隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第五章後編 ダブルデートと恋心の自覚】
第35話 クールさんとの心地良い時間 ~お互いのほっぺたの感触は~
第一章後編 近づく距離と特別な関係
第35話 クールさんとの心地良い時間 ~お互いのほっぺたの感触は~
「怜さん、お待たせしました」
「いや、俺も今来たところだから」
お互いの呼び方を変えた翌々日の金曜日、怜と桜彩はいつものように放課後にスーパーで待ち合せる。
今日は怜の方が早く到着し、桜彩を待っていた。
「それじゃあ早速入りましょうか」
「そうだな」
買い物かごを持ってスーパーへと入っていく。
毎日というわけではないが、もう何度も二人揃ってこのスーパーに来ている為、一部の店員からは既に常連とみなされている。
まあ怜に関しては去年も一人でこのスーパーへと来ていたのだが。
「今日の夕食のメニューは何を作る予定なのですか?」
「そうだな。肉じゃがにシチュー、ハヤシライスと作ってきたから、今日は少し趣向を変えたいかな」
「すみません、私のせいでメニューが偏ってしまって」
「別に気にすることじゃないさ。別に嫌ってわけじゃないしな」
ゴールデンウィークまで後二週間程度、それはつまり桜彩が実家に帰省するまで二週間程度しかないということだ。
それまでにまともな料理を作れるようになるという目標を立てている桜彩に協力する為、このところ材料がほぼ同じである煮込み料理がメインとなっている。
「そう言っていただけると嬉しいのですが……」
「桜彩」
申し訳なさそうに呟く桜彩の言葉を怜が遮る。
「そういうのはやめよう。今の俺にとって一番大事なのは、桜彩が帰省するまでにちゃんと料理を作れるようになることだ。ちゃんと努力している友人に協力することを、俺は嫌だなんて全く思ってない」
「怜さん……」
「だからさ、今は遠慮しないで良いんだって。桜彩が料理上手になってくれる方が俺も嬉しいから」
「ふふっ、ありがとう、怜さん」
怜の言葉に桜彩がクスリと笑う。
先ほどまでの沈んだ表情とは見違えるような良い笑顔だ。
(やっぱり怜さんといると嬉しいなあ)
怜の言葉に桜彩の心が温かくなる。
不安や情けない気持ちになった時に、そっと自分をフォローしてくれる。
そういった気遣いが何よりも嬉しい。
「そうだ、それじゃあ今日は豚汁と、それに別のおかずをいくつか作ってみるか」
「わあっ。それはとても良いアイデアだと思います」
「決まりだな。それじゃあ何を作るか見て回るか」
「はいっ。お買い得品があると良いですね」
そして二人で店内の商品を吟味していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鮮魚コーナーにて。
桜彩が『広告の品』と書かれたポップを見つける。
「見て下さい。今日は海老が安いみたいですね」
「本当だな。海老かあ。とりあえず候補に入れておくか」
「はいっ。海老ですとエビチリですか?」
「他には海鮮パエリアとかも良さそうだな」
「パエリア。美味しそうですね」
桜彩が目を輝かせる。
それを見た怜が、今日じゃなくても今度作っても良いかもしれないなどと考える。
少し移動したところで今度は怜がアジを見て
「アジもこの前より安くなってるな」
「アジですか。それも美味しそうですね」
「とりあえずこれも候補の一つだな」
「分かりました。覚えておきましょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
精肉コーナーにて。
二人で肉の値段を確認するが、特にお得情報は書かれていない。
「肉はあんまりだな」
「そうですね。今日はセールしてないみたいですね」
「まあ豚コマとかはいつも通り安いんだけどな」
「うーん、私にはまだその辺りの価格は良く分かりません」
「ま、おいおい覚えていけばいいさ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、見て下さい。缶詰フェアですって。ちょっと見てみませんか?」
精肉コーナーを回った後、ワゴンの中に缶詰が溢れているのを桜彩が発見する。
「そうだな。ちょっと見てみるか」
確認すると、サバ缶やコーン缶、トマト缶など様々な感がワゴンの中に溢れている。
その内の一つが怜の目に留まったので手に取ってみる。
「怜さん、それは?」
「カニ缶だな。うん、そうだな……」
頭の中で必要な食材を思い出していく怜。
いきなり黙り込んだ怜に、桜彩が怪訝そうな顔を向ける。
「怜さん?」
「桜彩、今日はフライでも良いか?」
「え? フライ、ですか?」
「ああ。海老とアジが安かったし、カニ缶を使ってカニクリームコロッケを作っても良いかと思ってな」
「わあっ! とっても良いと思います。でも良いんですか? 前に怜さんはあまり揚げ物とかを作ったりしないと聞きましたが」
桜彩の言う通り、怜はあまり揚げ物を作らない。
フライや天ぷらはかなり多くの油を使うので処理が面倒だしキッチンも油で汚れやすい。
後は単純に健康の問題もある。
「まあ、たまには良いだろ。それに今は一人で食べるわけじゃないしな。桜彩と一緒なら、たまにはそういうのを作っても良いかなって思ったんだ」
「ふふっ、そう言っていただけると私も嬉しいですね」
「ああ。それじゃあ今日の夕食はミックスフライ定食に決まりだな。明日は土曜日で学校も無いから、少しめんどくさい料理にも挑戦出来るしな」
「はいっ。それではさっそく海老とアジの所に戻りましょう」
「他にも色々と買わないとな。せっかくだしタルタルソースも作るか。卵はまだあったけど玉ねぎが無いからそれも買わなきゃ」
「後は……キャベツも欲しいですね」
「そうだな。それじゃあ一つずつ見ていくか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
買い物かご一杯に食材を買い込んだ後はレジへと向かい会計を済ませる。
「それじゃあ怜さん、こちら持ちますね」
「ああ、ありがとう」
「お礼なんて良いですよ。これは私の荷物でもあるのですから」
笑いながら桜彩がエコバッグを一つ持つ。
怜も残った方を持って桜彩に並んでスーパーを出る。
仲良く二人で話しながら歩く二人は傍目から見てもとても幸せそうだ。
(…………新婚さんかな?)
