第15話カトリーヌと裏路地の魔法使い.2
次の日、迎えにきたエリオット様の馬車で私達は船着場へと向かった。港の馬車止めは少し離れた場所にあるのでそこからは歩くことに。
船に乗せる荷物を運ぶ荷夫や荷車などが行きかい、高く積まれた木箱の山もあちこちにあるので馬車で近づくことができないのがその理由。
時刻は夕暮れ少し前。船の上から沈む夕日を眺め、ディナーを済ませたあとに花火が上がるらしい。
季節は夏だと肩の開いたドレスを選んだけれど、夜風で冷えるかもと絹のショールも持ってきた。真っ赤なドレスは目立つけれど、赤髪に派手な顔つきの私に優しい雰囲気のドレスは似合わないので仕方ない。
チケットを船員に渡し、私達は船内に。甲板へと上がる階段は狭く、腰の高さほどの手すりしかないので揺れる船の上では少し心元ない。
階段を三回折れ曲がると甲板の端に出た。ビューっと海風が吹いてきて、ショールと私の髪がなびく。遮るものがない甲板は見晴らしがとても良かった。
甲板の中央には下に向けた階段があり、その先がディナー会場となるらしい。
「思ったより大きな船ですね」
「もとは荷物を運ぶ船だったのをペラルタ子爵家が買い取り改装をしたと聞く。何艘か持っていて昼間に遊覧する観光船もあるらしい」
ペラルタ子爵。
私の教え子なんだけれど最近婚約破棄されたのよね。
浮気が原因だから自業自得なんだけど。
「船は湾を中心に周遊するが、花火が上がる時は外洋に出るらしい。船酔いは大丈夫か?」
「ええ、少し足元がおぼつきませんが気持ち悪くはありません」
船旅をしたことがないので船酔いが心配だったけれどこれなら大丈夫。
「もうすぐ出航する。船首が西を向くので今のうちに良い場所を取っておこう」
「分かりました」
船首にはテーブルと椅子、ベンチがそこここに置かれていたけれど、テーブル席は既に埋まっていた。私達は手近なベンチに腰をかけることに。
「お客様、今宵は『セントリバーセン号』にご乗船頂きありがとうございます。こちらウェルカムドリンクでございます」
黒服の給仕係がライトグリーンの液体が入ったグラスを手渡してくれる。小さな気泡が中で弾け果実酒の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「ありがとうございます」
「お連れ様も……あれ、申し訳ありません。すぐにお待ちします」
給仕係の持っていたグラスは私が手渡されたので最後。年配の給仕係は眉と頭を下げ、すぐに彼の後ろを通る若い給仕係を呼び止めた。
「こちらの方にウェルカムドリンクを」
「えっ、用意した人数分は全て配り終わりましたよ?」
「いや、しかしこちらの方のものがないぞ?」
「誰か二杯飲んだのでしょうか? 乗員の数はチケットと同じはずですし」
エリオット様は肩をすくめ私を見る。
「どうやら俺の分は誰かの腹に収まったようだ」
「私のを飲みますか? まだ口をつけておりません」
「では、カトリーヌさんさえ良ければ半分頂いても? それから先に飲んでくれ、俺に手渡されたら全部飲んでしまうから」
陽に焼けた精悍な顔が、無邪気に笑う。ここで遠慮の押し付け合いは好きじゃない。では、と先に口をつければ甘く酸味のあるさっぱりした果実酒だった。
「美味しい。キウイの果実酒ですね、珍しいのではないでしょうか」
グリーンの液体が半分になったグラスを手渡すと、エリオット様は躊躇することなくグイッと飲み干し、一瞬でグラスは空に。
「うん、美味しい。キウイはユーリン国の特産品だったな。この酒も輸入品かもしれない」
「ユーリン国は果物の産地で有名ですものね。でも、飲み足りないと顔に書いていますよ?」
「あぁ、まったくたりない。誰だ、俺の酒を飲んだのは。あっ、カトリーヌさん船が向きを変え夕陽がよく見えるように」
横付けされた船はゆっりと半円を描き、船首が西を向くとスピードを上げ始めた。金色に光輝く太陽が空も海もオレンジ色に染めあげ、水平線に沈もうとしている。海は波の動きに合わせてオレンジと濃紺の色が混ざり合い、空は薄紫から紺へのグラデーションが美しい。
その繊細な色と圧倒的な迫力に、私達は言葉少なくただ眺めるだけで。波の音と揺れとそしてその無言の時さえ心地よいと思えるのは隣にいるのがエリオット様だろうな、と思っていると、私の手に大きな手が重なる。
えっ、とエリオット様を見ると、優しく細められた碧色の瞳と目が合う。トクンと、胸が高鳴り口元が自然と綻ぶ私の反応を確認すると、エリオット様は指を絡めてこられ、私の心臓はすごい速さで鼓動を刻み始めた。
夕陽が沈むのにかかった時間は三十分。空も海も闇に包まれると急に海風が強くなったように感じ、ショールをしっかりと肩から羽織る。
「船内に入ろうか?」
「はい、ビュッフェ式なので食事だけでなくお酒も沢山飲めますよ?」
「それは有難い。さっきの酒では飲んだうちに入らないからな」
絡めた指はそのままに、私達は甲板中央の階段を降り食事が用意された部屋へと向かった。
部屋は右側に料理がずらりと並び、既に紫色の瞳をした恰幅のよい男性が皿に沢山のケーキを載せていた。うん、ケーキ?
「いきなりデザートとは自由なヤツだな」
エリオット様も気づいたようで苦笑いを浮かべている。
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