隣の席の美人ギャルは僕にかまってほしい

水没竜田

前川修治は怖がっていた

「でさ〜、コージのやつが――」

「おい、それは言うなって!」

「えぇーー!!聞きたい!聞きたい!」


 中間テストの全日程が終了し、午後から水を得た魚のように生徒たちが部活や遊びに行く中、僕は一人で教室前の廊下に佇みながらスマホを触っていた。


『ごめん、先行ってて』


 一緒にカラオケに行く予定の加藤に連絡をする。


 すぐに理由を問うメッセージが返ってきたが、『先生に呼ばれた』と嘘をつき、スマホゲームを起動する。

 

「マジかよ!!ダッセー!!」

「それな。さすがに一緒にいて恥ずかったもん」

「いやいや、お前もユーヤのバさき行ったときに――――」


 楽しそうな男女の笑い声が教室から聞こえてくる。


 彼らは所謂ところの一軍グループだ。


 クラスの中心的な存在で、男女の垣根など関係なくスマホを見せ合いながら騒いでいる。


「きっしょ。さすがに終わってるわ」

「普通にサイテー」

「シテナイシテナイ。俺は何もしてない」 


 彼らが談笑に花を咲かせていることは構わないのだが、困ったことに彼らは日常的に僕の席周辺に集まってくるのだ。


 そのせいで居心地は悪いし、休み時間内に一度でも席を外すと、僕の席に彼らが座っていて戻りにくい。


 今だって忘れ物を取りに教室まで戻ってきたのだが、声を掛ける勇気がなく、スマホを触って彼らが教室を出ていくまでの時間を潰している。


 彼らに悪意がないことは分かっているもののどうしても苦手意識があり、なかなか声を掛けることができない。


「草」

「笑えねぇよ!!なんで俺が悪いことになるんだよ!!」

「それはナッチャンがナッチャンだからだよ」

「存在が悪……ってコト!!?」

「…………そのネタ古くね」


 彼らが僕の席に集まるのには理由がある。


 それは僕の隣の席が八重島やえじま夏帆かほだからだ。


 彼女のことを端的に表すなら少年漫画のヒロインだろう。


 大きな瞳が特徴的な整った顔つき、背中まで伸びるウェーブのかかった金髪、制服の上からでも分かる豊満な膨らみと引き締まったウエスト、そして明らかに学校の規則よりも短いスカートから伸びる長くて綺麗な脚。


 どれを取っても高校生離れした容姿に見惚れる者は多く、学校内外問わず告白する者が後を絶たないと噂に聞く。


 そんな美少女が男女関係なく誰にでも同じように接しているので、勘違いしてしまう人が多いのだとか……

 

「そろそろ行くべ」

「せやな。歌う時間なくなるで」

「おっしゃー!!」

「うっさい!耳元で叫ぶな」


 どうやら席を立ったようで、すぐに教室の扉が開き、生徒たちが騒ぎながら出ていく。


 俺は視線をスマホに固定し、存在感を消して廊下の壁と一体化するようにじっとしながら彼らが通り過ぎるのを待つ。


 このときほど自分が惨めだなと思うことはない。


 同い年の相手に怯んでしまっている自分が、過ぎ去っていったことに安心する自分が、そして―――彼らが通り過ぎたかに思えた瞬間、右肩を叩かれる。


 顔を上げると、そこには八重島さんが「ごめん」というように右手を縦にしながら通り過ぎ去っていく。


 僕がこうして彼らが立ち去るのを待っていると彼女なりの気遣いなのか、一団の最後尾で誰にも見られないようにこのような仕草してくれるのだ。


 僕が軽く会釈すると、彼女は天真爛漫な笑みを浮かべた後、何事もなかったように友達と会話しながら下駄箱へと階段を降りていった。


 イテッ……強く噛みすぎたか。


 頬が緩まないように噛んでいた舌を解放する。


 八重島さんの誰にでもするであろう一連の仕草に思わず口角が上がってしまうのを防ぐために舌を噛んでいた。


 どうしようもない自分のための自己防衛だ。


 八重島さんとは二年生になってからずっと隣だが、一度も話したことはない。


(高望みしたところで、無駄だって分かってるはずなのにな……)


 僕は引き出しの中に入っていたノートを回収し、カラオケへと急いだ。


▼▽


「んじゃ、おつかれ〜」

「うぃー」

「今日もコンペ回すからな」


 友達にしばしの別れを告げ、帰路につく。


 約四時間にわたる休憩なしのコール&レスポンスを含むカラオケのせいで疲労がどんとのしかかってくる。


 今日こそ脱麺類を図っていたが、もう夕飯は家にストックしてある即席麺でいいんじゃないかと思えてくる。

 

(せめて弁当だよな……でも、あそこの弁当の漬物、美味しくないんだよな〜) 

 

