11 つばめ返し




「エレン、こっち! もうすぐだよ」



 振り返って呼びかけるマアルーン・ペペッシュに答えるように、鎧の騎士エレン・エイブンが乗るかけどり、キマルツバカケのリーダスは右へ黄色い頭を向け、崖へと向かった。



 渓谷に向かって一直線、豪脚の冒険者と、黒い翼を広げたキマルツバカケは宙へと飛び出す。



 金塊を奪って逃げた強盗クラインバーが、台車の重みに耐えきれずに切れた縄橋もろとも命を落としたという有名な話から名付けられた渓谷を、翔り鳥と可憐な少女は飛び越えた。



「ぴゅいいーーー!」


「ちききちち!」



 マアルーンの背で悲鳴を上げるひよこに、リーダスが警告の鳴き声を返す。どうやら呪われし幼なじみは、鳥たちからも黙れと叱られる運命らしい。


 長い二股の紺色の尾をゆるりとめぐらせ、広げた黒い翼を折り、鮮やかに着地したキマルツバカケは、先に対岸に到達したマアルーンの元へと優雅に歩む。滅多に地上には下りない渡り鳥のツバメと違い、一歩一歩、リーダスは地を踏みしめた。

 黄色の丸い模様が入った頭越しに見えるその背のエレンへ、この辺りでの目撃情報をマアルーンは語った。



「少し前に配達便の騎手が、不審な男たちを見たのが、あそこ。ここを下って森の中に行ったところだね。マルミミミドリゾウの群れがよく見かけられるのが、こっちへもっと下ったくぼ地の辺り。うーん、密猟目的なのかな、これ?」



「方向が違いますね、反対です。崖の方には何が生息しているのでしたっけ? オオネコメナマズは釣り好きに人気な大型魚ですけど、釣りが出来るような場所は、この付近にはありませんよね?」



 エレンとマアルーンが顔を見合わせる。

 採取目的で森に入るにしては背負った荷物も結構な量だったと聞くし、見かけられた者も十数人と人手が多い。

 ただ単に移動のため森を抜けようとしているのだとしても、この先には町も村もない。金塊目的の探検家ご一行は、もっと下流を歩き回るものなのだ。



 やはり密猟か。



「ゾウの群れは、あちこち移動します。親子ごとに別れて食事に出かけることもありますし、今日はくぼ地でなく違う方へと行っていて、それを奴らが追いかけているのではな……」



