17 呪われし者と残されし者たち




 いつまで、こうしておられるかな。


 もう一方からつぶやかれた言葉に、もう一方が返す。


 もう少し先までは、こうしていたいものだな。


 これが二人のお決まりの会話だった。





「はあーーーー、マアルーンちゃんの花嫁姿は見たいもんだなあ。絶対に可愛い、いやもう目がつぶれるくらいに美しかろうなあ」



「お前、ちょっとは自分の孫を、うちのマアルーンより可愛がれよ」



 あきれたため息を吐く古くからの友人の顔を、ギンレグンは見やった。



「可愛がっておるではないか。わしとそっくりな髪色の、ちっさな剣聖なんじゃぞ。もう完璧じゃ。あと足りぬことといったら良い嫁だな。うちのを可愛がれというなら、ペペッシュ、お前とこのマアルーンちゃんをうちのにおくれよ。でかしたとうちの孫共々、愛でるから」



 カラドは、厳格そうな見た目でありながら中身に冗談しか詰まっていない友を、あきれた目で見やった。



「アホ言うな。マアルーンにも選ぶ権利っつうもんがあるわい。あのひよっこに、うちのお嬢の相手が務まるか! だいたい、お前が孫の嫁にマアルーン欲しがってるの、自分の孫にしたいからじゃねえか。剣聖ごときが二人そろって調子に乗るなよ」



 ただ幸運に、可愛い孫娘に恵まれただけ。子どもも男、孫も男の子。女の子が欲しいとは表立って言わないが、親友の孫が誠に可愛らしく「おじいさま!」と呼びかけてくれるたびに、それを思ってしまう元宰相はいら立ちを友に向けた。



「ひげめ。偉そうに、そんなもの生やしおって。マーシュさんが生きておったら、即刻つるっつるにされておるくせに」


「うるせい。うちのをあの世から借り出すな。お前の方こそ、その髪、ばっさりいかれるぞ。奥方の長髪嫌いを忘れたか?」


「やめろ、やめてくれい! たまに夢に出てきよるんじゃ。孫まで同じ髪型にするつもりかと怒鳴られておるんだよ、枕元で」


「じゃあ、なんで伸ばしてんだよ、切れ」


「だって、マアルーンちゃんが」




 その髪、きらきらしてて、かわいいよねえ。すてきだね!




「って言ったんだもん。もう切れん」


「じゃかましいわ。百戦錬磨のじじいが、可愛いのほめ言葉に溺れるな」



 マアルーンがそう言って祖父をほめていたのを見かけた孫まで、伸ばし始めた髪を後ろで、ちょこんと結んでおくようになった。

 それまで「かっこいいわね」と、短く立ち上がった銀髪をほめてくれた亡き祖母リランの好きな髪型にしていたのが、一瞬で変更だ。



「わし、あの世にいったら、もう一度殺されるんじゃなかろうか。丸刈りは決定事項な気がするんじゃが」



「あの世でもう一度、死ぬかどうかは知らんが、強制坊主は有り得るな。お前さんの見目に騙されて無駄に騒いでおった婦女子に、勝手に許嫁に決められたこっちの苦労も知らないでと、リランさん、はらわた煮えくりかえっておったからな」



 地獄に行くよりも恐ろしいことになる気がする。

 今は星空の彼方か天国にいるであろう妻のことを想って、恐妻家のじいさん二人は仲良く身震いした。



「ていうか、あの子ら、なにして遊んでおるんじゃ?」



 ギンレグンの質問に、天を仰いでいたカラドが湖のほとりへ目をやる。びしょ濡れのマアルーンが幼なじみを追いかけ、水しぶきを上げて背後に迫るところだった。



「あーあ。思いっ切り、ケツ蹴り上げられとるな。またあれだな、お前んとこのちび剣聖が、余計なことを言ったか何かしたんだろ。学習せんのな、マアルーンの性格」



 たぶん、豪脚で水の上を走れるか試そうとしたマアルーンを、服を引っ張るか何かして無理やり止めようとでもしたらしい。水の中へ転ばせてしまった報いを受け、お尻を蹴られた銀の髪の少年は、湖へと飛ばされた。



「泳げるのか? あ、足付いたな。さすが、うちの孫。状況判断も的確だな」


「もう! 余計なことをすると嫌われると、それとなく伝えておるんじゃがのう。あの子は心配性でいかん。何か生き物の世話でもさせて、ほどよい関わり方を学ばせるべきかな?」



 びしょびしょで岸に上がって来た病弱なはずの孫を心配するでもなく、のんきに考え込む祖父は、ぽんとひとつ手を打った。



「キマルツバカケのひな。ひよこなんかどうだろうか? マアルーンちゃん、好きじゃったよな?」



 孫の性格をよく知るカラドは、あきれたため息を吐く。



「馬鹿か。一発で嫌われるぞ、お前も。オウレンの影響受けて、飼ってもいいって認められるまで頑張るんだって、張り切ってんだ。それを金に物言わせたら、即、無視されるだろうな」



