第32話 クールさんのマドレーヌ作り③ ~家庭科部のお茶会~
「それじゃあ型に流し込んで焼いていきましょう」
一通り全員が全ての材料を混ぜ終えたので、それぞれアルミカップに流し込んで予熱してあるオーブンに入れる。
後は二十分程このまま待てば完成だ。
「みんな、お疲れ様。それじゃあクッキーでも食べながら待ってましょうか」
そう言いながら、手作りのクッキーの袋の束を部長が持って来る。
チョコチップにマーブル、抹茶、オートミール、スノーボールクッキーなど様々な種類が複数の袋に詰められている。
というか、それについては思いっきり見覚えがあるのだが。
「って部長、それ俺が昨日作った奴ですよね。お土産にするんじゃなかったんですか?」
部長が持って来たのは怜が昨日の放課後に大量に作った手作りクッキーだ。
せっかくなら部活紹介に来てくれた子にお土産を渡したい、という部長の無茶振り、もとい頼みの為に作った物だ。
「良いじゃない別に。結構たくさん作ったんだし」
「…………」
そうだった。
その場の思い付きでやることがころころと変わるのはいつものことで、この部は部長をはじめとしてそういった人間の集まりであることを今更ながらに思い出す怜。
これはもう自分が何を言っても無駄だろうと思い頷く。
「…………分かりました」
まあ別に何が何でも持って帰ってもらいたいわけでもないし、皆が美味しく食べてくれれば怜にとってはそれだけで満足だ。
だがせっかくマドレーヌを作っているのにそれを食べる前にクッキーを食べるのもどうかとは思うが。
そんなわけで急遽お茶会が始まってしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
乾物であるクッキーだけではすぐに口の中が渇いてしまう為、常備してある紅茶の準備をする怜。
蒸らし終えるとカップを取り出して参加者へと紅茶を配っていく。
配り歩く怜に時折質問が飛んでくる。
例えば
「あ、このクッキー美味しいです。なんてクッキーですか?」
粉砂糖が掛かった白く丸いクッキーを手に持って体験入部の一年生が聞いてくる。
「それはスノーボールクッキーだな。ほろほろとした食感が特徴の」
「スノーボールクッキーっていうんですね」
そう言いながら彼女は持っていたクッキーを口に入れて幸せそうな表情をする。
「これ美味しいです! こういうのも作ったりするんですか?」
「まあこの部活は結構無計画な所が多いから。作りたいって言えば作ることになるかもしれないぞ」
「そうなんですね。その時はお願いします」
他にも
「先輩、このクッキーは何ですか??」
「それはオートミールクッキーだ」
「オートミールってあれですか? 健康に良いとか低カロリーとかの?」
「そのオートミールだけど、クッキーだからな。砂糖とかバターも使ってるんでそこはちゃんと考えて食べてないと」
「む……。やっぱりそんなに都合良くはいかないですか……」
また他には
「きょーかん、このクッキーは何?」
今度は上級生の部員からの質問だ。
先に述べた通り、上級生からもきょーかん呼びが定着してしまっていることについては大変遺憾だ。
「これはジンジャーブレッドクッキー。ショウガやシナモン等のスパイスが使われたクッキーで、クリスマスなどの季節によく作られますよ」
「結構独特な香りがするわね。美味しいけど」
「そりゃスパイス使ってますからね…………いや、部員は少しは手伝えや!」
なぜかお茶会の準備をしているのは怜一人であり、他の部員は部長を含めて完全に休憩モードだ。
と抗議したところで、家庭科部の部員は誰一人として怜を手伝おうとはしなかった。
まあ怜本人も分かってはいたが。
唯一の例外として桜彩が
「あ、私がお手伝いしましょうか?」
と申し出てくれたものの
「いーよいーよクーちゃんは。部員じゃないんだからゆっくりと座ってなって。もっとウチらとおしゃべりしよー!」
と奏にやんわりと止められていた。
まあ怜としても桜彩を手伝わせるつもりはなかったのだが、だったらお前が手伝えと奏には言いたい。
言ったところでどうせのらりくらりと躱されてしまうだろうが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
等々、和気藹々の雰囲気でお茶会は進んでいく。
唯一の男子である怜に対しても下級生を含めてコミュニケーションを取ろうとする相手が何人もいる。
もっとも下級生にとっては異性的な意味で怜と知り合いたい、という思いから適当な口実を作って怜に話しかけているわけだが。
それからはクッキーを食べながら、雑談がてら家庭科部の活動についても話した。