 エレンが言葉を切り、マアルーンも振り返った。二人で同じ方向を見る。

 キマルツバカケも、マアルーンのフードを巣にした肩のひよこも、同じところへ目をやった。


 崖の際の鬱蒼うっそうとした森の梢から鳥たちが羽ばたき、飛んでいく。その辺りから地鳴りのような、低い音が小さく聞こえた。

 丸っこく可愛らしい姿には似合わないが、あれはマルミミミドリゾウの鳴き声だ。興奮した時に上げる声である。



「あそこだ。行こう!」


「ええ」



 マアルーンは軽やかに駆け出した。鞍にまたがるエレンが手綱を握るリーダスも駆け出す。一人と一羽は足並みをそろえ、森の中へと入って行った。








「ぴゅ、ぴゅ、ぴゅぴゅぴゅーーう」



「おいおい、マジかよ。かけどりのひなだろ、コイツ?」



 剣を片手に男が、背後の仲間へと声を上げる。男の呼びかけに振り返った連中は、短く野太い驚きの声を吐き出した。

 洞窟内にどよめきが広がる。目の前にしているひよこと、これからやらねばならない仕事とで、賊たちの欲望が揺れる。


「どうする、捕まえるだろ? ささっと捕まえて、豪遊だろ?」


 ひよこから目を離さずに背後の仲間へ聞く男と同じく、賊の頭も翔り鳥のひなから目が離せなかった。ただし、これからやる仕事には、どうしても人手がいる。


 石の切り出しと運搬、大人数になる仕事は、それだけ目立つ。さっさと終わらせてしまわねば厄介なことになる。

 はぐれゾウ一頭を運良く手に入れはしたが、この洞窟のそこかしこに転がった岩の様子では、もう二、三頭いるかもしれない。


「ぴゅぴゅぴ?」


 無邪気なひよこだ。賊たちの注目を受けて首をかしげ、洞窟の入口を時折振り返りながらも、つぶらな瞳で男たちを見やる。


「ぴゅーぴゅ」


 黄色が鮮やかな頭をしたキマルツバカケのひよこは、小さく飛び跳ねて男たちから距離を取ると、ちょこちょこと歩き出し、入口へと離れていく。


「ど、どうする? 逃げるぜ。逃げちまうぜ、あれ」


 どうするを連発する男だが、追いかけたいのは見え見えだった。賊の頭は決断した。じりじりとひよこを追っているその男と、その近くの二人に命じる。



「お前ら三人で、さっさと捕まえて来い。さっとだぞ? すぐに終わらせるんだ。いいな?」



 カンテラや非常食など細々としたものを入れていた麻袋の中身を、別の男のそれに移すと、ひよこを追う男と他の二人が入口へと引き返した。


 ここに残るのは八人。洞窟の外、少し離れた空地で、マルミミミドリゾウと荷物を見ているのが二人。ひよこを捕まえる係が三人。全部で十三人の男たちは金になる厄介事を引き受けて、グラインバー渓谷へと来ていた。



「まったく……冒険者連中の邪魔で商売あがったり、密猟やめるってなった途端、これかよ。ゾウに翔り鳥。お次は、聖剣か」



 運が良いのか悪いのか分からない。

 減った人手にも辟易へきえきしつつ、賊の頭は洞窟の奥を目指す。指示が書かれた紙切れの通りに、崩れた天井から木漏れ日が差し込む中を、奥へ奥へと進んで行った。








「ほーら、おいで。いい子さんだろ? こっちへ来な」



 とてとてと歩み去るひよこの後ろへ付いて、翔り鳥に目がくらんだ男が前傾姿勢で、ゆっくり歩む。

 左右の藪に別れて忍び足で続く残りの二人はそれぞれ、麻袋と脱いだ上着を手に、いつ無邪気なひな鳥の不意を突こうか思案していた。

 ひよこを追う男は、絶妙に獲物へ手が届きそうもない距離が詰められないことに、いら立っている。



「くそ。エサ持ってきとけば良かったな、ムシムシバー。あれ食うとか、この国の人間の正気を疑うが、こいつらには人気があんだよな」



 この男も食わず嫌いの口であるらしい。もっとも、ムシムシバーなどの製品を常食としているのは、大陸広しと言えどもこの王国くらいであった。

 繁殖力の強いオオトドイモムシとはいえ、小指くらいから急激に、二頭立て馬車の大きさにも育つその体を養うための草木や薬草などが常時大量に生い茂っているのは、周辺の地域の中でも緑豊かで気候が穏やかな、この国くらいのものだからだ。



 ひよこの気を引いている男の言葉に、どこかに残りがあったはずだと立ち止まって上着のポケットを探っていた麻袋の奴は、周囲に何の注意も払っていなかった。

 ゆえに、鎧でありながら音もさせず、藪にひそんでいられる騎士に遅れを取った。

 茂みからぬっと現れた騎士に両足を抱え上げられ、地面に頭から落とされる。その上、己が取り落とした麻袋をすばやくかぶせられ、あっという間に御用となった。


 袋の中で男がもごもごと叫び出して、仲間はようやく事態に気付いた。先へ行っていた他の二人が周囲を見回す。木の側で上着を手にしていた男の頭上からは、降るように静かに、重い蹴りが見舞われた。

 無言で倒れた男の体が、自身の上着と袖で締められる。ついでに口へ上着の裾を押し込んで密猟者を叫べないようにすると、マアルーンは、ゾウが作った獣道に突っ立っているひよこに言った。



「あんた、今の隙に、なにか出来るでしょ? そいつの目をつつくとか、ちゃんと働きなさいよ」



 人の目玉など、つつきたくもない。



 それでも「ぴぎいーー!」と、いら立った鳴き声を上げたひよこは、勢い良く跳び上がり、鉤爪の生えた黄色い足で、屈み込んでいた男の顔へと蹴りを見舞った。



「「危ねえ!」」



 そう叫んだのは男と、マアルーンだ。


 危ないと叫びつつも飛びかかって来るひよこを捕まえようとした男に、瞬時に跳んで来たマアルーンの豪脚が入る。

 大きく伸ばした腕と交わすようにと振られた足は、男の無防備な脇腹を打った。

 まるで太刀で斬り込まれたかのようだ。するどい足さばきで豪脚に右脇を蹴り上げられて吹っ飛んだ男は、エレンの側の茂みに突っ込み、そこからすぐに引きずり出されると、縄で縛られ猿ぐつわをされた。


