第43話 姉(シスコン)の襲来② ~シスコンと世話焼き男子~
【前書き】
現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。
これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。
今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。
【本編】
(…………いったい何がどうなってこうなった?)
自宅のリビングで怜は、不機嫌そうな表情で椅子に座る葉月と、怯えたような表情で座る桜彩を見てそう思った。
桜彩と別れてから数分後、ようやく自分の心が落ち着いてきたと思ったのだが、隣の部屋から何やら大声が聞こえてくる。
このアパートの防音性は中々優れているのだが、それでも聞こえてくるということはよほど大きな声を出しているということだろう。
桜彩に何か問題が発生したのかと思いメッセージを送ってみたのだが、その代わりに桜彩の姉からの通話が掛かってきた。
これから怜の自宅へと来るというので玄関を開けると、そこには既に怜よりも年上の美人が立っていた。
こんな美人が桜彩の姉だと言われても、妹である桜彩が桜彩なのでまあそうですねと普通に納得してしまう。
ただ惜しむらくはものすごく不機嫌そうな顔をしていることだ。
美人は目の保養、美人はどんな表情をしていても素晴らしい、などという男も存在するがそういった者達がこのような状況に陥ったとしたら、果たして意見を変えないだろうか。
よほどのマゾヒストでなければ無理だろう。
それに少し遅れて出て来た桜彩を交えて怜の自宅へと上がり、リビングに座ってもらっている。
ここに至るまでの状況が良く分からないのだが、葉月が不機嫌、とりわけ怜に対して敵意を持つような目を向けていることは怜も感じている。
「…………ハーブティーですが」
とりあえず三人分のハーブティーを淹れて桜彩と葉月へと差し出す。
お茶の銘柄はパッションフラワーで、鎮静効果を期待してのことだ。
「別にお茶なんていらないわよ」
「…………」
怜の気遣いはその一言で切って落とされた。
視線だけで座るように促された怜は、葉月の対面に座る桜彩の隣の席へと腰掛ける。
隣に座る桜彩は葉月のプレッシャーからか下を向いたまま震えている。
「渡良瀬葉月、そこにいる桜彩の姉よ」
その声を聞いて桜彩が一瞬ビクッと身体を震わせる。
これ以上ないほどに簡潔な説明が対面から飛んで来た。
しかしこうして見ると葉月の名乗った彼女は桜彩と同系統の美人であり、このような状況でなかったら怜も目を奪われていたかもしれない。
繰り返すがこのような状況でなかったらの話だ。
目の前に座る葉月は足を組んで腕組みをして、表情も態度も見るからに私は不機嫌ですオーラが全開だ。
「初めまして。光瀬怜です。えっと、お話があるとのことでしたが……」
黙っていても仕方がないので話を進めようとした怜だが、そんな怜を見る葉月の視線の強さが一段階上がる。
(怖ぇ……)
美人は怒ると怖いという通説があるが、今まさにそれを実感する。
別系統の美人である蕾華や美玖が怒ったところも見たことがある怜だが、少なくとも彼女達の本気の怒りが怜にぶつけられることはこれまでにはなかった。
美人に怒られるのはご褒美だ、などと言う馬鹿共は今すぐにこの状況を変わって欲しい。
「……………………はあ」
ひとしきり怜を睨んだ後に目をつぶって眉間を押さえながらこれ見よがしに大きなため息を吐く葉月。
怒っているのは分かるのだが、その怒りの原因が分からないことに加えて感情任せに怒鳴り散らしてこないその静かさが、怜にとってより怖さを倍増している。
「あの、お姉さん……?」
「は?」
怜の言葉に目を見開いて、右手を机に置いて身を乗り出して即ギレする葉月。
口調はまだ穏やかなのが更に怖い。
思わず怜も桜彩と同様ビクッと体が震えて背中に冷や汗が流れる。
「誰がお姉さん? あんたの姉になった覚えは無いんだけど?」
「えっと、ではなんてお呼びすれば……」
