第40話 ハッピーバースデー、クールさん

【前書き】

 現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。

 これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。

 今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。




【本編】

「それじゃあ桜彩ちゃん。また今度ね」


「それじゃあな」


「はい。今日はありがとうございました」


 ショッピングモールから戻って来た四人は桜彩だけをアパートへと降ろして再び買い物へと出かけた。

 怜は別に買いたい物などなかったのだが、


『いいからあんたも来なさい』


 と言う美玖の一言により強制的に連れてこられた。

 場所は先ほど来たばかりのショッピングモール。

 買いたい物があるのならさっき買えば良かったのではないか。


「てか、いったい何を買いに来たの?」


 不満げな表情で怜が美玖に問いかける。

 だが美玖はその怜の質問に答えずに怜を真っ直ぐに見つめる。


「その前に怜、今日が何の日か知ってる?」


「は? 何か特別な事ってあったっけ?」


 記憶を掘り起こそうとしてみるが、特に何かの記念日などではなかったはずだ。

 怜の答えを聞いて美玖がやっぱりなと一人頷く。


「うん。予想通り知らなかったようね。今日は――」


「えっ!?」


 美玖の答えに怜が驚いて、しかし少し考えてなるほどと頷く。

 確かにそういう事であれば桜彩のいる前で買うことは出来ない。

 なんだかんだ言ってそういう細かい気遣いが出来るのがこの姉だ。


「てか何で姉さんがそれ知ってるの?」


「昨日の夜の雑談ついでにね。まああたしもそれを知った時は驚いたけど。てなわけで今回の件はあたしも協力するわ。あんた一人じゃ買えない物にもなるかもしれないし」


「俺も協力するぞ。まあ役に立てるかは微妙だけど」


「二人共ありがと。そういう事ならお願い」


「もちろんよ。それで、あんたは何かアイデアでもあるの?」


「まあ実用的な物で一つ――――」


「――――なるほど。それは良いわね。それじゃあ早速行きましょうか」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『今日の夕食は色々と試したいことがあるから俺が一人で作るよ』


『はい 分かりました』


 怜達と別れてからおよそ一時間後、桜彩はスマホに受信した怜からのメッセージにそう返答を返す。

 早く料理を上達させたい気持ちはあるのだが、それはそれとして怜の作る料理そのものにも興味はある。


(怜さんの料理、いつも美味しいから楽しみ。今日は一体何を作ってくれるのかな?)


 まだ見ぬ夕食に期待を膨らませながら桜彩は自室で過ごしていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふう」


 買い物を終えて自室へと戻った怜が、購入した物を片付けてから一息つく。

 予想外の買い物に少し疲れてしまったが、長く休んでいる暇はない。

 夕食の時刻を考えるとそろそろ仕込みを始めた方が良いだろう。

 そう考えて怜は気合を入れつつエプロンを手に取った。


「でも、まさかなあ……」


 美玖に言われた予想外の内容。

 前日に分かっていたのであればまだ準備が出来たのだが、当日の昼からでは少々時間が足りない。

 とはいえ時間は待ってはくれないので早速買ってきた食材に手を付けていく。


「美味しいって言ってくれればいいけど」


 少し不安になりながらも怜は料理を進めていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 怜に指定されたいつもの夕食よりも少し遅い時刻に桜彩は怜の部屋を訪れた。

