第25話 クールさんは健啖家
「はい。これで完成だな」
フライパンのホイコーローを二枚の皿へと移してテーブルへ持っていく。
作りたてのホイコーローが乗った皿からは湯気と共に食欲をそそるいい香りが立ち上がっている。
他には桜彩が来る前に作っていた卵とワカメのスープ、それに冷蔵庫で冷やしておいたルイボスティー。
そしてそこに茶碗に白米を盛り付けて夕食の完成だ。
怜がエプロンを外して椅子に腰掛けると桜彩も対面に座り、いつもと同じくスマホで写真を撮る。
撮り終えた後の視線はメインのホイコーローへと注がれており、今か今かと待ちきれない様子だ。
そんな桜彩に苦笑しながら怜は手を合わせる。
「それじゃあいただきます」
「いただきます」
お互いに会釈して挨拶を済ませた後、二人同時に箸をホイコーローへと運ぶ。
そのまま口に運んでもぐもぐと噛みしめると、桜彩の顔が先程味見をした時と同じように綻ぶ。
「んんっ……! やっぱり美味しいです」
上品に口元を左手で隠したまま、目を輝かせて嬉しそうに感想を言ってくれる。
桜彩の感想を嬉しく思いながら、怜もホイコーローを食べる。
いつもよりは辛さを抑えて作ったのだが、たまにはこういった味付けも美味しい。
桜彩と一緒に食事をすることがなかったら、きっとこのような味付けはしなかっただろう。
目新しさを感じながら今度はスープを飲む怜の対面で、桜彩は再びホイコーローへと箸を伸ばしている。
「うんっ。この味付け、ご飯にとっても良く合います。いつも食べているご飯がご飯じゃないみたい!」
幸せそうな目をしながらご飯、おかず、スープを次々に口へと運ぶ桜彩。
するとあっという間に茶碗に盛ったご飯がなくなってしまう。
「おかわりはどのくらいにする?」
「あっ……」
怜のその言葉で桜彩はご飯を食べきったことに気が付き、恥ずかしそうに頬を染める。
一般的に女性は小食というイメージがあるが、桜彩はそれには当てはまらないようだ。
もっとも怜の身近に居る女性、蕾華や瑠華、怜の姉はそこそこの量を食べるので俗説の方が間違っているのかもしれない。
「あの、それでは先ほどと同じくらいの量をお願いします」
「分かった。ちょっと待っててくれ」
桜彩から茶碗を受け取っておかわりを盛る。
それを受け取った桜彩はやはり少し恥ずかしそうだった。
「すみません。あまりに美味しかったので、つい急いで食べてしまいました」
それを聞いた怜は桜彩の言葉に横に首を振って
「謝ることじゃないって。むしろそれは俺にとって褒め言葉だからな」
「そう……なのでしょうか。私はテレビで見るような気の利いた感想は言えませんが……」
「いや、むしろそんなに格式ばったコメントはいらないぞ。それっぽい言葉をグダグダ並べ立てられるよりも、ただ一言、『美味しい』って言ってくれる方が嬉しいからな」
「ふふっ。それでしたら何度でも言いますよ。とても美味しくて、ついおかわりを頼んでしまいました」
「ああ。たくさん食べてくれ」
そう言いながら怜も自分の茶碗を空にして、そこにおかわりを盛っていく。
その間にも桜彩はどんどん食べており、時が経つにつれて皿の上のおかずが減っていく。
桜彩の皿のホイコーローがある程度なくなったところで桜彩の茶碗が再び空になった。
「それじゃあもう一杯食べるか?」
「お願いします。あ、でももうおかずが……」
皿の上に視線を送りながら桜彩が残念そうに呟く。
「スープならまだあるぞ。それにホイコーローは丼にしても良いしな」
「丼……ですか?」
桜彩が目をきょとんとさせながら呟く。
「そうそう。ホイコーローをそのままご飯の上に乗せて食べるんだ」
「そうなのですか? でも少しお行儀が……」
伏し目がちに呟く。
桜彩の家ではあまりそういった食べ方は好まれなかったのかもしれない。
「別に行儀が悪いってわけでもないぞ。中華料理屋ではホイコーロー丼もメニューに存在するからな」