「渡良瀬と呼べ、と言いたいところだけど、桜彩と被るから葉月で良いわ」
仕方ないわね、という雰囲気でそう告げて来る。
「では、あの、葉月さん。お話とは何でしょうか?」
今すぐにでもこの場から逃げ出したいのだが、さすがにそうもいかない為おっかなびっくりに聞いてみる。
怜の質問に葉月は怜を睨み返した後、ゆっくりとため息を吐いてスマホを操作する。
「聞きたいんだけど、この料理を作ったのはあんた?」
スマホを見せながら葉月が問いかけてくる。
画面を確認すると、豪雨の日に作った肉巻きの写真が表示されていた。
「はい。これを作ったのは俺ですが」
「はあ……やっぱりね」
怜の答えに葉月はこれ見よがしにため息を吐く。
「桜彩から『ちゃんと食事をしています』なんてメッセージと共に色々な画像が送られてきたけど、つい先月までほとんど料理したことなんてないこの子があんなまともな物を作れるわけがないでしょ? それで様子を見に来たんだけど、やっぱりあれは自分じゃなく、他人に作ってもらってたってわけね」
なるほど。
桜彩が姉に食事の画像を送っていたことは怜も見ているが、それを葉月は桜彩が自分で作った物として送っていると思ったらしい。
桜彩本人としては姉に心配掛けないようにという思いであり、騙すつもりではかっただろうが。
「べ、別に自分で作ったなんて言ってないでしょ!?」
「そうね。作ってもらったとも言ってなかったけど」
「そ、それは……そう……だけど…………」
葉月の指摘に桜彩が下を向いて力なく答える。
「で、どうなのよ。桜彩を誑し込んだの? それとも桜彩に誑し込まれたの?」
「いや、俺は……」
「だから違うって言ってるでしょ!」
怜の言葉を桜彩が大声で遮って立ち上がる。
「違う? 何が違うってのよ」
「だから全てが違うって言ってるの!」
「だから何が違うかを言ってみなさいよ!」
「私は怜さんを誑し込んでなんかいないし、怜さんに誑し込まれてもいないよ!」
「はあ……騙された相手はみんなそう言うのよ。少し優しくされただけでコロッといっちゃったわけね」
「だから騙されてないって言ってるでしょ!?」
「てかあなたさっきからヒートアップしすぎなのよ! 何!? なんかやましいことでもあるの!?」
「葉月が怜さんにそんな事ばかり言うからでしょ!? さっきから何なのその態度! 怜さんの優しいお姉さんとは大違い!」
「はあ!? 何なのあなた達! もう家族に紹介済みの仲ってわけ!?」
ちなみにあの姉も桜彩が知らないだけで結構傍若無人な振る舞いがあるのだが。
具体的には実の弟に対して電気ショックペンを用意していたりとか。
口調だけは落ち着いていた葉月だが、桜彩と言い合う内に両者共にヒートアップしていく。
最初は中身は似てないなあ、なんて思ったがやはり中身も似ているのかもしれない。
というか、美人が声を荒げて言い合う姿はとてつもなく迫力がある。
美人姉妹といえば蕾華と瑠華の二人が真っ先に思い浮かぶが、あの二人の場合は本気で喧嘩などはしないし、基本的には一方的に蕾華が瑠華をやり込めているだけであり興奮して収拾がつかないのは基本瑠華だけだ。
そんな初めて見る美人二人の言い合いをほぼゼロ距離で聞いていると寿命が縮みそうになる。
「あなた、体よく家事を全部押し付けて、自分は楽してるんじゃないの!?」
「そんなこと……!」
桜彩が言葉に詰まってしまう。
自分ではそんなことは考えていないが、現状を考えると桜彩が一方的に怜に甘えていると言われれば言葉を返すのは難しい。
「待って下さい!」
葉月の一言にそれまで口を挟む隙が無かった怜が立ち上がって声を上げる。
葉月と言葉を言い掛けた桜彩の視線が怜を向くが、怜はそのまま言葉を続ける。
「葉月さん、今の言葉は訂正して下さい」
「はあ?」
一応、二人の口喧嘩が止まったので怜も大声ではなく普段の声量で努めて冷静に言う。
しかし葉月はそんな怜を正面から疑わしそうな目で見返してくる。
「何を訂正しろってのよ。自分は清廉潔白なんで信じて下さいって言いたいわけ?」
