第39話 姉(ブラコン)の襲来④ ~ブラコンの真意~

【前書き】

 現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。

 これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。

 今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。




【本編】

「ふあぁ……」


 翌朝、いつもの時間に目を覚ました怜。

 寝ぼけながら目をシパシパとさせて体を伸ばすが、いつもよりも疲れが抜けていない。

 怜と守仁というストッパーがいない状態で、美玖が桜彩に変な事をしていないだろうか、と考えると中々寝付けなかったせいだ。


(……まだ起きてないだろうな)


 昨晩、何があったかを桜彩に確認したいのだが、時計が指し示す時刻は午前五時半。

 一般的に考えればまだ寝ていてもおかしくはない。

 そう思いながら顔を洗うために洗面所へ向かう途中でリビングへと寄ると、リビングに敷いた布団の上で守仁もまだ眠ったままだ。


(とりあえずは走るか……)


 二度寝をする気分でもない為にいつもの通りジョギングへと出かけることにする。

 悩んでいても何が分かるわけでもないし、とりあえず少し走れば気分も変わるかもしれない。

 そんなわけで怜は守仁にメモで伝言を残していつもの通りに外へと出て行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おはよう守仁、それに怜」


「おはようございます」


 午前七時過ぎ、インターホンもなしに美玖と桜彩が玄関から入ってくる。

 まああの姉にそのような気遣いなど期待する方がおかしいのだが。


「ああ、おはよう」


「おはよう、二人共。もうすぐ朝食が出来るから」


 リビングの椅子に座ってニュースを見ている守仁と、キッチンで朝食を作っていた怜が挨拶を返す。

 とりあえず桜彩の様子を見るとまだ少し緊張しているだけで普段とあまり変わらないようだ。


「すみません怜さん。お手伝いが出来なくて」


 怜の姿を見るなり桜彩が申し訳無さそうに頭を下げる。

 普段であれば桜彩も料理の練習ということで朝食を作る手伝いをするのが日課なのだが、いつもの時刻より少し早くに桜彩と美玖から今日は手伝いに行けないと連絡があった。

 それを見て、まだ美玖が何か桜彩に余計なことをしているのではないかと更に嫌な予感がしたのだが。


「別に気にしなくてもいいわよ」


 と守仁の横の椅子に座りながら怜ではなく美玖が口にする。


「いや、確かに姉さんの言う通りなんだけど、だからって何で姉さんが答えるの?」


「だってそうでしょ? 一応言っておくけど桜彩ちゃんはちゃんと手伝おうとしたわよ。それをあたしが『別にいいわよ』ってとめただけで」


「それは想像がついてる」


 コンロの火を止めながらそう答える。

 ちなみに美玖も怜と姉弟だけあって、また元家庭科部部長の肩書も持っており、怜と同様に料理が出来るが絶対に手伝わないだろうという確信が怜にはあった。

 当然のようにその予想は当たったわけだが。

 フライパンの中身を大皿に移していくと、リビングに食欲のそそる香りが広がる。


「あ、運ぶの手伝います」


「それじゃあ頼む」


 さすがにそれくらいは手伝わせてくれと桜彩が怜から皿を受け取ってテーブルへと運ぶ。

 その間に怜はフライパンに水を溜めて軽く汚れを落としてしまう。


「今日はフレンチトーストね。うん、美味しそうじゃない」


「ああ。良い香りだな」


 テーブルに運ばれてきた料理を見て美玖と守仁が嬉しそうな顔をする。


「今度からはちゃんと連絡してから来てよ。食材が足りなかったから、朝に急遽買い出ししてくることになったんだから」


 いきなりの来訪で二人分の食材が足りなくなったので、ジョギングのついでにコンビニで食パンを買ってきた。

 スーパーに比べれば格段に価格が高い為、あまり買いたいとは思わなかったが背に腹は代えられない。

 そもそも両親から生活費を多めに振り込まれているし、怜自身も節約するところは節約しているのでだいぶ余らせている為に財布への影響はないのだが。


「ああ、悪かったな」


「はいはい、悪かったわね。分かった分かった。今度来る時はちゃんと食材も買って来るから」


「……連絡してから来いって言ってるんだけど」


 すまなそうに謝る守仁と、それがどうしたという感じでふんぞり返っている美玖。

 昔は守仁に対してもこの姉らしからぬ殊勝な態度で接していた美玖だが、今では完全に素の状態で接している。

 別にそれが悪いわけでは無いし、幼馴染みだけあって守仁も昔から美玖の素の部分を知っていた。

 ただこのままでは守仁が美玖の尻に敷かれるのもそう遠くないのではないか、などと心の中で心配してしまう。

