替え芯あるの知ってた?
はぁ~、暇だな〜。
「――――というわけですな。だから主人公は自分の過ちだと思い込んでしまったのです。私にもね〜、こんな時期がありましたよ。まだ私が高校生の時のことですが――――」
現代文の時間、意気揚々と体験談を話す姫路先生とは反対に生徒は退屈そうに教科書を眺めている。
それもそのはず、姫路先生の体験談は授業の半分を占める。
すべてが新作の雑談であればまだ良いのかもしれないが、生憎、既知の物語を繰り返すことが多いうえに話自体も面白くない。
それに加えて、授業中の内職や居眠りに対して厳しいので生徒たちは暇を持て余してしまうのだ。
生徒の間では、中間テストの出題内容が板書のみだったという噂が流れているのも相まって、ほとんどが真面目に授業を受けようとしていない。
それは僕にも当てはまるし、隣の美人ギャルにも当てはまる。
『ひま』
ノートの左端に書かれた文字を見る。
『そう言われても……』
火曜日の日本史の授業以降、八重島さんと僕は筆談をするようになった。
とは言うものの、前回の過ちを繰り返さないためにも、板書を写すことが疎かにならないように暇なタイミングを見計らって行っている。
会話の内容は授業中に先生が発した言葉に関係した世間話。
『スイカって本当に野菜なの?』とか、『昨日のドラマ見た?』とか、『先生ハゲてね?』とか…………
中身があるのか? と聞かれれば、迷わずに「無い」と即答できるだろう。
お互いに暇だからコミュニケーションを取っているだけだ。
今でも隣の席同士で筆談をしている際にバク〇ンみたいと思うが、そんな甘酸っぱいものではないというのも分かっている。
今のところ授業中以外で話したこともなければ、連絡先も知らない。
ただ八重島さんの隣の席が僕だっただけ。
実際に、この暇な時間に八重島さんと話したいと思うけど、どんな話題を出せばいいか分からない。
僕はそんなつまらない奴なのだ。
ノートに書くことも無いので、話題を熟考しながら手持ち無沙汰になった両手でシャーペンを分解して組み立ててを繰り返す。
クルクルと回して外せるところを外して、それをまた一つずつ元通りになるように組みなおす。
面白くはない。
暇だから無心でやっているだけだ。
…………あっ
その光景はとてもゆっくりと流れていった。
コロコロと転がり下に落ちていく白く小さな物体。
それは机から落ちて床に着く前に机の死角に入る。
これが運の尽きだった。
落ちたであろう場所にそれはなく、必死に目を凝らして探すも周りにそれっぽいものはない。
やらかした……
経験から二度とそれが戻ってこないことを悟る。
俺が落としたもの、それは消しゴムだ。
シャーペンの押すところにある、あの小さな円柱型の消しゴム。
小さいからノートに書いた文字を消すのに余計なところが消える恐れが無いので愛用している。
替えの消しゴムを買うためだけに文房具店に行くほど好きなのだ。
僕は新しい替えを出すためにペンケースの中を漁るが、いつも入っているはずの替えがない。
うわー、そうか……家に置いたままか……
思い出される昨日の光景。
宿題をしている際に取り出して机の左端に置いたという記憶が鮮明に蘇ってくる。
うわー、え、ほんとに無くした?
信じきれずに辺りを見るが、それらしいものはどこにもない。
見つかったのは、僕のことを真顔で見つめる美人ギャルだけ。
『なにしてんの?』
シャーペンの先に書かれた文字はひらがなだけなのに、問い詰められているような圧がある。
『シャーペンの消しゴムを無くしました』
『見てたからわかる』
見られてたかぁという恥ずかしさが込み上げてくる。
『なんでシャーペンバラバラにしてたの』
なんでか……
特に理由はない。
理由はないが、そんなことは書かない方がいいことは分かる。
おそらく、八重島さんは僕に失望している。
この間抜けは何やってるんだと思ったのだろう。
ここで『なんとなく』と書いてみろ。
こいつ、救えねーってなるのがオチだ。
じゃあどうする? どんな理由を書く?
トンッ
何かが机に置かれる。
白い小さな直方体のそれは誰が見てもわかる。
消しゴムだ。
『貸してあげる』
机の上に置かれた消しゴムをよく見ると、そこにはちぎられたであろう凸凹とした断面があった。
もしかして、僕のためにわざわざちぎってくれたのか……
僕はそこで一瞬だけ思考が停止したが、まずは感謝を伝えるべきだろうと文字を書く。
『ありがとうございます』
本当は消しゴムを返そうと思っていたのに。
ペンケースの中に消しゴムはあるのに。
【あとがき】
シャーペンの小さい消しゴム、普通に売っているらしいです。僕はこの前まで知らず、無くしたら終わりだと思っていました。
隣の席の美人ギャルは僕にかまってほしい 水没竜田 @ryu108
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