隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第五章後編 ダブルデートと恋心の自覚】
第33話 クールさんのマドレーヌ作り④ ~からかわれるクールさん~
第33話 クールさんのマドレーヌ作り④ ~からかわれるクールさん~
その後は再度雑談をしながら残ったクッキーやマドレーヌを食べていると、家庭科室の扉が開いてそこから瑠華が入って来た。
「みんなごめんねー、遅くなっちゃって」
「ちょっとせんせー、遅いですよ」
「そうですよ。顧問が大幅に遅刻してどうするんですか」
とからかい半分に瑠華に対して声が飛ぶ。
「ごめんねー。ちょーっと忘れてた仕事があってさー。でもれーくんがいるなら安心して任せられるからね」
ここでの瑠華も先生というよりはむしろ友達としての距離感で部員から接されている。
この部活の雰囲気を考えればむしろその方が良いのかもしれない。
「だから学内でれーくん呼びするなって言ってるでしょうが。昔馴染みでも学内では先生と生徒ですよ」
二、三年生は怜と瑠華の関係を知っている為に大した問題ではないのだが、新入生がこのような姿を目にしたら変な勘違いをされるかもしれない。
「えー、いーじゃない別に。今は授業中じゃないんだし大した問題じゃないって。セーフセーフ」
両手を広げてセーフのジェスチャーをしながら頬を膨らませて不満げに反論する瑠華。
瑠華といい、奏といい、部長といい、この部に関わりのある人間はどうしてこうも怜の当然の要求を平気で無視するのか。
「それよりれーくん、おなか空いたー。クッキーも良いけどなんか作ってー」
言いながら瑠華は置いてあったクッキーへと手を伸ばす。
この人はこれでよく教師をやれてるな、とかれーくんと呼ぶなといっているだろう、という言葉を怜は何とか飲み込んだ。
「……開口一番がそれですか。まあホットケーキミックスが余ってるんでパンケーキなら作れると思いますけど。それと顧問なんだからまずは一年生に対して自己紹介からじゃないですかね」
「あ、そっか。それもそうだね」
若干の皮肉を込めたのだが、それに瑠華は気が付かずにニコニコとしたままだ。
「それじゃあれーくんが作ってくれてる間にやっちゃうね。あ、そうそう、パンケーキはスフレにしてね」
当然のように自然に追加の要求を告げた瑠華が立ち上がって自己紹介に入る。
とりあえず今日の所業も蕾華に告げておこうと怜は心に誓った。
家庭科室の備え付けの冷蔵庫を確認すると、牛乳や卵も残っているのでまあ材料は問題ないだろう。
さすがにマドレーヌと違ってフライパンで油を熱したりと制服が汚れる可能性が高くなる為、怜はエプロンを着用してパンケーキを作り始めた。
「しっかしさー、きょーかんってエプロンが似合うよねー」
フライパンの上に型を置き、そこにパンケーキの生地を流し込んで一段落したところで奏が怜のエプロンを摘まんで話しかけて来る。
「そう? 普通じゃないのか?」
「いやいや、そんなことないってー」
そう言いながらパタパタと怜のエプロンを揺らして見せる。
「てかそもそも普通のホットケーキミックスでもスフレタイプのパンケーキって作れんだねー。てっきり普通のやつしか作れないと思ってた」
「意外に簡単だぞ。ちゃんとメレンゲ作れば問題ないからな」
「いや、それを知ってるだけでも凄いって。そもそもウチはメレンゲ自体作るのムズイし」
だから去年一年間家庭科部に在籍していた人間がそれはどうなのか。
「む……」
一方でそんな二人を眺める桜彩の表情は先程と同じように面白くなさそうにムクれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はいどうぞ。ご注文の品になります」
「わー、れーくんありがとー」
