第38話 笹本は謝りたい
三人に囲まれて帰った次の日。
きょうの動きは、ほとんどない。
メッセージはくるが、放課後に会おうといった話は出なかった。
きのうのあれは、三人揃っての、大々的な宣戦布告であった。これを受け、それぞれの動き方を見ているのだろうか。
相談役としての仕事はない。久しぶりだ。
ここ最近は、自分自身を、相談役という役柄に溶け込ませようとしていた。できていたかはさておいて。
きょうの特筆すべきことは、叔父さんから連絡があったことだろう。
『元気にしていたかな? 女の子をたぶらかすような真似は控えるんだぞ〜。実は最近、懸賞で現金を当てたもんだから、今度ご飯でも連れていくからな。楽しみにしておくんだぞ」
叔父さん、なかなか幸運な人だ。
画面のスクリーンショットが添付されていた。表示されていた金額は、高校生にとっては大きいものだった。
サシであれば、かなりいい店に連れていってもらえることになる。大きな楽しみができた。
それ以外には、特になにごともなく放課後を迎えた。帰宅部ゆえ、相談役の案件がないとすることは皆無だ。
放課後。
家に帰る途中で、僕はある人物と遭遇した。
「げ」
笹本だ。こちらに気づくとすぐ、露骨に嫌そうな態度を見せた。
九条の元カレである笹本。琴海につきまとって迷惑をかけていた時期がある。僕が撃退して以来、会っていない。
「も、もう白石とは関わっていない。だから俺は潔白だ!」
「そう慌てないでもいいんじゃないかな」
「拳で解決したお前の言葉を信用できるか!?」
「それもそうか」
琴海を助けるため、ひと芝居打ったときのこと。撃退という名目で、笹本に鉄拳制裁をくだした。
笹本からすれば、僕を危険な人物と見なしてもおかしくない。
「恐れないでほしい。僕だって、基本的に平和主義なんだ。無闇に人を殴る真似はしないよ」
「そうだよな。取り乱した。すまん」
気を取り直して、話を続けることにした。
「改めてにはなるが」
「うん」
「あのときの俺は、どうかしていた。過ちを犯したこと、謝らせてくれ。本来は直接伝えるべきだろうが、会えないからな」
「……伝えておく」
改心した笹本に、なにか思うことがあるかもしれない。本人がどう受け取るかは、わからないが。
「最後にもうひとつだ」
「どんな伝達かな」
「琴海のこと、大事にしろよ。俺がいえた話じゃないが。かっこいいとこ見せて、はいさようならじゃかわいそうだ」
「肝に銘じておくとするかな」
「他人の話みたいに答えるんだな」
琴海に大きな感情を抱かせたことはたしかだ。それに対する責任は果たさないといけない。
そのための手段が一般的でないと、笹本の言葉を通して思い出した。
「できるかはわからない。けど、善処するつもりだ」
「曖昧な言葉が好きみたいだな」
「相談役は断定を嫌いにさせるんだ」
「ん? 相談役?」
笹本には馴染みのないことだったらしい。
「僕の仕事、生き方みたいなものかな」
「よくわからないが、頑張れよ。俺も俺で、正しい身の振る舞い方ってやつをしてみようと思う」
それじゃ、と笹本は背を向けて去った。前を向きながら、笹本は手を振って僕に別れを告げた。
「改心してくれたみたい、かな」
琴海や他の人に被害を及ぼさないのであればかまわない。
過去の行動は変えられない。生じた結果も揺るがない。変えられるのは未来だけなのだから。
「帰るか」
それからの帰り道は、いたってふつうだった。隣には誰もいない。
先日、三人がフォーメーションを組み歩いていた光景が、脳裏に浮かんでくる。ひとりではあるが、くすりと笑いが漏れた。
三人との付き合いは、相談役の領域を踏み越えた越権行為だろう。いままでなら許せないラインだったろうが、いまは違う。
みんなで幸せに、楽しい時間を過ごしたい。贅沢な願いではないと思う。
この国が一夫多妻制をとっていたら、悩みもないだろうにな、なんてふざけた思考にいたっていた。
「ただいま」
僕以外誰もいない部屋。それでも、ただいまは欠かさない。
いま、かつての振り返りをしたい気分になっていた。
スマホのフォトアプリを立ち上げる。いままで撮った写真を見返していく。
最近は、三人の誰かと写っているものが多かった。
雫と旅行に行ったときの、ツーショット。琴海がボウリングでストライクを撮ったときの楽しげな表情。九条がクリスマスの日に、自分の中の「女性」を全面に押し出している瞬間……。
正月、九条と雫がばちばちやりあっているときの、いつもより不機嫌そうなふたり……。
振り返ってみると、実に濃密な数ヶ月だった。自分の価値観を一変させるには十分な時間だった。
これからも僕は、相談役を続けていくのだろうか。
三人と疎遠になろうとならないと、継続の意思は
変わらなそうだ。
自分の中で、「相談役」という立ち回りが染みついているから。いまさら変えられない。
いまの三人以外に、新たな彼女候補ができたらどうするのか――なんて考えも浮かぶ。そのときはそのときだろう。
もう僕は、いまの自分を貫くと決めている。
――トゥルルルル。
思考を中断するかのように、九条からの電話がきた。
「ああ、僕。安田だ」
『誠一郎君くん、いまから会える?』
「ずいぶん急だね」
『おもいたったが吉日なの。いまメッセージを送ったから、その場所に来てほしいの』
「近いね。いまからいける」
『心の準備、しておいてね』
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