第13話アメリアと裏路地の魔法使い.8


「さて、ではここ一ヶ月のお前の行動を説明してもらおうか」


 ご主人様の一声で和やかさを取り戻した庭の隅。


 キャロルは使用人たちが連れていったのでそのうち衛兵が引き取りにくるはず。

 ブルーノは逃げるようにウィンザー男爵邸をあとにしたけれど、ここには学園の人間も沢山いるので彼の評価はがた落ち。学園生活がやりにくくなる上に彼の婚約者となる令嬢も現れないでしょう。


 しかもキャロルの父親のローランド男爵は盲目的に娘を甘やかし溺愛することで有名で。刃物沙汰を躍起になって取り消そうと大枚をはたくかも知れないし、ブルーノと結婚したいとキャロルが願えば、娘を傷物にした責任を取れとブルーノにせまったり……するかも知れない。


 うわっ、メンヘラ女と浮気男。すごい組み合わせ。


 ま、私にはそんなことどうでもよいけれど。


 それよりもと、先程確保したショートケーキとチーズケーキ、プディングの載ったお皿にフォークを伸ばす。頑張った私へのご褒美! のはずがご主人様の手が伸びてきて、私の大切なお皿が目の前から取り上げられた。


「返してください。食べながら話します」

「少し控えた方がいいぞ。この一ヶ月で何キロ太ったんだ?」


「乙女に聞く質問ではございませんのでお答えしません」

「あきらかにウエストが苦しそうだぞ」


 そう言って腰に手を当ててくるものだから、私は身体をよじってそれを避ける。侍女でなければ手を叩いているところだ。


「すべては作戦の内。仕方ありません」

「カフェでケーキをいくつもおごらせるとは実に愉快な作戦だな」


 だって仕方ないではありませんか。

 どう考えたってクズはクズで、あの男が改心するなんて思えなかったもの。

 ここはさっさと婚約破棄して次を探すべきと思うも、両親と祖父の言葉にがんじがらめになっているアメリアの心を揺り動かすのはたやすいことではなく。


「それで、ブルーノの悪評を捏造し噂を流して幻滅させようとした、というわけか」

「捏造ではありませんよ。今まで隠れてしていたことをちょっと誇張して、お天道様の下にさらけ出しただけです」

「ケーキをたらふく食ったやつが何を言う」


 いや、確かにケーキを食べたのは魔法で容姿を変えた私ですけれど。それはケーキが目的ではなくて、あくまでブルーノの本性を分かりやすく皆に示すためなのです。ええ、ケーキは大好きですけれど、公私混同はしませんから。


「他にもいろいろしていただろう。とにかくこの一ヶ月、お前の身体からはライラックの匂いしかしなかった。このさい全て報告しろ」

「はぁ、でもご主人様は大体お気づきですよね」

「報告を面倒くさがるな。ケーキを返してやらんぞ」

「はい! 全て報告致します。まず、ブルーノに化けて彼が親しくしている令嬢や平民女性や商売女に接触し、食事を摂ったりカフェにいきました。全てご馳走様して頂いた上に大変美味しくいただきました。チョコレートケーキは大通りに新しくできたお店、チーズケーキは裏路地にある専門店がおすすめです」

「食べ物の報告は省け」

「はい!! それから二人以上の方と同日時に約束をしました」

「なるほど、教室でもめていたという噂を聞いたが、ダブルブッキングはお前の仕業か」


 私は大きく頷き、お皿に手をのばすも、皿はツツッと遠ざかる。


「まだだ、全部話せ。キャロルの件はお前だな」

「……はい」

「あいつは一か月前まで俺の周りをうるさく嗅ぎまわりしつこかった」

「いわゆるストーカー、もしくはメンヘラと言う癖があるようで。ご主人様のファンの方も接触を防いでくれていましたが、ご令嬢にできることは少ないのでキャロルには矛先を変えてもらいました」


 公爵邸に入り込んできたときには護衛もびっくりしていた。

 これは放ってはおけないと色々悩んでいたところにアメリアからの話を聞いて私は一石二鳥の妙案を思いついたのだ。


 ――キャロルのターゲットをご主人様からブルーノに変えればいい。

 私って天才!!


 アメリアを保健室に届けて様子を見ているとタイミングよくキャロルがプリントを運んでいた。ついでにこれまたタイミングよく風が吹きプリントが舞う。


 私はさっとブルーノに姿を変え、さっそうとプリントを拾い、ついでに甘い言葉を二つ、三つ、四つ。

 髪や頬や手にも触れ、とびっきりの笑顔を向けるとキャロルはあっさり私の化けたブルーノに落ちた。

 私、凄い!


