第37話 姉(ブラコン)の襲来② ~ブラコンとクールさん~

【前書き】

 現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。

 これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。

 今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。




【本編】

 内扉を開けて怜が玄関の方へと向かった。

 そしてリビングに一人残された桜彩は心配そうに扉の方を見ていたが、そこから聞こえて来た『姉さん』という声にひとまず安心する。

 どうやら玄関を開けたのは不審者などではなく、前に怜が話していた姉なのだろう。

 それはそれで良かったのだが、桜彩には別の問題が生まれてくる。

 今の自分と怜との関係。

 これを正しく他人に理解出来るように説明するのは難しいだろう。

 内扉の向こうから断片的に聞こえてくる会話の内容から考えるに、怜も同じように考えているらしい。


(うう……この状況ってどう考えても不自然だよね……)


 夜も遅い時間に一人暮らしの男性の家に入り込んで食事をご馳走になっている(正確にはもう食後のデザートだが)。

 それが同性ならともかく普通の異性の友人としてはどれだけ不自然なことなのかは桜彩にだって良く分かる。


(私と怜さんの関係って何て言えば良いんだろう)


 そう悩んでいると、いきなり怜の『痛ァッ!!』という声が聞こえて来た。

 そして何が起きているのか理解する前に開かれる扉。

 後ろから怜が何か叫んでいるが、その時には既に内扉が開かれて、その奥から女性の顔が現れていた。

 とても美人で同性の桜彩でさえ見とれてしまう相手。

 おそらく彼女が怜の言っていた姉なのだろう。

 性別の違いはあるものの、怜があれだけ整った容姿をしているのだからその姉がこれほどの美人であってもむしろ納得だ。

 目と目が合う。


(えっと、えっと……)


 この状況をどうしようかと考える桜彩。

 慌てて顔が赤くなってしまっており、まるで考えがまとまらない。

 しかしその時間はそう長くは無かった。

 桜彩の顔を見た相手の女性が顔を綻ばせて口を開いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 怜が止めるのも間に合わず、既に美玖は扉を開いてしまう。

 正面奥に広がる光景は、ソファテーブルの上のパウンドケーキとお茶のセットが二人分。

 そして視線を横にずらすとキッチンでオロオロとしている一人の美少女。

 それを視界に捉えた美玖の表情が瞬く間に変わっていく。


「あら? あらあらあらあら……」


「ん? え? おお!?」


 美玖だけではなく守仁までもがリビングの中を見て声を上げる。


(まずい、確実に勘違いされた……)


 こんな時間に男の部屋でくつろいでいただろう女子。

 それが二人が良く知る蕾華や瑠華(女子という年齢かは別として)であったのならば誤解されることはないだろう。

 しかし、今のこの状況では何を言っても信じてもらうことは難しい。

 おそらく怜が美玖や守仁の立場であっても誤解しないという自信はない。

 それほどまでにある意味完璧なシチュエーションだ。


「ほうほう。これはこれはとんでもないものを隠してたわね」


「そうかそうか。そういう事だったのか」


 うんうんと頷いた後、怜に向かってニマッと笑みを浮かべる美玖と、温かな視線を向けてくる守仁。

 間違いなく勘違いされている。


「姉さん、守ちゃん、先に言っておくけど二人の考えてることは誤解だから」


 ダメ元で先手を打って言い訳をしておく。

 しかし美玖はそんな怜の言葉など聞いていないかのように満面の笑みを浮かべて怜の背中をバンバンと叩く。


「なによ怜、そういうことなのね! 男子高校生の隠している物と言えばエッチな物だと相場は決まっていると思ったけど、まさか彼女が来ていたとはね。しかもこんなに可愛い子が!」


「だからそれが誤解だって!」


 やはりというか、当然のごとく誤解した美玖に対して大声で否定する怜。

 しかしこの状況では当然ながら信じてはもらえない。

 美玖は『何言ってんだこいつ』というような目で怜を見ながら腰に両手を当てて怜に向き直る。


「なによ、何が誤解なのよ」


「だから姉さんが今考えていることじゃない! 俺達は彼氏彼女とかそういう関係じゃなくって……」


「何言い訳してんのよ。別に良いじゃない、高校二年生にもなったんなら彼女持ちでも良いと思うわよ。あたしだってそうだったし。まあこんな時間に部屋で二人きりってのはどうかとは思うけど」