スフレパンケーキの乗った皿を瑠華の目の前に置くと、瑠華は目を輝かせて食べ始める。
教師としての威厳はどこに行ったのかと問い詰めたい気もするが、言っても無駄な為に口をつぐむ。
いやそもそも教師としての威厳など最初からどこにもなかったので、どこに行ったのかという問いは不成立か。
「いやー、マジで出来るもんなんだ」
フワッと焼かれたパンケーキを見て奏が呟く。
いい感じの焼き色が付いたパンケーキは、その上に粉砂糖をちりばめてハチミツとバターも乗っている。
見た目と香りが皆の食欲を掻き立ててくる。
「後一枚残ってますけど誰か食べたい人いますかー?」
一回で二枚同時に焼いたので、瑠華に差し出した分を除いてもまだ一枚残っている。
とはいえ皆はさっきからクッキーやマドレーヌをかなりの量食べている為、いくら甘いものは別腹だと言ってもさすがにお腹がいっぱいだ。
遠慮からかそれともお腹がいっぱいなのか、はたまた体重計が心配なのか、誰も名乗り出ない。
「あ、みんな食べないんなら貰ってもいい?」
「ああ。構わないぞ」
ただ一人、奏が食べたいと名乗り出た為皿に移したパンケーキを奏へと差し出す。
「あ、そうだ。ねえクーちゃん。クーちゃんも少し食べてみる?」
「そ、そうですね。それでは少しいただけますか?」
「うん、いーよ」
そう言ってパンケーキを半分に切って、新しい皿へと移す奏。
それを横目に怜は片付けに入っていった。
「うわっ、美味し!」
「本当ですね。とても美味しいです」
奏も桜彩も怜のパンケーキをうっとりとしながら食べる。
やはり自分が作った物を美味しく食べてもらえると、作った本人としても幸せだ。
「うんうん。れーくんは良いお嫁さんになるよね」
「うん。きょーかんは良いお嫁さんになれるよ」
瑠華の言葉に奏も同意して頷く。
「なんで俺が嫁に行かなきゃいけないんだよ」
フライパンを洗いながら、口を膨らませて抗議する。
先日はメイドになれと言われたり、一体人の性別を何だと思っているのか。
「えー、クーちゃんもそう思わない?」
「思います。素敵なお嫁さんとはまさにこういう人のことだと思います」
「…………渡良瀬まで乗るな。せめて婿と言ってくれ」
「あ、すみません。つい……」
怜の指摘に桜彩が口を押さえる。
しかし奏に振られた桜彩が普通に同意してしまったため、怜も思わず心の中で頭を抱える。
桜彩までこの二人の悪乗りに巻き込まれないで欲しい。
しかし瑠華と奏は桜彩の答えに気を良くして
「いやいや、れーくんならなれるって」
「そうそう。ねえきょーかん、将来ウチのお嫁さんにならない?」
「え!?」
いきなりの奏の冗談に思わず桜彩が声を上げてフォークを持つ手がピタリと止まった。
何を言っているのかと真顔で隣に座る奏の顔を見つめる。
「んん? クーちゃんどうしたの?」
思いがけない桜彩のリアクションに瑠華と奏をはじめとした皆の視線が集まってしまう。
「え……ええっと……」
顔を赤くして戸惑ってしまう桜彩。
それを見た奏がニマッと笑って
「あ、クーちゃんもきょーかんを嫁にしたい感じ?」
「え……わ、私は……」
「はいはい、それまで。あんまりからかうなって」
何と答えていいか分からずに慌てている桜彩に助け舟を出す。
「はいはーい。ごめんね、クーちゃん」
「え? え?」
肩をすくめながら両手を合わせて奏が謝る。
それを見て自分がからかわれていたことにようやく桜彩が気が付いて、恥ずかしさから顔を下に向けてしまう。
「宮前も食べ終わったんなら片付けを手伝えっての」
「はーい」
そう返事をしながら奏は怜の背中を叩いて片付けに向かう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、そうだ! せっかくだし最後に写真撮らない!?」
それでは解散というところで部長の立川の挙げたその一言で皆の動きが止まる。
