18 贈り物




 父の配下のひざの上で目を覚ましたひよこは起き上がり、体を振った。ふわりと広がった羽毛がふくらみ、またしぼむ。

 ふわふわの、ひよっこ剣聖は、部屋の者たちの注目が自分に集まっていることに気付くと、大人しくその場に座った。飼い主の父親のひざは居心地が良いようだ。


 のんびりとして見えそうな光景にも部屋の空気は張りつめたままだった。ギルドマスターのオウレン・ドレッドは、小さく息を付き、話し始める。



「お前らのじいさんが、何と戦って命を落としたか、知ってるよな?」



 オウレンの語ることに、マアルーンとひよこは、ただまっすぐにオウレンの目を見た。



「そこにいたお前らが一番分かってて、一番知らなかったことでもある」



 あの日は本当にやばかった。


 そうつぶやいたオウレンは、ギルドマスターになりたてのその日に起こったことを初めから思い返すように一度目を閉じて、しばし黙してから、また語り出した。



「この国を建てた魔皇帝は、緑豊かだが人は住めないと言われていたこの地にれて、ここで生きるため、その魔術のすいをありったけ、この国に注いだ。俺らに備わる、贈り物ギフトもそうだ」



 生まれ持って備わった能力、ギフト。

 だがそれは、人が元から持っているものでも、神から与えられたものでもない。一人の男が、人が生み出した技術だ。

 この地で生きるため、仲間を守るため、共に助け合うため、この贈り物はある。



「お前らのその力は、特別だ。豪脚はめずらしいちゃ、めずらしいが、特別製の中でも特殊かって言われると、昔はそうでもなかったはずだ。カラド・ペペッシュはそれを、英雄が持つべき一級品に押し上げた。特別な一級品のギフトと言えば剣聖はもちろん、王様のは最もたるものだな」



 国王陛下の能力、緑の指は、この国を象徴する上で最も尊い、最良にして最高のものだと称されている。

 魔皇帝が愛した緑豊かな地をさらに豊かにする、植物を活性化させる魔法に似た、緑化を与える力だ。

 ゆえに国王陛下がくところ草木はよく育ち、オオトドイモムシも健やかに大きくなれる。今のこの国の暮らしを支える大事なものだった。



 そういった特別製の能力は扱うのも大変なら、よくあるものではない。一般によく知られた魔皇帝からの贈り物は、もっと生活に寄り添った、多くの者が使える力だ。

 この国特有のギフトという能力は、職業に関するものであったり、何かに有利に働いたりと、暮らしに役立つものとして知られている。


 水や火を少しの時間つかめたり、風で物を操ったりと、他国では魔法で学べることとさほど変わらないものもあれば、道具や武器を初見でも苦も無く使用出来たり、一定の時間だけ身体に変化をもたらすものもある。

 人や動物の体調の変化を光や色として、目で見て分かる。絵筆や刺繡で描いたものに緩やかに継続させる力を込めるなど、特定の仕事から必要とされる少し特殊なものもあった。


 そしてギフトの多くは、親子や縁戚で同じ力を持っていることもあれば、時期を同じくして生まれた者たちに同じような能力が授かっていることが、ほとんどだ。

 この国で生まれれば誰にでも何かが宿ってはいるが、ただ発動させただけではわずかな助けにしかならず、上手く使うためには工夫することが必要で、それでもあったら便利な才能だと認識されていた。



 そのため本来のギフトとは、同じ能力がその時の必要に応じて、その都度必要な者たちに分け与えられるものであったのではないかと伝えられている。

 まったく心得のない者でも、人手がいる場所や不測の事態へ即座に対応させるための力。技術や身体能力向上をもたらす、必要な時に必要なことが使える力。この王国に暮らす者たちが今は持って生まれ来るその力の元々は、その場その時で与えられていたもの。

 それが魔皇帝からの贈り物、ギフトであると考えられていた。



 だが、そんなありふれたものの中に、称号としても知られる、特殊な力が与えられた者がいる。



「特別製って言われる強力なやつ、それはその時に、この国の一人にだけ授けられる。まったく同じものは同時に発生しない。剣聖も豪脚も、その時代に一人。意味はよくお分かりのはずだ。お前らにその力があるってことは、じいさんたちは、自分の余命を知っていた」



 マアルーンとひよこは、無言でうなずいた。



 幼い時には知らなかったことだ。、このことは知らずにいた。

 自分たちに、祖父と同じ能力が贈られている。それが意味することに他の誰もが気付いていて、孫の二人にはその事実が伏せられていたからだ。



「でも、こいつは本当は、おかしいことだ。この国に一人にしか許されない特別製なら、いくら、じいさんと孫っていったって、同時にそこにあるのは変だからな。片方死んだ後でなきゃ、生まれるはずないんだ。同じ力を持っているやつは」



