6 まずはエサやり

 




「ふざけてる。こんなに簡単に飼育許可出すとか、もう元に戻す気もないわね、あんたのこと」



 ギルドにてかけどりの飼育登録を済ませ、日よけのフードをかぶったマアルーンは外の公園で芝生に座って、空を見上げた。




 まさか、セレンおじ様たちも呪われて、ミナドリカッコウにでもなってるんじゃないでしょうね?




 さすがに一国の宰相が、よその鳥の巣に片っ端から自分の卵を産みつける野鳥に姿を変えていたら、今頃、大騒ぎになっている。

 今もちゃんと人でいてくれているはずの実の親からも許可が下り、晴れて呪われたひよこは、マアルーン・ペペッシュの預かりとなった。



「きゅるるる」



 マアルーンの腕輪に繋がれた紐の先、細い銀の首輪をしたキマルツバカケのひよこが、うなだれた。そのお腹から小さな音がする。きゅるると鳴いたのは腹の虫だったようだ。



「お腹空いてんのね。あんた、ちゃんと飯、食べてんの? いっつもガリガリだったけど」



 あれは細く見えて、鍛えて引き締まっていると言っていいはずの姿だったのだが、まったくお気に召していない幼なじみのそれは、ただの痩せすぎに分類されるようだ。

 マアルーンは腰の鞄から、銀紙で包まれた細長い物を取り出した。



「好き嫌いが多いうえに、本ばっか読んで食べ忘れるから、そんな貧相なことになるのよ」



 話しながら包み紙をむいてやり、「ほれ」と中身を、ひよこに向ける。

 ひよこは差し出されたケーキのようなもの、茶色の生地に緑の小さな粒が練り込まれた焼き菓子を匂うと、飼い主に笑みを見せて、かぶり付いた。



「そんなに食べてなかったの? ああ、あれか。なんかやらかして、飯抜きの刑にされてたんでしょ」



 何かやらかしたとて、貴族の子息がそんな刑罰を家族から受けている訳もないが、森をひとりさまよい歩いた後では腹が減るのも致し方ない。ひよこは育ち盛りの旺盛な食欲を見せて、焼き菓子をがっついた。



「やっぱり、それ好物なんだ」



 初めて食べたものを好物と言われて、くちばしで菓子をつつきつつ、ひよこが顔を上げる。菓子を飲み下し、ひよこは疑問を姿に似合わない、落ち着いた声音の鳴き声にした。



「ぴゅぴぴ?」



 もう一方の手で鞄から出した焼き菓子の包み紙を歯で挟んで器用にむき、マアルーンも、ひとくちかじる。




「オオトドイモムシの固焼きフィナンシェ、サトウアブラムシ入り。美味しいよね」




 がっついていたひよこと同じく、極上の笑みを浮かべて、マアルーンもお気に入りを味わっていた。


 ぼーっと笑顔を見上げて飼い主が言ったことを反すうしていたひよこは、意味に気付いて口の中のものを吹き出す。もう飲み込んでしまったものについては胃がいたくお気に入りのようで、どんなにむせても出てくる気配がない。



「汚いなあ。だから痩せるのよ。大きくなれないわよ」



 ひよこが吹き出したものを、さっそく、オグロスズメたちやギンバトが拾いに来る。

 尾羽の黒いスズメに、銀に光る翼がきれいだが目付きはやたらするどい、どこかの誰かさんに似たハトたちが我先にと争って、お菓子を奪い合っていた。


 鳥なのだ。虫を主に食べて、彼らは生きている。


 争いつつも生き生きとしてエサを取り合う鳥たち。それを見て横取りされていることに焦っている自分に気付き、それが衝撃的で再び、ひよこはうなだれる。

 そんな腹ペコのひよこの目の前に、ひとくちかじりかけの焼き菓子が差し出された。



「ほら、とっとと食べなさいって。これも取られたら、次はないから」



 己が残したひとくちぶんのと、マアルーンが差し出す、ひとくち減っただけの方。

 ふたつを見比べたひよこは、お腹からの催促にも負けて、大きな方にかじりついた。

 くちばしでぱくりとやり、かじったところをつつき、黙々とそれを飲み下しながら、ひよこは目に、涙を浮かべていた。



「なんで泣いてんのよ? こっちのあんたの食べかけもあるんだから、全部食べればいいでしょ」



 マアルーンはひとくちぶん残った方もハトたちに取られないよう、ひよこの真ん前に置いてやる。もう一方はひな鳥がつつきやすいように、そのまま持ってあげていた。

 

 ひよこは黒い目をぎゅっとつむって、その端から涙をこぼしながら焼き菓子をぱくつく。感情が上手く表せないのか、羽毛を膨らませたり、翼をばたつかせたりといそがしい。

 どこまで腹ペコだったんだと、いぶかしく思いながら、マアルーンは薄い紺に黄色の丸い模様の入った、ひよこの頭を見つめた。




 キマルツバカケのひなって、涙出るんだったっけ?


 いつかのためにと愛読書にしてきた翔り鳥の飼い方の本を思い浮かべながら、マアルーンは首をかしげる。


 翔り鳥が泣くとか、見たことも聞いたこともない。鳴くのは当然だけど。




 何を苦しがっているんだろうと考えて、飼い主は、はっとした。



「ちょっと! まさか詰まったんじゃないでしょうね? 死ぬんじゃないわよ。あんたの価値はもう、大きくなって人が乗せられるようになることだけなんだから!」



 若干どころじゃなくひどいことを言いつつ、マアルーンは、ひよこのすぐ前に銀紙を広げて、冒険者と翔り鳥の非常食兼常備食を置き、慌てて鞄を探り始めた。


 焼き菓子を、がつがつとつついては口に運んで飲み下す、ひな鳥。腹ペコひよこの涙の訳は、幼なじみとの思い出も忘れた新米飼い主には分かるまい。

 革袋から平鍋へ飲み水を用意しているマアルーンを、たびたび見上げながら、ひよこは思い出していた。



 エサ……じゃなく、お昼をこうして一緒に食べた、初めてきちんと話をした日の思い出を。








  

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