第14話カトリーヌと裏路地の魔法使い.1
夏の日差しが強まるのと比例してと生徒たちは浮き足し立ち始める。
今月には学園の卒業式があり、再来月にはそれぞれ新しい道を歩み始めるのだから月日の流れるのは本当に早い。
ひと昔前と違い、卒業してすぐに婚約者のもとに嫁ぐ女生徒が減ったのは女性でも王宮で働けるようになったから。伯爵家以下のご令嬢は殆どが数年働き、そのあと結婚をするというのが今の主流。私が担任を持つAクラスの生徒も殆ど王宮勤めが決まっている。
私がこの学園を卒業したのは七年前。
もう大半の友人は結婚していて、婚約者すらいないのは私ぐらい。
ご縁はあったのだけれど、数年前まで職業婦人に対する男性の目は冷たくて。
結婚すれば仕事を辞めるのを当然と思っているのはまだ良い方で、出しゃばるのはやめたほうがいいと忠告する方、教えるのが趣味なんだねと妙に寛大な姿を見せようとする方もいた。
趣味じゃなくて仕事よ、と心の中で毒づきながら笑顔を張り付けていたっけ。
自分の足できちんと自立したいだけなのに。
男性が仕事を頑張れば立派だと言われるのに、女性が頑張れば白い目で見られるのはどうも納得がいかない。
自分の考えが令嬢らしくないことも、貴族の生き方として外れているのも分かっているけれど、何年後かには私の考えが主流になるかも知れないじゃない?
ってことを考えていたらすっかり婚期を逃してしまった。
そんな私が最近浮かれている。
生まれて初めて浮かれている。
それは先日夜会で素敵な方に出会ったから。
パートナーがいなく、夜会から足が遠ざかっている私を憂いた友人に、「エスコート役を用意したからたまにはコルセットを締めてドレスを着なさい」と言われ強引に連れ出された。
その時エスコートしてくれたのがエリオット様。
少し無骨な雰囲気だけれど、話すと屈託なく笑う気さくな人で。長く国境警備にあたっていて王都は久しぶりで夜会は慣れないから上手くエスコートできないかも、と飾ることなく仰った。
ダンスを踊り、食事をし、お酒を何杯かおかわりし。すっかり意気投合したと思ったのは私だけではないようで、別れ際にまた会いたいと申し込まれた。
「あれ、先生、まだ教室にいたのですか?」
後ろのドアから掃除道具を片手に入ってきたのは用務員のココットさん。
「ええ、もうすぐ帰るわ」
机の上で教科書をトン、と整えるとぱらりと小さな紙が落ちた。昨日机の上で眺めていて、ついうっかり一緒に持ってきてしまった、大事なチケット。
私が拾うより早くココットさんがそれを拾い、はい、と渡してくれた。
「ありがとう」
「あっ、これナイトクルーズのチケットですよね」
「ええ、ココットさん、行ったことが?」
「いえ、少し話に聞いただけで。船内で美味しいお料理が食べれると聞きました。カトリーヌ先生、行かれるのですか?」
「ええ、知り合いに誘われて」
いいなぁ、と呟きココットさんは羨望の眼差しで私を見てくる。
「ちなみに、ですが。食事会場に関係ない人間が紛れていたら気づかれますよね……」
「食事はビュッフェ式で決まったテーブルがないから、もしかしたら気づかれないかもしれないけれど、そもそもチケットを持った人しか乗れないですしね」
「そうなんですか! それなら問題ないかも知れないわ」
「問題ない?」
何のことかと問い返そうとするも、ココットさんは慌てたようにこっちの話です、と胸の前で手を振る。
「貴重な情報ありがとうございます! カトリーヌ先生はいつ乗船されるのですか?」
「明日よ」
「分かりました。ではまた!」
そういうとココットさんはモップ片手にスキップをしながら立ち去って行った。
私は教壇に戻ると置いていたプリントと本を手にする。本の題名は「裏路地の魔法使い」生徒達の間で流行っているのは以前から知っていて、「どんな話」と聞くと、「面白いから先生に差しあげます」と渡されたもの。
なんでも老婆の占い師が困った令嬢達に手を差し伸べ願いを叶えてくれるらしい。本当に老婆の占い師が現れた、なんて噂も流れるぐらいの人気らしいのだけれど、最近若い女性や子供の行方不明の事件が増えていると聞くから、間違っても裏路地に入り込まないように注意をしておいた。
本の厚みは四センチほど。今夜は何かしていないと落ち着かないし、さっそく読んでみよう。
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