第44話 姉(シスコン)の襲来③ ~シスコンとクールさんの努力~

【前書き】

 現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。

 これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。

 今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。




【本編】


「それで、これを見て私が納得出来なかったらあんたはこれまでの自分の発言にどう責任を持つつもり? もう子供じゃないんだし、それだけのことを言ったんだからちゃんと責任は持ってもらうわよ」


 ノートをトントンと指で叩きながら葉月が怜に問いかけるが、怜は目を逸らさずに自信をもって返事をする。


「その時はご自由に。俺が桜彩を誑かしたり、騙して手籠めにしていると解釈してもらっても構いません。そこにある木刀で俺を殴ってくれても結構です」


 昨日、美玖が来た時に持ち出した木刀を指差して平然と言い放つ怜。


「れ、怜さん!? 一体何を言っているんですか!?」


 桜彩が慌てて怜を止めようと立ち上がるが葉月はそれを気にせずに言葉を返す。


「あっそう。言っておくけど、あたしは嘘や冗談を言われるのが好きじゃないのよ。命を賭けるとか簡単に言うやつとかね。だからあんたの言う通り桜彩が何も成長していないと判断したら、ちゃんと木刀でぶん殴るわよ」


「ちょっと葉月!?」


 桜彩がテーブルをバンッと叩いて葉月を睨みつける。


「なによ。やっぱり自信がないの?」


「そ、そういうことじゃないよ! 葉月が納得出来なかったら怜さんに酷いことをするってことでしょ!? そんなの認められるわけないよ!」


「そう。それじゃ、やっぱりあなたがこの男に面倒を丸投げしてるって認めるわけね」


「だからそれは違うって……」


「桜彩、俺はそれでも構わないよ」


 慌てる桜彩を尻目に怜は落ち着いて桜彩を止める。


「でも怜さん……」


「大丈夫。きっと分かってくれる」


 桜彩の目を力強く見返す。


「そんな……私にはそんな自信なんてないですよ……」


 そう目に涙を溜めて俯く桜彩に、怜はゆっくりと首を振る。


「ああ、桜彩に自信がないのは当然かもしれない。だったら桜彩、俺を信じて」


「え?」


 怜の言葉に桜彩が顔を上げて怜を見る。


「桜彩に自信がないのは分かる。だからさ、自分じゃなくて俺を信じてくれ。ここ数日、隣で桜彩を見ていた俺を。桜彩が一生懸命頑張っていたのは俺が良く知っている。その俺が保証する。それとも俺のことも信じられないか?」


「怜さん……」


「それと葉月さんを信じてくれ」


「……え?」


 怜の言葉に桜彩が不思議そうな顔をする。

 これまでの葉月の言動に怜は違和感を感じている。

 言葉で正確に表すのは難しいが、この葉月という人物はおそらく美玖に近い。

 美玖という自分のことを本当に大切にしてくれている姉を持つ怜だからこそ、直感的にそれが分かる。

 葉月は『桜彩』のことは疑ってはいないのだと。


「これまでずっと、桜彩の一番近くで桜彩のことを支えてきた葉月さんを信じてくれ。桜彩のことを本当に大切に想ってくれている葉月さんを」


「怜さん……」


「怜、あなた……」


 怜の言葉に桜彩だけでなく葉月までもが驚く。

 これまでずっと怜に対して辛辣しんらつに当たっていた自分のことを信じてくれなどと言われるとは思ってもみなかった。


「桜彩、俺と葉月さん、二人とも信じられないか?」


「怜さん……ううん、信じます。私のことを大切に想ってくれている二人のことを」


 怜の言葉に一瞬言葉を詰まらせた桜彩だが、目を閉じてゆっくりと首を振る。

 そして再び目を開いた桜彩の顔には、もう不安の色はなかった。


(まさか、あの桜彩があんな表情をするなんてね)


 少し前までは信じられなかったその変化に驚きと、そして嬉しさがこみあげて来る。

 しかしそれを表情に出さないようにして、先ほどまでの仏頂面をキープし続ける。


(さて、それじゃあ見せてもらおうかしら)


 そう思いながら葉月は自分のスマホを取り出して親友へとメッセージを送る。


(光瀬、か。やはりそうなのかしらね)


「葉月、これを見て! これまで私が怜さんに教わってきたことが書かれているから」


 そして葉月は差し出されたノートの二ページ目から眺めていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 しばらく無言でノートをめくる音が聞こえる。

 そこに描かれた内容を葉月は一文字たりとも見逃さないようにじっくりと眺める。


(…………どうだ?)


