第14話 クールさん(及び他一名)と夕食を② ~賑やかな食事とクールさんの気持ち~

「それじゃあいただきます」


「いただきます」


「いただきまーす」


 三者三様にテーブルの上の料理に手を合わせて食べ始める。

 まずはゴボウとニンジンを包んだ肉巻きを口に含んでみると、下味が絶妙で自分でも満足のいく出来栄えだ。


「うんうん。やっぱりれーくんの料理は美味しーね」


 瑠華も肉巻きを食べながら満足そうな笑顔を浮かべる。

 一方で桜彩はおずおずとジャガイモの肉巻きに箸を伸ばす。

 そしておそるおそるといった感じで口に含むと、その表情が柔らかな笑顔へと変わる。


「美味しいです、本当に……」


 咀嚼した後、左手で口元を隠しながらそう感想を述べる桜彩に、怜はひそかに心の中でガッツポーズをした。

 陸翔や蕾華、瑠華は怜の料理を食べる機会が何度もあってそのたびに美味しいと言ってくれていた。

 三人の感想にお世辞を言っているのでは? という疑いはないのだが、やはり初めて食べる相手の感想は気になるものだ。

 そのため怜も自然と笑顔になっていく。


「口に合ってくれたようで良かったよ」


「うんうん。良かったね、れーくん」


「こちらのミネストローネも美味しいです」


 陸翔や蕾華、瑠華とは違い、熱々のスープをスプーンですくい、小さな口でふうふうと冷ましてから食べる桜彩が何だか可愛らしい。


「このサラダのドレッシングもとても美味しいです」


 何を食べても美味しいと言ってくれるのは本当に嬉しい。

 もしかしたら桜彩の口には合わないのではとも考えたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。


(本当に美味しい……)


 桜彩にとってここしばらく食べることのなかった温かい料理。

 この数日、食事とはただ食べるだけといっても過言ではなかった。

 それが、レトルトでも、ファーストフードでも、出来合いの物を温めたわけでもない出来立ての手料理。

 それを食べて、料理で感動するという経験を桜彩は初めて味わった。


(蕾華と陸翔が来れなかったのは残念だけど、これはこれで良いものだな)


 怜としても親友と一緒に食卓を囲めなかったのは残念だが、桜彩と瑠華がいる為に寂しい気持ちでご飯を食べることにならなくて良かった。


(もし瑠華さんが現れなかったら渡良瀬を食事に誘ったかも分からないし、そういった意味では瑠華さんに感謝だな)


