5 陰謀と実験台

 




 特別試験の時、闘技場の階上から一際大きな拍手を贈っていた者たちが、今日の出来事の感想を、さっそく話し合っていた。



「すっごく似合ってたねえ。あの姿」


「おう。あれならきっと気に入るだろう」



 艶やかな黒髪や人懐っこそうな面立ち、はつらつとした輝きを持つ緑の瞳がよく似た二人の少年が、窓から外をながめて気ままにおしゃべりを楽しむ。

 椅子に腰かけてお菓子をつまんでいるのんびりとした口調の方が、本を片手に窓辺に立っている方へ、城の外に広がる森へと目をやりながら語りかけた。



「お天気いいから、よかったよねえ。よろこんでくれるかなあ?」



「そりゃ喜ぶさ。それを目当てに冒険者になりたがっていたからな」



 二年前の試験の日を思い出したのだろう。その時の光景を思い浮かべているのか高い天井を見上げて、腰かけた方の少年はお菓子をもぐもぐしながら、のんびりと話した。



「あれから三日三晩、寝込んでた時には、さすがに僕も心配してたんだけどなあ。すっかりおとなしくなったから、もう、だいじょうぶなんだあって思ってたら……この二年、裏であんなことやってたなんてねえ」



「まったくだ。宰相家として国王を支えるべきもの者が、わたくしごとで違法すれすれの制裁を市井の者に課しているとは! 表ざたになったら大変だったぞ。レイゼンスターのおじ上も、胃を痛めて死ななきゃいいが」



 鷹揚おうようなしゃべり方をする少年が、その手の本を開く。



「何か良い胃薬か、薬草茶でも調合してやるか。おじ上に死なれては、父上が困るだろうからな」



 実際に血のつながりはないが、赤ん坊のころから世話になっているレイゼンスター家の当主のことを、二人の少年は親しみを込めて、おじ上と呼んでいた。

 てきぱきと仕事をこなすおじ上には、のんびり屋の父が、いつも大変お世話になっている。そして、そんなおじ上の息子は遊び相手にも、おもちゃにもなってくれて、少年たちのお気に入りだ。



 おじ上が嫡男の問題行動で困っているなら、日頃の感謝を込めて、微力ながらも手を尽くしてあげたい。


 自分たち以上の問題児も心配だからねえ。



 それが心優しい二人の少年の、心からの気持ちだった。

 そこに多少は、いや、かなりの割合で、なんかおもしろそうという、彼らの遊び心も込められている。

 届け物をわざわざ照準器に探索魔術が併用された最新式の魔法砲で撃ち出したのも、遊びと実験の一環だ。空砲に乗っけて、祝砲代わりにとの演出をして送り出してあげた。

 撃ち出される当人は本当に安全なのかと、ぴーぴー鳴きわめいて、最後まで抵抗していたけれど。



 鳥の形をした小さな焼き菓子を手にした方が、それを見つめて、もう一人にたずねた。



「ねえ、ほんとに大丈夫なのかなあ。きちんと着いたの? 森は広いよ、兄上」



「俺に失敗はない。ずれたとしても一時いっとき、歩くくらいだ。今頃はもう、とっくに会えているさ」



「……人の足で一時は、ひよこの足だと永遠だよ」



 年子だからか兄上などと読んでいてもあまり上下を感じない彼らにとっては、おじ上の息子が一番身近な遊び相手で、兄に同じの存在だ。

 家族同然でもあるせいか、今はひよこのその人が、少年たちの姉代わりでもある幼なじみのことに限っては時にいかれた振る舞いをすることに、二人は慣れっこになっている。

 今回のことも、兄弟にとっては想定内の出来事だ。



 というか、この魔術研究に余念のない兄上の実験台に、まんまと乗ってしまったことといい、すべての元凶は次期国王となるはずの兄のせいではないかと、弟君は思っていた。

 一番の弱みを面白いこと好きの兄弟に握られたせいで、長年に渡り散々からかわれ続けてきたうっぷんが、当の弱みに向けられてしまった。そのことで物事が、ややこしくなってしまっているという具合だ。