「そうなのですか?」
「ああ。それに、今ここにいるのは俺だけだ。多少の食べ方なんて気にしないし、それよりも美味しく食べてくれる方が良いからな」
そう言いながら、怜は先に自分の茶碗におかわりを盛りつけて、その上に残ったホイコーローを掛ける。
それを見た桜彩がびっくりしたような表情を浮かべるが、すぐに笑って
「わかりました。それでは私にも同じ量のおかわりをいただけますか?」
「はいよ」
そして怜から渡されたご飯の上に、ホイコーローを乗せていった。
一口食べると桜彩が満足そうに
「うーん、この食べ方も美味しいですね!」
美味しそうに食べてくれる桜彩を見て、怜もいつも一人で食べている夕食よりも格段に美味しく感じながら食べていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ご馳走様」
「ご馳走様でした」
夕食を食べ終わって二人で手を合わせる。
「何度でも言いますが、とても美味しかったです」
「ありがとう。そう言ってくれると作り甲斐があるよ。まあ桜彩も一緒に作ったんだけど」
「ですが味付けをしたのは光瀬さんではないですか」
「まあそうなんだけどさ」
やはり自分の作った料理を美味しいと言ってくれるのは何度聞いても嬉しくなる。
桜彩も満足そうに微笑んでいるが、ふと何かに気が付いたような表情をする。
「でも、あまりに美味しすぎて食べ過ぎてしまいました」
「いや、俺としては嬉しかったから良かったよ」
「ですが、毎日このような美味しい食事を食べることになると、太ってしまうかもしれません」
心配そうな表情でそう呟く桜彩。
この辺りが蕾華達との違いだなと思う。
蕾華であれば美味しいものは胃が許す限り食べたいと言ってくれるし、よく運動もするので全く太ってはいない。
「まあ心配はいらないだろ。気になるんならもう少し量を減らしてみるか?」
「いえ、その必要はありません!」
冗談で言った怜の言葉に桜彩が断固として反対する。
その迫力に椅子に座ったまま気圧されてしまう。
「あっ……すみません……」
「い、いや……」
「ですがそのような悲しいことを言わないで下さい。それでしたら食べた分はちゃんと運動しますので」
「ああいや、さすがに今のは冗談だから……」
「冗談…………あっ!」
それに気が付いた桜彩が顔を赤くして下を向く。
怜としてもそんな悲しいことをするつもりはない。
だがそのくらい美味しく食べてくれたということは本当に嬉しい。
「もう……光瀬さん……」
「ごめん、悪かった」
「ダメです。許しません」
「え……」
プンっと頬を膨らませて拗ねたように横を向く桜彩。
その顔を見て困ってしまう怜。
(冗談が過ぎたかな……)
桜彩の機嫌を直すにはどうすればいいのかと考えてしまう。
とはいえ桜彩も本気で怜を困らせるつもりなどなく、お互いにただの軽口である。
「ふふっ、仕方がありませんね。それでは光瀬さん、今から私に洗い物を教えて下さい。そうすれば今の冗談は忘れますので」
そう言うが、元々の予定ではこの後は桜彩が洗い物に挑戦するはずだった。
笑いながらそう言う桜彩を見て、今度は怜がからかわれたことに気が付いて顔を赤くする。
「……全くもう」
少しすねた感じで呟く怜に、桜彩は微笑みながら
「ふふっ……お返しですよ。これからは絶対にそのような悲しい事なんて言わないでくださいね」
「……ははっ、分かったよ。それに俺も美味しく食べてもらえる方が嬉しいからな」
「はい。私と光瀬さんの双方にとって、その方が絶対に幸せです。それでは洗い物の教育に移りましょうか」
「ああ。洗い物もちゃんと教えるから」
「よろしくお願いしますね」
そして二人は食器を持ってシンクへと向かって行った。
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