10 とんぼ返りと




 事の次第はこうだ。

 ひよこの飼育許可と飼い主登録が終わり、執務室でこの後の依頼をどうしようかとマアルーンが考えていた時、オウレンから提案があった。



「保護活動兼悪者退治の依頼、受けてかねえか?」



 どうも、王都近郊で密猟をやろうとくわだてている不届き者がいるらしい。


 冒険者協会に寄せられた不審者情報からそう導き出したギルドマスターは、極秘で、真相究明をマアルーン・ペペッシュとひよこに頼んだ。


 理由は、豪脚どうこうを差し引いてもマアルーンが優秀であり、その手の依頼を幾度か受けているということ。もちろん豪脚は、追跡するにしても撤退するにしても、頼りになるということ。

 そして何よりも、ちょうどいい時にひよこになってくれた上に、勘当され仕事も失ったひまな奴がここにいるという、単純明快な理屈からだった。



「ほんもんのキマルツバカケのひよこは、絶対に渡せないからな。他のかけどりたちのはもちろん、かけけものも、使い魔獣も、ただの犬猫も絶対ダメ。危ねえから」



 こっちは危なくないのか?



 と、疑問に思っているのがはた目からも分かるくらいに不機嫌になった呪いのひよこは、黄色と薄い紺色の背中の羽毛を膨らませた。ころんとした体が倍には見える。

 ただただ、ふっかふかで、まったく強そうには見えないのが、おとりとしても好都合だった。



 キマルツバカケの繁殖と保護に力を入れているギルドマスターと、その人を翔り鳥の師と仰ぐマアルーンである。話はすぐについた。

 生贄は、呪われし中身をしたひよこで決まりだ。ひよこに身をやつした銀嶺ぎんれいの君に、拒否権はなかった。

 飼い主のマアルーン・ペペッシュから許可が出ている。それ以外に必要な手続きは、ない。



 秘密の任務を受けたふたりは、森に行くその前に、公園で少し早めのお昼を食べた。

 腹が空いては戦が出来ぬのは当然だが、そうして目立つ場所へ居ればただでさえも目立つ獲物が無防備にうろついている情報がどこからか、密猟者の元へと伝わる可能性が高いからだ。


 豪脚の評判も届いてしまうとこの作戦は効かないかもしれないと、マアルーンは一応、ギルドから出る前にフードをかぶって顔を隠しておいた。

 ただ、豪脚と柄の悪さの評判をもってしてもマアルーンの可憐な見た目に、ぼーっとなった挙句、油断して馬鹿なことをしでかす者は後を絶たなかったのだけれども。



 マアルーンは公園で、お腹が膨れて、うとうとしかけていた幼なじみの成れの果てを改めて検分した。


 エサは上等だ。


 中身は最悪でもすでに一度、置き引きにあっている。翔り鳥たち特有の大きなひよこは目立つし、すぐにも密猟者は姿を現すかもしれない。



 そんな確信を抱いたマアルーン・ペペッシュと、生餌いきえの呪いのひよこは、森へと出向いた。

 薬草採取の仕事をしているふりをしつつ、マアルーンは、ひよこからさりげなく離れる。ひよこはひよこで土や草をつつき、虫探しをしているふりを装った。お菓子になっていてくれていないと食べたくもないけれど、出来るだけ自然に、ひよこらしく振舞う。



 演技が上手すぎたのだろう。意外な才能が開花したのか、はたまた本物のひよこになりかけているのか。レイゼンスターの若君は極々自然にやぶへと近付いたところで、いきなり腕に抱えられた。

 迷いひよこだと思ったギルドマスターの仲間が、無類のキマルツバカケ好きの友人に早く届けなくてはと、ひな鳥を驚かせないよう気配を消して、すばやく保護活動を遂げたからである。



 どこから外を見ているのかよく分からない、のっぺりとした兜のせいか、銀の細く長い紐が見えなかったために騎士は罠に引っかかり、ひよこと飼い主の極秘作戦の邪魔をしてしまった。

 ふたりが森へ来た事情は知らないままだが、騎士には気になることがあった。

 いくら紐に繋いであるとはいっても、ひなから保護者が離れるのは無防備すぎる。そして少々、扱いも乱暴だ。飼育者としてこの少女は大丈夫であるのかと、不信感を抱いたのだ。



 マアルーンは、袋も網も持っていない相手が密猟者ではないと見抜きこそすれ、何か言いがかりをつける気ではないかと疑った。飼育者登録をしてあると言っているのに、騎士は、ひよこをすぐには離さなかったからだ。

 どうやら相手は自身の勘違いを正当化して、迷いひなだと押し通す気だなと、マアルーンは推測した。

 見た感じ立派な騎士ではありそうだが、出自の良い奴らが自分の興味だけで、密猟に加担しているも同じことをしている時もあるのだ。



 お互いの勘違いを引き起こした、森でのエレン・エイブンとマアルーン・ペペッシュの遭遇は、こうした経緯いきさつで生まれたものだったのである。



「ペペッシュ!」と叫んで、いさかいになりかけた間柄を収めた本日の主役、呪われしひよこは、仲良くソファーに並んで腰かけているマアルーンとエレンの間に、無理やりお尻を落ち着けた。

