3 冒険者ギルドにて
「あら! すごいじゃない、とうとう捕まえたの? さすがね!」
受付の美女フロンランが身を乗り出した。途中で買った銀色の首輪と紐でマアルーンの腕輪に繋がれた、うなだれたひよこを見て、お気に入りの冒険者をほめたたえる。
「あなたなら出来るって思ってたわ。その歳でキマルツバカケをものにするなんて、うちのギルマスの上を行ってるじゃないの。さすが期待の新人! さすが、うちの最終兵器マアルーンね」
どちらかと言うと、最終兵器と密かに恐れられているのは、かつて死神とすらあだ名された元冒険者フロンランの方なのだが、彼女の中ではすでにその座をマアルーン・ペペッシュに譲ってあるらしい。
最終兵器の豪脚に、元死神の受付嬢がさらに身を乗り出す。
「うん、可愛い。ひよこにマアルーン、良い組み合わせね」
カウンターに寄りかかったフロンランの胸元に
いつもは事務的に仕事を処理する、ぶっきらぼうな姿しか見せていない。華やかすぎる彼女の笑顔はそれだけで、冒険者ギルドの殺伐としがちな雰囲気を和らげた。
フロンランのいつもとは違った和やかな様子に、彼女を密かに女神と崇める連中やギルドの待合室に集った面々は、鼻の下を伸ばす。その上、冒険者ギルドの女神の眼前には、冒険者ギルドの見た目だけ姫君が立っているのだ。注目を集めないはずはなかった。
置き引きじゃあるまいし、ひよこを無理やり親からこの足でかっさらって来たわけじゃないんだけど。
これ以上、人目についてもあれだ。足元には、呪われたやつもいるし。
色々と誤解を解きたいことはあるが、それはここでやるべきではない。呪われた幼なじみ以外には寛容なマアルーンは、カウンターに薬草が入った布袋を置いて、苦笑まじりに受付嬢へ頼んだ。
「フロンラン、マスターに至急会いたいんだけど。あと、この依頼の受領証お願いします」
貴重な
意外と暇なのか、しょっちゅう顔を合わせるマアルーンとは祖父を通じての旧知の仲であり、キマルツバカケ好きで話も合う。顔なじみを通り越して師弟の間柄でもあるせいか、マアルーンと呪われたひよこは即刻、部屋からひょっこり顔を出したギルドマスター直々に執務室へと通された。
「レイゼンスターの若なのか、これ? へえー、面白いことも起きるもんだな」
さすが、ギルドマスターにまでなる人である。冒険者ギルドの師長オウレン・ドレッドは何の動揺もなく、マアルーンの説明を信じた。拍子抜けするほどあっけなく、不測の事態は受け入れられたのだった。
「いや、あっさり信じすぎなんですって。武具とかで呪い自体はよく見かけるとはいえ、人がひよこに変わってるのに」
呪われたひよこと、その中身が何なのか。今日起きた信じられない出来事を信じてもらおうと細かく状況説明したマアルーンの方が、ギルドマスターの率直さを心配する。
いかにもな冒険者、単純で直情型な近接戦闘上等な見た目と違い、しっかりとした分析を即座にこなす有能なギルマス、オウレンは快活に笑って言った。
「お前さんをペペッシュって呼び捨てにするの、
キマルツバカケなどの翔り鳥は簡単な単語なら理解し、言葉を覚えて、しゃべることもある。それでオウレンに「なんか話してみろ」と言われた幼なじみが答えたのが、いつものあれだ。
「黙れ」とマアルーンに冷たく叱られ、ソファーの上にちょこんと座り、何が不満か羽毛を膨らませたり、体をぶるぶるしながら、呪われしひよこは小さなさえずりで文句を言っている。
むくれたひな鳥の様子に始終笑みを絶やさず、赤金色の髪が突っ立った頭を機嫌よく揺らして、オウレンは言った。
「親御さんには知らせとくぜ。お前さんが預かってるってな」
「ちょっと! 何で! あたしが何で、こいつを」
マアルーンが慌てて否定すると、オウレンは事も無げに答えた。
「欲しがってたじゃん、翔り鳥。その足があるから不必要なのにぃ」
「足じゃないです、可愛いから飼いたいんですっ! 一緒に走りたいんですッ」
キマルツバカケは翔り鳥の中でも、かなりの人気がある。
超低空飛行ながら滑空が出来、その速度もかなりのものだし、崖やくぼ地、川などを飛び越えることが出来るため、重宝されていた。
五十が近くなった歳の割に若者言葉で軽快に話すギルドマスターの愛鳥もそれだ。今は引退した飼い主共々、王都近郊の散歩を楽しむくらいだが、それでもその夕刻の草原を美しく翔る姿は物語の挿し絵のようだった。
その姿を初めて見た幼いマアルーンは、この翔り鳥を一目で気に入った。
冒険者での稼ぎの大半を、いつかキマルツバカケの購入にと、こつこつ貯めている。小さな依頼でも大事にするのは、貯金を少しでも増やしたいからもあった。
キマルツバカケの保護と繁殖が今の生きがいであるオウレンは、昨日までのマアルーンが聞いたら素直に喜んだだろう言葉を弟子へかけた。