(…………お願い!)


 二人が祈るように見守る中、ついに葉月はそこに書かれた内容を読み終える。


「…………」


「…………」


「…………」


 予想とは違って葉月は感想は何も言わず、ノートを閉じて桜彩の方を見る。

 あまりの緊張に二人の胃が痛くなる。

 桜彩のこれまでの頑張りに対して姉はどのような感想を持ったのか。


「普通ね」


 読み終えた葉月の口から出た言葉はシンプルにただ一言。


「……普通?」


「……ですか?」


 桜彩と怜が緊張して聞き返す。

 その問いに葉月は表情を変えずに頷く。


「ええ、普通ね」


 先ほどと全く変わらない内容を表情を変えずに葉月が答える。


「え、えっと、駄目ってこと……?」


 それを聞いた桜彩の顔がショックを受けたように沈んでしまう。

 これまでの自分を認めてほしかった、その言葉が聞けなかった。

 怜が自分のことを信じてくれたのに。

 あんなにたくさん世話を焼いてくれて、なおかつ自分を信じてくれた相手を裏切ってしまった。

 その事実に桜彩の顔が青くなって、目に涙が溜まっていく。


「ごめん、なさい、怜さん……。私、駄目だった……」


「桜彩……」


 怜が桜彩に慰めの言葉を掛けようとしたところで、葉月がやれやれと首を横に振る。


「はあ、あんた何勘違いしてんのよ」


「だ、だって、私、駄目だった……。怜さんがたくさん教えてくれたのに、信じてくれたのに……ううっ…………」


 桜彩の目から涙が零れ落ちる。


「だから勘違いするなって……」


 葉月が立ち上がって桜彩に近づこうとしたところで、桜彩が何かに気が付いたようにハッとなって立ち上がる。


「待って、葉月! お願い! 怜さんは何も悪くない! 怜さんは本当に私を助けてくれただけなの! 怜さんが教えてくれたことを、ちゃんと私が出来なかっただけだから! だから怜さんに酷いことをしないで!」


「うぷっ!」


 ノートを見る前に、葉月は『木刀でぶん殴る』と宣言している。

 これまで自分に優しくしてくれた怜にそんな勘違いで酷いことをさせてはいけない。

 それに気が付いた瞬間、考えるよりも先に桜彩は横に座る怜の頭を思いきり抱きしめていた。


「葉月、お願い!」


 葉月に背を向けたまま、怜を守るように抱きしめ続ける。

 それを見た葉月が最初は呆気にとられていたものの、すぐに優しい笑顔へと変わる。


「ふう……。だから勘違いすんなって言ってるでしょうが。普通ってことは普通に努力しているってことが分かったって意味よ」


「…………え?」


 まるで予想外の答えに桜彩の動きが重なる。

 怜を抱きしめたままの桜彩が後ろを向くと、そこにはいつも自分に向けてくれていた笑顔の葉月が居た。


「適当に頑張っているふりをしているだけ、なんて思わないわよ、桜彩。だから私も彼を殴ったりなんてしないわ。だから彼を放してあげなさい」


「……本当に? 本当に怜さんに酷いことしない?」


 心配そうに葉月に聞き返す桜彩。

 妹のそんな態度に葉月は笑顔のまま呆れながら


「だからしないわよ。それより早く放してあげなさい。苦しんでるわよ」


「えっ?」


 葉月の言葉に視線を自分の胸元に落とすと、両手で抱え込んだ怜の顔がすっぽりと埋まっていた。

 苦しむように、手をバタバタとさせていることに初めて気が付く。


「ご、ごめんなさい、怜さん!」


 慌てて桜彩が怜を掴んでいた手を離すと、怜は大きく深呼吸をして肺に空気を取り入れる。

 そして目の前に立っている葉月の初めて見せている笑顔に驚き見とれてしまう。


(やっぱり桜彩のお姉さんだな)


