隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった【第五章後編 ダブルデートと恋心の自覚】
第16話 クールさんとお買物 ~二人で買物するのはデートですか?~
第16話 クールさんとお買物 ~二人で買物するのはデートですか?~
日曜日、昨日までの豪雨もどこへやら、快晴ともいうべき好天に恵まれた。
とりあえず金曜日の夜から怜の家に居座っていた瑠華を朝早くから自宅へと帰した後、蕾華に瑠華の所業を告げ口しておいた。
蕾華からは『れーくんの分も含めてちゃんと制裁しておくね』というメッセージが送られてきたのでそっちの方は任せるとしよう。
今頃ハリセンで頭を叩かれているかもしれない。
そして昼食後、怜は近所のスーパーへと買い物に向かっていた。
徒歩数分の好立地に加え値段も周辺のスーパーに比べえて控え目な為、基本的には怜はこの店を利用している。
先日の豪雨から物流もある程度回復しており、これなら買い物に困ることはない。
そこで夕食の買い物をしていたところ、怜の目は野菜売り場でスマホを眺める隣人の姿を捉えた。
「あれ、渡良瀬か。奇遇だな」
「光瀬さん、こんにちは」
その言葉に桜彩が振り返り、二人揃って挨拶しながら頭を下げあう。
「先日はどうもありがとうございました。サンドイッチ、とても美味しかったです」
「口に合ってくれたようで良かったよ」
そう安堵する怜。
夕食は美味しかったと言ってくれたが、だからといって怜の作る料理全てが桜彩の口に合うとは限らない。
そんな心配もしていたのだが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。
「渡良瀬も夕食の買い物か?」
「はい。これまではスーパーやコンビニのお弁当でしたが私も光瀬さんを見習って自炊をしてみようかと思いまして」
そう言いながら手にしたスマホを怜に向けると、そこには野菜炒めのレシピが表示されていた。
「野菜炒めでしたら調理実習で作ったことがありますので、私にも出来るかと」
「まあ確かにこう言うのは何だけど、初心者向けの料理ではあるからな」
「別に言葉を飾らなくても気を悪くしませんよ。私が初心者なのは事実ですから」
「そっか。変に気を遣わせて悪かった。まあ経験さえ積めばすぐに上達するさ」
「ふふっ。ありがとうございます」
笑顔で笑う桜彩。
学校でのクールっぷりが嘘のようだ。
そう言いながら桜彩はキャベツを一つ手に取ってカゴに入れる。
それを見て怜が
「ちなみに野菜炒めの他は何を作るか決めているのか?」
それを聞いた桜彩が目をぱちくりとさせて怜を見る。
「え? いえ、ご飯と野菜炒めだけですが。まだ私にはレパートリーというものがありませんので」
「ああいや、悪い。そうじゃなくて、明日以降の献立だよ」
改めて考えてみると、誤解を招く言い方だったなと思う。
「明日以降ですか?」
「ああ。一人暮らしで野菜炒め一食じゃあキャベツを丸々一玉は使いきれないだろ? だから何を作るのかと思ってな」
「あ……」
慌ててスマホを確認する桜彩。
どうやらキャベツが必要という事だけに気を取られてそこまで頭が回らなかったらしい。
そしてスマホを見てから少し固まる。
「あの、光瀬さん。質問してもよろしいでしょうか?」
「良いけど。何かあったのか?」
すると桜彩は怜にスマホのレシピの材料一覧を指し示しながら
「ここにキャベツを二百グラムと書いてあるのですが、二百グラムとはいったいどの位なのでしょうか?」
確かにキャベツ二百グラムと言われても、あまり料理の経験がない人間にはどの程度の量なのかは分かりにくいだろう。
「まあ物によって違うけど、今の時期だと大体一個が一キロと少しかな?」
「時期によって重さが違ってくるのですか?」
「ああ。夏や冬に比べて春キャベツは少し軽いんだ」
その言葉に桜彩が驚いた顔をする。
怜にとっては昔から知っている常識だったのだが、桜彩にとっては違うようだ。
まあ確かに普通に生きていればこの年齢でキャベツの重さについて考えることはないのかもしれない。
「はあ、ダメダメですね……」
少し気を落としてキャベツを戻し、ハーフカットのキャベツを新たにカゴへと投入する。