 漬物を残せばいいだけの話だが、出されたものは残さず食べると教育されてきた身としては避けたいところ。


 何も方針が決まらないままスーパーへ入った結果、レジを通ったのはカット野菜、卵、牛乳、朝食用の食パン、バター、徹夜のお供のエナドリの六点。


 即席麺で確定のようだ。


 野菜炒めとご飯と汁物に変更すべきなのでは?と理性が問いかけてくるが、最終的に自分がカット野菜と麺を一緒に茹でている姿がこれまでの経験から容易に想像できる。


 リュックから取り出したエコバッグに商品を詰め、食品売場を後にしようとしたときだった。


 目の片隅にキョロキョロと周りを見回しながら歩いている男の子がいたのだ。


 背丈から考えて、おそらく五歳くらいだろう。


 近くに親らしき人物はいない。


 宛もなく歩いている男の子を見ていると『ピンポンパンポーン』と軽快な音が響く。


 (やっぱりか……)


 予想通り、流れてきた音声は迷子のお知らせだった。


 おまけに、目の前の男の子と聞こえてきた迷子の特徴とピッタリ合っている。


 他の人が男の子を助けてくれるとは分かっていても、このまま帰るのは後味が悪い。


 …………頑張りますか。


 僕は男の子のもとに近づき、目線を合わせるためにしゃがみ込む。


「君、大丈夫? 迷子だよね?」

「…………うん」

「お名前言えるかな?」

「…………たかだしんご」


 男の子の表情は明らかに曇っており、僕に警戒してか頑なに目を合わせてくれない。


 だが、アナウンスで流れていた名前と一致しているからには放ってはおけない。


「お母さん探してるから一緒に行こっか」

「…………知らない人についてくのはダメってママが言ってた」


 おー、マジか。


 最近の子はしっかりしているとは聞いていたが、ここで断ることができるのか……


「そっか。じゃあ、お母さん呼ぶからここで一緒に待ってくれるかな?」

「…………うん。いいよ」

 

 スマホを取り出してスーパーのコールセンターに電話を掛けると、母親がこちらに来てくれることとなった。


「もう少しでお母さん来るから待っててね」

「…………うん」

「…………チョコ食べる?」

「いらない」

「そっかそっか」

 

 不安を紛らわすためのお菓子はあっけなく撃沈。


 気まずさを取り除くために聞いてみたのだが、子どもに断られたことで少しだけ惨めな気持ちになってくる。


 何を話していいか分からず、無言のまま数分待っていると、パンパンになった買い物袋を片手に物凄い勢いで近づいてくる女性が見えた。

 

「ママァーーーーー!!」

「しんご!!」


 お母さんを見つけたしんご君は走り出す。


 さっきまでの無口な少年とは違い、わんわんと泣きながら母親に抱きついている姿を見ると、本当は不安でいっぱいだったのだろう。


「ごめん、ママー!!」

「いいのよ、私こそ目を離してごめんなさいね」


 親子の感動の再会を邪魔するわけにはいかない。


 邪魔しないようにそーっとスーパーの出入り口へ行こうとすると、


「うちの子がすみませんでした」


 母親が僕に謝ってきた。


「いえいえ、全然大丈夫ですよ」


 両手を目の前で動かしながら、気にしていないことをアピールする。


「じゃあ、僕はこれで」


 なにが「じゃあ」で、「これで」ってなんだ? と思いつつも頭を下げて帰ろうとする。


「しんごを見つけてくださり、ありがとうございました。ほら、しんごも」

「……ありがとう。バイバイ」


 しんご君はペコっと頭を下げてから、僕に手を振る。


 さっきまでとは違い、まだ警戒しているのか控えめな笑顔を見せてくれた。


「うん、バイバイ」


 僕も手を振りかえした。


 人助けって気分がいいなぁ。


 人に親切にすると良いことがあるというのはこういうことなのだと感じながら家に帰った。



(へぇ~、あんなふうに笑うんだ)


 母親を呼ぶ大きな叫び声が気になり、視線を向けると彼がいた。


 アタシの隣の席の無口でいつ見ても怖い顔をしている人。


 名前は……前川だったかな。


「うちの制服じゃん」

「だね。……っていうか、前川くんじゃん」

「ゆずの知り合い?」

「クラスメイトの顔くらい把握しなよ」

「マジか……夏帆は知ってた?」

「うん、隣の席だし」

「まさかのアタシだけ!?」


 知らないのは仕方がないと思う。


 彼は授業中しか教室にいない。


 休み時間になるとすぐに教室を出ていってしまうし、放課後に教室に残っているわけでもなければ、授業中も真面目に板書をノートに写しているので話しかけづらい。


 それに……たぶん、あたしのような人が苦手。


「夏帆、行くよ」

「うん」

「今日はタコパだー!!」


 なんか意外だったなぁ。


 いつもの彼とは違った柔らかな表情で手を振る姿がやけに印象に残る。

 

 ……話しかけたら喋ってくれるかな?


 ふと、そんな疑問が頭をよぎったが、気に留めようとはしなかった。

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