 そんな場違いなことを考えてしまう怜。

 そして桜彩が怜を放したのを見た葉月が言葉を続ける。


「桜彩。あなたが料理が出来なかったことは知っているわ。でも、あなたはそれを良しとはせずに克服しようと頑張っている。怜があなたを誑かしているなんて思っていないし、あなたが怜に全てを押し付けているなんて思っていないわ」


「葉月……」


 目に涙を溜めたまま、桜彩が驚いたような表情で葉月を見る。

 そんな桜彩を葉月はそっと抱きしめる。


「正直驚いたわ。ごめんなさいね。まさかあなたがこんな風に変わるなんて思っていなかったから」


 それを聞いて怜も一安心する。

 どうやら桜彩の努力の証は葉月の心を動かすことが出来たようだ。


「葉月さん」


 ここで二人の間に割って入るのも考え物ではあったのだが、怜にはどうしても言っておきたいことがある。

 顔を向けて来る二人の視線を受け止めて、怜はその先を口にする。


「俺を疑うのは構いません。ですがこの通り、桜彩は今、本当に頑張っています。最初こそ他人に頼ることを良しとせずに一人で頑張ろうとして失敗していましたが、今では頼るべきところは頼って、そして一人で出来るようになろうと頑張っています。決して怠けようとか、自分だけが楽をしようとか、そういったことではありません」


「怜さん……」


 驚いたように桜彩が目を丸くする。


「まあ、あなたなら桜彩のことは初めから信じていたでしょうけど」


「え?」


 怜の言葉に再び桜彩が目を丸くして驚く。

 一方で葉月の方は表情を崩す。


「気付いていたのね?」


「気付いていたっていうか、なんとなくですけど」


「…………ど、どういうこと?」


 怜と葉月の会話の内容が分からない桜彩の視線が二人の間を往復する。


「葉月さんが疑っていたのは最初から俺だけってことだ」


「え? でもさっき私に『あなた、体よく家事を全部押し付けて、自分は楽してるんじゃないの!?』って言ってたじゃない?」


「ああ、あれは演技よ。私が疑っていたのは怜の方だけ。だって桜彩ったら毎日毎日色んな料理の写真を送ってくるんですもの。それもこの子一人じゃ作れないような物を。だから私は桜彩が変な男に誑し込まれてないか確認しに来たのよ」


 やっぱりか、という感じで怜が頭を抱えて椅子へと崩れ落ちる。

 その一方で桜彩はようやく合点がいったのか、口をパクパクとさせている。


「でもそれはどうやら杞憂だったみたいね。疑ってしまってごめんなさい、怜」


「いえ、俺は構いませんよ」


「でも良く分かったわね。私が桜彩のことを疑ってはいないって」


「……俺にも俺のことを大切に想ってくれている姉さんがいるんですよ。なんとなく葉月さんは姉さんに似てるなって。それで多分桜彩のことを疑っているわけじゃないんだなって思いました」


「……でしょうね」


 怜の言葉に葉月は笑みを浮かべてゆっくりと頷く。


「え?」


「……なんでもないわ」


 葉月が何に納得したのかは分からない。

 しかしそれよりも大事なことがある。


「それと葉月さん、ノートの一ページ目を見て下さい」


「え?」


 怪訝な顔をして怜の言った通りのページを開く葉月。

 そしてそこに書かれていた言葉を見てその顔が驚きに染まる。


『目標:ゴールデンウィークまでに簡単な料理を作れるようになって葉月を安心させる!』


「桜彩……」


 思わず葉月の目が熱くなる。

 照れる桜彩を抱きしめて


「良かったわね、桜彩。こんな良い人に巡り合うことが出来て」


「もう……。私は最初からそう言ってたのに」


 拗ねたように桜彩も葉月に笑い返す。


「そしてありがとう、怜。桜彩を大切にしてくれて」


 怜の方を向いた葉月がそう怜に言葉を掛ける。

 美人姉妹二人の笑顔に見とれながら、怜もつられて笑顔になっていた。

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