「冬はマフラーなんかも作るわね。去年の十二月前には彼氏へのクリスマスプレゼント用の手編みマフラー講座なんてのもやったし」
「そうそう。あれは結構人気あったよねー。ねえきょーかん」
「……俺以外にまともな編み物が出来る人間がいないというのは家庭科部として問題だと思うのですがね」
クッキーを摘まみながら上級生にジト目を向ける。
当然のごとく、手編みマフラーの講師をやったのも怜だ。
「そうそう。あとはあみぐるみとかも作ったよねー」
「うんうん。あ、そうだきょーかん、あの時に作った奴ってどこにある?」
「マフラーもあみぐるみも棚の中に入ってるはずですよ。誰も持ち出してなければ」
言いながら家庭科部用の棚を開けて中を物色する。
ほどなくして目当ての物が見つかったので取り出して、今は空いている調理台の上に乗せる。
「これ、光瀬先輩が作ったんですか?」
「あ、凄い。上手ですね」
とそれを見た一年生からも驚きの声が上がる。
桜彩も少し離れたところからおずおずとそれを見て見ると、そこにはマフラーと猫のあみぐるみが乗っていた。
「ねこ……」
あみぐるみに少し見とれてしまう桜彩。
「あ、クーちゃんも作ってみたいの?」
「え? あ、いえ、そういうわけではないのですが……」
隣から桜彩の顔を覗き込んでくる奏に桜彩が慌てて返事を返す。
「あ、そうか。クーちゃんって猫が好きだもんね」
「はい。あの猫のあみぐるみ、とても可愛らしいですね」
「だってさ、きょーかん。今度クーちゃんに作ってあげたら?」
「……え?」
奏の言葉に桜彩が驚いて怜の方を見て、再び奏に向き直る。
奏は桜彩に対してニマッとした笑みを浮かべて
「きょーかんってあれで意外と押しに弱いから、クーちゃんが強く頼めば作ってくれるんじゃない?」
「だからお前は何を言ってるんだっての」
呆れたように怜が奏の方を見てため息を吐く。
「まあ、今年も同じようにあみぐるみを作る機会はあると思うし、気になるんだったら渡良瀬も参加してみたらどうだ? ここは部員以外の飛び入り参加もオッケーな緩い部活だし」
「え? そ、そうですね……。機会があれば参加してみます……」
そう顔を赤くして答える桜彩。
「へー、じゃあまたきょーかんが講師をやってくれるってことだね。ウチらの他にそういうのちゃんと作れる人っていないしー」
「だから宮前、家庭科部員としてそれでいいのか」
からかってくる奏に対して呆れたようにジト目を向ける怜。
そんな二人を桜彩は少し面白くなさそうに見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなことを話しているとセットしたタイマーがマドレーヌの焼き上がりを教えてくれる。
その音に皆で立ち上がってオーブンの方へと向かった。
「それじゃあ取り出していきますよ」
オーブンからは既にいい香りが漂ってくる。
扉を開けるとさらに香りが強くなり、そこには良い感じに焼き色の付いたマドレーヌが並んでいた。
取り出されたマドレーヌを見て参加者が口々に歓声を上げる。
「わあ、いい匂い!」
「あ、私のちょっと焦げてる」
「私のは……普通、なのかなあ?」
などと皆が自分の作ったマドレーヌを見て口々に感想を言いあう。
「クーちゃん、どうだった?」
「そうですね。見た目は良く出来たのではないかと思うのですが……」
桜彩が自分の作ったマドレーヌを見ながら首を傾ける。
奏の作った物と見比べてみてもパッと見て差があるようには思えない。
「それじゃあ食べていきましょうか。みんなヤケドしないようにね」
部長の言葉で皆が自分の作ったマドレーヌを食べ始める。
「うん。美味しい」
「うーん、少し硬いかな? でも味は悪くないと思う」
「少し焦げたけど、美味しいわね」
見た感じ皆の出来栄えは悪くなさそうで、講師を務めた怜としても何よりだ。
「持ち帰りたい人はこっちに袋があるんで詰めて下さいね」
怜が袋やラッピング用のリボンを用意する。
そんな中、桜彩や奏も皆と同じように自分の作った物を食べてみる。
「うん。ウチのはちゃんと美味しく出来たかな。クーちゃんは?」
「私も美味しく出来たとは思うのですが……」
桜彩が少し齧ったマドレーヌを見ながら呟く。
確かに初めて作ったにしては上手に出来たとは思うのだが、果たして怜にこれを渡して喜んでくれるのだろうか。
怜のことだから、例え美味しくなくても気を使ってくれるのではないだろうか。
そんなことを考えて少し不安になってしまう桜彩。
(ううん、そんなことを気にしても仕方ないよね。少なくとも変な味がするわけじゃないし)
そう自分を奮い立たせて残ったマドレーヌを袋に詰めていった。
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