 そんなことを考えながら、フレンチトーストにミニオムレツとサラダ、オニオンスープを加えて朝食の準備が終わり四人で食べ始める。


「うん、美味しいじゃない。料理の腕は落ちてないみたいね」


「そりゃあ一度覚えればそう簡単に下がるもんでもないでしょ」


 フレンチトーストを食べながら満足そうに評価を下す美玖。

 一方で桜彩はミニオムレツを半分に切り分けて口に運ぶ。


「ですが本当に美味しいです。このオムレツも中に……ひき肉とチーズですか?」


「ああ。少し余ってたから入れてみた」


 四人分にしては卵の残りが少なかったので中に入れてかさ増しした、という理由もあるのだが。


「守ちゃんはどう?」


「ああ、美味いぞ。やっぱり姉弟だけあって美玖の味に似てるな」


「まあそれはね」


 怜も美玖も料理については一通り母に教わった為、味付けが似るのは当然だ。

 高校時代に付き合ってからは美玖が守仁のお弁当を作っていたし、同棲している今も料理は基本的に美玖が作っている。

 ちなみに高校時代の美玖が守仁の為に弁当を作っている時の『好きな人に料理を食べてもらうのは女の幸せよ』との発言に対して、それを聞いた怜が『うわあ、姉様かーわいいー』と普段の鬱憤を晴らすために満面の意地の悪い笑みをしてからかったところ、即座に物理的な報復が飛んできたのだが。

 そう仲良く話す三人の会話を桜彩は少し羨ましそうに聞きながら朝食を食べていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それで姉さん、昨晩は一体桜彩に何をしたの?」


 朝食を食べ終わり、食後のコーヒーを飲みながら気になっていたことを聞く。

 美玖に対する疑いからジト目を向けて。

 その視線に美玖は心外だと言わんばかりにムッとして


「なによ。別に変なことはしてないわよ。ねえ?」


 と怜に向ける物とは別の笑顔を桜彩に向けて同意を求める。


「は、はい。少しお話をしてお風呂に入って寝ただけです」


「ふーん。それで一体どんな話を?」


「それは内緒よ。女同士の会話を知ろうとするんじゃないの。ねえ桜彩ちゃん」


 胸を張って答える美玖から視線を外して桜彩の方を見る。

 表情から判断する限り、怜の過去の失敗談とか恥ずかしいことを話されたわけでもなさそうだ。


「それよりもそっちはどうだったのよ?」


「こっちも特には。風呂入った後にお互いの状況を話して寝ただけ」


「ああ。怜の方も別に変ったことがないようで何よりだ。まあ、一つだけあったみたいだけどな」


「そうね。それが 特大の事件だったわけだけども」


 二人揃って桜彩の方を見ると、桜彩が気まずそうに顔を伏せる。


「ああ、別に責めているわけじゃないぞ。むしろ怜にそんな友人が出来たってのは嬉しいからな」


「そうね。桜彩ちゃん、これからも怜と仲良くしてあげてね」


 まるで保護者のように桜彩へとお願いする。

 まあ一応間違ってはいないのだが。


「は、はい。それはもちろんです。むしろ私の方が怜さんのお世話になっていますので」


 桜彩の言葉に美玖は少し苦笑する。


「ああ、そういう事じゃないのよ。そういうのを抜きにして、怜の友人として仲良くしてねってことだから」


「はい。それはもちろんです」


「うん。ありがと」


 そう言う美玖の表情から、先程までの少しふざけた態度とは違ってとは違い本気で怜のことを想っているのだと桜彩にも分かった。

 そして美玖は怜の方へと視線を移して睨むように見つめる。


「ちょっと怜。こんな良い子、絶対に傷つけるんじゃないわよ」


「それこそ言われるまでもないよ。俺は友人を裏切ることは絶対に無いから」


「まあそれはあたしも信用してるけどね」


 少し笑って美玖はコーヒーを飲み込んだ。

 そしてよしっ、と手を合わせて皆を見る。


「桜彩ちゃん。桜彩ちゃんは今日用事がないって言ってたわよね?」


「はい。特にありませんんが」


「それじゃあ少ししたら出かけましょうか。いきなり尋ねて桜彩ちゃんに迷惑掛けちゃったお詫びにお昼はあたし達がおごるから」


 美玖の提案に守仁もにっこりと頷いている。

 どうやら二人は元々そのつもりだったのかもしれない。


「え? で、ですがそれは申し訳ないというか……」


 一方で桜彩は手をぶんぶんと振りながら慌てている。

 美玖はそんな桜彩に対して優しく笑いかけて


「遠慮はしなくて良いのよ。それじゃあ決まりね」


「……ちなみに姉さん。俺の予定は聞かないの? いやまあなんもないんだけどさ」


「ああ、気にするの忘れてたわ」


 怜の抗議に美玖は全く悪びれずに答える。

 この姉は弟を何だと思っているのか。


「それじゃあ十一時くらいになったら出ましょうか」


 とそんな感じで今日の予定が決まってしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昼食は本当に美味しかった。