 鍵は開いているので入ってくれて構わない、とメッセージにあった為にそのまま玄関を開けて入っていく。

 一応入る際に一言声を掛けると、中から怜の声が聞こえて来た。


「怜さん、お待たせしました」


「いや、時間ぴったりだから待ってないよ」


 桜彩が入った時、既にテーブルの上には料理が並んでいた。

 鮭とキノコのマリネ、季節の野菜の入ったキッシュ、カボチャのポタージュ、魚介のパエリア、そして桜彩が最初に食べた怜の料理、肉巻き。

 普段の夕食よりも格段に豪華なメニューに桜彩が驚く。


「それじゃあ食べようか」


「あ、あの……怜さん、今日は一体どうしたんですか? いつもよりも、その、すごく豪華なメニューですけれど」


 いつも通りに写真を撮りながらそう聞いてくる桜彩に怜はどう答えた物かと少し考える。


「ん、まあ俺が作りたかったから、でとりあえず納得してくれると嬉しい」


 そう適当にごまかしておく。

 どうせすぐにばれるのだが、とりあえずはそれでいい。


「は、はい。それではいただきます」


「いただきます」


 二人で料理に手を伸ばしていく。


「ん~っ、美味しいです!!」


 料理を食べながら美味しそうに感想を言ってくれる桜彩を、怜は笑顔で見ていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「とても美味しかったです。怜さん、ありがとうございました」


「そう言ってくれると俺も作った甲斐があったよ」


 いつもの通り、食後のお茶を淹れている怜に桜彩がお礼を告げると、怜もにっこりと笑顔を浮かべてそう言う。

 さすがに作った量が多すぎた為、残った分は冷蔵、冷凍して明日以降に食べるつもりだ。

 来週のお弁当に入れても良いかもしれない。


(良かった。口に合ってくれて)


 今日の料理は桜彩に喜んで欲しくて作った物だ。

 この桜彩の笑顔が見れたのだから、怜としても頑張ったかいがあった。

 喜びながらお茶を用意してテーブルに置くと、そのまま椅子に座らずに冷蔵庫を開けて中から目当ての物を取り出す。

 リュミエールで買ってきたイチゴのショートケーキが二つ。

 桜彩から見えないキッチンの死角でそれぞれを皿に乗せて、その内の片方にナンバーキャンドルをセットして火を点ける。


「怜さん?」


 座っている桜彩からは怜が何をしているのかは見えない。

 その為、怜の方へと向かおうと席を立とうとしたが、それを怜がやんわりと制止する。

 桜彩は何をしているのか気になっているようだが、この準備はあまり見せたくない。

 準備を終えた怜が、それを持って桜彩の方へと向かう。


「え……? 怜さん……まさかそれって…………」


 怜の手に持たれた物を見た桜彩が、驚いて声を漏らす。

 ショートケーキにセットしたナンバーキャンドルは『1』と『7』。

 さすがにこれが何を示しているのかは桜彩にも理解出来る。


「桜彩。誕生日おめでとう」


 笑顔で桜彩の前にショートケーキの皿を置く。

 キャンドルの炎の向こうでは、恐らく予想もしていなかった事態に桜彩が驚いたまま固まっている。


「私の誕生日……どうして……」


 あまりの事態に桜彩もそれだけしか言えない。


「さっき姉さんから聞いたからさ。せっかくだからお祝いしようと思って」


『うん。予想通り知らなかったようね。今日は桜彩ちゃんの誕生日よ』


 まだ驚いたまま声を出すことの出来ない桜彩を見て、怜が不安になっていく。


「あ……もしかして、嫌だったか?」


 まだ仲良くなって数日しか経っていない相手に、それもよく考えれば異性と二人きりで祝われる誕生日。

 抵抗を覚えてもおかしくはない。

 しかし桜彩はゆっくりと首を横に振る。


「ううん……とっても嬉しい……。けど、ちょっと待って……」


 桜彩の目から涙がにじみ出て来る。


「まさか、こんなに素敵なお祝いをしてもらえるなんて思ってなかったから……」


 先日の不審者騒動の前までは、桜彩は他人を信じようとは思っていなかった。

 怜や蕾華とは友人と呼べる関係になってはいたものの、それでもどこか壁を作って相手を信じていなかった。

 だからこそ他人に誕生日を教える理由などなかったし、今年の誕生日は普通の一日として過ぎていくだけだと思っていた。


「本当に嬉しいです……最高のお誕生日になりました……」


 そう言って目を拭いながら顔を上げる桜彩。

 そんな彼女の姿を怜は嬉しく思いながら眺めていた。

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