「ぎゃ!」っと分かりやすく、ギンレグン・レイゼンスターは悲鳴を上げた。

 孫がペペッシュのお嬢さまに嫌われることより、自分がマアルーンに無視されることの方が怖かったらしい。

 普段はふざけた言葉を投げかけるだけで、認めていても口や行動に出しては滅多に感謝しない親友へ手を合わせて、礼を述べている。



「ありがとう、ありがとう、ありがたいっ! さすが、カラド。持つべきものは友じゃ! 助かったあ。一生恩に着るよ!」



「ここで短い一生を捧げるなよ。俺も老い先、短いんだからよ」



 二人は顔を見合せ、笑った。同時に水辺からも、笑い声が聞こえた。



 水を出そうと脱いでひっくり返した靴の中から小さなカエルが飛び出して来たようで、ちび剣聖が慌てふためき、逃げまどっている。それを見て、小さな豪脚が大笑いしていた。



「わしらは幸せ者じゃな」


「おう。あの子らが日に日に、大きくなっていくのを見られる」



 妻のマーシュが亡くなって気落ちしていたカラドを救ったのが、マアルーンの誕生だった。息子夫婦の良いとこ取りか、奇跡的といっては失礼だが、可愛い可愛い孫娘が生まれた。

 ご機嫌よく、よく笑う赤ん坊だ。


 それから数年後、奥方のリランを亡くしたギンレグンを見舞いにと屋敷をたずねた時、カラドはマアルーンを連れて行った。

 冗談を言ってばかりで家の要を失って気落ちする皆を笑わせながらも、周囲にはそれと気付かせず最も憔悴していた友のことは、長い付き合いのカラドが一番よく分かっている。


 何が、そんな彼を元気づけることが出来るのかも。




 怒ると怖いが、屈託なく笑うんだよな。




 奥方の好きなところを、若き日の剣聖はそう称していた。


 豪脚の英雄は、ひいき目に見ても自身の孫のことを、こう思っている。




 この子の笑顔は、みんなの力になる。笑顔だけでなく、感情のすべてが。




「もう少し、長生きしねえとな」


「そうじゃな。マアルーンちゃんが、うちの孫になるまでは死んでおられん!」


「おい。そんなこと言ってたら、一生どころじゃなく、ずっと死ねねえぞ」


「なんでじゃ! うちの孫がマアルーンちゃんに比べば、ひよっこなのは分かっとるわい。でも剣聖じゃぞ。冒険行くなら役立つぞ。それで足らんなら、もういい! マアルーンちゃんを養女にするっ!」


「アホな強硬手段を使おうとするな。由緒正しき宰相家が泣くぞ」



 じいさんたちが土手に腰かけて、いつものやり取りを楽しんでいる前で、孫たちも、いつものやり取りを続けていた。



「バカなの? その子が噛みつくわけないじゃん。ツノメキバカエルが、こんなとこにいるはずないんだから」


「わからないぞ。そのキバカエルの子どもかもしれないじゃないか!」


「カエルの子は、おたまじゃくしなんだよ。おたまから足が生えて、カエルになるの! コノハコモリアマガエルはカエルになってから、たまごからかえる、めずらしいカエルだけど」


「うううう、かえるかえる、うるさい……」


「はあ? あんた、あれだけ本買ってて、ちゃんと読んでんの? 言っとくけど、あんたなんかツノメキバカエルに噛まれることなんかないわよ。噛まれる前に、ひと飲みだからね。ちび!」


「ち、ちび……きゅうううううううぅ」



 ぐうの音も出ず、代わりに動物の赤ちゃんか鳥のひなのような声を上げ、レイゼンスターのちびは、たまらず祖父の元へと駆け出した。



「おじい様! 動物ずかん買ってください! 詳しいやつ、専門的なやつ!」



 びしょ濡れで駆けて来る孫に、祖父は言う。



「賢いマアルーンちゃんに教えてもらえば良いだろう? 一緒に冒険に出れば色んなことを学べるぞ。わしと、このじじいみたいにのう」


「お前も、じじい、ってか。お前の方が、じじいだったはずだが?」


「なんじゃと! 一年しか変わらんじゃないか」


「一年上は、一学年上なんだよ!」



 そこまでの歳でもないくせに、ふざけたしゃべり方しやがってと、カラド・ペペッシュが眉間にしわを寄せる。

 仕方なかろう、父上が急に隠居したせいで威厳出そうとしたらこの有り様になってしもうたんじゃからと、ギンレグン・レイゼンスターは口を尖らせた。


 相変わらずのやり取りに夢中な祖父たちを土手の下から見上げ、元宰相の孫は、祖父と同じに口を尖らせる。



 一緒に冒険に出たら。


「それでは遅いのです」


「足が? 知ってるよ」



 後頭部に向かって吐かれた言葉に驚き、「わ!」と声を上げて、ちび剣聖が跳び上がる。



「あぶな! 頭突きする気? さっきの仕返し?」



 猛獣を前にして、背中を見せて逃げてはいけない。


 その知識も早く身に付けておくべきだった。思わず駆け出したちび剣聖は当然のごとくに追いかけられ、すぐに追い付かれた。豪脚での蹴りを覚悟して、ひよっこは走りながら早くも目をつぶる。


 銀髪をぽんと一回、叩かれた。



「はい、鬼! 次は鬼ごっこね」



 さわやかに風を残し、マアルーンが抜き去る。



「お、鬼ごっこって! ずるいっ! ひきょうだぞっ」



 もちろん、豪脚に追い付けるはずがない。

 決着がとうに付いているのに終わらない鬼ごっこと、いつもの調子で延々と続く、じいさんたちのふざけたやり取りは……偶然、馬車で通りかかった現宰相が「もうすぐ夕飯ですよ」と止めるまで続いた。








 

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