 その、おかしなことが起きた。新たな豪脚と剣聖が、ほぼ同時期に生まれた。それも王国に未曽有の危機が訪れる十年前に。



 十年は平穏に過ぎた。見せかけかもしれないが目立った事件もなかった。十年目が始まり、しばし経った頃、緑豊かな国を襲う者があった。


 王様の身に危機が迫り、その命をもって二人の英雄が国を救い、その後を継いだ新たな英雄が一人、その名を歴史に刻んだ日。

 王国では再び、豪脚と剣聖は、二人になった。



 遺された二人。

 新たに生まれたのではなく、その後を継いだ者たち。



。おやじなら、こう言ってたところだな」



 頭上からの声に、ひよこが頭を上げる。

 マゼル・ペペッシュは、するどい一瞥いちべつをひよこにくれると、その目をオウレンの側へと向けた。



「今が、その時か」



 マゼルが見やったものへとオウレンも視線をやった。そこにあるものに目を向けながら、いつかの時を思い出し、ギルドマスターは告げた。



「じいさんたちから預かってるものがある。その時が来たら分かるから渡せと。お前たちの力が必要だと判断した時が、その時だって言ってたが」



 オウレンは腰かけたまま手を伸ばし、側の机の上に出していた小箱を取って、マアルーンへ差し出した。



「今が、その時だ。俺の勘が、いや、俺たちみんながそう思ってる。お前らを知る、みながな」



 父が腰かけたソファーの後ろから進み出て、マアルーンは小さな木の箱を受け取った。


 白木を組んだ、簡素な小箱だ。真四角の箱の角は丸い。中に何も入っていないとマアルーンが思うくらいに軽かった。

 箱としか言えない見た目であるにも関わらず、どこが上で、ふたが本当に開けられるものなのかも分からない。下にして持っている方が底、上がふたと言えばそうにも見えるし、その逆にも、側面がそうであるとも思えた。

 箱でないのなら、目が刻まれていない大きなさいころのようでもある。



「森のほこらへ、それを持って行け。そいつはそこで使うらしい。そこに何かが待っている。お前たちが知るべきことが」



 祖父亡き後、マアルーンが遠距離走の特訓で使っていた、森の道の途中にある場所だ。

 雨宿りに使ったこともある、マアルーンには馴染みの場所だった。



「行ってくる」



 ためらいもなく踏み出した足をマアルーンは止める。部屋へと振り返り、父のひざに向かって命じた。



「あんたもでしょうが! そのまま寝る気?」



「ぴゅぴぴいーーぴゅ、ぺ、ぴゅ!」


 忘れて出て行こうとしていたのはお前だ、ペペッシュ!



 とでも叫びかけ、また親子から同時に怒鳴られるところだったと気が付いたようだ。

 寸前で叱られるのを回避し、わずかな成長を見せたひよこは、居心地のいい昼寝場所から跳び下りた。ちょこちょこと足音をさせて小走りに駆け、豪脚の側に立つ。

 その眼前に、銀色の首輪が付いた細い紐が垂れた。


「ぴゅぴいいいいいっ!」


 空腹に負け、虫入りのエサにもすっかり慣れ、立派なひよこになりかけているくせに、飼われていると見られるのは嫌らしい。

 自分の首輪を黄色い翼ではたいて、ひよっこ剣聖は逃げる。そんなひよこをマアルーンは追わなかった。



「さらわれたいの? 蹴り上げられたいの? どっち?」



 ひどく低い声でたずねられ、逃げ足が止まったひよこは渋々振り返り、飼い主の元へと再び歩む。

 首輪が紐で繋がった、登録証が刻まれた腕輪を自身の手首にはめつつ、マアルーンは呪われしひよこを見下ろした。



「言っとくけど。あんたとの登録破棄して、本物のキマルツバカケを飼うこと、あきらめたわけじゃないからね」


「ぴぃっ!」



 勘当されしひよこを凍り付かせた冷ややかな青い目を、それより濃い青い目へと、マアルーンは向ける。



「父さん、セレンおじさまに伝えといて。でかくて丈夫な鳥かご、準備しててって。こいつがいよいよ邪魔になったら、そっちに送り返すから。最後まで飼えない時に面倒見てくれる先を探しておくのも、飼い主としての責任、でしょ?」



 いつも自分がそう言って聞かせていたことを持ち出されては、父親も否定は出来ない。


「わかった、わかった。言っておく」


 伝言を請け負い、マゼルは両腕を広げて深く腰かけると、ソファーに身を預けた。もう少しお茶をしてから、堅苦しい言葉使いが求められる職場に戻るようだ。



「ぷぴゅうーーーー」



 何やらふてくされた鳴き声を上げながらも、ひよこは身支度を整えた。

 首輪を片足でつかみ、輪の中に黄色い頭を潜らせる。潜らせた勢いで前転したひよこが立ち上がると、ちゃんと首輪がはまっていた。


 引っかかった時などに首が締まらないようにと、首輪には余裕をもたせてあるものだ。

 ただし、いざとなったら己で頭を引き抜くためのそれを逆に使って、こんな芸当が出来るのは、そうそういない。



「へえー、上手いじゃねえか! 今度うちのちびたちにも教えてやって欲しいもんだな」



 身を乗り出したオウレンに不機嫌に羽をふくらませて見せつつ、ひよこは飼い主に引っ立てられて行った。



 執務室の扉が閉まる。甲冑が音を立てた。

 金属板で守られた太ももの上で、籠手こてを組んだエレン・エイブンが、他の二人を兜の隙間から見つめる。

 黙ってやり取りを見ていた鎧の騎士の感想は、真に簡潔なものだった。



「大丈夫です。あの、おふたりなら」







 

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