第36話 姉(ブラコン)の襲来① ~唐突なる侵入者~

【前書き】

 現在、36~48話のストーリーを第三章の後に『if』という形で書き直しています。

 これを書き直すにあたった理由としましては、美玖と葉月の行動が非常識すぎるという指摘を受けまして、私自身も読み返したところ確かにそうだと思いました。

 今後、(おそらくですが)ifストーリーの方を本編へと組み替える予定ですのでそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。




【本編】


 二人でお茶を飲んでいると、怜の耳が異音を捉えた。


「ん……?」


 その瞬間、怜の表情が変わる。

 普段は見せない少し怖い表情であり、もちろん桜彩も初めて見る。

 そのただならぬ雰囲気に桜彩が狼狽える。


「えっと、怜さん……? もしかして私、何か失礼なことしてしまいました?」


 恐る恐るそう聞いてくる桜彩だが、怜は自らの唇に人差し指を当てて静かにするようなジェスチャーで指示を出す。


(今の音は玄関か……? 鍵の掛け忘れ……?)


 自分しか住んでいない家に無断で入り込んでくる相手に怜が警戒心を露わにする。

 桜彩にキッチンの方へと隠れているように手振りだけで指示を出し、怜はリビングにある木刀を持って内扉の方へと向かう。

 姉に『一人暮らしなんだからちゃんと用心しなさい』と送られた木刀は玄関だけではなくいざという時の為に各部屋に場所に置いてあるのだが、まさか役に立つとは。

 侵入者の心当たりとして真っ先に思いつくのは怜の親友である陸翔と蕾華の二人だが、あの二人は家主に無断で入ってくるということはまずしない。

 瑠華ならば入った瞬間からうるさくしてくる為にこんな静かということはあり得ない。


(もし本当に不審者が相手なら、先手必勝か……)


 リビングのドアの向こうは狭い廊下であり、一度に襲ってこられる間取りではない。

 それにその辺りの一般人が相手であれば、怜はたとえ相手が二、三人でもどうにかするだけの自信はある。

 それに何よりこの部屋には桜彩がいるのだ。

 この大切な友人に万一のことがあってはならない。

 そう考えた怜は相手が内扉に近づいたところでこちらから扉を開ける。


「きゃっ……!」


「動くな!」


 そのまま相手の喉元へと木刀を突き付けて内扉を閉める。

 だが不審者を確認しようと顔へ視線を向けると、そこには怜の良く知った、ここにはいるはずのない、しかしいてもおかしくない相手が立っていた。

 相手を認識した直後、怜の顔が驚きで染まる。

 そしてその相手は突き付けられた木刀に一瞬驚いたものの、すぐにそれを片手でどかして怜のことを非難するように睨んでくる。


「ちょっと怜! いったい誰に対してこんな物を向けているの!?」


 そう不満げに怒鳴ってくる相手の女性。

 整った顔立ちは可愛いというよりは綺麗系であり、桜彩よりもより大人びている。

 というか、実際に学年で考えると三学年上である。


「姉さん!?」


 そこに立っていたのは怜の実の姉、今は大学に通う為に遠方で二人暮らしをしている光瀬美玖みくその人であった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「姉さん、なぜここに!?」