「うちのに卵が産まれたら、そいつをお前さんにと思ってたが。良かったじゃねえか。
「ええええ! あ、でも待って、確かに……いや、やっぱり嫌ですよ! 中身、こいつですよ!」
「ぷぴゅぴゅいーーーー!」
マアルーンの言葉に憤慨したか、ひよこはばたばたとソファーで羽ばたき、彼女の腕へと蹴りを見舞う。
さすが、ひなでも翔り鳥。黄色い足の一撃は小さな爪であっても、なかなかの攻撃力がありそうだ。
ところが、寸でのところで、ひよこは両脇からつかまれた。
「あたしに勝てるわけないでしょうが。あんたごときの、弱っちい蹴りが」
無駄に羽ばたき、どうにか逃れようとするひよこをがっしりと押さえ込むと、おびえた黒目がちの瞳を見つめて、マアルーンは似合わない低い声で宣告した。
「忘れたんじゃないでしょうね? あんたがあたしに、ぼろ負けしたの」
にらまれているはずなのに、どう見てもそうとは思えない澄んだ眼差し。しかし、その視線の圧は強い。
ひよこが小刻みに震え、「ぴゅふー」と、か細く鳴き声を漏らす。観念したか、ひよこは脱力し、全身の力を抜いた。両足を投げ出し、何かを夢想するように目を閉じた。
「あんたにも、ようやく分かったようね。あたしの強さが」
いつぞやの再来のような状況に、マアルーンがこれ以上ないほどの笑みを浮かべる。それを薄目で見上げて、びくりと体を震わせたひよこは、またじたばたと暴れ始めた。
マアルーンは、ひよこの黄色い脇腹をつかむ両手に力を込める。
「剣を持ってない剣聖なんか、ただのひよこをひねるより簡単に倒せるのよ。今のあたしは」
「ぴぴーーーー!」
小さくてか弱そうなマアルーンの両手から伝わる遠慮ない締め付けに危険を感じて、ひよこはおびえたひと鳴きを上げる。
ふわふわのお尻を蹴り上げず、絞め殺さないところでやめて、マアルーンはひよこの両脇を指先で強めになでた。
くすぐったいらしい。ひよこは「ぴぴぴ」と細かく鳴きながら、翼をばたつかせ、マアルーンの手から抜け出そうともがく。マアルーンはその様子を見て誠に楽しそうに、幼なじみの成れの果てに積年の恨みを、見た目によく合う可愛らしい復讐を遂げていた。
おやおや。いつもよりうんと、仲良しじゃねえの。
じゃれあっているようにしか見えないふたりを笑うと、ギルドマスターはだめ押しの感想を、ひよこに成り果てた銀嶺の君に浴びせた。
「確かにありゃ、見ものだったなあ。当分あれを肴に酒が進んだねえ」
冒険者採用試験にしては、かなりの組み合わせだ。
共に英雄を祖父に持つ者が相対する世紀の一戦は、それを見守れる者が限られていながら、勝手に
賭けの割合は見事に半々。ただし、豪脚の姫君に肩入れする者は圧倒的に多く、支持者だけの割合でいけば半々ではない。
剣聖の孫で現剣聖、宰相の嫡男に賭けた者の大半は、マアルーンちゃんの姿を王都で毎日見られなくなることを嫌がる、彼女の熱烈な支持者だった。
マアルーンに賭けた方も同様だ。冒険者になりたいと祖父の特訓を受け、日々野山を駆け回っていた幼い彼女を知り、その夢を応援する親身な者たちがマアルーンの勝ちを心から願っていた。
冒険者特別採用試験。
特別に機会を設けて、城内の訓練用闘技場で行われるこの試験を勝たねば、彼女を配下としている上流貴族、レイゼンスターの若君から、マアルーン・ペペッシュは自由を得られないからである。
多くがマアルーンの支持者による賭けが明るみに出て、掛け金でなく違法賭博の罰金を払うことになった者たちの詳細が明らかになると、そこに予想外の参加者がいることが分かった。
宰相家にお近付きになりたい面々からも、マアルーンに賭けていた者がいたのである。
いつもは容姿に目がくらみ、銀嶺の君ともてはやす者たちですら、実はマアルーン・ペペッシュの豪脚にこそ、国を救った英雄である祖父に重ねて期待を寄せていた訳だ。
若干そこに、恋のキューピッドでない厄介者の天使を追い払いたい気持ちも入っていたのだろうが。
人気と期待。
その点でいえば、すでに圧倒的に負けてたんだよな。このレイゼンスターの若君さんはよ。
「ほんと勝てないな、お前さんはいつでも。剣聖が泣くねえ」
ギルドマスター、オウレンのとどめの一言に、ひよこは完全に戦意を喪失させた。うなだれて、つま先を丸め、胸の羽毛にくちばしの先を突っ込み隠す。
「ぷひゅう……」
ため息でもついたのか、消え入りそうな声で鳴いたひよこに満足して、マアルーンは敗者を自由にしてやった。
ソファーにころりと寝転がり、ひよこは動かない。
それはいつぞやの誰かのような見せかけでなく、その時に逆転負けを喰らったどこぞかの若君と同じ、完璧な敗北を示していた。
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