(仲良いわねえ)
(微笑ましいわあ)
(一緒にお料理って素敵ねえ)
二人が買い物している所から見ていた買い物客達はそんな二人を微笑ましく見送る。
(見せつけやがって……。爆発しろ)
レジのバイトをしている大学生男子(二十一歳、彼女無し)だけはそんなことを考えていたが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ありがとうございます。今日の夕ご飯もとても美味しかったです」
「それは良かった」
昨日までの応用として桜彩と作った豚汁とミックスフライ定食、更に卵と玉ねぎをたっぷりと使った自家製タルタルソースを添えた夕食は桜彩の舌に合ったようで何度もご飯をお代わりしていた。
「ははっ。とは言ったものの、食べている最中もずっと美味しいって言ってくれたよな」
「ええ。だって怜さんの料理はいつも美味しいですから」
幸せそうな笑顔でそう答える桜彩。
学校では見せないその笑顔に一瞬怜の心が奪われる。
桜彩の方はそんな怜の様子に気が付かずに、空になった食器や調理器具を洗っている。
当初は洗い方すら良く分からなかった桜彩だが、今は若干のぎこちなさは残るものの普通に片付けが出来ている。
「きゃっ!」
怜が視線を外した瞬間、桜彩の声が聞こえた。
そちらの方へと視線を移すと、洗剤が跳ねたのか桜彩の頬に泡が付いていた。
「うう……」
「ちょっと待ってて」
リビングに置いてあるウェットティッシュを持って来る怜。
それを桜彩に渡そうとしたが、洗い物の途中の桜彩の両手は泡まみれになったままだ。
「桜彩、俺が拭こうか?」
「良いのですか? 私としてはその方がありがたいのですが」
「構わないって。それじゃあ拭くぞ」
「はい、お願いします」
そう言ってウェットティッシュを取り出して桜彩の頬へと当てる。
ウェットティッシュ越しに桜彩の柔らかな頬の感触が伝わってきて、今更ながらに恥ずかしくなってしまう。
「んんっ……」
顔に触れられた桜彩の口から悩ましい声が出る。
「あっと、悪い。痛かったか?」
「あ、いいえ。少しくすぐったかったので。でも嫌じゃないですよ」
「そっか。まだ少し残ってるから、もう少しだけ辛抱してくれ」
「はい」
なるべく刺激を与えないように桜彩の頬についた泡を拭き取る。
必然的に怜の顔も桜彩に近づいていく。
(やっぱり桜彩って美人だよな)
至近距離でくすぐったさに耐える桜彩を見て、そんなことを思ってしまう。
「んッ……」
「と、取れたぞ」
「あ、ありがとうございます」
少し照れたような顔で桜彩がお礼を言う。
その横で恥ずかしさから目を逸らすように、怜が食後のお茶会の準備を始める。
今日のお茶のお供は怜の自家製パウンドケーキ。
食事の時間を少し遅らせることで、早めに作っていたパウンドケーキの粗熱がそろそろ取れたころだ。
本来であればもう少し冷ましたいのだが、桜彩が早く食べたいというオーラを醸(かも)し出しているので怜もケーキを切り分けていく。
それをお皿へと盛り付けて、ついでに横にホイップクリームやジャムを添えてテーブルへと運ぶ。
そしてその間に沸かしていたお湯でリーフのカモミールティーを淹れて、これもポットのままテーブルへと運んでいく。
「お待たせ、怜さん」
そうこうしているうちに洗い物を終えた桜彩が二人分のカップを持って現れる。
そして抽出したカモミールティーをカップへと注ぐとそこから良い香りが鼻腔をくすぐる。
「あ、そうだ。蕾華から新しい猫の動画を教えて貰ったんだけど観るか?」
「えっホントに!? 是非観たいです!」
目を輝かせる桜彩。
そんな桜彩を見ながら桜彩に貸しているノートパソコンをリビングのテレビへと接続する。
設定を少しいじると、テレビがパソコンのディスプレイとして機能したので蕾華のおすすめ動画を表示させる。
「わあっ、可愛い!」
「本当だな、さすが蕾華」
自身も猫を飼っている蕾華は無類の猫好きで、動物好きの怜とも良く話をする。
ちなみに陸翔は犬好きだ。
「せっかくだしお茶はソファーで猫を観ながらにするか」
「はいっ! それ賛成です!」
普段はリビングの椅子に向かい合って座って食後のお茶を楽しむが、今は猫動画を観る為にソファテーブルへとお茶とパウンドケーキを移動させる。
そして隣同士でソファーに座って手を合わせる。