「季節の変わり目で体調を崩すといけないから体力をつけるわよ」


 という美玖の主張により、守仁の運転するワンボックスで向かったのはうなぎ屋だ。

 それも某ファーストフードチェーン店などではなくこの辺りでは老舗と呼ばれる名店。

 ぶっちゃけると学生が気軽に入るには敷居が高いのだが、美玖にしろ守仁にしろ普段の立ち居振る舞いは年齢以上の物をしているし、そもそもこの店は光瀬家にとって行きつけの為に何の遠慮もなしに入っていった。

 当然高校生がそう簡単に一食に出せる金額とは桁が違ったわけだが美玖と守仁は何の躊躇もなしに宣言通りに怜と桜彩の分の支払いをしてくれた。

 その際に桜彩が申し訳ないので自分の分を出そうとしたのだが、美玖にやんわりと止められていた。


「うーん。本当に美味しかったわね。怜のご飯も美味しいんだけど、やっぱりこっちに戻って来たらあそこのうなぎを食べなきゃね」


「俺は昔に一回食べただけだけど、確かに美味しかったな」


 と美玖と守仁は満足そうだ。


「本当にありがとうございます。でもよろしかったんですか?」


「だから構わないって言ってるでしょ。それよりも口に合った?」


「はい。とても美味しかったです」


「それなら良かった。桜彩ちゃんが美味しく食べてくれるのが、あたし達にとって一番のお礼だからね」


 そう笑顔で言われては桜彩もそれ以上言葉を返せない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その後は家に帰るのかと思いきや


「それじゃあ次は買い物ね!」


 美玖のその一言でショッピングモールへと向かうことにした。

 そんな中、美玖は桜彩と下着を見に行くから三十分程別行動と言い出したため、怜と守仁は二人と別れてスポーツ用品店へと移動した。


「姉さん、今度こそ桜彩に何かするんじゃないだろうね?」


 昨日と同じ心配をする怜だが、意外なことに守仁は首を横に振る。


「まあ、今回は心配いらないと思うぞ」


「え? どゆこと?」


「心配するなってことだ。少しは美玖のことを信じてやれって」


「いや、確かに姉さんのことは信じてるけどさ、それとこれとは話が別っていうか……」


 しかしそんな怜に守仁は言葉を続けずに、スポーツ用品店の中へと入っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 美玖は下着を買いに行くと言っていたのだが、今二人が居るのはカフェの中だ。

 それも店内の隅の方の席であり、他の客からはあまり気にされない位置にいる。

 ちなみに桜彩も美玖も充分すぎるほど美人に分類される為、ここに来るまでそこそこ視線を集めていた。


「あの、お姉さん。お話ってなんでしょうか?」


 話があると言われてカフェに入ったのだが、一体何のことか桜彩には見当が付かない。

 桜彩の言葉に美玖は真剣な顔をして桜彩に目を向けて


「桜彩さん。まず最初にあなたに謝罪させて下さい。申し訳ありませんでした」


 そう頭を下げた。


「え? え? あの、お姉さん?」


 桜彩の言葉に顔を上げる美玖。

 そしてゆっくりと語りだす。


「最初、あなたを見た時に、あたしはあなたを疑っていました。怜はあれで人を見る目があるけれど、それでもあの怜が陸翔君や蕾華ちゃん以外の人を自室に、それもあんな時間に招き入れるなんて信じられなかったから」


 それはなんとなく桜彩も感じていたことだ。

 クラスでの怜は友人こそ多いが、大抵の相手とは一歩引いた位置にいる。

 本当に仲の良い相手はそれこそ陸翔と蕾華の二人くらいだと。


「怜はあまり他人を信用していないから。なので、もしかしたらあなたが怜を騙したりしたのではないかと。だから昨日、怜のいない所であなたとお話をさせてもらったんです。本当にごめんなさい」


 再び美玖が頭を下げる。

 桜彩としては、まさか美玖がそのようなことを考えているとは思っていなかった為に驚いてしまう。


「桜彩さん。あたしのことは恨んでくれても構いません。ですが、怜はこの件に関しては何も知らないんです。全てあたしが独断でやったことです。どうか怜のことは信じて下さい」


 頭を下げたままそう美玖がお願いする。


「お、お姉さん、頭を上げて下さい」


 慌てて桜彩が美玖にそう声を掛ける。


「私は怜さんも、それにお姉さんのことも恨んだりなんてしていませんから」


「本当に? あたしはある意味あなたを騙すようなことをしたのよ」


「私は騙されたなんて思っていませんから。それにお姉さんが怜さんのことを心配するのも当然だと思いますし」


「そう……。ありがとう、桜彩ちゃん」


 桜彩にそうお礼を言う美玖を見て


(本当に怜さんのことを大切に思っているんだな)


 かつて怜が美玖のことを『傍若無人だが、自分のことを心配してくれてるのは間違いない』と言っていたが、本当にその通りの良いお姉さんだなと感じた。

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