 なぜか、つぶらな瞳でにらみつけてくるキマルツバカケの可愛らしい頭へ目をやりながら、鎧の騎士は語った。



「銀嶺の君。あなたがひよこの姿になったのは、密猟の実態を暴く任務のためでしたか。ここまで体を張ってらっしゃるとは、さすが仕事熱心だと評判の方ですね」



「はあ?」



 最悪の幼なじみの良い評判など初耳だったらしい。マアルーンがいつもの調子で柄も悪く、エレンの兜に問う。サイではなく、山岳地帯にいるとうわさされる鬼を模しているのか、額に短い角が二本付いた、いかつい兜だ。



「おや? マアルーンさんは、ご存知ではないのですか? 銀嶺の君は宰相補佐のお仕事のかたわら、冒険者の身辺警護や盗賊などが偽って登録していないかなどの、身元調査も熱心に行っておられそうですよ」



 エレンがマアルーンに答えている間、ひよこはぴーぴー鳴いて羽ばたき、話す邪魔をしようとしていた。その頭を手のひらで押し込み、マアルーンが己の太ももとエレンの鎧の間に、ひよこを挟み込む。



「ぴゅぴぴゅぎゅきゅ!」


「黙れ」



 家名を叫んだわけでもないのに叱られる。それでも、ひよこは身をよじって、うるさく騒いだ。うるささを叱られる方がマシだからだ。


 ひよこを黙らせようとしながらエレンの話を聞いたマアルーンは、つかんだ頭をぐりぐりとなでながら、この二年の空白がある幼なじみの近況を当人、当鳥にたずねた。



「それはなに? 冒険者のみんなの安全を考えてやったこと? そうなの、そうなんだ?」



 震えながら細かく、何度もうなずくひよこの頭をまだ押さえ付けつつ、マアルーンは続ける。



「へえ? あんたにしては気が効くじゃない? あたしと組んで依頼を受けようとしてた、元盗賊の使いっ走りの子が直前で辞退したのも。採取依頼にかこつけて、違法な植物売買しようとしてた連中のアジトが、一味の奴をやっと見つけて案内させてたあたしが潜入するより先につぶされてたのも。あんたの気配りのおかげなのね。ありがとう、レイゼンスターの若君さんよ」



「ぴぎゅううううっ!」



 決死の覚悟とでも言えそうなひと鳴きを聞かせ、ひよこは頭に置かれた手を振り払い、飛び出した。

 宙でつかまれかけた体をひねり、羽ばたいて床へと着地する。



「待ちな! そのお尻、思いっ切り蹴り上げてやる!」



 恐ろしい宣告に、翔り鳥のひよこは駆け出した。テーブルの下、椅子の脚の間、ソファーの裏側へと執務室中を駆け回って、マアルーンの手から逃れる。



「どこまで邪魔してくれれば気が済むのよ、あんたは!」



 身の危険を感じて逃げ回る幼なじみを、マアルーンは時に先回りして捕まえようとした。

 部屋はそう広くない。それが反対に捕獲を難しくしている。椅子やテーブルの下に転がるようにしてひよこに逃げ込まれると、マアルーンでも捕まえるのは大変だった。


 豪脚を使うにしても障害物が多すぎるのだ。椅子の上やテーブルの前には、なかなか決着が付かない追いかけっこをながめて、まだお茶をしている二人もいる。



「聞かせては、だめなことだったんですね」



 エレンが兜を少し持ち上げ、お茶を飲み干して、つぶやく。



「良いってことよ。若君の自業自得ってやつだからよ」



 のんびりクッキーをかじって、ギルドマスターが客との会話と、追いかけっこを楽しんでいた時だ。




「オーーーレン! まったりし過ぎなのよ、お前は!」




 名指しで注意されたオウレンは、驚きのあまり椅子から転げ落ちた。執務室の扉を開け放って現れた受付嬢フロンランを、床にひっくり返ったまま仰ぎ見る。

 逆さまにみたフロンランは、それこそ鬼の形相をしていた。



「仕事なさい! クラインバー渓谷で事件よ。さっさと立つ!」


「はいっ!」



 威勢のいい返事と共に、冒険者協会の王都本部を預かるギルドマスターは起立した。

 引退した者同士、今は共に王国で雇われの身だ。立場上は上司とはいえ、ギルドマスターにまでなったからこそ、冒険者へと導いてくれた恩もある人には頭が上がらない。しかも相手は幼い頃から世話になっている血縁者ときている。



「よろしい。詳細はこれと、下でも今、さらに聞き取りやってるわ」



 オウレン・ドレッドはフロンラン・ドレッドから差し出された走り書きを受け取り、それにすばやく目を通すと、動きを止めてこっちを見つめているひよこと飼い主、そして、姿勢を正して静かに座るお茶友達に指示した。



「マアルーン、渓谷へ行ってくれ。お前さんが適任だ。エレン、悪いが手を貸してやってくれると助かる。翔り鳥を貸し出すから、そいつで一緒に行ってやってくれ」



 鎧の騎士エレン・エイブンはすいと立ち上がった。



「もちろん私で良かったら。クロウノスのことを頼みます」


「おう、任せとけ。ありがとよ、エレン。さてと……」



 オウレンは、さっそく鞄の装備を確かめて仕事の準備をしているマアルーンでなく、その足元で危うく捕まりかけだった、ひよこを見つめた。



「今度こそ、お前さんの出番だぜ。呪いのひよこさんよ」








 

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