 マアルーンは、鎧の騎士の鮮やかで慣れた手さばきを見やりながら、幼なじみのひよこにだめ出しをする。



「剣以外、ダメ過ぎやしない? あんた、ちゃんと鍛えてたの? ギンおじいさま、墓場で泣くわよ」



「ぷぎゅううううううううぅ!」



 ひどくふてくされた声で鳴き、ひよこは茂みの側にまとめられた賊へと歩み寄った。中の一人、上着で縛られた男の太ももを、くちばしで思いっ切り一突きする。


 男は、くぐもった悲鳴を上げた。


 別の二人、ムシムシバー嫌いと、かぶせた麻袋の上から猿ぐつわをはめられた男が何が何やら分からないまま、背後からの不気味な絶叫に、聞こえそうで聞こえない悲鳴を連鎖させる。


 得意げに黄色い胸を張ったひよこに、マアルーンが吐き捨てた。



「今さら、なにやってんの。とっとと次、行くわよ」



 賊三人を茂みに押し込み、その場に残して、冒険者たちは洞窟へと向かう。マアルーンはエレンに頼んだ。



「ゾウさんのことは任せてもいい? 中の様子、見て来るから」



「ええ、もちろん。こちらは一人で充分ですよ。マアルーンさんは、すぐには動かずに、私が行くのを待っていて下さい。残りは七、八人ほどいるはずです」



 マアルーンはうなずき、ひよこは足元で小さな翼を羽ばたかせ、じたばたした。

 賊をおびき出すためにと怪しまれないよう首輪も紐も無しにして自由にさせているのだが、このままでは飼い主とはぐれるのではないかを心配しているような、異常な慌てぶりだ。



「どうされましたか、銀嶺ぎんれいの君? 大丈夫ですよ。マアルーンさんから離れないようにして下さいね。そうですね、洞窟がお嫌なら、私とご一緒しますか?」



「ぴゅぴゅぴゅぴゅぴ!」



 首を横に何度も振って、親切な申し出を拒否する。ひよこはマアルーンの左足に翼でしがみついた。



 ゾウの様子を木陰から偵察させているリーダスがこんな姿を見たら、しゃきっとしろ若造と、叱りつけているところかもしれない。

 ギルマスのオウレンが世話をする、保護したキマルツバカケたちのリーダーでもある彼は、若い翔り鳥の指導役でもあるからだ。

 群れのみなに甘くなりがちなオウレンに代わり、仲間やひよこに、だめなものはだめだと教えることが出来るのはリーダスである。ちなみに、面食いなオウレンの愛鳥を射止めたのが、このリーダスだった。



 中身だけでなく、ひよこの外見とその態度にも、これから何度もだめ出しを受けるだろう残念な幼なじみを見下ろし、マアルーンが腰に手を当て、語る。



「こいつは、あたしのこと、なめてんのよ。大の男どころか、虫一匹倒せないと思い込んでるから」



 挑みかかるような目で足元から見上げて来る呪われしひよこに、マアルーンが不敵な笑みを返す。



「確かに、虫は必要ないのにやっつけたりはしないけど。あんたには、遠慮なしだからね」



「ぴぃっ!」



 ひよこが恐怖から上げたひと鳴きに満足し、マアルーンは歩き出した。その足から降りたり飛び付いたりと相変わらず挙動不審な幼なじみを従えて、マアルーンは洞窟へと向かう。

 エレンはリーダスの元へ、マルミミミドリゾウを助けに向かった。


 二手に分かれた冒険者たちは、賊の目的を探るため、それぞれの仕事にかかった。手際よく静かに、連中に悟られないように動く。

 いつもの依頼の延長線上にあると思われていたこの仕事が、いつもとは違うとマアルーンが気付くのは、少し先のことだった。









 

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