 ややこしくした張本人は悪びれもせずに、今頃、大変な目にあっているかもしれない兄貴分を評した。



「まあ、あやつの自業自得だ。嫌われるようなことを、やり放題にしてたからな」



「うん。お姫さま扱い、合わないからねえ。なんで気づかないのかなあ、そこに」



 自分のお姫さまにしたがっていたにしては、こてんぱんにして冒険者の夢をあきらめさせようとか、もう考えがむちゃくちゃな方にいってしまってたけれど。



 自分たちと肩を並べる異名を持った人物の本当の姿には似合わない、かなりおかしな振る舞いに改めて気付いて、弟は小首をかしげた。

 相応しい振る舞いだ何だのには無頓着な兄は棚の上の、誰かさんによく似た天使が支える置き時計へ目をやる。



「もうそろそろ、報告が来る頃だな」



 ひとりごとにした途端、部屋の扉を打つ音が聞こえた。



「ラウリシュフィット王太子殿下、ご報告がございます。リンデシュロット王子、お願いのものをお持ちいたしました」



 ラウとリン、母上からいつもは簡単にそう呼ばれる二人だが、お届け物や頼みごとの報告の際には正式名称をというのが、王城でのしきたりだ。

 黒髪や顔立ちで、この国では神秘的にも思える見た目からか、常闇とこやみの君、新月しんげつの君などとも民から呼ばれて慕われている兄弟二人は、それぞれへの届け物を受け取りに扉へ向かう。


 特に人懐っこい方として知られている弟は、リン王子よりも黒猫君くろねこくんと呼ばれて、城の皆や王国の住民から可愛いがられているところがあった。さらりと流れる兄のものとは違い、左右に突っ立った髪の毛の癖が、猫耳に見えるせいでもある。



「リン王子様、これでおやつは最後にしておきなさいとの、ご伝言です」



 にっこりと微笑んで、従者が皿のふたを取る。母からの言伝ことづてと気づかいに、ありがとうと可愛らしくお辞儀を返す黒猫君に、従者は目を細めた。

 いつもより大きめの、出来立てのキウイのタルトが載せられた菓子皿を従者から受け取ると、リン王子は窓辺のお茶の席へと跳ねるように戻っていった。


 兄は満面の笑みで弟と入れ替わりに悠然と扉へ向かい、従者から便りを受け取った。一礼して従者は王子たちの私室を後にする。

 手にお盆を持った従者に代わり、扉を閉めてやるラウ王太子へと届けられた封書は、冒険者ギルドの師長オウレンからのものだ。


 報告書がこの時間にちゃんと来た時点で、成功は約束されている。


 この国で起きた変わったことの報告をどこにすべきかは、昨日送った予告状で、ちゃんと分かってくれていたようだ。




『近々、おもしろいことが起きるから、お楽しみに。小鳥が鳥好きのもとに現れたら知らせてくれたまえ。闇猫』



『お楽しみの件こっちも充分、笑わせてもらった。もっと面白いことになりそうだ。細かいことは、こちらでやっておく。あんまり、はしゃぐなよ。いたずらっ子の黒猫諸君』




 文面へさっと目を通すと、ラウ王太子は便りにあった、いたずらっ子そのものの輝くような笑顔になる。悪だくみの時に見せる、闇の魔導師めいた笑みはない。弟に報告書を振って見せると、どこかの誰かのように拳を突き上げて、飛び跳ねた。



「ほら、上手くいった! これでみんな万々歳だ。言っただろう、この天才に任せておけと!」



 窓の外の空を見上げ、黒猫君も満足げに微笑む。その空の下にいる者へと心で語りかけた。



 無事に合流できて、よかった。良い飼い主の元へたどり着けたなら、あとは、めいいっぱい可愛がってもらうんだよ。



 ひよこの見た目だけでなくその中身の残念さから、国民の弟とまで呼ばれている黒猫君と兄貴分の立場は、すっかり逆転してしまったらしい。

 報告に安心したリン王子はフォークとナイフを手に、遠慮なくお菓子に向き合った。


 緑の瞳を輝かせ、王子と王太子は母上お手製のキウイのタルトを仲良く半分に分ける。呪われしひよこに負けず劣らず、なかなかの問題児でもある少年二人は、今回のお遊びの出来に満足して笑みを交わした。

 そうして、この度の実験の成功と彼らの遊び相手である幼なじみふたりの旅立ちを、お茶の席で祝ったのだった。







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る