 いるはずのない相手を目の前にして、怜が珍しく本気で狼狽えている。


「とりあえずあんたはそれをどけなさい」


 怜の質問に答えずに、美玖は手でどかした木刀へと視線を向ける。

 その言葉に怜が木刀を床に置き、そこでもう一人の侵入者へと視線を動かす。

 するとそこには美玖がいた時点で予想した通りの人物が立っていた。


「守ちゃん!」


 瀬名守仁せなもりひと

 怜の実家の隣に住んでいた三学年年上の幼馴染みであり、今は美玖の恋人で同じ大学に通い同棲生活をしている相手。

 怜が本気で敬愛している兄も同然の存在だ。


「よう怜。久しぶりだな」


 片手を上げながら親し気に語りかけてくる守仁。

 そしてその傍らの美玖に少し非難するような視線を向ける。


「ほら見ろ。だから最初に連絡を入れるべきだったんだよ」


「連絡なんて入れたらこいつがちゃんと生活出来てるか分からないじゃないの。こういうのは抜き打ちで来るからこそ意味があるのよ」


 それだけの会話で怜も大まかに事情を理解した。

 どうやら二人は怜がちゃんと生活出来ているか抜き打ちで視察に来たということだろう。

 合鍵を渡しているのだから、たとえ怜がいなくとも中に入って待っていることも可能だ。

 これまでにも何度か二人は怜の生活の様子を見に来ることがあったのだが、その時は毎回事前に連絡を入れていたのだが。

 普段であれば、たとえ抜き打ちで確認に来られたとて見られて困ることなどない。

 しかし今は桜彩が中にいる。

 その為、怜はこの二人にはすぐに帰ってもらわないといけないと考えを巡らせる。

 そんな怜の心中を知らずに、美玖は廊下の状況を軽く眺めて確認する。


「ふうん。とりあえずこの辺りはちゃんと綺麗にしてるわね」


「なるほど、事情は理解しました。俺は元気でやってますよ、お姉様。はい、以上。それではお帰り下さい。玄関はあちらです」


 そう言って美玖の肩を掴んで百八十度回して背中を押して追い返そうとする怜だが、当然そうは問屋が卸さない。


「ええ、玄関があっちなのは分かってるわ。でもね、あたしが用事があるのはそっちの方なのよ」


 再び百八十度振り返って内扉、その奥にあるリビングの方へと視線を移す美玖。

 そんな姉の反応に怜も、まあそうだろうな、と思いつつも今のこの状況は怜にとって何一つやましいことはないのだが、確実に勘違いされることは間違いない。

 その結果どういったことになるのかは想像がつかないが、怜にとって面白くないことになるのは間違いがないだろう。


「リビングはお姉様に用事がないと言っています。それではまた今度」


「用事がないかはあたしが直々にリビングに聞くわ。ついでにあんたの部屋にもね。さあ、そこをどきなさい」


「嫌です」


「ど・き・な・さ・い」


「……嫌です」


 笑顔を作って同じ言葉を繰り返す美玖。

 確かに表情は笑顔なのだがプレッシャーが強い。

 対してプレッシャーに負けないように必死で無表情を作りつつ同じ言葉を繰り返す怜。


「どけ」


「…………嫌です」


 笑顔を消してドスの利いた声を出しながら怜を睨みつける美玖。

 背中に冷や汗を流しつつ、それでも無表情を保ったまま同じ言葉を繰り返す怜。

 怜を強引に押しのけて通ろうとする美玖に対し、怜は体を内扉の前に置いて一歩たりとも通さない意思を示す。

 力では怜の方が圧倒的に上だが、なんだかんだいって大切な姉である美玖に対して本気で実力行使は出来ない。

 そんな押し問答に埒が明かないと見たのか美玖が一歩引いて頭を抱える。


「……怜、あんたいったい何を隠しているの?」


「姉さん、俺、高校二年生の男子。姉さんに対して隠してる物の一つや二つはあるでしょう」


「このお姉様に対して隠し事とはねえ……。怜、あなたも成長したのね」


 一見すれば優しい口調と優しそうな笑顔、その裏で更にプレッシャーを掛ける美玖。


「……弟として成長した姿を親愛なる大切なお姉様に見せることが出来た幸せで胸が張り裂けそうですよ」


「……ふうん、しばらく見ない間にあんたもいっちょ前になったわね」


「ご理解いただけたようで何よりです」


 訝しむような目で怜を見上げる美玖に対して、背中を冷や汗で濡らしながらなんとか答える怜。

 桜彩や親友の女子である蕾華もちょくちょくこの部屋に訪れるし瑠華に至っては勝手に家探しまでしてくる為、別にそういった物は一切持ってはいないのだがさすがに桜彩の存在をそのまま伝えるわけにもいかない。

 多少の恥を被ってでもこの場をごまかす方が優先だ。

 その言葉に美玖は深くため息をついて


「はあ、しょうがないわね。ならあたしは外に出てるから守仁に確認してもらうわよ。言っとくけどそれがあたしが今出来る最大の譲歩よ。男同士なら問題ないでしょ?」


 そう言って踵を返して三たび百八十度回って玄関の方へと歩き出そうとする。


「……分かった。それじゃあ守ちゃん、お願い」


「おう」


 守仁であれば美玖より遥かに話が通じるので、桜彩との関係を理解してもらうことも出来るだろう。

 そして怜が守仁をリビングに入れようとしたところで


「……と油断させておいてー!」


 四たび百八十度の方向転換を行った美玖が、怜の虚を衝いてリビングに突入しようとする。

 いきなりのその行動に怜はただ立ち尽くすだけでそれを止める術など一切ない――

 ――わけがなかった。


「させるかあ!」


 この姉がそんな素直に退くはずがない、ということを長年の付き合いから怜は充分すぎるほどに理解していた。

 予想通りに一旦安心させた後、即座に反転してリビングを強襲するつもりだったのだろうがこちらも即座に反応した怜が美玖の両腕を取って押しとどめる。


「あら、やるわね怜」


「姉さんがそんな素直な性格してるだなんて思ってないから」


 その言葉に美玖が目を丸くする。


「そう、さすがね。でもね……」


 ビリッ


「痛ァッ!!」


 そう美玖が告げた瞬間、怜の身体がまるで電気が走ったように弾かれる。

 というか、本当に電気が走った。

 美玖の右手に持たれた電気ショックペンによって。

 どっきりで使われるそれはスタンガンのように相手を無力化する物ではないのだが、怜が一瞬手を離すには充分だった。

 というか、怜が抵抗した時の為にそんな物を準備しているとは用意が良すぎだろう。

 怜が怯んだ一瞬の隙を突いて美玖がリビングのドアノブに手を掛けて勢いよく開く。


「さあ、観念しなさい! 見せてもらうわよ!」


「ちょっ……! 姉さんストップ!」


 慌てて怜が後を追うが、もう遅い。

 美玖の目は椅子からキッチンで驚いた表情をしている美少女――桜彩の姿を捉えていた。

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