テスト明け

 テスト明けの土日はゲームによって瞬く間に過ぎ、月曜日がやってきた。


 夜遅くまでゲームをしていたせいで寝坊をしてしまい、遅刻にならないように早足で通学路を進んでいると、見慣れた奴が目の前を通り過ぎていく。


「おはよう」

「…………ん」


 友人の加藤に声をかけると、加藤は寝ぼけた声を出す。


「あの後どれだけやった?」

「……三時間かな」

「寝てないだろ」

「まあな。おかげでダイヤ帯に行けた」


 眠い目を擦りながらも、誇らしげに言う加藤の足取りはフラフラと覚束なく、いかにも徹夜明けのそれだ。


「大丈夫かよ……」

「自販機でエナドリ買うから余裕だね」


 自信満々の様子ではあるが、俺としては安心できない。

 それに今日は……いや、テスト返しだから大丈夫か。


 学校の購買に着くと、加藤は自販機で買ったエナジードリンクをゴクッゴクッと音を立てながら一気飲みをする。


「よっしゃ、目が覚めた!! それでな、最近のパッチで――」


 効果がすぐに出るわけがないはずだが、加藤は息を吹き替えしたようにべらべらとゲームについて話し始める。


 僕はそれに適当に相槌を打ち、教室までの階段を登る。


 僕たち二年生の教室は三階。


 チャイムが鳴っているにも関わらず、階段の幅いっぱいに広がって喋りながら登っていく女子たちにイライラするが、何を言い返されるか分からないので黙って進んでいく。


 そのまま後をついていくように教室に入ろうとすると、ちょうど一時間目の数学教師と目があったので軽く会釈をしてから逃げるように自席に座った。

 

「号令!」

「起立!……礼!」

 

 号令を終えると、数学教師はすぐにプリントを配りながら、今回のテストの出来について語りだした。


 それを横目にリュックから筆箱と教科書、ノートを取り出す。


「平均点と最低点は解答プリントを見るように。そんじゃあ、テスト返すぞー。足立ー」


 出席番号順に呼ばれる生徒たち。


 採点された答案用紙を受け取ったクラスメイトの反応は様々だった。


 点数が記載された右上の部分を折る者、渾身のガッツポーズをする者、「赤点だぁ〜!」と大袈裟に嘆く者、感謝を述べに来る者と十人十色だ。


「マジで助かった!」

「あれだけ教えて平均に乗らないとは」

「赤点回避しただけ偉いだろーが!!」

「感謝してるなら手を離せ」


 加藤は返却された答案用紙を見せると、俺の両肩を持って揺すってくる。

 

 彼なりの感謝の仕方だと分かっていても、寝不足の体には耐え難いものがある。


 「もう呼ばれるから」と加藤から離れ、解答用紙をもらいに行く。


 数学教師は僕を一瞥してから解答用紙を渡す。


「気をつけろよー」


 この言葉が何を意図するのか答案用紙を見なくてもわかる。


 くっそ。やっぱりか……


 点数は97点。


 間違えた箇所は大問1の問3。


 最初の大問ということもあって、公式を使った簡単な計算問題。


 分からなかったわけではない。


 早とちりをして、計算ミスをしたのだ。


 裏面の証明問題の文言にこだわったせいで見直しをする時間を取れなかったのも一因だろう。


「テストの解き直し始めてけ〜。分からないところは先生に質問するなり、隣に聞くなりしろよ。それ以外の私語は禁止な。全部終わってなくてもいいけど、回収するからそのつもりでやれよー」


 気怠げな口調で伝えると、数学教師の益野は欠席者の椅子を教壇まで持ってきてパソコンを開く。


 数学教師の指示通り、黙々とペンを動かし始める生徒たち。


 チラホラと会話が聞こえてきても、内容は数学の話ばかり。


 こんな指示を貰えば、去年はテストとは全く関係ない雑多な話題が教室を満たしていた。


 そうなっていないのは、生徒指導部の鬼こと数学教師の益野のせいだろう。


 体育教師と間違われてもおかしくないほどのガタイと切れ長の鋭い目元から発せられる圧に耐えられる生徒はいない。


 噂によると、高校時代に三十人を相手に素手で勝つほど喧嘩が強いことで有名だったとか……


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 要は鬼の目につくような行動をしたら死ぬという単純な話だ。

 

 すぐに間違えた箇所を直し、教室に備え付けられた時計を見る。


 授業が終わるまで約四十分。


 暇になったな。


 腕を枕にして眠りたいところだが、鬼の前では自殺行為に等しい。


 次回以降の予習をしてもいいが、テスト後ということで気が進まない。


 うーん、どうしようか?


 ちらっと左隣を見ると、順調そうに筆を動かしている。 


 俺とは違う隣の人と話しているし、大丈夫そうだ。


 それを確認してから八重島さんがいる右隣を気づかれないようにちらっと見る。


 そこにあったのは斜線だらけの答案用紙。


 右上の点数の部分が折り曲げられていたが、おそらく赤点だろう。


 直すところが多くて大変そうだ。


 ペンもあんまり動いていないし、これって声かけた方がいいのかな……っ!?


 僕は慌てて視線を教科書に戻す。


 何事も無かったように僕はぼーっと教科書を眺めているフリを始める。


 大丈夫……きっとバレてないはず……


 八重島さんがこっちを見ようとしていたのだ。


 見ていたなんてバレたら気持ち悪いと思われるだろうし、嫌な気分にさせてしまうかもしれない。


 何も内容が入ってこないままペラペラと教科書をめくる。

 

 トントン


 右肩を軽くつつかれる。


「ねぇ、ごめんなんだけど、教えてほしい……だめかな?」

「……いいっすよ」

「ありがと♪ じゃあ、机くっつけてもいい?」

「……大丈夫です」

「ありがとー♪」


 ……え? 僕、え?


 理解が追いつかない中、気づいたときには八重島さんと机をくっつけていた。



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