「何度も言うけどそれは誤解だって!」


 必死に誤解を解こうとそう言うものの、美玖の方は聞く耳を持たない。

 ちなみにそう言う美玖も怜と同じ高校時代には夜遅くまで守仁の部屋に入り浸っていたのだが。


「誤解? あんたの部屋に年頃の女の子がいることのどこが誤解なのよ」


「そうだぞ怜。まあ照れるのは分かるけどな」


「だからそこの部分以外が誤解だって言ってるの!」


「はいはい、とりあえずもうあんたは黙ってなさい。それで彼女さん、あなたのお名前は?」


 もう言い訳を聞く気はない、というようにシッシッと怜に手を振りながら目を離すと今度は笑顔を作って桜彩の方を向き親し気に尋ねる。


「え? あ、あの、あの……渡良瀬桜彩と申します……」


 桜彩もこの状況に完全にてんぱってあわあわとしながらなんとか言葉を返す。

 さすがに色々と恥ずかしいのか顔を赤くして少し下を向いて俯いている。

 その返答と仕草に美玖は怜の方を指差して


「なるほど、桜彩ちゃんね……。あたしは光瀬美玖。そこにいる怜の姉よ」


 桜彩の返事に美玖は満足そうに頷いて再び怜の方へと向き直る。


「ほら、桜彩ちゃんも彼女だって肯定してるじゃない。もういい加減に認めなさいよ。照れるのは分かるけど、そんなに力いっぱい否定しちゃあ桜彩ちゃんに失礼でしょうが」


「いや、今のは名前を聞かれたからそう答えただけで、俺達の関係を肯定したわけじゃあない!」


「あー、はいはい、分かった分かった」


 美玖はめんどくさそうに手をひらひらと振りながらそう言って再び桜彩の方へと向き直る。

 それに対して再びびくっとする桜彩。

 完全に蛇に睨まれた蛙状態だ。

 美玖の視線から目を逸らし、その背後にいる怜の方へと目を向けて涙目で訴える。


(れ……怜さん、助けて下さい……)


 その目がそう訴えているように思えるが、むしろ怜の方が助けて欲しい。

 怜は基本的に他人に対してあまり強く出ることがないのだが、それは強く出ないだけであって強く出られないわけではない。

 とはいえ苦手な相手という者は存在する。

 この姉は根本的なところでは怜に優しいのだが、表面上はかなりの傍若無人かつ唯我独尊であり、怜にとって数少ない頭が上がらない人間だ。


「あ、あの、お姉さん……」


 怜が何とかしようと頭を働かせていると、勇気を振り絞った桜彩が美玖へ向き合う。


「お義姉さん……なに、もうそう呼んでくれるの?」


 桜彩の返答に美玖が目を輝かせる。


「あ、え、ええと、わ、私と怜さんの関係はそうではなくて……、その、友人というか隣人というか……」


「あら、お隣さんなの? 良かったじゃない怜。こんな可愛い子が隣に住んでいるなんて。運命の出会いってやつね」


「い、いえその……確かに私にとって怜さんがお隣さんというのは幸運でしたが……」


「へ~え、嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 勇気を振り絞った桜彩だが完全に美玖にペースを掴まれてオロオロとしてしまう。

 そもそも桜彩は学内ではクール系美少女として通っているが、内面は決してそんなことはない。

 良い意味でも悪い意味でも。


「姉さん、桜彩が困ってるから」


 そんな怜の抗議を完全にシカトしてさらに桜彩へと詰め寄る美玖。

 顔が触れ合いそうな距離まで近づいて行き、その迫力に桜彩が壁際まで無意識に後退する。


「あらー、近くで見るとよりいっそう美人ねー。お人形さんみたい」


「え、ええっと、あの、あ、ありがとう、ございます?」


 もはや桜彩は何も考えることが出来ないくらいに慌ててしまっている。

 このままではなす術がないので、怜はこの場で唯一頼れる人間へと視線を向ける。


「守ちゃん、姉さんを止めて……」


「……ああ。だけどちゃんと聞かせて貰うぞ」


「……はい」


 そう言って守仁は美玖の元へと歩いて行き、興奮状態にあるその肩に両手を置いて手前に引く。


「こら、美玖。少し落ち着け。まずはちゃんと相手の話を聞くところからだ」


「はいはい。ごめんね桜彩ちゃん、興奮しちゃって」


「い、いえ……」


 恋人の言葉で少しは落ち着いた美玖が桜彩から離れる。

 桜彩の方はそれでやっと一安心したのか胸に手を置き下を向いて大きく息を吐き出す。

 そして美玖は怜の方へと振り返って鋭い目つきで


「それじゃあ怜、ちゃんと説明してもらうわよ」


 それを聞きながら桜彩との関係をどう伝えれば正確に伝わるか、ということを考えて怜は頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る