さすがに一玉丸々使うのは厳しいのだろう。
怜であればそもそも食べる量が多いしレパートリーも広いのですぐに使い切ることが出来るが。
「別に知らなくたっておかしなことじゃないさ。これから徐々に覚えていけば良いんだからな」
「光瀬さん……そうですね、ありがとうございます」
そう励ましてくれた怜に、桜彩は笑顔を浮かべて答えて次の食材を吟味する。
そんな姿に怜は
(前までだったら素直に俺に質問することもなかっただろうな)
と桜彩が自然に他人に、というか自分に頼ってくれるようになったことを少し嬉しく感じていた。
「後は人参と玉ねぎと……」
そう一人呟く桜彩の横で、怜もキャベツやピーマンをカゴへと入れていく。
桜彩と違って怜の場合はハーフカットキャベツではなく一玉丸ごとだ。
「光瀬さんはキャベツを一玉買うのですね」
「ああ。今日はピーマンの肉詰めにする予定だけど、付け合わせで千切りキャベツを添える予定だからな。それに明日の朝とお弁当にも入れる予定だし、夜はホイコーローでも作ろうかなって考えてる」
「ホイコーローですか……。難しそうですね……」
「そこまでこだわらなければ渡良瀬にだって作れるぞ。今は一緒に混ぜて炒めるだけの調味料も結構種類があるからな」
そう言いながら、怜は調味料のコーナーを指差す。
怜の場合、個人の味覚に合わせて作る為に市販のそういった物はあまり使わないのだが、逆に言えば市販の物は大多数の人の舌にそれなりに合うように作られている。
作り方さえ間違えなければ桜彩にだってそれなりの物は出来るだろう。
桜彩も怜の指差す先を一瞬見るが、すぐに怜に振り返る。
「ですが私にはまだ早そうです。まずは野菜炒めを頑張ってみますね」
「ああ。その方が良いかもな。分からないことがあったら聞いてくれ」
「はい。よろしくお願いしますね」
「味付けはどうするつもりなんだ?」
「そうですね。とりあえず今日の所は塩と胡椒だけにしようかと思います」
「調味料はあるのか?」
「はい。一通りは揃っています。とはいえまだ使ったことがないものばかりですが」
まだ自炊をしたことがないというのだから使ったことがないのも当然だろう。
とはいえこれまで自炊しようとしなかったのに、なぜ調味料だけは揃っているのかは疑問だが。
そんな怜の疑問に答えるように桜彩が口を開く。
「私が一人暮らしするにあたって特に姉が世話を焼いてくれましたので」
「ああ、そういうこと。いいお姉さんだな」
「はい」
その言葉に桜彩が嬉しそうに微笑む。
前にリュミエールでも聞いていたが、桜彩の姉はずいぶんと桜彩を大切にしているようだ。
怜の姉も怜のことを大切にしてくれているし怜自身それを充分に理解しているのだが、もう少し傍若無人なところを直して欲しいと思う。
そのまま二人は別に示し合わせたわけではないが、並んで買い物を続けていく。
買い物に慣れていない桜彩が度々怜に質問し、怜も快くその問いに答えていく。
傍から見れば仲睦まじいカップルのようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はあ、ウチのパパも買い物くらい手伝って欲しいわよねえ」
怜と桜彩を見ながら女の子を連れた主婦がため息を吐く。
「ねえねえ、何でパパは手伝ってくれないの?」
「どうしてかしらねえ。男ってのはほとんどの人がそうなのよ」
「それじゃああたしが聞いてきてあげるね」
「えっ?」
すると女の子は母親が止める間もなく怜と桜彩の下へ走って行く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあこれは……」
「ねえねえ」
桜彩が質問しようとしたところで足下からの声に怜と桜彩が二人一緒にで振り返る。
まだ小学校低学年くらいの女の子が怜のズボンを掴んでいた。
頭の中で疑問符を浮かべる二人に女の子が無邪気に問いかける。
「お兄ちゃんは何でお買い物手伝ってるの?」
「え?」
質問の意図が分からずつい間の抜けた声を出してしまう怜。
「あのね、お母さんが言ってたの。男の人はお買い物なんて手伝わないって。なんでお兄ちゃんはお買い物を手伝ってるの?」
「す、すみません!!」