「そんなに簡単に俺から乗り換えるとはな」


 ちょっとご不満なご様子に見えるのは気のせいでしょうか。ここはケーキの為におべっかの一つでも言っておきましょう。


「私だったらご主人様以外になびくなんてありえません」


 ぶっと飲んでいたワインを吹き出しかけて、ご主人様は慌ててハンカチで口元を押さえる。

 その頬がみるみる間に赤くなって。


「な、何を急に」

「本心からです! 常に思っております!!」

「お前……」

「ですからケーキを……」

「やらん!! そんな事だと思った。期待した俺を殴ってやりたいわ」


 あぁ、ケーキがまた遠ざかります。ご無体な。身を挺してご主人様をストーカーから守ったというのに。


「で、あの騒ぎについてだが」

「それは先日も簡単に説明しましたし、だからこそ今日ここに出席しているわけで」

「煩い。簡単にではなく詳しく答えろ。だいたい、『少々やりすぎたのでアメリアの身に危険がふりかかるかも知れないから誕生日パーティにいきたい』としか俺は聞いていないぞ。簡単にもほどがあるだろう」


 そんな説明しかしていないのに、ご主人様はご友人とその婚約者に掛け合い、私まで出席できるよう取り計らってくださって。


「使用人の言葉をやみくもに信じるのはお勧めできません」

「……お前が言う台詞ではないし、俺とて信じる相手は選ぶ」

「そこまで信頼して頂いているとは……一生、侍女として仕えさせて頂きます」


 ご主人様からの最大のお褒めの言葉に胸打たれているのに、ご主人様は何故かしょっぱいお顔でグラスのワインを飲み干す。

 私は従者らしくさっとボトルを取り、空になったグラスにそそぐと「お前も飲め」とご命令が。命令とあればしかたありませんのて、なみなみと自分のグラスに注ぎます。


「遠慮と言う文字を知らぬか。まぁよい、それでどうしてあのような危険な状況になったんだ」

「いえ、それが私もまったくの予想外でして。確かにブルーノの筆跡を真似て手紙は書きましたし、頻繁にあって食事もして、甘い言葉も囁いてみましたが」

「ちなみにその甘い言葉とは」

「クロード様を参考にいたしました」


 こっそり二人の傍に転移して聞き耳をたてメモを取り、完璧な下準備をした上で実行したのだけれど少々効果がありすぎたようで。


「『ブルーノ様が愛するのは自分だけ。婚約破棄をしたいのにアメリア様が納得されず手放さない。それなら私の手でブルーノ様を自由に!』 と脳内変換されたようです」

「お前の演技がうまいのか、キャロルの思い込みが激しいのか、はたまたクロードの囁く言葉がそんなに女心を刺激するものなのか」


 どれが理由か分からないし、それらの相乗効果かもしれないけれど、とりあえずキャロルはナイフを持ってウィンザー男爵家を訪れたのだ。


 事前に危険を察知した私はご主人様に頼んでいざという時のためにこの会場に潜り込んだのだけれど、幸い私の出番はなかったようで。


「それからヘンデルとウィンザー夫人には何をした?」

「あぁ、ブルーノの悪評を聞いてもアメリアさんは婚約破棄をなさらないので、これは根本から解決すべきだとウィンザー男爵の執務室に忍び込み、領収書や書類を持ち出して、それを夫人の寝台の上に置きました」

「さらっと言ったけれど、魔術で他人の家に忍び込み盗みを働くことは法で禁じられていなかったか?」


「……何も盗んでいないのでギリギリ大丈夫かと。だいたい入られたくなければ魔術封じの護符を貼って置けばよいのですよ。ご主人様のお部屋の様に」

「あんなもの今どき貼っているのは我が屋敷くらいだ」


「あっ、それからヘンデルについてですが」

「明らかに話を逸らしたな。まぁよい、それで彼には何をした」

「何もしておりません」

「うん? 何も?」

「はい。あれは間違いなくヘンデル様の御意思。愛する方を思ったゆえの純粋な思いからです」


 私の言葉に、ご主人様が手に持ったグラスをテーブルに置き、ヘンデル様とアメリアさんに目線をやる。いつもは鋭い銀色の瞳はふわりと細まり、柔和な微笑みが広がる。


 出会った時はまだあどけなさが残っていた横顔が最近ではすっかり精悍なものになり、この人は将来いったい誰を愛するのだろうかと姉のような気持でその横顔を眺めた。


「それにしても毎回のことだがお前はいったい何をしているんだ。俺が頼んだのはこういうことではなかったはずだが」

「その件についてもちゃんと動いておりますのでご安心を。今回のことは私の趣味……いえ偶然の成り行きですから」

「今はっきりと趣味と聞こえたぞ」

「そうですか? それより全部お話ししましたのでお皿を返してください」

「太るぞ」

「明日からダイエットします」


 ほらっと私の前に突き返された皿を引き寄せフォークを握る。そしてチョコレートケーキを一口。

 今度はチーズケーキにフォークを入れて……唇に触れる直前で銀色の目と視線が合って手を止める。


「うまそうだな」

「取ってきてあげましょうか? まだあると思いますよ」

「いい、それを食わせろ」

「食べかけをですか?」


 いいのだろうか、と思う間もなくご主人様は私の手首をつかみフォークごとご自分の口元に近づける。私の腕がめい一杯伸びた所で前屈みになってフォークに載ったチーズケーキを頬張った。


「……どうですか?」

「悪くないな。裏路地の老舗チーズケーキ屋とどっちが上だ」

「老舗のほうですね。種類もいろいろありまして、ベークドチーズにレアチーズ、レモン風味のものやブルーベリーソースがかかったものありました」

「今度一緒にいくか。案内しろ」

「分かりました。任せてください」


 今回の一件のご褒美ですね。

 やっぱりご主人様は私を自慢に思っていらっしゃる。 

 だって私を見る銀色の瞳がとっても優しいんですもの。


 ね、そうでしょ、ご主人様。

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