「写真?」
「そうそう。今年度初めての活動ってことで集合写真撮ろっ!」
「写真かあ」
「あ、それ賛成!」
「うんうん」
などと部員の皆も賛成する。
まだ仮入部や見学に来た一年生からも『それ良いですねー』なんて声が聞こえてくる。
「それじゃあ先生、カメラ役をお願いしますね」
「えー、あたしだけ仲間外れなのー?」
瑠華が不満そうに声を上げながらもスマホを取り出す。
「いやいや消去法でせんせーがカメラ役なのはしゃーないっしょ?」
「それは分かるけどさー」
「それじゃあ俺が代わりますか?」
「何言ってんの。あんたは被写体に決まってるでしょ?」
「うんうん! きょーかんがいないとねえ」
自分以外が皆女性と言うことから気恥ずかしさもあって遠慮したのだが、皆が一様に否定する。
「そうそう。とゆーわけできょーかん、こっち」
「わっ!」
奏にいきなり手を引かれて皆の中央の方へと移動する怜。
「ほらほらー、きょーかん笑って笑って!」
「まだカメラも構えられてないのに笑わなくても良いだろうが」
(宮前さん、光瀬さんと距離が近いな……)
そんな奏を桜彩は複雑そうな表情で見つめている。
先日肩を揉んだりしたように、今回に限らず奏は怜に対してよくスキンシップを取ってくる。
(……私、光瀬さんとはそんな感じのことしたことないのにな)
そんなことを思った桜彩の顔が、本人も気付かないうちにむくれていく。
いやまあ本人が自覚していないだけで、結構怜との距離は近いのだが。
「お? クーちゃんどうしたの?」
「えっ!?」
怜から視線を外した奏がむくれた桜彩を見て不思議そうに問いかける。
「べ、別にどうもしてませんけど……」
恥ずかしそうに顔を伏せながらそう呟く桜彩。
「えへへ、分かってるって。クーちゃんのことも忘れてないから! ほら、同じクラスどーし三人集まって撮ろっ」
「わわっ!」
奏が桜彩の肩を抱いて、怜の隣まで引っ張ってくる。
そのまま同じクラスの三人が近距離で固まったところで瑠華がスマホを向ける。
「それじゃあ撮るよーっ! チーズ!」
パシャッ
そうして撮られた写真を瑠華が家庭科部のグループメッセージへと送る。
「お、来た来た。クーちゃん、これ見て!」
そうして撮られた写真の中央には、怜の両肩に顔を乗せるように桜彩と奏が写っていた。
三人共笑顔を向けている。
「にひひ、クーちゃん楽しそうにしてるよね」
「そうですね。普段はお菓子を作ることなどないのですが、今日はとても楽しかったです。誘っていただいてありがとうございました」
「どーしたしまして。でもクーちゃんさあ」
「はい?」
そこで奏の目が意地悪く光る。
「さっきはなんかムクれてたけど、この写真ではホント楽しそーだよね。これってやっぱりきょーかんの隣になったから?」
「え!?」
奏の言葉に桜彩がドキッとする。
確かに先ほどは怜と奏の距離が近かったので、自分の心にモヤッとしたものが生まれた。
しかしそれも怜の隣で写真を撮ったころには消えていた。
「え……えっと、その……」
「だから渡良瀬をからかうなって何度も言わすなっての」
奏にからかわれていることに気付いた怜がフォローを入れる。
「え!? ま、またからかって……」
「えへへ、ごめんねー」
可愛らしく舌を出しながら奏が謝る。
からかわれていたことに気が付いた桜彩は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あちゃー、からかいすぎたか」
「少しは反省しろっての」
「うう……」
その後、片付けが終わった後は残った今回作ったマドレーヌとお土産のクッキーを持って解散という流れになった。
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