すると慌てて母親とみられる女性が三人の下へとやって来て申し訳なさそうに頭を下げる。
「本当にすみません」
「いいえ、構いませんよ」
事情は良く分からないが、おそらくこの女性が父親について娘に愚痴を言ったのだろう。
他人の家庭のことは良く分からないのでそこについては考えないことにする。
そして怜は腰を落として女の子に視線を合わせ
「お兄ちゃんがお買い物をしてるのはね、お料理が好きだからだよ」
「お料理が好きな人は男の人でもお買い物するの?」
「うん。お料理が好きな人はお買い物も好きなんだ」
一概にそうとは言えないだろうが、怜の場合はそうだ。
同じ値段でも質の良い物を見分けたり、タイムサービスを効率的に利用したりするのも楽しい。
「そうなんだー。それじゃあお父さんがお料理好きになればお買い物手伝ってくれるんだねー。お兄ちゃんありがとう」
そう言って女の子は母親の方を見る。
「ほ、本当に失礼しました」
「いえいえ、構いませんよ」
「そう言ってもらえると助かります。デートの邪魔をしてしまったみたいで……」
「「えっ!?」」
女性の発言に怜と桜彩が同時に驚いてしまう。
「それでは失礼しますね。ほら、行くよ」
「お兄ちゃん、またねー」
母親に引っ張られながら手を振って来る女の子に、怜も呆然としながら手を振り返す。
しばし二人で呆然とした後
「えっと、買い物続けるか……」
「そ、そうですね……」
間違われたとはいえそのまま別々に買い物することもないと思ったので二人で並んで買い物を続ける。
しかし先ほどの発言を意識してしまい、顔が熱を持っているのが分かる。
恥ずかしそうに口数が少なくなりながら買い物を続ける二人。
そんな二人を他の買い物客達は微笑ましそうに眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのまま二人で買い物を続けて会計を終える。
怜は自前のエコバッグを持ってきているのだが、桜彩はスーパーでレジ袋を二枚買っていた。
それぞれの荷物をそれぞれの袋に詰めた所で怜が桜彩の袋の片方を持ち上げると、桜彩がきょとんとした顔で怜を見上げる。
「あの……光瀬さん?」
「片方持つぞ」
「そのくらいなら持てますが」
「持てるだろうけどかなり重いだろ」
怜が持った方の袋には、二リットル入りのペットボトルの水とお茶が一本ずつ。
確かに持てなくはないだろうが、これを持って帰るとなると負担が大きいだろう。
「ですが私が買った物ですので……」
「素直に甘えておけって。それに、二人で荷物を持っていて、女子に重い荷物を持たせるのは俺の見栄えが悪くなる」
「え……?」
「それともこの後にどこか行く予定でもあったのか?」
これだけの荷物を持ってどこか別の所に行くことはないだろうと思って問いかける。
その予想は当たったようで、桜彩は首を横に振る。
「いえ、この後は帰るだけですが」
「だったら俺に持たせとけって。あ、ただ渡良瀬が俺と並んで帰るのは嫌だって言うなら……」
「い、いえ! そんなことはありません!」
慌てて大声で否定する桜彩。
その声で周囲の人の注目を集めてしまい、二人して赤面してしまう。
「……で、では光瀬さん、お願いします」
「ああ」
これ以上ここで言い合うのも何なので、桜彩は素直に怜に頼む。
怜の方も少し強引だったかと反省しながらも、荷物を持ってスーパーを出て、二人で並んでアパートへの道を歩き出す。
「ふふっ」
その道中で、横を歩く桜彩が怜の方を向いて軽く笑う。
「ん? 何か面白い事でもあったのか?」
その笑い声が耳に届いた怜が、桜彩の方を向いて尋ねる。
「ああいえ、光瀬さんは竜崎さんの言っていた通りの方なのだなと思いまして」
「え?」
「『れーくんって一見そっけないけど、仲の良い相手には結構ガンガン行くタイプだから。色々と細かいトコもフォローしてくれる優しい人だよ』とのことでした」
「……全く蕾華は」
親友の言葉に少し照れ臭く感じてしまい、気持ち足を速めてしまう。
そんな怜の後ろ姿を桜彩は笑顔で眺めて
「ありがとうございます、光瀬さん」
と聞こえないくらいの声で呟いて、足早に怜の横へと並んだ。
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