 多少仲良くなったとはいえ、まだ知り合って一週間も経っていない異性宅で手作りの料理を食べるというのは抵抗があってもおかしくない。

 同性かつ教師の瑠華という存在がいなければ怜も桜彩を誘いにくかったし、桜彩も怜の提案を受け入れなかったかもしれない。

 そう心の中で瑠華に感謝した怜だが、その気持ちは次の瞬間に綺麗さっぱり吹き飛ぶこととなった。


「渡良瀬さんの言う通り、ホントにれーくんは料理上手だよー」


 そう言いながら瑠華はいつの間か開けていたビールをグイッと飲み込む。


「って瑠華さん、何飲んでんですか!」


 それを見た怜が慌てて突っ込む。

 テーブルの端を見ると、コンビニのビニール袋の中にアルコール飲料の缶が何本も入っていた。

 前にも言ったことがあるのだが、一人暮らしの男子高校生宅からアルコール飲料のごみを出すな。


「何って見てのとーり、ビールだよ、ビール!」


 アルコールで顔を赤くしながら悪びれずにそう言う瑠華。

 思わず怜は頭を抱えてしまう。


「なんでビールなんて持ってきてるんですか!」


「何でって、あたしが飲みたいからだよ? あ、もしかしてれーくんもビールを飲みたかった? でもダーメ。お酒は二十歳になってからね!」


 そう言って右手の人差し指を立てて、怜の鼻を突いてくる。

 それが余計に腹立たしい。


「誰がアルコールなんぞを欲しましたか。コンビニの袋下げて何を買って来たのかと思えば、まさかアルコールとは……」


 眉間を押さえながら怜がうめく。

 いい年をした大人なんだからもっとまともな差し入れでも買って来い。


「えー、アルコールだけじゃあないよ。他の物も買って来たもん」


「……いったい何を買って来たんですか?」


「えー、聞きたい? 聞きたい? れーくん、女性の秘密を聞きたいのー?」


 その瑠華のじらし方に笑顔で青筋を浮かべながら、どうせロクでもない物だろうな、と思いながら一応聞いてみる怜。

 しかし、次に瑠華の口から出た単語は怜の想定よりも遥かにロクでもない返答だった。


「しょーがないなー、教えてあげるよ。買ったのは下着だよ、下着」


「ぶっ!!」


「えっ!!」


 酔っぱらいの言葉に怜と桜彩が思わずせき込んだ。

 二人共、口の中に食べ物が入っていなかったのが不幸中の幸いだろう。

 もしもミネストローネを食べている最中にそんなことを聞かされたらたまったものではなかった。


「だから下着。ほら、雨で濡れちゃったしれーくんの所に泊めてもらうつもりだったから、まあ着替えは今みたいにれーくんの服を貸してもらえばなんとかなるけど下着はさすがに借りられないし」


「ちょっ、何言いだしてんですか!」


「せ、先生! それは……!」


 恥ずかしさで顔を赤くして慌てる二人。


(でも、そうなんだ。今、竜崎先生が着てる服って光瀬さんの物なんだ……)


 その事実をなぜか少し不快に思ってしまう桜彩。

 一方で怜と瑠華はそのまま言い合いを続けている。


「えー、れーくんが聞いてきたんじゃない」


「だからってそれを普通に答える人がいますか!」


 不満そうな瑠華に大声を上げて抗議する怜。

 その隣で桜彩は赤くなった顔を押さえて俯いている。


「え? 何? もしかして照れてるの? れーくんもやっぱり男の子なんだねー」


 ニヤニヤとしながら怜の胸を人差し指で小突いてくる。

 正直言ってかなりウザい。


「え? なになに? れーくんあたしがどんな下着を買ったか興味あるの? しょーがないなー、弟みたいなれーくんにだったら見せてあげようかー?」


 絡み方が完全に酔っぱらいのそれである。

 しかも心なしか桜彩からの視線が険しくなったようにも感じる。

 そんな瑠華に対して怜は顔を赤くしながら禁句で対抗する。


「そんな性格だから、いい年して今だに彼氏の一人も出来ないんですよ」


 シン……


 食卓から音が消えた。

 そして瑠華がプルプルと片手に持ったビール缶を震わせて、目に涙を溜めて立ち上がる。


「言ったなーっ! 言っちゃならないことを言ったなーっ!!」


「だからそれを直せって言ってるんですよ! 瑠華あねがそんなんだからまともな蕾華いもうとの方が先に彼氏出来るんですよ!」


「じゃあれーくん、らいちゃんとりっくん別れさせてよーっ!」


「んなこと出来るわけないでしょうが! 姉として妹の幸せを素直に願って下さい!」


「うがーっ! 姉より優れた妹なんて認めないんだから―ッ!」


 叫びながらヤケになって缶に残ったビールを一気に喉へと流し込む瑠華。

 今の発言と所業も余すことなく蕾華に伝えようと心に誓う。

 きっとすさまじいことになるだろうが、そんなのは怜の知ったことではない。


「今に見てろー、すぐに彼氏作ってやるんだから―!」


「そう言い続けてもう何年経ったと思ってるんですか! 現実ってもんを見るべきですよ!」


「れーくんだって彼女がいたことないくせにー!!」


「別に俺は誰かさんと違って誰彼構わず彼女が欲しいとか思ってませんので!」


(……本当にそうなんだ。光瀬さんって人気が高そうなのに、彼女さんがいたことないんだ)


 先日、蕾華や奏が言っていたことを疑っていたわけではないが、改めて怜が異性と付き合った経験がないということを理解する。

 二人がぎゃあぎゃと叫び合う一方で、桜彩は自分でも気が付かない内にその事実を嬉しく感じていた。

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