「いえ、会ってすぐの俺のことを信じられないのは分かります。なんで俺のことをどう思おうがひとまずそんなことはどうでもいいんです。ですが、今の桜彩に対しての言葉は訂正して下さい」
怜も葉月の視線に怯えずに真正面から向き合う。
その怜の言葉の内容に、葉月が驚いたように表情を変える。
「桜彩は自分でちゃんと生活出来るようになる為に努力をしています。決して他人に任せて自分は楽をしようなんて考えるような人ではありません」
桜彩は怜に対して『変わりたい』と口にした。
だからこそ怜もそんな桜彩の助けになりたいと思ったのだ。
しかし葉月は頬杖をついて、怜に対して疑わし気な視線を向けている。
「へえ。出会ってからたった二週間程度のあんたに桜彩の何が分かるっての?」
「確かに俺と桜彩は出会ってからまだ日が浅いです。ですが、繰り返して言いますが、これまでの二週間足らずの短い時間であっても桜彩がそのような考えを持っている人ではないことは充分に理解しています」
出会った当初、桜彩は怜の助けを断っていた。
他人を頼らない、自分で全てをやってみせる、そう思って行動していた。
そんな人間が葉月の言う通り、全てを怜に投げ出して楽をするようなことを考えるわけがない。
「怜さん……」
桜彩は椅子に座ったまま、自分の代わりに葉月へと抗議してくれるの怜の横顔を見上げる。
自分は姉のプレッシャーに対して声を出せないのに、そんな姉に対して自分の為に一歩も引かずに抗議してくれている。
(……それに比べて私はなんて情けないんだろう)
こんな時まで自分では何も出来ずに怜に迷惑を掛けて。
そんな自分に自己嫌悪してしまう。
「へえ、言うじゃない。じゃあその根拠を教えて貰えるかしら?」
疑わし気に、そして挑発的に葉月が二人を見る。
その視線を受けた桜彩が再度委縮してしまう。
「……葉月さん、桜彩の生活能力について、葉月さんはどのような認識を持っていますか?」
「は? 桜彩の生活能力?」
思いもよらなかった質問に、葉月は一瞬間の抜けたような顔をして問い返す。
「そうです。桜彩の生活能力です。例えば葉月さんの知っている桜彩の料理の腕前はどの程度の物でしたか?」
「…………そうね。料理に関してはお世辞にも高いとは言えなかったわね。っていうか、料理の腕前なんてゼロじゃないの? 前に家で調理実習の練習をした時なんか、包丁すらまともに使えなくて驚いたわ。掃除なんかは最低限出来ていたとは思うけど。まあそれも自分の部屋だけどね」
「う……」
葉月の指摘に桜彩がうめき声をあげて、怜の方を見ていた顔を下へと向けてしまう。
しかし怜は葉月の発言を聞いて、やはりな、と頷いた。
「分かりました。俺もその点に関しては同意見です」
と怜も葉月の発言に同意する。
桜彩もそれは充分に理解しているのだが、改めて言われるとショックである。
「でしょう? だから普段の食事をあんたに丸投げして……」
「少し待っていて下さい」
呆れたように口にする葉月の言葉を怜が遮った。
そして一度席を外してノートを持って来る。
数日前から桜彩が作っている料理ノートだ。
「これを見て下さい」
「は? 何これ」
「桜彩が努力している証拠です」
「これが?」
「はい」
「葉月さん。葉月さんと離れて生活するようになってから、桜彩がどれだけ頑張って来たか。その成果がこのノートの二ページ目以降に記されています。その目で確かめて下さい」
自信をもって葉月に対してそう口にする。
「…………え? え?」
一方で突然の怜の提案に桜彩がポカンとして驚いてしまう。
そして少し遅れて怜が何を言ったのかを理解する。
「れ、怜さん……!?」
何を言っているのかと焦って怜の方を見る桜彩。
しかし怜はまるで心配していないと言った感じで自信をもって葉月を見返している。
「へえ、面白いじゃない。それじゃあ見せてもらいましょうか」
怜の提案に葉月も挑発的な目をして怜を見返す。
「え? え? ええええええええええええええええ!?」
一人だけ話に付いて行けていない桜彩が、二人に遅れて大声を上げて驚いた。
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