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
切られたパウンドケーキへそれぞれフォークを伸ばして口に運ぶ。
「んっ……凄い美味しい……!」
口に含んだ桜彩が口元を手で押さえながらそう感想を告げてくる。
テレビや雑誌の評論家の様な細かい蘊蓄(うんちく)等は一切ない純粋な感想。
それだけにその言葉を素直に受け入れて怜も思わず笑顔になる。
「私にもこういうものが作れるようになりますかね?」
「なれるさ、きっと。ただ今の桜彩は、まず料理の基礎技術を覚えなきゃな」
「うっ……、そうですよね」
少し申し訳なさそうにうつむく桜彩。
まだ料理を始めて一週間も経っていない桜彩にとっては気が遠くなる話かもしれない。
「大丈夫だって。桜彩は呑み込みが早いからすぐに作れるようになるよ」
「うん、ありがとうございます、怜さん。それではこれからもご指導ご鞭撻(べんたつ)のほどよろしくお願いします」
「よろしくお願いされます」
「……ふふっ」
「……あははっ」
思わず二人で吹き出してしまう。
こういった空気がとても心地良く感じる。
「わっ、観て下さい怜さん! この子、凄く凛々しいです!」
時折興奮したように画面を指差す桜彩。
そんな桜彩を隣で見ていると、桜彩が怜の視線に気付く。
「怜さん? どうかしたんですか?」
きょとんとしたように目を丸くしながら聞いてくる。
「い、いや、そ、そうだ! さっき顔に付いた洗剤を拭くときに痛くはなかったか?」
恥ずかしさをごまかすように話題を変えた怜に桜彩は少し考えて
「ふふっ、平気ですよ。とても優しく触ってくれましたから」
「そ、そうか……」
「はい」
すると桜彩が少し考えこむ仕草をする。
しばらくすると少し拗ねたような表情で怜の方を見る。
「あ、あの……お返しと言うのも変なのですが、私も怜さんの頬を触ってもよろしいでしょうか?」
「え?」
いきなりの提案に驚いてしまう。
「あ、あの、先日のお昼休み、竜崎さんと御門さんが怜さんの頬をつついていたじゃないですか」
「まあ、そんなこともあったな」
怜が料理の腕前を褒められて照れた際に、二人が頬をつつきながらからかってきた。
「そ、それで、私も同じようにしてもよろしいでしょうか……?」
「ま、まあ、不可抗力とはいえ俺も桜彩にやっちゃったからな……」
「あ、ありがとうございます。それでは失礼しますね」
そう言いながら桜彩はおそるおそる指を伸ばして怜の頬をぷにぷにとつついてくる。
「ふふっ、怜さんの頬、とても柔らかくて気持ち良いです。癖になりそう」
「う……」
怜の顔が赤くなる。
このままではいられないと、怜も桜彩の頬へと指を伸ばす。
「え? あの、怜さん……?」
「俺はそんなにつついてない。やり返す権利があると思う」
それだけ言って桜彩の返答も聞かずに今度は怜が桜彩の頬へと触れる。
すると指先に柔らかな感触が、ウェットティッシュ越しの先ほどよりもダイレクトに返ってくる。
当然今度は桜彩の顔が赤くなる。
「あ、あの、自分で言ったことですが、これ、とても恥ずかしいです……」
「そ、そうだな……。てか、俺達はいったい何をやっているんだろ……」
二人で赤い顔のまま俯いてしまう。
「…………」
「…………」
「ニャア」
「わっ!」
「きゃっ!」
しばらくお互いに沈黙した後、猫動画の猫の鳴き声で二人共我に返る。
お互いに目を丸くした後、怜が小さく噴き出した。
「ははっ」
「怜さん?」
少し笑みを浮かべた怜に桜彩がきょとんとする。
「いや、悪い。でもこういう関係って良いなって思ったんだ」
「え?」
「桜彩とこうしてまったりとしてる時間。出会った時はこんな関係になるなんて思ってなかったけどさ。でも、今のこの時間が本当に幸せだなって」
それを聞いた桜彩も怜と同じように笑顔を浮かべる。
「はい。私も怜さんと友達になれて本当に良かったです。これからもこんな時間を過ごしたいですね」
「俺もだ。これからもよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
そのままお互いに笑いあって、カモミールティーへと手を伸ばした。
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