りてエントランスを出る。

 とそこに、昨日別れた美玖と守仁が待っていた。


「美玖、守仁、お待たせ」


「葉月。桜彩ちゃんとは良い話が出来た?」


「ええ。あなたの弟も含めてね」


 仲良く話をするそれぞれの姉に、怜と桜彩が目を丸くする。

 この様子を見るに、葉月の言っていた向こうの友人というのは間違いなく美玖と守仁だろう。


「な……な……な……」


「美玖さん……? 瀬名さん……?」


 怜も桜彩もまさかそれぞれの姉同士が友人だったとは夢にも思わなかった。


「私が怜のことを信じたもう一つの理由よ。美玖の弟がこの辺りに住んでるってのは聞いていたから、光瀬という名字でもしかしたらと思ったのよ。それでノートを見る前に美玖に確認したら本当に弟だって言うじゃない。美玖や守仁が普段から自分の弟を自慢してるもんだから、あなたを信じてみても良いんじゃないかって思ったのよ。それで実際にあなたのことを試してみたら、本当に二人の話していた通りの人物だったってわけね」


 ノートを見る前にスマホをいじっていたとことを思い出す。

 まさか裏でそんなことがあったとは怜も桜彩も全く想像していなかった。


「あたしもね、葉月の妹がこの辺りに住んでいるってことは聞いてたから。それで渡良瀬って苗字を聞いてピンときたのよ」


「全くもう……」


「悪いな、怜。俺も美玖もまさかそうだとは思ってなくて」


「いや、守ちゃんが謝ることじゃないけど」


 そう言いながらため息を吐く怜。

 まさかお互いの姉同士が知り合いとは思いもしなかった。

 何という偶然だろうか、世間は狭いと思い知る。


「それで桜彩ちゃん。ちゃんと怜にお祝いしてもらった? 怜が馬鹿な失敗なんてしなかった?」


「え!? は、はい。怜さんにはとても良くしていただいたので」


「あら、良かったじゃない、怜」


「まあ姉さんには感謝してるけど」


 美玖の助言が無かったら桜彩の誕生日を知ることすら出来なかった。

 桜彩の誕生日を祝うことが出来たのは、間違いなくこの姉のおかげである。


「そうそう、見てよ美玖。この桜彩の嬉しそうな顔」


 そう言いながら美玖にスマホを見せる葉月。

 そこには昨日怜が撮ったエプロン姿の桜彩の写真が表示されていた。


「あら、桜彩ちゃんとっても可愛いじゃない」


「……あ、ありがとうございます」


 美玖からも褒められて顔を赤くして照れてしまう桜彩。

 ここ最近、怜は桜彩が顔を赤くする場面を数多く見ており、学校でのクールな姿がまるで嘘のようだ。


「それだけじゃないわよ。実は昨日、二人してプレゼントのエプロンが可愛いって言ってたんだけど、そこで怜が『可愛いって言ったのは、エプロンだけじゃなく桜彩もだから』なんて言っちゃって」


「うわあああああああああああ!!」


 葉月の言葉に怜も顔を真っ赤にして叫び声をあげる。

 そういえば聞いたところによると葉月は桜彩が怜の部屋を出たところから二人の様子を伺っていたらしい。

 ということは、その一部始終をばっちりと見られていたわけで。


「わあ! 何よ怜! あんたそんなエモいこと言っちゃったわけ!?」


「凄いな怜! 随分と成長したもんだ!」


「あああああああああ!!」


 手を叩いて喜ぶ姉と、背中をバンバンと叩いてくる守仁の言葉に対して怜は何も聞こえないという風に耳を押さえてその場にうずくまってしまう。

 一方で桜彩は更に赤くなった顔を両手で覆って見られないようにしていた。

 がしかし、この年上三人の会話はこれで終わったわけではない。


「実はその後もね、怜が『桜彩を隣で支えられる人になりたい』とかそんなカッコいいことも言っちゃってね」


「ちょっと葉月さん! ストップ! もうやめて!」


 慌てて怜が抗議するが、当然ながら葉月はそこで黙るような相手ではない。


「桜彩の方もね、怜の頭を自分の胸にぎゅっと抱きしめちゃったりして」


「あらやだ。桜彩ちゃんも見かけによらず大胆なアプローチしてくるのね」


「は……は……葉月~ッ!!」


 当然からかう相手が怜だけで済むわけもない。

 そして更に葉月が自分のスマホを操作すると、


『その……昨日、可愛いって言ったのは……別に嘘じゃないから…………』


『あの……その……ありがとうございます…………。そ、その……怜さんも……凄く素敵だと思いますよ……』


 午前中に交わした会話がそこから流れ出す。


「わああああああああ!!」


「いやあああああああ!!」


 それを聞いてもうこれ以上ない程に顔を真っ赤にしてもだえ苦しむ二人。

 こうして自分の言ったことを聞かされると、恥ずかしいなんて言葉で言い表すことなんて出来ない。


「は……は……葉月さん!? まさか、録音してたんですか!?」


「ええ、昨日からね。もしもあなたが変なことを言った場合の証拠にしようと思って」


「だ、だからって今日まで録音する必要はないじゃないですか!」


 昨日のうちに誤解は解けたのだから、今日の会話は録音する必要はないだろう。

 そんな怜の抗議を聞き流して葉月と美玖は嬉々として話を続ける。


「あら、二人共本当に素敵ね。ねえ葉月、桜彩ちゃんってもうお風呂と寝る時以外は基本的に怜の部屋で過ごしてるんでしょ? そんな中途半端な半同棲生活よりも、いっそのことそっちの部屋引き払って怜の部屋で同棲させるってのはどう?」


「それも良いわね。そうすれば家賃は半分、光熱費も大きく削減出来るし良いこと尽くしじゃない」


 もだえ苦しんでいる怜と桜彩の横ではそれぞれの姉同士でそんな好き勝手なことを言い合っている。

 というか、この無駄に行動力のある姉の場合、そんな突拍子のないことをやらないと言い切れないのが恐ろしい。


「……………………守ちゃん、二人をとめて……お願い……」


 かすれるような小さな声で、何とかそれだけを絞り出す。

 そんな怜の肩を軽く叩きながら、守仁が手を叩いて


「二人共、からかうのはその辺りにしとけって。そろそろ帰らないとまずいぞ」


 とスマホに表示された時刻を見せてくる。


「おっと、もうそんな時間なのね」


「ふう。まだまだ話し足りないけどしょうがないわね。それじゃあね、桜彩、怜」


「…………さよなら」


「…………それじゃあね」


 からかわれて拗ねた二人は姉の方を見ずにぶっきらぼうにそう言った。

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